50 / 50
第五十話・エピローグ
しおりを挟む
店内に流れている穏やかなクラッシック音楽は隅に置かれた電子ピアノからだろうか。食器が鳴る音と客の話し声が混ざり合ってお世辞にも静かとは言えないが、どこか緩やかで上質な空気を感じるのはここがホテル内にあるカフェだからだろう。客の中には結婚式の参列者らしき留め袖や振袖姿の人達もいる。そういえば今日は大安吉日だった。今日のホテル内はきっと幸せに溢れている。
私は普段より少し気合いを入れた大人っぽいワンピースを着て、あまり収納力のない小振りなショルダーバッグを背の後ろに置き、柊人さんと向かい合って窓際のテーブル席に座っていた。ここに来てからずっと困惑の色を隠せていない彼は、周囲が女性客ばかりなのに戸惑っているようだった。窓際のテーブルは私達以外は女子会らしき客で埋まっていた。男性は彼を含めて数名だけだ。
「ごめんね、やっぱり別の日に妹と来れば良かったかも……」
「いや、大丈夫。ここは二人以上じゃないと予約できなかったんだろう?」
「そうなんだよね……いつもはお一人様オッケーのところを選ぶようにしてるんだけど、ここはネットでレビュー見てから、どうしても来て見たくって」
私の唯一の趣味とも言えるヌン活。いつもチェックしているアフタヌーンティー専門のレビューサイトで紹介されていて、ずっと来たいと思っていた店にようやく訪れることができ、私は密かに興奮していた。ここは予約人数に下限があってどうしても一人では来ることができず、ずっと指を咥えて眺めるだけだった憧れの店なのだ。
最初は内定祝いも兼ねて風香を誘うつもりでいたけれど、週末はコンビニのバイトで忙しいと断られてしまった。卒業旅行の資金を貯める為に今必死だからと言われてしまったら無理強いできない。折角取れた予約もキャンセルかと、完全に諦めるつもりで何気なく彼に少し愚痴っただけだ。だから、まさか甘い物が苦手な柊人さんが代わりに付き合ってくれるとは思わなかった。
居心地が悪そうにしていた柊人さんも、コーヒーが運ばれて来ると少し落ち着いたみたいで、相変わらず砂糖もミルクも加えずにそのまま飲み始める。私もティーポットからカップへと紅茶を注ぎ入れてから、ダージリンの優しい香りを嗅いだ。
「大丈夫、ここはスイーツよりセイボリーメニューの方が充実してるみたいだし、柊人さんが食べれる物の方が多いはずだから」
「あ、ああ……」
他のテーブルに並ぶメニューをチラ見して不安そうにしている柊人さんを励ます。以前と同じように「甘い物は私に任せて、食べられる物だけ食べてくれればいいから」とは伝えていたが、周囲から漂ってくる甘い匂いに若干顔を引きつらせていた。彼にとって唯一の救いはドリンクにコーヒーも選べたことくらいか。
しばらくして運ばれてきたのは、二段のスイーツスタンドと、軽食メニューの乗ったウッドプレート。プレートの上に並んだ旬の食材を使ったピンチョスやオープンサイドに、柊人さんが安堵の溜め息をついたのに気付いて、私は吹き出しそうになるのを必死で堪える。
――私がすごく楽しみにしてたの知ってるから、無理して付いてきてくれたんだよね。
キャンセル待ちで奇跡的に予約を取ることができた時、リビングで私が発狂していたのを彼は横で見ていたからキャンセルするのは可哀想だと考えてくれたのだろう。私はテーブルの上のアフタヌーンティーをスマホのカメラで撮影した後、少し身体を後ろへ引いてその液晶の中に彼の姿も写し入れた。コーヒーカップを手にした柊人さんはホテルのカフェ内でとても絵になっていたが、スイーツを前にして困惑の表情を浮かべているのが何とも可愛い。周りの女性達も私と同じことを思っているのだろうか、他のテーブルからもチラチラと視線を感じる。
私がスーツメニューを味わいながら幸せに浸っているのを、柊人さんが向かいから穏やかな笑みを浮かべて見つめているのに気付く。その目がとても優しくて、私も彼に向かって微笑み返す。
「咲良が食べてるのを見てたら、美味しそうに思えるんだけどな……」
目の前の手付かずのスイーツをチラ見して、柊人さんが苦笑いになる。
「私も柊人さんが何も足さずにコーヒー飲んでるの見てる時、全く同じこと思うよ。でも、実際に飲んだら苦くて無理なんだけど」
味の好みはこんなにも違うのに、一緒にいて安らげるのはなぜなんだろう。私達は不思議だねと顔を見合わせて笑う。このままずっと同じ時間を共に過ごせるのなら、同じ物を食べられなくったって別にいい。ただ傍にいてくれるだけで十分なのだから。
私は苺ムースをスプーンで掬って頬張ってから、「美味しいよ」と柊人さんへ微笑んでみせた。
―完―
私は普段より少し気合いを入れた大人っぽいワンピースを着て、あまり収納力のない小振りなショルダーバッグを背の後ろに置き、柊人さんと向かい合って窓際のテーブル席に座っていた。ここに来てからずっと困惑の色を隠せていない彼は、周囲が女性客ばかりなのに戸惑っているようだった。窓際のテーブルは私達以外は女子会らしき客で埋まっていた。男性は彼を含めて数名だけだ。
