優しいキセキ

吉野ゆき

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結人は扉の向こう側に渡るとこちらに向き直した。


『お母さん』

声も出ない私は、フルフルと首を振ることしかできない。


『また僕を生んでね』

またゴゴゴゴと音がして、結人を飲み込んで扉が閉まってゆく。


『大丈夫。
お母さんが僕を諦めなければ、
“自分”を諦めなければ、絶対逢える。

だから


約束だよ、お母さん…』



「結人ぉ!!!」










――ハッ。


目を覚ますと私は病院のベッドの上にいた。


扉の隙間から、ニッコリと笑った結人が見えた気がする。


「結人…」


ゆっくりと起き上がろうとすると、右手を自分よりひとまわり大きな手ががっちりと包んで固定されているのに気づいた。

私は驚いてその手の視線を辿っていく。



「ゲ。佐々木さん」

私はその人のことが本当に苦手だった。


佐々木さんとは、工場の作業場で同じ工程を担当しているいわば仕事仲間だ。


だがそう思っているのは私だけで、入った当時から私は彼から猛烈なアタックを受けていた。


あんまりしつこいものだから、私は今まであったありのままを話し、あなたのことも信じられないと答えた。



でも引くかと思っていた彼は、ますます熱心に私にアプローチしてくるようになった。


断っても断っても毎日花を持ってきては気持ちを伝えてくる。



私は花なんてガラじゃないのに。


真面目で気弱そうな外見に騙されてはいけない。真っ赤に染まった顔に騙されちゃいけない。



きっと私みたいな人種が珍しいだけ。

そんな気持ちは今だけですぐ冷める。

ちょっとした興味本位に違いないんだから。



「あ、相模さん。気がつきました?今先生を呼びますからね」


近くを通った看護士がそう言いながら繋がれた手を見て口角を上げた。


「もう心配ないから少し休んだほうがいいですよって言ってるのに、そのままずっと離さなかったのよ。大切にされてるのね」

「!?」


私は恥ずかしくなって思い切り手を跳ね除けた。


「あら、そんなことしちゃダメよ!
あなたその人がいなかったらこの世にいなかったのよ?
彼、川に飛び込んだあなたを、自分の命も省みずに後を追って助けてくれたのよ」


「え…?」


佐々木さんのほうへ視線を向けると、先ほどまで閉じられていたはずの目が大きく開かれていた。


「相模さん…。
よかった!気づいたんだね!?本当に良かった…!!」



何コイツ。バカじゃない?
なんで目に涙溜めてんだよ。
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