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第十八話・司祭様からの呼び出し2
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パトリック様からは聖女との婚約により神殿の後ろ盾が得られるのが目的だと聞いていたから、私は司教様の言葉にキョトンと首を傾げる。彼は兄王子との後継争いに勝つ為に私との婚約を望んでいる。ずっとそう思っていたから、私自身のことなんて全く興味がないものだと……
「それはどういう意味でしょうか?」
「その石は国王に子供が誕生した時に、海の向こうのアヴェン国から友好の証として送られる希少な物なのです。アイラ様の手にあるそれは、おそらくは殿下がお生まれになった際に送られた石でしょう。装飾に金を使っているのは殿下の髪色に合わせて作らせたものですから、間違いないかと」
「そんな大切な物を……」
私は手の中にあるブローチをマジマジと眺める。確かに高価そうだけど王子にとっては大した物でもないだろうと侮っていたが、予想以上に貴重な物を押し付けられたみたいだ。
——ど、ど、どうしよう……。万が一でも無くしたりしたら、国家間で大揉めするとかないわよね?
希少価値のある物をお礼も言わずに受け取ってしまったことを、今更ながらに後悔して焦る。包みもせず無理矢理手に捻じり込まれたから、ちょっとしたお土産程度に気軽に貰って来てしまったではないか。こんな物を簡単に手放してしまえるなんて、あの王子が何を考えているのかさっぱり分からない。
「どうやら殿下も本気のようですし、我々は黙ってお手並み拝見といきますか」
もう成るようになれという諦めの境地に至ったのか、司教様はそれ以上はパトリック様のことには触れては来なかった。ただ目下の問題は延期にすることに決めた聖女のお披露目の儀のこと。一日でも後伸ばしにするべきだと、司教様は部屋にいた神官達へ粛々と命じた。
「聖女顕現については当面の間、無闇に口外しないようにと森の神殿へも伝えなさい。一度広まってしまえばお披露目しないわけにはいかなくなる。少しでも長く緘口できるよう周知しなさい」
「かしこまりました」
急ぎで文を送るつもりなのかケイネル神官がソファーから立ち上がって執務室を出て行く。他にも部屋にいた神官達のほとんどが後を追い、残っている神官は森の神殿でも出会った司教様の付き人役だけだ。
私もナナに目配せしてから立ち上がると、司教様へ一礼してから部屋を出ることにする。ここで私達ができるのは第三王子の疑惑が消えるのを待つことだけ。パトリック様には申し訳ないけれど、婚約の話が停滞したことに私はかなり安堵していた。王家に嫁ぐなんて面倒以外の何物でもない。
そう思っていたが、それは完全な油断でしかなかった。本当に平和で、ナナの希望もあって王都見物を楽しめていたのなんて最初の数日だけだった。念の為にと付けていただいた護衛騎士が生粋の王都生まれだったこともあり、ただの観光では訪れることはなさそうな穴場スポットへ案内してもらえたのはポイントが高い。
ロックウェル領にいる家族への土産を沢山買い込んだ私達は、物品と一緒に送って貰う手紙を部屋で並んでしたためていた。
「お母様にはフルーツティの茶葉も買ってくれば良かったわ」
「ああ、休憩で入ったお店の! あれは美味しかったですよねぇ」
「まあ、次の機会でいいかしら」
「そうですよ。ここにはずっと居るんですから」
地元では見たことがないものに溢れている王都。思っていた以上にキラキラしていて楽しくて、私にはもう侍女のことをお上りさんだなんて言う資格はない。帰りの馬車の窓から見つけた気になる店の話に夢中になっていると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。神殿が雇ってくれたという私付きの侍女達がお茶を淹れに来てくれたのかと、ナナが席を立って対応してくれているのを私はあまり深く気にしてはいなかった。
「ええっと、そういったお話は神殿の方からは何も伺っていないのですが……」
侍女の困惑した声が聞こえてきて、私は初めて入り口扉へと視線を移動させる。開いたままの木製扉の陰になってナナが話している相手の姿は見えない。けれど、とても活舌の良いハキハキとした女性の声はソファーまで届いた。
「でしたら私から司教様にご説明させていただいた方が宜しいのかしら? 王城からの指示で参りましたのに。では、改めて後ほど」
「はぁ……」
ほぼ一方的に自己解決したらしいその女性は、ここまで案内してきた神殿付きの使用人に対し、司教様のいらっしゃる場所を訊ねて立ち去っていった。
——えっ、今、王城からの指示って言ってなかった?
