4 / 49
第四話・トラ猫のティグ
しおりを挟む
その時、確実に魔獣に不意を突かれたと思った。もうダメだと半分諦めて、ギュッと目を摘むった。騎士や剣士とは違って魔法使いの装備では、大型魔獣の直接攻撃は耐えられない。
でも、目を開いた時、なぜかジークは無傷だった。彼の背後に立ち、鋭い爪で襲い掛かろうとしていた魔獣は居なくなっていた。否、居なくなったというよりは、消し炭へとその姿を変えていた。何が起こったのか、理解できない。
「にゃーん」
代わりにジークの前に姿を現したのは、初めて見る小さな獣。簡単に抱えられるほどの大きさのそれは、茶色の縞模様の毛を纏っている。彼のすぐ足元で、細く長い尻尾をくるりと前足まで回してちょこんと座っている。どこかで見た覚えがあったが、実際に目にするのは初めての生き物だった。魔獣の一種では無さそうだが、どういった種類の獣なのかが分からない。
「助けてくれたのは、君か?」
「にゃーん」
他に誰がいるんだとでも言うように、鳴いて返事をされる。その茶色の縞々は静かに立ち上がると、尻尾をピンと伸ばしてジークに近付いてくる。敵意は無さそうだけどと見ていると、彼の脚にその縞々模様は擦り寄って来た。フワフワとした毛に纏わり付かれながら、ジークは必死で考える。
――これは、虎の子供か? いや、違うような……。なんだろう、この獣。
じっと見つめるジークの匂いを嗅いだりと、縞模様のモフモフは彼の周囲を気ままに動き回っている。そして、ふいっと上を向いたかと思うと、背中の大きな翼を広げて頭上の木の枝へと飛び乗ってみせた。
上からジークを見下ろして、また「にゃーん」と一鳴きしてみせる。この姿を見せれば分かるだろ、とでも言うかのように。
「えっ、猫?!」
翼を生やし、長い尻尾を持ち、丸い顔の獣。それは経典でも描かれている、聖なる獣とされていた猫の姿そのものだ。空想上のものではないが、ここ何百年も領内では確認されたことが無い、幻の獣。経典の絵図で見覚えのある毛色とはまた違うが、おそらく間違いないだろう。
まさかとは思ったが、魔獣を倒したのは聖獣の使う光魔法だったと考えると、ちゃんと説明がつく。ジークの放つ炎の魔法では焼け焦げさせることはできても、完全な消し炭まではならない。
ただ、想像していたよりも猫が小さい獣だったので、それには驚いた。聖獣と呼ばれるくらいだから、もっと大きく逞しい生き物かと思っていた。翼を折り畳んでいる状態だと、虎か何かの子供にしか見えない。
「おいで」
しゃがみ込んで手を差し出すと、乗っていた木の枝からストンと降りて寄って来る。伸ばされた指の匂いを興味深げにしばらく嗅いでいたが、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「ありがとう。君が居なかったら死んでるところだった」
「にゃーん」
小さな頭を撫でてやると、嬉しそうにその手に頬を押し付けてきた。艶のある毛は柔らかくて、ふわりと暖かい。
「お腹は空いてない?」
「にゃーん」
今日の依頼は全て終わったことだし、もう急ぐ用はない。手持ちの軽食を猫にも分けてやり、適当な倒木に腰掛けて自分も遅めの昼食にする。
ジークの足元で、貰ったパンをあむあむ、と小さく唸りながら食べている様に吹き出しそうになる。
「盗らないから、ゆっくり食べなよ」
誰かと食べる食事は、随分と久しぶりな気がする。日替わりの即席パーティからはぐれるようになって以来、ずっと独りで行動していたし、他人と話す機会も減っていた。誰かと一緒に居るのもいいもんだな、とジークはトラ猫の頭にそっと触れて、シャーと威嚇されてしまう。
「ごめんっ、盗らないからっ」
食べてる時のお触りは厳禁のようだ。猫はパンを全て食べ終わると、器用に前足を使って毛繕いを始める。よっぽど美味しかったのだろうか、口周りは特に念入りに手入れしているようだった。
「君は、森に住んでるのかい?」
ジークの問いかけに、トラ猫は「にゃーん」と鳴いて答える。広い森だ、聖獣ぐらい住んでいてもおかしくはない。古代には竜もいたという話なのだから。領が把握できているのはまだ一部でしかなく、森のほとんどが未開だ。
「じゃあ、またね」
危うく命を落としかけたりもしたが、楽しいひと時だったと、食事を終えてから猫に別れを告げる。荷物をまとめて立ち上がると、猫は毛繕いを止めて顔を上げた。そして、ひょいと軽い身のこなしで、ジークがそれまで座っていた倒木に飛び乗った。
「にゃーん」
横たわる太い木の上から、猫はジークの身体によじ登ろうと前足を伸ばして来る。片手で抱き抱えてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら彼の顎に小さな頭を擦り寄せて来た。
「一緒に来る?」
「にゃん」
嬉しそうに返事をすると、トラ猫は抱えられていた腕からするりと抜けて、ジークの隣に並んで歩き出す。
「そうだ、名前はどうしようか?」
街への戻りがてら、ジークはずっと頭を悩ませていた。相手が猫だろうと、名前を付けるという経験がこれまで無かったから、何を基準に決めたら良いのか分からない。途中の休憩時に確認したところ、どうやらこの猫は雄のようだった。呼びやすくて雄猫らしい名をと、しきりに首を傾げる。そして、街の石壁が見てくる頃、ようやく一つの名が浮かんだ。
「君の名前は、ティグ。……どうかな?」
「にゃん」
横で軽快に歩いていた猫が、ジークを見上げて鳴いて返事する。縞模様の尻尾を空に向けて伸ばしてご機嫌そうにしているところを見ると、OKということだろうか。
