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第七話・王子殿下からの求婚2
パトリック様は黙って頷き返すだけの反応の薄い私のことをチラッと見た後、部屋の中を改めて見回していた。
「ていうか、俺の部屋より広くないか、ここ?」
「そうなのですか?」
王族である彼に用意されたものより広いだなんて、神殿が聖女という存在をどれだけ重要視しているかが知れる。本当に私はその扱いを受ける資格があるんだろうかと不安になってくる。
「まあ、神殿からすれば王太子でもない俺よりも聖女の方がそりゃ大事か。ここに来るまで二度も警備の者に呼び止められたしな……」
どこへでも顔パスで通行できる王城とは違い、ここでは第三王子でさえも自由な出入りがままならない。ま、彼の場合は今朝の医務室前での騒ぎがあるから余計に警戒されているのかもしれないが。
「近い内に父上への報告を兼ねて王都へ向かうんだろう?」
「そう聞いてはいますが、あまり詳しいことは……」
神官医が国王への報告がどうたらこうたらと言っていたのは朧気に覚えているが、具体的なことはまだ何も聞いてはいない。確か、司教様がこちらへ向かっておられると言っていたような気がするが、到着がいつ頃になるかなどは一切知らされていない。神官達も数百年ぶりの聖女顕現という大事件勃発にそれどころじゃないのだろう。
私は他人事のように、「みなさん、お忙しいみたいで」と笑って流す。こういうのは深く考えても仕方がない。なるようにしかならないのだから。
「まあ、俺もしばらくはここに滞在するつもりだし、追々話す機会はあるだろう。とりあえずロックウェル男爵宛に早馬で書簡は送ってある。明後日には届く手筈だ」
「え……先程のお話は、本気でおっしゃっておられたんですか⁉」
驚いて聞き返した私に向かって、パトリック様が呆れ顔でハァとワザとらしい溜め息をついてみせる。
「ほぼ初対面の君に、わざわざ冗談を言いにくる理由がどこにある?」
「それはそうですが……」
殿下の口調があまりにも軽いから嘘っぽいだなんて口が裂けても言えるわけがない。この人が本気で私に求婚しているのだとしたら、ただの男爵家から断るのは不可能だ。王族からの求婚、それはほぼ国からの命令に等しい。
「問題は神殿だけれど、それはロックウェル嬢に任せる。よっぽどでもない限り、神殿は聖女の意向に背くことはないだろうし。それに、これは君にとっても悪い話じゃないはずだ」
「それはどういう意味でしょうか?」
私からの問いに、パトリック様はふふんと少し得意気に鼻で笑ってみせる。私が聖女扱いを受けるようになったのは昨日のことだけれど、この短い期間に彼はかなり聖女という存在について調べているようだった。脳筋という評判だったけれど、実際は意外と違うのかもしれない。
「こんな辺境の地に軟禁されているより、王都の方が楽しいだろう? それとも、ここで朝晩の礼拝を繰り返すのをご希望か?」
世界樹の傍で心安らかに過ごすのも決して悪いことではない。けれどそれはたまの余暇であればの話。私もナナもすでにここでの生活には一週間で完全に飽きてしまい、毎日どう過ごせばいいか頭を悩ませていた。
だから、聖女として神殿に身を置くのであれば、生涯に渡ってここから出られないというパトリック様の言葉に私は震えた。
「イ、イヤですっ! ここにずっとだなんて……」
「なら話は早い。お互い、ここでこうして出会ったのは運命かもしれないな」
そう言ってパトリック様は残りのお茶を全て飲み干してからテーブルの上にカップを戻した。よっぽど美味しかったようで、帰り際には彼の従者がナナに向かって茶葉の種類を確認していった。
王子の訪問後、私はソファーの背凭れにだらりと身体を預けながら、窓の外の景色を眺める。神殿の周りには世界樹以外にも背の高い樹が多く、どこまでも見渡す限りに森の風景が続いているだけだ。たまに眺めるには素晴らしいと思うが、すでに一週間も続いているからもう新鮮味も感動もない。そしてこれが一生涯と考えたら……
「冗談じゃないわよね……」
ついこの間に学園を卒業したばかりの十六歳。それなのに森のど真ん中で余生を過ごすご隠居のような生活を強いられるなんて私には苦痛でしかない。パトリック王子に対してはまだ不信感を拭い切れないけれど、彼の話に乗るしか救いの道がないような気がしてくる。
神官達は司教様を迎える準備とかでさらに忙しくしていて、誰かに話を聞く雰囲気でもなかった。
「ナナはどう思う?」
自分では何も考え切れず、私は向かいのソファーで刺繍に集中していた乳姉妹へと話を振る。ナナは手を止めてから首を傾げ、難しい表情のまましばらく唸りながらも真剣に考えてくれているようだった。
「私もここにずっとはイヤですけど、王子様との婚約もどうかなって思います。だって、王位継承権を巡る争いに巻き込まれるってことですよね? そうなると、アイラ様の身が心配で……」
