身代わり妃は後宮で失せ物の夢を見る

瀬崎由美

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第六話・徳妃からの誘い3

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 昨夜、木蘭はとても寂しさが漂う夢を見た。
 隠されるように布に包まれ、箪笥の引き出しの奥深くにしまい込まれ、可憐な音を奏でながら揺れるはずの玉飾りは微動だにせず静まり返っている。
 表に出ていないのになぜか分かってしまうのがいつも不思議だった。
 でも、木蘭の目にははっきりとそこにあるのが見えている。
 本来あるべき場所はここではないと訴えかけてくるその光景を、木蘭は遠巻きに眺めていた。

 ――ああ、誰かがこれを必死に探しているんだわ……

 持ち主が誰かは分からなかった。
 けれど、この簪のことを探している人の想いだけが頭の中に流れ込んでくる。どこにあるのだろう、どうして見つからないのだろうという不安と悲壮感が胸を刺す。
 周囲をゆっくり見回すと、明かり取り用の天窓から月の光がほんのりと差し込んでいた。
 木蘭に与えられた部屋よりは遥かに狭い小部屋。
 でも、質の良さそうな箪笥と寝台があり、箪笥の上には化粧道具と鏡が並んでいる。それだけで位の高い妃に付いている侍女のものだと推測できた。

 端妃がまた名残惜しそうに髪に触れて、本来あるべき簪に想いを馳せる。
 後宮に入ってから一度も顔を見ていないという故郷にいる妹のことを懐かしみつつ、揃いで作った大事な思い出の品を失ってしまったことを悔いているのだろう。
 木蘭は四阿の隅に控えている彼女の侍女達にちらりと視線を送ってから、少し記憶を思い起こすように目を伏せる。
 夢に出てきたあの部屋は誰に与えられたものだっただろうか。

 日が暮れ始め、空気がひんやりと肌寒くなってきたところで、茶会はお開きとなった。
 また改めて絹織物を届けさせることを約束して、木蘭は端妃へお礼を述べる。
 他の妃達も順に帰っていったのを倣って四阿を下りかけた。その際、木蘭はずっと握りしめていた扇を一人の侍女の前で手からぽろりと落とした。
 かたんという小さな音に気付いたのだろう、真後ろに付いていた春麗が慌てて拾い上げようと駆け寄ってくる。
 けれどそれより早く、目の前に立っていた端妃付きの年嵩の侍女が屈んでそれに手を伸ばす。

「あら、ごめんなさい……」
「いえ、とんでもございません」

 扇を拾い上げ、両手で丁重に木蘭へ向けて差し出してくれたのは、細く長い眉を瞼の上に描いた物静かそうな女だった。歳のせいで弛んだ目元にその繊細な眉は幸薄い印象を与える。
 入宮歴のかなり長い端妃の侍女は年配の者が多いが、この侍女はその中でも特に上の方だろうか。
 木蘭は端妃の侍女から扇を受け取りながら、少し前屈みになって女の耳元で小さく囁いた。彼女にだけ聞こえる声で。

「そこまで凝った意匠のものだと、売り捌けばすぐ足が付いて無事では済まないでしょうね」

 若い妃の言葉に侍女はハッと驚いた表情で顔を上げる。木蘭が何のことを言っているのか、すぐに察したらしい。

「風通ししてしまい込んだ衣の中にあったとでも言えば、端妃様のことですから、そこまでのお咎めはないのでは?」
「な、なんのことでございましょう……?」

 顔を青ざめさせながらも、女は頑として白を切るつもりのようだ。
 木蘭はそれ以上は何も言葉にしなかったが、薄っすらと口の端に笑みを浮かべてみせる。
 周囲からは扇を拾ってもらってお礼を伝えただけにしか見えなかったはずだが、よく見れば侍女は小刻みに肩を震わせていた。
 悪事を見破られたことへの焦りと、新参の妃が秘密を知っているはずがないという猜疑心か。

 夢で見たあの部屋で、窓際に設置された寝台の上で横になって眠っていたのは、眉が細くてあまり若くはない年嵩の侍女だった。
 主の大事な物に手を出してみたものの売り捌く伝手を持っていなかったのか、いつまでも手元にあることに毎日怯えて過ごしていたのだろうか。
 木蘭から目を反らした後、下唇を噛み締めて何かを覚悟する顔になった。

 簪を盗んだのはこの侍女だなんて言っても信じてもらえるわけもないし、事を荒立てるつもりもなかった。
 でも端妃の故郷の家族を偲ぶ気持ちは木蘭だって同じ。ただ黙ってはいられなかった。

 翌日、茶会のお礼も兼ねて約束の反物を端妃の元へ届けに行った香鈴が、不可思議な表情で戻って来て伝えてくる。

「わざわざ表まで出て来てくださった端妃様が、簪は箪笥の中から出てきたってとても嬉しそうにされてたんですが、一体何のことですか?」
「ああ、失せ物は無事に見つかったんだ……」

 木蘭が心配していると思って伝えてくれたのだろうが、茶会での話題を知らない香鈴はどうしてそんなことをいちいち告げてくるのか不思議に思っても仕方ない。
 侍女の話では端妃が首を動かす度に玉飾りが鳴ってとても可憐だったということだ。
 そして先の侍女が故郷へ戻ったという話を香鈴が後宮内の噂話の一つとして仕入れてきたのは、それからしばらく後。
 身体を壊した親の世話のためと言っていたらしいがその真偽は定かではない。
 彼女が端妃の簪を盗んだことを知っているのは、この後宮では木蘭ただ一人だ。
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