「これから、よろしくな。ティグ」
「にゃーん」
でも、目を開いた時、なぜかジークは無傷だった。彼の背後に立ち、鋭い爪で襲い掛かろうとしていた魔獣は居なくなっていた。否、居なくなったというよりは、消し炭へとその姿を変えていた。何が起こったのか、理解できない。
「にゃーん」
代わりにジークの前に姿を現したのは、初めて見る小さな獣。簡単に抱えられるほどの大きさのそれは、茶色の縞模様の毛を纏っている。彼のすぐ足元で、細く長い尻尾をくるりと前足まで回してちょこんと座っている。どこかで見た覚えがあったが、実際に目にするのは初めての生き物だった。魔獣の一種では無さそうだが、どういった種類の獣なのかが分からない。
「助けてくれたのは、君か?」
「にゃーん」
他に誰がいるんだとでも言うように、鳴いて返事をされる。その茶色の縞々は静かに立ち上がると、尻尾をピンと伸ばしてジークに近付いてくる。敵意は無さそうだけどと見ていると、彼の脚にその縞々模様は擦り寄って来た。フワフワとした毛に纏わり付かれながら、ジークは必死で考える。
――これは、虎の子供か? いや、違うような……。なんだろう、この獣。
じっと見つめるジークの匂いを嗅いだりと、縞模様のモフモフは彼の周囲を気ままに動き回っている。そして、ふいっと上を向いたかと思うと、背中の大きな翼を広げて頭上の木の枝へと飛び乗ってみせた。
上からジークを見下ろして、また「にゃーん」と一鳴きしてみせる。この姿を見せれば分かるだろ、とでも言うかのように。
「えっ、猫?!」
翼を生やし、長い尻尾を持ち、丸い顔の獣。それは経典でも描かれている、聖なる獣とされていた猫の姿そのものだ。空想上のものではないが、ここ何百年も領内では確認されたことが無い、幻の獣。経典の絵図で見覚えのある毛色とはまた違うが、おそらく間違いないだろう。
まさかとは思ったが、魔獣を倒したのは聖獣の使う光魔法だったと考えると、ちゃんと説明がつく。ジークの放つ炎の魔法では焼け焦げさせることはできても、完全な消し炭まではならない。
ただ、想像していたよりも猫が小さい獣だったので、それには驚いた。聖獣と呼ばれるくらいだから、もっと大きく逞しい生き物かと思っていた。翼を折り畳んでいる状態だと、虎か何かの子供にしか見えない。
「おいで」
しゃがみ込んで手を差し出すと、乗っていた木の枝からストンと降りて寄って来る。伸ばされた指の匂いを興味深げにしばらく嗅いでいたが、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「ありがとう。君が居なかったら死んでるところだった」
「にゃーん」
小さな頭を撫でてやると、嬉しそうにその手に頬を押し付けてきた。艶のある毛は柔らかくて、ふわりと暖かい。
「お腹は空いてない?」
「にゃーん」
今日の依頼は全て終わったことだし、もう急ぐ用はない。手持ちの軽食を猫にも分けてやり、適当な倒木に腰掛けて自分も遅めの昼食にする。
ジークの足元で、貰ったパンをあむあむ、と小さく唸りながら食べている様に吹き出しそうになる。
「盗らないから、ゆっくり食べなよ」
誰かと食べる食事は、随分と久しぶりな気がする。日替わりの即席パーティからはぐれるようになって以来、ずっと独りで行動していたし、他人と話す機会も減っていた。誰かと一緒に居るのもいいもんだな、とジークはトラ猫の頭にそっと触れて、シャーと威嚇されてしまう。
「ごめんっ、盗らないからっ」
食べてる時のお触りは厳禁のようだ。猫はパンを全て食べ終わると、器用に前足を使って毛繕いを始める。よっぽど美味しかったのだろうか、口周りは特に念入りに手入れしているようだった。
「君は、森に住んでるのかい?」
ジークの問いかけに、トラ猫は「にゃーん」と鳴いて答える。広い森だ、聖獣ぐらい住んでいてもおかしくはない。古代には竜もいたという話なのだから。領が把握できているのはまだ一部でしかなく、森のほとんどが未開だ。
「じゃあ、またね」
危うく命を落としかけたりもしたが、楽しいひと時だったと、食事を終えてから猫に別れを告げる。荷物をまとめて立ち上がると、猫は毛繕いを止めて顔を上げた。そして、ひょいと軽い身のこなしで、ジークがそれまで座っていた倒木に飛び乗った。
「にゃーん」
横たわる太い木の上から、猫はジークの身体によじ登ろうと前足を伸ばして来る。片手で抱き抱えてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら彼の顎に小さな頭を擦り寄せて来た。
「一緒に来る?」
「にゃん」
嬉しそうに返事をすると、トラ猫は抱えられていた腕からするりと抜けて、ジークの隣に並んで歩き出す。
「そうだ、名前はどうしようか?」
街への戻りがてら、ジークはずっと頭を悩ませていた。相手が猫だろうと、名前を付けるという経験がこれまで無かったから、何を基準に決めたら良いのか分からない。途中の休憩時に確認したところ、どうやらこの猫は雄のようだった。呼びやすくて雄猫らしい名をと、しきりに首を傾げる。そして、街の石壁が見てくる頃、ようやく一つの名が浮かんだ。
「君の名前は、ティグ。……どうかな?」
「にゃん」
横で軽快に歩いていた猫が、ジークを見上げて鳴いて返事する。縞模様の尻尾を空に向けて伸ばしてご機嫌そうにしているところを見ると、OKということだろうか。
「これから、よろしくな。ティグ」
「にゃーん」
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる