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第六話・猫と冒険

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 朝日が昇って宿屋が少しずつ騒めいてきたら、冒険者の活動開始の合図だ。離れた場所での依頼を受けた者は日が昇ったと同時に出て行くので、早朝でもなければ宿で他の客と鉢合わせになることはほとんどない。

 前日に頼んでおいた昼用の軽食を宿の女主人から受け取って、ジークは依頼場所である魔の森を目指した。
 人目につくところでは猫をローブの中に抱いて隠すようにしていた。万が一に見られたとしても、虎の子供だと言い切ってしまえば良いのだが、見られないに越したことはない。

 森の入口付近まで来てから降ろしてやると、ティグは脚を前に突き出して身体全体で大きく伸びをしていた。ずっと抱かれっぱなしでいるのも大変だったとでも言うかのように。

「今日も薬草を摘んでから討伐のつもりだけど、ティグも手伝ってくれる?」
「にゃーん」

 分かってるのか分からないような返事が来るが、気にしない。ずっとソロでやってきていたから、話しかけたら鳴いて返してくれる存在がただ嬉しい。

 お目当ての薬草の群生地を探して森の中をウロウロしていると、草むらの中から小型の魔獣が飛び出して来た。ジークが炎を操って倒すと、その焼けた獣をティグは興味深げにクンクンと匂いを嗅いで確認し始める。もしかして食べるのかと思って見ていたが、ひとしきり嗅いだ後はふいと別の方に歩いて行ってしまう。

「なかなか見つからないなぁ……」

 今日の採取目的の薬草がいくら探しても見つからない。おおよその群生地はギルドで公開されている地図で確認して来たつもりだったが、情報が古かったのか、あるいはジークの覚え違いなのか。だからと、広い森の中をただ闇雲に探し回る訳にもいかない。

「先が鋭いギザギザした葉なんだけど、ティグは見たことない?」

 森に住んでいたのなら知っているんじゃないかと、ダメ元で聞いてみる。すると、こっちに来いとでもいうように猫が前を歩き始める。チラチラとジークがちゃんと付いて来ているかを確認しながら、森の奥へとどんどん進んでいく。

「まさか、ね」

 疑いながらも大人しく後を付いていくと、そのまさかだった。猫に案内された先は、ジークが探していた植物の群生地。今日の依頼分ならここだけで十分に収集できてしまうという程の量が、その場には生え育ってていた。

「ティグ、すごいな!」
「にゃーん」

 相棒として十分な働きをしてくれたトラ猫の頭を撫でてやると、ティグは縞模様の長い尻尾を得意げにピンと伸ばしてみせる。
 目的の薬草を採取している間、猫は手近な草にじゃれついたり、日の当たる場所を見つけて日光浴をしたりと、ジークからは付かず離れずのところで好きなことをして過ごしていた。

 必要な量を採取できると残るは討伐依頼なのだが、その前に少し早めの昼食を取ろうと手頃な倒木を探して腰掛けた。今日はいつもよりも多めに用意してもらったので猫と分け合っても十分だろう。それでも足りない時の為に干し肉もいくらか持ってきている。

 スライスされた肉と野菜を挟んだパンにかぶりつくジークの足元で、パンと肉だけを貰ってティグはあむあむと興奮しながら貪っていた。携帯用のカップに魔法で水を出してやると、それもまた美味しそうに飲んでいる。

「明日は、もう少し多めにしてもらおうか」

 ティグの食欲旺盛っぷりに、思わず吹き出しそうになる。何なら二人分で頼んだ方がいいのかもしれない。この小さな身体のどこに入っていくのだろうか。

 昼食後に討伐するつもりの魔獣は猪型の中型魔獣だ。近隣の畑を荒らしに出てくることが度々あるので、討伐依頼の定番でもある。大きな牙は加工されて装飾品として市場に出ることが多いので、今回の依頼の報酬とは別に素材部位の買取料も期待できる。ソロが受けれる案件としては割が良い方だ。

 問題なのは猪型というだけあって、目が合うと勢いよく突進してくるので、見つけたら即攻撃しないと手遅れになることだろうか。ジークのような無詠唱の魔法使いなら即発動も可能だが、安全の為にはやはりある程度の距離はとっておきたいので、気付かれる前に攻撃が理想だ。

 目的の魔獣が頻繁に行き来していそうな獣道を探し出して、それを辿って行く。森の奥へと入り込んだところで、巣穴らしき大きな窪みを発見した。周辺を探ってみるとそれらしき毛や糞も見られたので、住処で間違いなさそうだ。

 ジークは手頃な石を一つ拾うと、それを巣穴めがけて投げつけてみる。中に何かが居れば、驚いて出てくるはずだ。しかも、石に風魔法を乗せてみたので、当たればそれなりのダメージも与えることになるだろう。

 ガンッ、と鈍い音がした後、低い唸り声とともに硬い毛に覆われた巨体が姿を現した。額から血を流しているところを見ると、石は獣の顔に直撃したようだ。

「よし!」

 思った以上の良い当たりに、ジークは口の端で笑いながら魔法を放つ。彼の得意な紅蓮の炎が容赦なく獣の身体を包み込んだ。先制攻撃は成功だ。
 ところが、討伐証明で提出する部位と、素材になる牙を回収しようと近付いた時、中から別の獣の唸り声が聞こえて来た。

「まだ居るのか?!」

 先に倒した魔獣の大きな死体の陰に隠れるようにして、中を覗き込む。もう一体が完全に姿を見せる前に魔力を溜めておき、出てきた瞬間に発動できるようにと構える。
 だが、すぐに現れた個体に炎を撃とうとジークが右手を振り上げるより先に、彼の目の前をティグが縞模様の翼を広げてひらりと立ち塞いだ。

「ティグ?」
「シャー!」

 掠れた威嚇の声を出した猫の口から、光の塊が飛び出す。それは真っ直ぐに魔獣へと向かい、衝突と同時に獣の姿は消滅してしまった。残されたのは黒い消し炭だけ。

「にゃーん」

 振り向いてご機嫌に鳴いてみせる猫の得意げな顔に、ジークは吹き出した。

「ごめん。ティグが倒す番だったね」

 褒めて欲し気にゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる猫を、その毛並みに沿って頭を優しく撫でてやる。彼らの前に転がるのは、一体の魔獣の焼死体と、一体分の消し炭。
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