身代わり妃は後宮で失せ物の夢を見る

瀬崎由美

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エピローグ

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「未央様――ではなくて、木蘭様。お茶が入りましたので、少し休憩なされては?」
「春麗、無理に呼び直さなくても大丈夫よ。もうどちらで呼ばれても慣れっこだから」

 伴妃から借りたばかりの書物から目を離し、木蘭は呼び間違いを慌てて訂正した侍女頭に笑って返す。
 急に違う名で呼べと言われても、すでに癖付いているとそう簡単に直せるものではない。
 「ですが……」と困り顔をしている春麗だったが、木蘭が身代りだったという説明をした時に、「ああ、やっぱりですか」と妙に納得していた。やはりどこか違和感を感じていたらしい。

「用意されていた衣装の寸法も合いませんでしたし、お噂で耳にしていた未央様よりも随分と活発……否、お若かったものですから」

 淑やかな令嬢と聞いていた未央の印象とは違い、噂もアテにならないものだと思っていたのだという。
 確かに本物の従姉妹はその噂通りだったから、木蘭には何も言い返すことはできそうにない。
 衣の胸囲はすぐ直せても、身に付いた所作はそう簡単にはいかない。

 傍からは名乗る名が変わっただけに見えるかもしれないが、木蘭が木蘭として生きれるようになったことで得られた物は大きい。
 その一番は故郷へ気兼ねなく文を送ることができるようになったことだろうか。
 伯父の嘗君宛てではなく、生まれ育った村にいる父と母へ自分が元気にしていると伝えられることが何よりありがたかった。
 頃合いを見計らって父が会いに来るという返事を受け取った時は、木蘭の目から涙が止まらなかった。ようやく自分を取り戻せた気がした。

「そうそう、今夜辺りかと思っているのですがどうでしょうかしらね」
「?」
「主上のお渡りですよ。未央様として後宮入りされてから、ちょうどこのくらいではありませんでした?」
「そうだったかしら」

 木蘭として新たに入宮したという体面を取っている為に、また皇帝からのお渡りの可能性があるのではと、春麗が目を輝かせる。
 今度は偽物ではないから逃げる理由もない。木蘭も覚悟を決めてその日が来るのを待ち構えていた。
 けれど、やはり裏での金子のやり取りが無いからか、下級妃である木蘭のところへ皇帝からの使いが来る気配は一向にない。
 拍子抜けしつつも、どこかホッとしていた。万が一に身籠ってしまったら、他の妃に命を狙われかねないのがこの後宮なのだから。
 毒瓶を探すのは手伝えても、毒を飲まされるのは御免だ。

 休憩にと淹れてもらったばかりのお茶に息を吹きかけて冷ましていると、外にいた香鈴が誰かと言葉を交わしているのが耳に届く。
 パタパタと走り回って何か慌てているようで、春麗が心配して様子を見に出て行く。
 しばらくして戻って来た侍女頭が、焦ったように木蘭のところへ来客を伝えてくる。
 二人揃って興奮気味に顔を紅潮させているのが妙に気になる。

「こ、孝公様がいらっしゃったのですが……」

 皇弟が訪ねてくることもそう珍しくなくなったはずなのに、今日の侍女達は何故かソワソワと落ち着かない。
 今更、何を慌てることがあるのか。孝公のことだ、また厄介な失せ物探しを頼みにでも来たのだろうと、木蘭は苦笑いを浮かべながら自室を出る。
 ここ後宮では物が消えることなど日常茶飯事。力を信じて頼ってもらえるのは決して悪い気はしない。

 客人の待つ部屋の扉を抜けた木蘭は、手折ったばかりの桃の切り枝を手にした孝公の姿が目に飛び込んできて、思わず足を止めた。ぽかんと開いた口を閉じるのを忘れたのも仕方ない。
 普段は宦官と色違いのような袍服を身にした軽装なのに、今日の彼は畏まった礼服で着飾っていた。
 鳳凰の刺繍が大きく施された衣は皇族しか身にすることは許されない。豪奢だが歩きにくそうな長い衣。その姿で桃の枝というのはどこか滑稽で、侍女達が驚くのも無理ないだろう。

 その仰々しい格好に何か神事を終えた後なのかと聞きたくなったが気安く話題にして良いか分からず、ぐっと堪える。
 神事があったとしても妃の殿舎にこのような出で立ちで訪れてくることはないはずだ。一体、何があったのだろうか?
 孝公の表情もいつもとは随分違い、少し緊張しているように見える。