侍女は自分の身体を抱き締めながらフルフルと首を横に振って拒絶する。確かにナナの言う通り、王都へ行ったら行ったでこことはまた違う大変さが待っている気がしてならない。私も侍女と一緒に、しばらく唸りながら首を傾げた。
「ていうか、俺の部屋より広くないか、ここ?」
「そうなのですか?」
王族である彼に用意されたものより広いだなんて、神殿が聖女という存在をどれだけ重要視しているかが知れる。本当に私はその扱いを受ける資格があるんだろうかと不安になってくる。
「まあ、神殿からすれば王太子でもない俺よりも聖女の方がそりゃ大事か。ここに来るまで二度も警備の者に呼び止められたしな……」
どこへでも顔パスで通行できる王城とは違い、ここでは第三王子でさえも自由な出入りがままならない。ま、彼の場合は今朝の医務室前での騒ぎがあるから余計に警戒されているのかもしれないが。
「近い内に父上への報告を兼ねて王都へ向かうんだろう?」
「そう聞いてはいますが、あまり詳しいことは……」
神官医が国王への報告がどうたらこうたらと言っていたのは朧気に覚えているが、具体的なことはまだ何も聞いてはいない。確か、司教様がこちらへ向かっておられると言っていたような気がするが、到着がいつ頃になるかなどは一切知らされていない。神官達も数百年ぶりの聖女顕現という大事件勃発にそれどころじゃないのだろう。
私は他人事のように、「みなさん、お忙しいみたいで」と笑って流す。こういうのは深く考えても仕方がない。なるようにしかならないのだから。
「まあ、俺もしばらくはここに滞在するつもりだし、追々話す機会はあるだろう。とりあえずロックウェル男爵宛に早馬で書簡は送ってある。明後日には届く手筈だ」
「え……先程のお話は、本気でおっしゃっておられたんですか⁉」
驚いて聞き返した私に向かって、パトリック様が呆れ顔でハァとワザとらしい溜め息をついてみせる。
「ほぼ初対面の君に、わざわざ冗談を言いにくる理由がどこにある?」
「それはそうですが……」
殿下の口調があまりにも軽いから嘘っぽいだなんて口が裂けても言えるわけがない。この人が本気で私に求婚しているのだとしたら、ただの男爵家から断るのは不可能だ。王族からの求婚、それはほぼ国からの命令に等しい。
「問題は神殿だけれど、それはロックウェル嬢に任せる。よっぽどでもない限り、神殿は聖女の意向に背くことはないだろうし。それに、これは君にとっても悪い話じゃないはずだ」
「それはどういう意味でしょうか?」
私からの問いに、パトリック様はふふんと少し得意気に鼻で笑ってみせる。私が聖女扱いを受けるようになったのは昨日のことだけれど、この短い期間に彼はかなり聖女という存在について調べているようだった。脳筋という評判だったけれど、実際は意外と違うのかもしれない。
「こんな辺境の地に軟禁されているより、王都の方が楽しいだろう? それとも、ここで朝晩の礼拝を繰り返すのをご希望か?」
世界樹の傍で心安らかに過ごすのも決して悪いことではない。けれどそれはたまの余暇であればの話。私もナナもすでにここでの生活には一週間で完全に飽きてしまい、毎日どう過ごせばいいか頭を悩ませていた。
だから、聖女として神殿に身を置くのであれば、生涯に渡ってここから出られないというパトリック様の言葉に私は震えた。
「イ、イヤですっ! ここにずっとだなんて……」
「なら話は早い。お互い、ここでこうして出会ったのは運命かもしれないな」
そう言ってパトリック様は残りのお茶を全て飲み干してからテーブルの上にカップを戻した。よっぽど美味しかったようで、帰り際には彼の従者がナナに向かって茶葉の種類を確認していった。
王子の訪問後、私はソファーの背凭れにだらりと身体を預けながら、窓の外の景色を眺める。神殿の周りには世界樹以外にも背の高い樹が多く、どこまでも見渡す限りに森の風景が続いているだけだ。たまに眺めるには素晴らしいと思うが、すでに一週間も続いているからもう新鮮味も感動もない。そしてこれが一生涯と考えたら……
「冗談じゃないわよね……」
ついこの間に学園を卒業したばかりの十六歳。それなのに森のど真ん中で余生を過ごすご隠居のような生活を強いられるなんて私には苦痛でしかない。パトリック王子に対してはまだ不信感を拭い切れないけれど、彼の話に乗るしか救いの道がないような気がしてくる。
神官達は司教様を迎える準備とかでさらに忙しくしていて、誰かに話を聞く雰囲気でもなかった。
「ナナはどう思う?」
自分では何も考え切れず、私は向かいのソファーで刺繍に集中していた乳姉妹へと話を振る。ナナは手を止めてから首を傾げ、難しい表情のまましばらく唸りながらも真剣に考えてくれているようだった。
「私もここにずっとはイヤですけど、王子様との婚約もどうかなって思います。だって、王位継承権を巡る争いに巻き込まれるってことですよね? そうなると、アイラ様の身が心配で……」
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