婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美

文字の大きさ
19 / 50

第十九話・教育係

しおりを挟む
 王子妃教育、つまり王子であるパトリック様の伴侶となる為に必要な知識とマナーを婚礼前に身に着けることを目的としたお勉強。具体的にどんなことを学ぶのかは分からないけれど、少なくとも一般的な貴族マナーよりも何倍も大変そうなのは安易に想像できた。

「それって殿下が王太子になられたら、さらに覚えなきゃいけないことが増えるってことですよね? 今はただの王子ですけど……」

 この国の王の子息に向かって『ただの王子』という表現もどうかとは思ったが、ナナが私のことを心配してくれているのはよく分かった。次代の国王になることが約束された王太子にパトリック様が指名されることがあれば、その妻は王太子妃。つまりは後の王妃になるのだから、大変なんてレベルではないはずだ。

 ——せめて、もっと貴族向けの学園に通っていれば……

 身分を厭わない自由な校風。地方の貴族社会で生きていくには十分な教育を受けられたが、それが王城で上位貴族が相手となると足りないことだらけだ。

「でもアイラ様は学園では成績はとても優秀でしたし、きっとそつなくこなすことができますよ!」
「それはどうかしらね……」

 侍女からの励ましに私は苦笑いを漏らす。王子妃候補を指導できるくらいだから、きっとさっきの女性もかなり高い身分の方なはずだし、どう接したら良いんだろうか。そう考えただけで必要以上に緊張してしまう。こんな調子でこの先やっていけるんだろうか……?

 そんな風に後ろ向きなことを考えていたら、司教様のお付きの方が先程の女性を引き連れて戻ってきた。さっきは扉に隠れて見えなかったけれど、シンプルな濃紺のロングワンピースを着た背の高い女性。年齢は二十代後半といった感じでとても物静かな雰囲気を醸し出している。でも貴族女性というには何だか微妙な違和感を感じて、私は作り笑いを浮かべながら彼女の立ち姿を眺めた。

 ——この方って、もしかして……

「お初にお目にかかります、アイラ様。王城より王子妃教育のお役を承りました、ユーベル・フツェデリでございます。正式に登城されるまでの間だけ、私がこちらで指導させていただきます」

 正式な妃教育ではなく、ここでの指導はあくまでも事前予習のような位置付けだという説明を受ける。だから今はまだそこまで気負いせずと言われ、私は少しホッとした。
 フツェデリ様がスカートを小さく摘まみながらお辞儀する姿はさすがに王家が教育係に任命しただけはあり、とても優雅な所作だった。でもただフォームが美しいだけじゃなく、全ての動作に一切の無駄な揺らぎが見えないのだ。それは彼女の身体が芯から鍛え上げられている証拠。

「もしかして、フツェデリ様は何か武術の心得が?」

 ロックウェル家は元々は騎士の家系だ。父や兄が護衛騎士と一緒に鍛錬しているのを子供の頃からすぐ傍で見てきた。だから彼女の安定した身の動きは程よくついた筋肉の上に成り立っているのに気付いてしまった。
 フツェデリ様は私の指摘に少し驚いた表情になった後、すぐに恥ずかしそうに微笑んだ。

「淑女としての可愛げが足りないことは自覚しております。私はパトリック殿下が率いておられる第二騎士隊の所属でもあります」
「女性騎士様なのですね⁉」
「はい。アイラ様の護衛も兼ね、こちらの神殿でしばらく待機させていただくことになりました。ああ、そうそう、私のことはユーベルとお呼びいただいて構いません。フツェデリというのはあまり発音し易い家名ではないようですので」

 司教様のところから戻るのに結構時間がかかっていたのは、彼女も神殿に住み込むことになったからだろうか。いきなりのことで神官達がまた慌てている姿が目に浮かぶ。もうここまでくると自分が原因とはいえ、同情したくなってくる。

「そうですか、ユーベル様はパトリック様の隊の所属なのですね。ということは……」

 問題を起こして除隊させられ、殿下を森の神殿へ追いやった人達は、ユーベル様にとっては元同僚。城の警備が中心の近衛騎士が城下にある中央神殿に護衛兼教育係として派遣されたことには何か繋がりがあるのだろうか?
 私が不安な表情を浮かべていたからなのか、ユーベル様がくすりと小さく微笑んでから言った。

「教育係とは別に、こちらの護衛には男性騎士が付くという話も上がってはいたのですが、パトリック殿下が猛反対されまして。私ならどちらも兼ねられるから不要だと押し通されました。きっとアイラ様の周りに男性を配置するのがお嫌だったんでしょう」

 そして、ユーベル様は廊下へと続く扉に視線を送った後、「神官はみんな男性ですのにね」と噴き出しそうになるのを堪えている。ここにいて男性と距離を置くというのは無理な話だ。そして、思い出したように手に持っていた鞄から手紙を取り出して私へと差し出してくる。

「殿下からお茶会のご招待の手紙を預かって参りました。返事は口頭でも文でも構わないとおっしゃっていたのですが、いかがされますか?」
「そういうのは断れるものなのでしょうか……?」
「そうですねぇ、パトリック殿下は断られても気になさらないタイプではありますが、自国他国ともに王族からのご招待は強制だと考えておいたら間違いないかと」
「ですよね……」

 私は諦めた笑顔を浮かべながら、是非お伺い致しますと伝えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

追放聖女ですが、辺境で愛されすぎて国ごと救ってしまいました』

鍛高譚
恋愛
婚約者である王太子から 「お前の力は不安定で使えない」と切り捨てられ、 聖女アニスは王都から追放された。 行き場を失った彼女を迎えたのは、 寡黙で誠実な辺境伯レオニール。 「ここでは、君の意思が最優先だ」 その一言に救われ、 アニスは初めて“自分のために生きる”日々を知っていく。 ──だがその頃、王都では魔力が暴走し、魔物が溢れ出す最悪の事態に。 「アニスさえ戻れば国は救われる!」 手のひらを返した王太子と新聖女リリィは土下座で懇願するが…… 「私はあなたがたの所有物ではありません」 アニスは冷静に突き放し、 自らの意思で国を救うために立ち上がる。 そして儀式の中で“真の聖女”として覚醒したアニスは、 暴走する魔力を鎮め、魔物を浄化し、国中に奇跡をもたらす。 暴走の原因を隠蔽していた王太子は失脚。 リリィは国外追放。 民衆はアニスを真の守護者として称える。 しかしアニスが選んだのは―― 王都ではなく、静かで温かい辺境の地。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

〘完結〛婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!

桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」 「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」 その声には、念を押すような強い響きがあった。 「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」 アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。 しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。 「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」 「なっ……!?」 アルフォンスが言葉を失う。 それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。 「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」 「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」 「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」 あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。

〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。

藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。 伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。 セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。 そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに…… 婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。 そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...