32 / 49
第三十ニ話・グランへの帰省3
しおりを挟む
ジークが戻って来ていることが、執務室で書類に目を通していたグラン領主の耳に届いた時、すでに長子の姿は館の敷地内には無かった。ほんの数時間で行き来できる距離に居るのだから、用も無いのにわざわざ顔を見せるつもりもないと言うことだろうか。領主の口から、寂しさの籠った溜息が漏れた。
ジークに会った者達の話を聞く限りは元気にやっているようだし、何やら虎の子を契約獣として従えているというから、冒険者としても順調に力を付けていることが伺い知れる。
ただ、どんなに強かろうが、親にとっては子は子である。少しくらい顔を出してくれても良いのにと残念に思うのは仕方がない。
領主本邸を後にし、ルイとの待ち合わせ場所である中央通りの一角で、噴水の縁に座ってジークは街並みを眺めていた。変わっていないと思っていた街も、よく見れば新しい店が出来ていたりして、難易度の高い間違い探しのようだ。ローブの中に隠されたティグは、退屈そうに欠伸をしてから、ジークの腕の中にすっぽりと入り込んで目を閉じていた。
騎士になったアデルから情報を得たところ、グランとシュコールとの領間で出没するという盗賊は、ここ最近は特に被害が頻発しているらしい。商人が運ぶ積み荷だけを狙う為、旅人や地元民が襲われたという話はない。
「定期的に警備兵が巡回してるから、捕まえたら縛り上げて道に転がしておけばいいさ」
万が一遭遇することがあっても、微塵も心配はしていないとアデルは冗談ともつかないことを笑いながら言っていたし、言われたジークも一緒になって笑っていた。
「だからって、本当に出るとはね」
森の木々の合間から急に飛んで来た矢は、幌馬車の側面に深く突き刺さっていた。手綱を持っているルイに停まるように指示を出し、ジークは馬車全体を覆うように結界を張った。次々に飛んでくる矢は結界に弾かれて折れ曲がり、馬車周辺の地面へと落ちていく。
怯えて青褪めているルイを幌の中に押し込み、ジークは周辺の気配を探った。日が落ち始めた森の中を走る道は薄ぼんやりと暗く、賊が潜んでいるのは道沿いの木々の陰。視覚が使いものにならない状況だが、相手は魔獣ではなく人間だから、今回はティグを頼る訳にはいかない。
結界により矢が効かないことに気付いたのか、姿を隠していた盗賊達が武器を変えて近付いて来る。落ち葉や木の枝を踏みしめる音から、その数は8人ほどと見た。顔の大半を布で覆った男達が、大剣や槍などを構えながら、左右両方の沿道から姿を現した。
うぉーっという低い雄叫びをあげながら、武器を持った集団が一斉に馬車めがけて駆け寄ってくる。そのいきなりの大声に、ルイの馬が驚いて嘶いた。
パニックを起こして馬が急に走り出さないよう、ジークは御者席に飛び乗って立ったまま手綱を引いた。そして、幌馬車を中心とした四方八方に向けて、風魔法を放つ。馬車めがけて走り寄ってくる賊は強い突風に身体を持ち上げられ、数メートル後方へと吹き飛ばされていった。
地面に強く身体を叩きつけられた者、近くの木に体当たりして呻く者、自ら構えていた武器で怪我をしてしまった者など、半数は一度の反撃でその場で動けなくなっていたが、さすがに世間を騒がす荒くれ者達だ、動ける者は再び体勢を整え直して武器を構えていた。
さらに追い打ちをかけるよう、ジークが再度放ったのも突風。ただし、今度は地面から吹き上げるように起こされた風が、馬車の荷を狙ってくる賊達を空高く持ち上げた。
「う、うわっ……」
「下してくれー」
地上から5メートルほどの高さでバタバタもがいている男達は、見えない力で空中に固定されたまま、完全に動けずにいた。高さと不安定さによる恐怖で、次々に降参を口にしていく。手に握っていた武器を放棄し、御者席に立ってこちらを見上げている青年へと、一刻も早く下して欲しいと懇願するが、冷ややかにジークは眺めているだけだ。
「ルイさん、ロープってありますか?」
「あ、うん、あるある」
荷台に避難している商人へ声を掛けると、「もう大丈夫なの?」と幌を捲ってルイが顔を出した。積み荷を固定する為の丈夫そうなロープを抱えたまま、馬車の上空で浮かんでいる男達に気付いて、口をポカンと開けていた。
「あれ、何かな?」
「盗賊です」
「あ、そう……変わった捕まえ方だね」
ジーク君と一緒だといろいろ麻痺してしまうね、と半笑いを浮かべながら、ルイは指示されるがままに賊の一人一人を縛り上げていく。地面でうごめいている者達から拘束していき、宙から容赦なく落とされた者達も順にロープでグルグル巻きにする。普段は荷造りで慣れているからか、さすがに手際が良い。
「この後はどうするんだい?」
「警備兵の巡回があるらしいんで、このまま道に転がしてていいらしいです」
「そうなんだね、早めに巡回して貰えることを願っとくよ」
整備された道といっても、魔獣の住まう魔の森の中だ。何も起こらないとも限らない。二人の会話を横で聞いていた盗賊達が一斉に青褪めていく。
「ま、結界くらいは張っておきますよ」
運悪く遭遇してしまった魔導師の優しさに、荒くれ者達は密かに胸を撫でおろしていた。
ジークに会った者達の話を聞く限りは元気にやっているようだし、何やら虎の子を契約獣として従えているというから、冒険者としても順調に力を付けていることが伺い知れる。
ただ、どんなに強かろうが、親にとっては子は子である。少しくらい顔を出してくれても良いのにと残念に思うのは仕方がない。
領主本邸を後にし、ルイとの待ち合わせ場所である中央通りの一角で、噴水の縁に座ってジークは街並みを眺めていた。変わっていないと思っていた街も、よく見れば新しい店が出来ていたりして、難易度の高い間違い探しのようだ。ローブの中に隠されたティグは、退屈そうに欠伸をしてから、ジークの腕の中にすっぽりと入り込んで目を閉じていた。
騎士になったアデルから情報を得たところ、グランとシュコールとの領間で出没するという盗賊は、ここ最近は特に被害が頻発しているらしい。商人が運ぶ積み荷だけを狙う為、旅人や地元民が襲われたという話はない。
「定期的に警備兵が巡回してるから、捕まえたら縛り上げて道に転がしておけばいいさ」
万が一遭遇することがあっても、微塵も心配はしていないとアデルは冗談ともつかないことを笑いながら言っていたし、言われたジークも一緒になって笑っていた。
「だからって、本当に出るとはね」
森の木々の合間から急に飛んで来た矢は、幌馬車の側面に深く突き刺さっていた。手綱を持っているルイに停まるように指示を出し、ジークは馬車全体を覆うように結界を張った。次々に飛んでくる矢は結界に弾かれて折れ曲がり、馬車周辺の地面へと落ちていく。
怯えて青褪めているルイを幌の中に押し込み、ジークは周辺の気配を探った。日が落ち始めた森の中を走る道は薄ぼんやりと暗く、賊が潜んでいるのは道沿いの木々の陰。視覚が使いものにならない状況だが、相手は魔獣ではなく人間だから、今回はティグを頼る訳にはいかない。
結界により矢が効かないことに気付いたのか、姿を隠していた盗賊達が武器を変えて近付いて来る。落ち葉や木の枝を踏みしめる音から、その数は8人ほどと見た。顔の大半を布で覆った男達が、大剣や槍などを構えながら、左右両方の沿道から姿を現した。
うぉーっという低い雄叫びをあげながら、武器を持った集団が一斉に馬車めがけて駆け寄ってくる。そのいきなりの大声に、ルイの馬が驚いて嘶いた。
パニックを起こして馬が急に走り出さないよう、ジークは御者席に飛び乗って立ったまま手綱を引いた。そして、幌馬車を中心とした四方八方に向けて、風魔法を放つ。馬車めがけて走り寄ってくる賊は強い突風に身体を持ち上げられ、数メートル後方へと吹き飛ばされていった。
地面に強く身体を叩きつけられた者、近くの木に体当たりして呻く者、自ら構えていた武器で怪我をしてしまった者など、半数は一度の反撃でその場で動けなくなっていたが、さすがに世間を騒がす荒くれ者達だ、動ける者は再び体勢を整え直して武器を構えていた。
さらに追い打ちをかけるよう、ジークが再度放ったのも突風。ただし、今度は地面から吹き上げるように起こされた風が、馬車の荷を狙ってくる賊達を空高く持ち上げた。
「う、うわっ……」
「下してくれー」
地上から5メートルほどの高さでバタバタもがいている男達は、見えない力で空中に固定されたまま、完全に動けずにいた。高さと不安定さによる恐怖で、次々に降参を口にしていく。手に握っていた武器を放棄し、御者席に立ってこちらを見上げている青年へと、一刻も早く下して欲しいと懇願するが、冷ややかにジークは眺めているだけだ。
「ルイさん、ロープってありますか?」
「あ、うん、あるある」
荷台に避難している商人へ声を掛けると、「もう大丈夫なの?」と幌を捲ってルイが顔を出した。積み荷を固定する為の丈夫そうなロープを抱えたまま、馬車の上空で浮かんでいる男達に気付いて、口をポカンと開けていた。
「あれ、何かな?」
「盗賊です」
「あ、そう……変わった捕まえ方だね」
ジーク君と一緒だといろいろ麻痺してしまうね、と半笑いを浮かべながら、ルイは指示されるがままに賊の一人一人を縛り上げていく。地面でうごめいている者達から拘束していき、宙から容赦なく落とされた者達も順にロープでグルグル巻きにする。普段は荷造りで慣れているからか、さすがに手際が良い。
「この後はどうするんだい?」
「警備兵の巡回があるらしいんで、このまま道に転がしてていいらしいです」
「そうなんだね、早めに巡回して貰えることを願っとくよ」
整備された道といっても、魔獣の住まう魔の森の中だ。何も起こらないとも限らない。二人の会話を横で聞いていた盗賊達が一斉に青褪めていく。
「ま、結界くらいは張っておきますよ」
運悪く遭遇してしまった魔導師の優しさに、荒くれ者達は密かに胸を撫でおろしていた。
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる