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第七章・一人娘が嫁ぐ日
第一話
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パンパンに膨れ上がったエコバッグを肩に下げて、山内亜紀はふぅっと息を吐いた。今日は醤油や料理酒などの液体物を買い込んでしまったから、見た目以上に重量がある。しかも、反対の手には十二ロール入りのトイレットペーパー。なかなかの大荷物だ。こんなに買うつもりなら自転車で行けば良かったと、今更ながら後悔する。
最近、何となく膝に嫌な痛みを感じることがあるのは、間違いなく運動不足が原因だ。もちろん、加齢もあるだろうけれど、まだ五十代。ここまでガタがくるのは早過ぎる。ご近所の奥様達に交じって朝のウォーキングをするべきか悩むところ。否、いくら仲良しだと言っても毎日のように朝から顔を合わせるのも正直言って面倒だ。ウォーキングなんて言っているけど、どうせ歩きながらの井戸端会議。気疲れしないわけがない。
せめて運動がてらにと行きつけのスーパーまで徒歩で出掛けてみたら、棚卸前の大セールとかで調味料がかなり値下げされているのを見つけてしまった。ここで買わないのは主婦が廃ると、威勢よくカゴに入れたのは何を隠そう自分自身。今日のエコバッグの重さは節約意識の高さと言ってもいい。
歩いてもせいぜい十五分ほどと、店までの距離を甘く見ていた。行きは全く問題なかったけれど、帰りはこんなに大荷物になるとは思っても見なかった。ついいつもの調子で買い物カゴへ、目に付く限りを放り込んでしまった。
右肩がそろそろ限界だと感じて、交差点脇の児童公園に逃げ込む。もう夕方に近い時刻だから公園内で遊んでいる子供は一人もいなくて閑散としている。滑り台とブランコ、鉄棒だけしかない小さな公園。その木製ベンチの上に一旦荷物を降ろし、エコバッグの持ち手が食い込んでいた箇所を手で擦って労わっていた。
と、目の前の滑り台の下を潜り出て来た一匹の猫と目が合った。
「ナァー」
「あら、こんにちは」
白の多い三毛の猫。赤い首輪をしているところを見ると、この近所で飼われている子だろうか。毛並みの良さを見る限り、外猫というわけでもなさそうだし、ただの散歩中だろうか。今の時代でもまだ家猫を自由に外に出す家はあるみたいだ。ひと昔前なら別に珍しくは無かったけれど……
きっと、この子の家の近所には小うるさい人が住んでいないのだろう、羨ましい限りだ。
するりと亜紀の足下に擦り寄った後、何事も無かったかのように公園を出て行く三毛猫。長い尻尾を真っすぐ上に伸ばし、小さなお尻を得意げに見せびらかして歩いていく後ろ姿に、亜紀はほうっと感嘆の声を漏らした。
猫に触れたのは三十年以上ぶりだ。大の猫好きだった亜紀が、猫を封印してからもうそんなに長い年数が経ったのかと思うと、自分自身を褒めてやりたくなる。
その日以降、亜紀はあの三毛猫とまた出会えることを期待して、スーパーへ行く時は児童公園の前を通るようになった。猫がどこの家の子かも知らないし、いつもそこを通っていくとも限らない。それでも多い時は月に数回くらいの割合で三毛猫の姿を見つけることができた。だから、きっと公園のすぐ近くの家の子なんだろうと勝手に考えていた。
運良く三毛猫と出会っても、こちらから手で触れたりはしない。向こうから擦り寄ってくるのはセーフだと密かにマイルールを決めていた。本音を言えば、抱っこしたり、モフモフの腹毛に顔を埋めたりしたいのは山々だ。でも、そういうことは一切諦めると決めたのは過去の自分。猫沼には一度ハマってしまうと簡単に戻れないのは知っている。
どんなに猫が好きでも、亜紀はもう猫は飼わないと決めている。好きなだけじゃペットを飼える理由にはならない。動物を家族に迎え入れるということは、それなりの条件をクリアしなければならないのだ。
だから、こうやって見知らぬ家の子を偶然見かけることで満足するようにしていた。間違いなく、周りの目にはおかしなオバサンに映っているだろう。
その日は行きと帰りの二回、児童公園の周辺を覗いてみたけれど、三毛猫の姿は見当たらなかった。朝から雨が降っていたせいで地面が濡れてしまっているのが原因だろうか。散歩には向いていなさそうな日に出会えることはほとんどない。意外とお嬢様気質な子なのかも?
ただ、今日はいつもの三毛猫とは別の猫をスーパーの駐車場で見かけた。地域猫というやつなのか、去勢済みのカットが耳に施されていた。さすがに半野良だと遠目で見るだけで、向こうからは近付いて来てはくれない。付かず離れずの距離から写真に収めるのが精一杯。
注意して探せば、いろんな子が近所にいることに気付いた。ウォーキングではないけれど、ご近所の猫を探してのんびりと散歩するのも悪くはない。今の亜紀にはそれだけでも十分幸せだった。いつの間にか亜紀のスマホには『猫』という名の写真用フォルダが出来上がっていた。
最近、何となく膝に嫌な痛みを感じることがあるのは、間違いなく運動不足が原因だ。もちろん、加齢もあるだろうけれど、まだ五十代。ここまでガタがくるのは早過ぎる。ご近所の奥様達に交じって朝のウォーキングをするべきか悩むところ。否、いくら仲良しだと言っても毎日のように朝から顔を合わせるのも正直言って面倒だ。ウォーキングなんて言っているけど、どうせ歩きながらの井戸端会議。気疲れしないわけがない。
せめて運動がてらにと行きつけのスーパーまで徒歩で出掛けてみたら、棚卸前の大セールとかで調味料がかなり値下げされているのを見つけてしまった。ここで買わないのは主婦が廃ると、威勢よくカゴに入れたのは何を隠そう自分自身。今日のエコバッグの重さは節約意識の高さと言ってもいい。
歩いてもせいぜい十五分ほどと、店までの距離を甘く見ていた。行きは全く問題なかったけれど、帰りはこんなに大荷物になるとは思っても見なかった。ついいつもの調子で買い物カゴへ、目に付く限りを放り込んでしまった。
右肩がそろそろ限界だと感じて、交差点脇の児童公園に逃げ込む。もう夕方に近い時刻だから公園内で遊んでいる子供は一人もいなくて閑散としている。滑り台とブランコ、鉄棒だけしかない小さな公園。その木製ベンチの上に一旦荷物を降ろし、エコバッグの持ち手が食い込んでいた箇所を手で擦って労わっていた。
と、目の前の滑り台の下を潜り出て来た一匹の猫と目が合った。
「ナァー」
「あら、こんにちは」
白の多い三毛の猫。赤い首輪をしているところを見ると、この近所で飼われている子だろうか。毛並みの良さを見る限り、外猫というわけでもなさそうだし、ただの散歩中だろうか。今の時代でもまだ家猫を自由に外に出す家はあるみたいだ。ひと昔前なら別に珍しくは無かったけれど……
きっと、この子の家の近所には小うるさい人が住んでいないのだろう、羨ましい限りだ。
するりと亜紀の足下に擦り寄った後、何事も無かったかのように公園を出て行く三毛猫。長い尻尾を真っすぐ上に伸ばし、小さなお尻を得意げに見せびらかして歩いていく後ろ姿に、亜紀はほうっと感嘆の声を漏らした。
猫に触れたのは三十年以上ぶりだ。大の猫好きだった亜紀が、猫を封印してからもうそんなに長い年数が経ったのかと思うと、自分自身を褒めてやりたくなる。
その日以降、亜紀はあの三毛猫とまた出会えることを期待して、スーパーへ行く時は児童公園の前を通るようになった。猫がどこの家の子かも知らないし、いつもそこを通っていくとも限らない。それでも多い時は月に数回くらいの割合で三毛猫の姿を見つけることができた。だから、きっと公園のすぐ近くの家の子なんだろうと勝手に考えていた。
運良く三毛猫と出会っても、こちらから手で触れたりはしない。向こうから擦り寄ってくるのはセーフだと密かにマイルールを決めていた。本音を言えば、抱っこしたり、モフモフの腹毛に顔を埋めたりしたいのは山々だ。でも、そういうことは一切諦めると決めたのは過去の自分。猫沼には一度ハマってしまうと簡単に戻れないのは知っている。
どんなに猫が好きでも、亜紀はもう猫は飼わないと決めている。好きなだけじゃペットを飼える理由にはならない。動物を家族に迎え入れるということは、それなりの条件をクリアしなければならないのだ。
だから、こうやって見知らぬ家の子を偶然見かけることで満足するようにしていた。間違いなく、周りの目にはおかしなオバサンに映っているだろう。
その日は行きと帰りの二回、児童公園の周辺を覗いてみたけれど、三毛猫の姿は見当たらなかった。朝から雨が降っていたせいで地面が濡れてしまっているのが原因だろうか。散歩には向いていなさそうな日に出会えることはほとんどない。意外とお嬢様気質な子なのかも?
ただ、今日はいつもの三毛猫とは別の猫をスーパーの駐車場で見かけた。地域猫というやつなのか、去勢済みのカットが耳に施されていた。さすがに半野良だと遠目で見るだけで、向こうからは近付いて来てはくれない。付かず離れずの距離から写真に収めるのが精一杯。
注意して探せば、いろんな子が近所にいることに気付いた。ウォーキングではないけれど、ご近所の猫を探してのんびりと散歩するのも悪くはない。今の亜紀にはそれだけでも十分幸せだった。いつの間にか亜紀のスマホには『猫』という名の写真用フォルダが出来上がっていた。
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