あまりにも一瞬のことだったから聞き間違えたのかと思ったが、扉を閉めて戻って来たナナが困惑しながら報告してきた言葉に、私はしばらく絶句せざるを得なかった。
「あの方、王子妃教育の為に派遣されて来られたそうですよ」
「王子妃教育……⁉」
「だそうです。お城では着々と準備が進んでいるってことなんでしょうね。どうします、アイラ様?」
「ど、どうしますも、何も……」
平民もごちゃ混ぜの学園では貴族としての振る舞いまでは教えてくれなかった。だから王族に嫁ぐ為のあれこれが足りてないことの自覚はある。だけど、まだ身分は男爵令嬢でしかない私に教育係を付けてくるなんて、パトリック様はちょっと焦り過ぎではないだろうか? まずはご自分の身辺を何とかする方が先だろうに。
「それはどういう意味でしょうか?」
「その石は国王に子供が誕生した時に、海の向こうのアヴェン国から友好の証として送られる希少な物なのです。アイラ様の手にあるそれは、おそらくは殿下がお生まれになった際に送られた石でしょう。装飾に金を使っているのは殿下の髪色に合わせて作らせたものですから、間違いないかと」
「そんな大切な物を……」
私は手の中にあるブローチをマジマジと眺める。確かに高価そうだけど王子にとっては大した物でもないだろうと侮っていたが、予想以上に貴重な物を押し付けられたみたいだ。
——ど、ど、どうしよう……。万が一でも無くしたりしたら、国家間で大揉めするとかないわよね?
希少価値のある物をお礼も言わずに受け取ってしまったことを、今更ながらに後悔して焦る。包みもせず無理矢理手に捻じり込まれたから、ちょっとしたお土産程度に気軽に貰って来てしまったではないか。こんな物を簡単に手放してしまえるなんて、あの王子が何を考えているのかさっぱり分からない。
「どうやら殿下も本気のようですし、我々は黙ってお手並み拝見といきますか」
もう成るようになれという諦めの境地に至ったのか、司教様はそれ以上はパトリック様のことには触れては来なかった。ただ目下の問題は延期にすることに決めた聖女のお披露目の儀のこと。一日でも後伸ばしにするべきだと、司教様は部屋にいた神官達へ粛々と命じた。
「聖女顕現については当面の間、無闇に口外しないようにと森の神殿へも伝えなさい。一度広まってしまえばお披露目しないわけにはいかなくなる。少しでも長く緘口できるよう周知しなさい」
「かしこまりました」
急ぎで文を送るつもりなのかケイネル神官がソファーから立ち上がって執務室を出て行く。他にも部屋にいた神官達のほとんどが後を追い、残っている神官は森の神殿でも出会った司教様の付き人役だけだ。
私もナナに目配せしてから立ち上がると、司教様へ一礼してから部屋を出ることにする。ここで私達ができるのは第三王子の疑惑が消えるのを待つことだけ。パトリック様には申し訳ないけれど、婚約の話が停滞したことに私はかなり安堵していた。王家に嫁ぐなんて面倒以外の何物でもない。
そう思っていたが、それは完全な油断でしかなかった。本当に平和で、ナナの希望もあって王都見物を楽しめていたのなんて最初の数日だけだった。念の為にと付けていただいた護衛騎士が生粋の王都生まれだったこともあり、ただの観光では訪れることはなさそうな穴場スポットへ案内してもらえたのはポイントが高い。
ロックウェル領にいる家族への土産を沢山買い込んだ私達は、物品と一緒に送って貰う手紙を部屋で並んでしたためていた。
「お母様にはフルーツティの茶葉も買ってくれば良かったわ」
「ああ、休憩で入ったお店の! あれは美味しかったですよねぇ」
「まあ、次の機会でいいかしら」
「そうですよ。ここにはずっと居るんですから」
地元では見たことがないものに溢れている王都。思っていた以上にキラキラしていて楽しくて、私にはもう侍女のことをお上りさんだなんて言う資格はない。帰りの馬車の窓から見つけた気になる店の話に夢中になっていると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。神殿が雇ってくれたという私付きの侍女達がお茶を淹れに来てくれたのかと、ナナが席を立って対応してくれているのを私はあまり深く気にしてはいなかった。
「ええっと、そういったお話は神殿の方からは何も伺っていないのですが……」
侍女の困惑した声が聞こえてきて、私は初めて入り口扉へと視線を移動させる。開いたままの木製扉の陰になってナナが話している相手の姿は見えない。けれど、とても活舌の良いハキハキとした女性の声はソファーまで届いた。
「でしたら私から司教様にご説明させていただいた方が宜しいのかしら? 王城からの指示で参りましたのに。では、改めて後ほど」
「はぁ……」
ほぼ一方的に自己解決したらしいその女性は、ここまで案内してきた神殿付きの使用人に対し、司教様のいらっしゃる場所を訊ねて立ち去っていった。
——えっ、今、王城からの指示って言ってなかった?
あまりにも一瞬のことだったから聞き間違えたのかと思ったが、扉を閉めて戻って来たナナが困惑しながら報告してきた言葉に、私はしばらく絶句せざるを得なかった。
「あの方、王子妃教育の為に派遣されて来られたそうですよ」
「王子妃教育……⁉」
「だそうです。お城では着々と準備が進んでいるってことなんでしょうね。どうします、アイラ様?」
「ど、どうしますも、何も……」
平民もごちゃ混ぜの学園では貴族としての振る舞いまでは教えてくれなかった。だから王族に嫁ぐ為のあれこれが足りてないことの自覚はある。だけど、まだ身分は男爵令嬢でしかない私に教育係を付けてくるなんて、パトリック様はちょっと焦り過ぎではないだろうか? まずはご自分の身辺を何とかする方が先だろうに。
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