「ごめんね、やっぱり別の日に妹と来れば良かったかも……」
「いや、大丈夫。ここは二人以上じゃないと予約できなかったんだろう?」
「そうなんだよね……いつもはお一人様オッケーのところを選ぶようにしてるんだけど、ここはネットでレビュー見てから、どうしても来て見たくって」
私の唯一の趣味とも言えるヌン活。いつもチェックしているアフタヌーンティー専門のレビューサイトで紹介されていて、ずっと来たいと思っていた店にようやく訪れることができ、私は密かに興奮していた。ここは予約人数に下限があってどうしても一人では来ることができず、ずっと指を咥えて眺めるだけだった憧れの店なのだ。
最初は内定祝いも兼ねて風香を誘うつもりでいたけれど、週末はコンビニのバイトで忙しいと断られてしまった。卒業旅行の資金を貯める為に今必死だからと言われてしまったら無理強いできない。折角取れた予約もキャンセルかと、完全に諦めるつもりで何気なく彼に少し愚痴っただけだ。だから、まさか甘い物が苦手な柊人さんが代わりに付き合ってくれるとは思わなかった。
居心地が悪そうにしていた柊人さんも、コーヒーが運ばれて来ると少し落ち着いたみたいで、相変わらず砂糖もミルクも加えずにそのまま飲み始める。私もティーポットからカップへと紅茶を注ぎ入れてから、ダージリンの優しい香りを嗅いだ。
「大丈夫、ここはスイーツよりセイボリーメニューの方が充実してるみたいだし、柊人さんが食べれる物の方が多いはずだから」
「あ、ああ……」
他のテーブルに並ぶメニューをチラ見して不安そうにしている柊人さんを励ます。以前と同じように「甘い物は私に任せて、食べられる物だけ食べてくれればいいから」とは伝えていたが、周囲から漂ってくる甘い匂いに若干顔を引きつらせていた。彼にとって唯一の救いはドリンクにコーヒーも選べたことくらいか。
しばらくして運ばれてきたのは、二段のスイーツスタンドと、軽食メニューの乗ったウッドプレート。プレートの上に並んだ旬の食材を使ったピンチョスやオープンサイドに、柊人さんが安堵の溜め息をついたのに気付いて、私は吹き出しそうになるのを必死で堪える。
――私がすごく楽しみにしてたの知ってるから、無理して付いてきてくれたんだよね。
キャンセル待ちで奇跡的に予約を取ることができた時、リビングで私が発狂していたのを彼は横で見ていたからキャンセルするのは可哀想だと考えてくれたのだろう。私はテーブルの上のアフタヌーンティーをスマホのカメラで撮影した後、少し身体を後ろへ引いてその液晶の中に彼の姿も写し入れた。コーヒーカップを手にした柊人さんはホテルのカフェ内でとても絵になっていたが、スイーツを前にして困惑の表情を浮かべているのが何とも可愛い。周りの女性達も私と同じことを思っているのだろうか、他のテーブルからもチラチラと視線を感じる。
私がスーツメニューを味わいながら幸せに浸っているのを、柊人さんが向かいから穏やかな笑みを浮かべて見つめているのに気付く。その目がとても優しくて、私も彼に向かって微笑み返す。
「咲良が食べてるのを見てたら、美味しそうに思えるんだけどな……」
目の前の手付かずのスイーツをチラ見して、柊人さんが苦笑いになる。
「私も柊人さんが何も足さずにコーヒー飲んでるの見てる時、全く同じこと思うよ。でも、実際に飲んだら苦くて無理なんだけど」
味の好みはこんなにも違うのに、一緒にいて安らげるのはなぜなんだろう。私達は不思議だねと顔を見合わせて笑う。このままずっと同じ時間を共に過ごせるのなら、同じ物を食べられなくったって別にいい。ただ傍にいてくれるだけで十分なのだから。
私は苺ムースをスプーンで掬って頬張ってから、「美味しいよ」と柊人さんへ微笑んでみせた。
―完―
36
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
【完】ソレは、脱がさないで
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位
パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。
ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。
関連物語
『経理部の女王様が落ちた先には』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位
ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位
『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる