おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美

文字の大きさ
8 / 47

第八話

しおりを挟む
 霊とあやかし、それらは人によって視える視えないという点では似ているが、全く別の存在だ。霊というのはこの世に生きたモノが命尽きた後も成仏できず、何らかの未練を残して彷徨い続けている魂の姿。あやかしというのは、本来はかくりよと呼ばれる別の世に住まう人ならざるモノのこと。ただ、かくりよと現世を隔てている境界は曖昧で、こちらの世に来て住み着いてしまったモノは少なくない。

「念のために除霊と封印、どっちの護符も持っていっときな」
「それって霊かあやかし、どちらの可能性もあるってこと?」
「……まあ十中八九、あやかしだろう。坊主に経あげさせて変りがないってのなら」

 念のためだとしつこく付け加えながら、真知子から二種類の護符の束を手渡される。不動産屋の井上の話を聞いて、特に込み入った案件でもなさそうだし「この程度なら美琴でも大丈夫だ」と、美琴に初めて祓いの仕事が回されてしまった。護符の扱い方などは一通り叩き込まれたが、いきなりの実践はスパルタ過ぎじゃなかろうか……

「とりあえずやってみな。駄目だったらアヤメが何とかしてくれるだろう」
「まかせとき。小娘が失敗しても、アタシがちゃちゃっと片付けたるわ」

 端から成功するとは思われていない。「初めての時は誰でもそうですよ」というツバキの慰めの言葉も、上手くいかない前提なのが悲しい。

 動き易さ重視でスポーツウエアに身を包んだ美琴は、翌日の土曜は昼食を早めに食べてから家を出た。自転車の前カゴにリュックを放り込むと、当たり前のように後ろにアヤメが横座りして乗っかってくる。

「えーっ、二人乗りは道路交通法違反だし」
「問題ない。アタシの姿は一般人には視えへんし」
「まあ、そうなんだけど……」

 着物の裾がヒラヒラと捲れるのを片手で押さえつつ、アヤメは早く出発しろとばかりに美琴の背を叩いて急かしてくる。他の人からは視えないと言い張りつつも、足がさらけ出るのは気にするんだと、美琴はちょっと吹き出しそうになった。

 自分とさほど体格の変わらない鬼姫を後ろに乗せて、少し気合いを入れてペダルに足をかけたが、一漕ぎ目でその軽さに勢いあまって前へツンのめりそうになる。二人分の体重で負荷があるつもりでいたら全然なかったのだ。一人で乗ってる時とほとんど変わらない重さだ。

「……っ⁉」
「この世であやかしの実体なんて、あってないようなもんやからな」

 ケラケラと揶揄うような笑い声が聞こえた後、後ろから「じゃあ、先に行ってるで」というアヤメの台詞が耳に届く。驚いて自転車を道路脇に停めて振り向いた美琴の目の前、すっと霞のように消えていく鬼姫の濃灰の着物地。

「もうっ! 自力で行けるんなら、最初からそうしてよー」

 キコキコと自転車を漕ぎながら、意地の悪い鬼の顔を思い出して愚痴る。猫又のツバキは見るからに従順な式だが、アヤメは命じられたことはやるがという、とりあえず感が否めない。しかも、いつまで経っても美琴のことを『小娘』呼ばわりしてくるのがシャクに触る。

 井上から相談を受けた物件は、真新しい鉄筋コンクリート造りの5階建てマンションだった。八神家の近所でよく見るタイプとは違い、ベランダのパーテーションの間隔が広く、敷地内には専用駐車場もあるからファミリー向けの賃貸のようだ。駐輪場には子供の自転車も停められていて、どこかの部屋からは小さな子供が泣く声が聞こえてくる。

 ここへ来る手前では広くて開放的な公園も見かけたから、子育て世帯に人気の物件になるべく昨年に建て直されたが、実際のところ今現在の入居率は半分にも満たないのだという。勿体ない話だ。

「どう見ても、普通のマンションなんだけどなぁ……」

 最寄り駅からは少し離れているが、歩けない距離じゃないし駐車場もある。資料を見る限り家賃だって築浅の割にはお手頃だったはずだが、入居しても半年しない内に出ていく人が多いのだという。
 自信満々で建て直したはずの家主は賃料でのローン返済が上手くいかず、井上の元へ泣き付いてきたらしい。

「夜中に建物が揺れるほど何かがぶつかる音がしたとか、駐車場で獣のような呻き声を聞いたとか。特にどの部屋からという訳でもなく、敷地内の至る所で不気味な現象が起こるんだとか――」

 預かってきた一階の角部屋の鍵をリュックの外ポケットから取り出して、美琴はドアの鍵穴へと差し込んでみる。特に違和感なく開いた部屋の玄関からは、新築独特の木材の香りがまだ漂っていた。この部屋は三ヶ月もせずに住民が逃げ出したらしい。
 靴を脱いでから「お邪魔します」と小さく呟いて上がり込み、2LDKの間取りを興味深げに眺めて回る。ワックスでコーティングされた艶のあるフローリングに、カーテンの無い窓から日の光が差し込んでいる。

 二間ある内、駐車場に面したバルコニーがある洋室へ足を踏み入れた時、美琴は何かが近くを通り過ぎた気配をほんのわずかに感じた。それは部屋の中なのか外なのか、咄嗟のことで判別はつかなかった。
 そして、すぐ真後ろから声が聞こえてきて振り返る。

「そこのクローゼットの裏にお札が貼ってあるけど、この部屋はそんだけやな。問題があるんは外や」

 詰まらないとでも言いたげに、アヤメがキッチンスペースの収納棚を片っ端から開けたり閉めたりして遊んでいた。いつの間に到着していたのか、美琴が来る前に一人で一通り確認し終えたのだと告げてくる。意外と仕事は早いタイプらしい。

「外? 外って駐車場しかないけど……」
「隅っこにあった稲荷の古い祠か何かを、建て替える時に処分してしまったんやろうな。この辺りに狐の匂いがぷんぷんしとる」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

処理中です...