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第七話・冒険の日々

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 討伐した魔獣から必要な部位を回収し終わると、ジークはちらりと巣穴の入口を見た。ティグが倒したもう一匹が横たわっているのだが、それは獣の死体と言うよりはただの消し炭だった。

 確か、聖獣が使うのは光魔法で、魔法使いの火や炎とは違って、燃やすというよりも消し去るに近いようだった。威力としては十分過ぎるけれど、これは少し問題だなとジークは栗色の前髪をワシャワシャと掻き上げる。

「もう少しだけ、手加減できる?」

 ギルドに提出する部位まで消し炭になってしまうと、依頼達成の報告ができやしない。せっかく倒したのに、これでは勿体ない。

「ティグが強いのはよく分かったけど、全部消したらダメだ。倒すだけでいいから」
「にゃーん」

 お行儀良くちょこんと座るトラ猫の前にしゃがみ込んで、優しく言い聞かせる。とりあえず今日のところは一匹分だけを提出することにして、日が落ちる前にと急いで森を出た。

 石壁の検問所が見える前にローブの中に猫を隠し入れ、確認されれば顔だけを出させる。さすがに朝と同じ検問人だと、特に見せるようにと言われることも無い。毎日のように同じ顔触れの冒険者が出たり入ったりしていると、検問がいい加減になるのも仕方ない。

 先に宿屋に寄ってティグをお留守番させてから、ギルドに依頼達成の報告に行く。道すがらに何人もの冒険者とすれ違ったが、この時間帯の彼らは怪我をしていたり汚れ切っていたりとなかなかに荒んでいる。

 朝には装備をガチャガチャと鳴らして勇ましく出ていった者も、戻って来る時には仲間の肩を借りなければ歩けなくなっていることだって珍しくはない。命を落としたり、致命的な大怪我をして引退していく者も後を絶たず、ギルドに顔を出す度に出会う顔ぶれが変わっていく。

 それでも冒険者が居なくならないのは、ジークと同じように力試しや刺激を求めて集まってくる若者が途切れないからだ。ここは夢と絶望とが混在する街だ。
 今日も見たことない顔がちらほら居るなと思いつつ、ギルドの窓口で達成報告を済ませると、いつもと同じように翌日分の依頼を求めてボードを眺める。

 薬草採取は問題ないけれど、魔獣討伐は単体だとティグが満足しないから群れの依頼を探してみる。受諾条件に引っかかってしまうのは分かっていたので、そこは交渉してみるつもりで窓口へと向かった。以前に他の冒険者が、自己責任の元に受諾条件の緩和を勝ち取っていたのを見たことがある。だから、粘れば何とかなるかもしれない。

「この依頼はソロでは……あ、いえ、ジークさんなら大丈夫ですね」
「いいの?」
「ええ。噂はいろいろ聞いてますんで」

 交渉無しにあっさりと受諾できてしまい、少しばかり拍子抜けする。噂って何だとは思ったが、まあ大体想像は付く。実績ある冒険者なら、多少の融通は利かせて貰えることがあるようだ。

「あ、あと、契約獣の登録がまだのようなので、それも今させてもらいますね」
「それも噂で?」

 そうです、と頷くと職員は一枚の用紙を差し出した。噂で動く職員がいるのも組織としては問題だなと思ったが、特に触れはしなかった。

 契約獣がいる冒険者はギルドに登録しておくことで今後も受諾条件が緩和されるとの説明だった。任意で名前と種別だけを記入する簡易な物だが、登録する者は意外と少ない。まず、契約の魔法が使える魔法使い自体がほとんどいないからだ。この時ほど、自分が魔法使いで良かったと思ったことはなかった。

「名前はティグ、種別は虎ですね」

 契約獣の首に付けるプレートもあると勧められたが、それは遠慮した。大型獣用の物は猫には大きすぎて付けられないし、そもそもティグは契約獣じゃない。サイズが合ったとしても、大人しく付けてくれるとも思えない。

 翌日の予定も決まったところで、相棒の待つ宿屋へと戻ることにした。途中で屋台に立ち寄って夕食を確保すると、自然と早足になった。

「ただいま」

 個室の扉を開くと、案の定ティグは入口前でちょこんと座って待っていた。ジークの顔が見えると、尻尾を伸ばして擦り寄ってくる。

「晩御飯にしようか。お腹空いただろ?」
「にゃーん」

 聞くよりも早く食べ物の匂いで分かったのだろう、身体を伸ばしてジークの脚によじ登ろうとしてくる。頭を撫でて宥めながら皿に取り分けてやると、勢いよく頭を突っ込んで食べ始めた。

 ティグの食べっぷりに感心しながら、自分も買って来たばかりの肉串にかぶりついた。ナイフとフォークを使って上品に食事していたのが遥か昔のことのように思えたが、ほんの数か月前のことだ。

 冒険者になりたての頃は、即席のパーティを組むことになった者達と親睦を深めるという口実で前夜に飲み屋に繰り出すことはあった。翌日の討伐への士気を高める意味合いもあったし、情報交換の場でもあった。

 そして普通は、依頼を終えた後には懇親会と称しての飲みの集まりがあるはずなのだが、ジークはそれに呼ばれたことは一度も無かった。大抵はギルドで報酬の分配をした後に気まずい空気のままで現地解散だ。それに関してはまあ、ジークの無双っぷりが原因だったので今更何を言っても仕方がない。

 だから、その日の依頼内容を思い出しながら誰かと食事するのは、ティグが初めてだ。

「明日は群れの依頼を受けて来たから、ティグも頑張ってくれよな」

 相変わらず、あむあむと声を出して食べ続けている相棒の姿に、ジークは目を細めた。持っていた串から肉を外して分けてやると、それも嬉しそうに一瞬で頬張っていた。
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