「また、何かお探し物ですか?」

 あまりに深刻な表情をしているから、大事な神具でも行方知れずなのかと、木蘭が心配そうに眉を寄せる。
 今から探すにはまだ日が高いからすぐ眠れる自信はないが……
 けれど命令とあらば、協力は惜しむつもりはない。

 真剣な顔になった木蘭を見て、孝公が頬を緩める。ふっと照れ笑いを浮かべてから首を横に振り、言葉を選びながら口を開く。
 活舌の良い、とても柔らかな声で。

「主上へ姜妃様の下賜を願い、許可を得ました。後宮も外宮もさほど代わり映えはしないかもしれませんが、私と一緒にここを出ていただけませんか?」

 言いながら木蘭の胸の前に、手にしていた桃の枝を差し出してくる。目の前の切り枝と孝公の顔とを交互に眺めながら、木蘭は首を傾げた。彼が口にした言葉の意味をすぐには理解できなかった。頭の中で反芻し、彼が言った下賜の対象が自分のことだとようやく気付いた後、目を見開き頬を一気に赤らめる。彼は皇帝の妃である木蘭のことを、自分の妻に迎えたいと願い出たのだという。

 命ある限りここから出られないと言った木蘭の為に、彼は救い出す術を探して動いてくれたのだ。
 禁忌の存在である彼もまた後宮に囚われてはいたが、正式に妻を娶れば過ちを繰り返さないという証明を得られ外へ出ることが許されるのだという。その相手には自分の不遇な出自を知って寄り添ってくれた木蘭のことを選んだのだ。

 共に後宮から出ようという誘いに、木蘭は大きく頷きながら孝公から桃の枝を受け取る。
 庭の桃の苗木はまだ蕾すら芽吹いてはいないけれど、満開に咲き誇っているこれは御花園のものだろうか。
 甘い香りが木蘭の鼻をふんわりとかすめた。

――完――
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感想 5

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みんなの感想(5件)

金木犀
2026.01.28 金木犀

いつも楽しみに読ませて頂いています。

あ〜言っちゃった!
この先の展開気になる。
悪いのはあいつらだから是非とも罰はそちらに。多分木蓮は大丈夫そうだから気持ち楽になったかな?

事件解決能力凄いし、読んでてスカッとします。

2026.01.29 瀬崎由美

金木犀様

最新話まで読んでいただき、ありがとうございます!!

そうなんです、言っちゃいました!
そしてその処罰は本日の更新分で明らかに……

明日公開予定のエピローグまで、どうぞよろしくお願いいたします^^

解除
春日あざみ
2026.01.09 春日あざみ

少しずつ、身代わり生活に疑問符がつき始めましたね。結末はどうなるのかしら。彼女はおてつきになるのか、それとも?

2026.01.09 瀬崎由美

まだ最後から二番目の事件を書いているところなのですが、プロット上ではきっとハッピーエンドになりそうです

解除
笹椰かな
2026.01.08 笹椰かな

初めまして。最初話まで読ませていただきました。

途中まで「失せ物探しが得意なはずの木蓮が未央の行方を探知できないのは何故?未央が物じゃなくて人だから?」と思っていたのですが、実は未央は行方不明になどなっておらず、木蓮は伯父に騙されていたのだと明かされた時は木蓮がとても可哀想になりました。

伯父と未央は木蓮に事情を話して頭を下げた上で「未央の代わりにどうか後宮に…」と頼むのが筋ですし(断られると思ったから嘘をついたのでしょうけど)、どうして伯父は未央の名を変えさせてまで他の男性に輿入れさせたのだろうかと思いました。

木蓮の失せ物探しの能力のお陰で、後宮で起きた事件が解決していく流れは読んでいて楽しかったです。
厄介事に巻き込まれたくはないけれど、困っている人を見過ごせない木蓮の人の良さが素敵でした。

あと、文章がとても流麗で…。読んでいてすごく綺麗な文章だと思いました。

以下、失礼ながら気になった点です。「このようにしてほしい」という要望ではないので、気に触ったり面倒に感じた場合はスルーしていただいて構いません。
・打ち間違いだと思いますが、1話の伯父のセリフにある「行方知らず」は「行方知れず」が正しいです。
・2話から登場している春麗、香鈴にフリガナがありません。「シュンレイ」、「コウリン」で合っているのでしょうか?

2026.01.08 瀬崎由美

笹椰かな様

とても丁寧な感想をありがとうございます!
初挑戦の後宮ファンタジーだったので、ちゃんと楽しんでいただけるかとオロオロしながら執筆してます

気になった点のご指摘、ありがとうございます!
誤字は修正しました
春麗(しゅんれい)、香鈴(こうりん)で合ってます
すみません、振り仮名が漏れていたのに、気付いていませんでした

解除

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