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絵画のような人魚ー13ー
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第13話
太極拳みたいに近寄って来る彼女。僕の抑えきれない感情が妄想を生み出した。そして近寄った彼女を抱きしめた……
抱きしめられた彼女もそれに応えて僕の背中に手を回して一言。
『四季くん、抱いて……』
「四季くん……四季くん!!」
「えっ!?なに!!」
妄想に耽っていた僕は慌てて現実の世界へ戻る。信じられないが、この瞬間に僕は彼女との淡い想いに似た妄想をしていたのだ。絶対、変な奴だと思われただろう。少し首を傾けて、彼女が不思議そうに僕のことを見ていた。そんな彼女に対して、僕は額に汗を滲ませながら無口になってしまう。
「四季くん、今晩【オリーブ】で会えるね。それまでに帰って来るんだよ」と不思議な言葉を残して、彼女は足早にその場から立ち去った。
振り返って、彼女の後ろ姿を追いかける。今の発言が気になって仕方が無い。
「帰って来るんだよ」……
僕は彼女が残した、意味のわからない言葉を繰り返し呟きながら、現実の空間に立ち尽くしていた。そして頭の中で彼女が言った言葉を繰り返しては、答えのない答えに頭の片隅へ置いた。気を取り直して、春巻先生の教室へ入る。
「失礼します」
「今日で何人目よ!!もう勘弁してって感じだわ」といきなり先生らしからぬ発言を聞いて、僕は思わずその場で固まってしまった。
「君も今日出した課題について、質問しに来たんでしょう」
どうやら今日の授業で出された課題で、かなりの生徒が先生のもとを訪問して来たみたいだ。
「何度このセリフを言うのかしら?絵を描くに当たって、テーマは無しよ!!君たちの思うままに描けばいいの!!」と面倒くさそうに春巻先生が言い放った。
「すいません。僕は絵についての質問じゃないんですけど……」と僕は遠慮がちに言った。
「あら、そうなの?さっきの生徒と同じね」
さっきの生徒って、きっと鮎川みゆきのことだ。彼女も絵の質問をしに先生の所へ訪れたと思ったけど、どうやら他に聞きたいことがあったみたいだ。何を質問したんだろう?
「でっ、君は何しに来たの?午後の授業は始まっているけど」
「僕は午後の授業が無いので先生の所へ来たんです。実は先生が出版した本について、お聞きしたいことがありまして……」
「私の本に興味があるの?さっきの生徒も聞いてきたけど、そんなに大した本じゃないんだけどね」
鮎川さんも本について聞きに来たんだ。それを知って、僕は今晩の食事会で聞いてみようと思った。
春巻先生は違う質問に安心したのか、僕にコーヒーを淹れてくれた。そして古そうな椅子に深く座ると、僕の話しを静かに聞いてくれた。僕もソファーに座って、春巻先生が出版した【絵画のような人魚】に書かれていた一節を読み上げた。
「『自分の色がない人魚は絵画に描かれた人魚となって、泡になることを永遠に閉じ込めた』。先生が本の中に書いた散文詩なんですが、僕はこの詩に大変興味深く感じたんです。だから先生がどんなことを思って、この詩を書いたか知りたくて来たんです」
僕の質問に、春巻先生は笑顔を見せると、コーヒーをゆっくり味わうように啜った。意味深な笑みが僕の心をドキドキさせる。
「あの散文詩ね。よく覚えているわ。先生があの頃、どんなことを思って書いたのか覚えているわ。でもね、あの散文詩を詠んで君がどんなふうに感じたのかが大事なのよ。つまりすぐに答えを求めることは良くないわ」春巻先生はそう言って、もう一度コーヒーを啜った。
要するに自分で考えろってことなんだろう。だけど僕は知りたかった。あの散文詩に隠された情景。そしてヒロインであろう人魚の気持ちを。
結局、春巻先生は最後まで答えを教えてはくれなかった。だから残念そうに教室を出て行く僕へ、先生はヒントを与えてくれた。果たしてそれがヒントとなって、答えを導いてくれるのかはわからない。だけどそれでも、先生は芸術的な言葉を僕に送った。
まるで鮎川みゆきのように……
「君、名前はなんて言うの?」と扉を閉めようとする僕に向かって、先生が聞いてきた。
「胡桃四季と言います」
「胡桃四季……覚えておくわ。四季くん」と春巻先生が言って、僕のことを笑顔で見送ってくれた。
そんな春巻先生に、僕はもがき苦しんで成長するのよーーなんて言われたような気もしていた。しかし、そんな僕の考えとは裏腹に、春巻先生は生徒の名簿を見つめては……
「胡桃四季、鮎川みゆき……。楽しみな生徒が入って来たわね」とそんな呟きを言っていたなんて、思いもしてなかったのだ。
そして僕は、今晩の食事会に備えて学生寮へと足を運ぶのだった。
太極拳みたいに近寄って来る彼女。僕の抑えきれない感情が妄想を生み出した。そして近寄った彼女を抱きしめた……
抱きしめられた彼女もそれに応えて僕の背中に手を回して一言。
『四季くん、抱いて……』
「四季くん……四季くん!!」
「えっ!?なに!!」
妄想に耽っていた僕は慌てて現実の世界へ戻る。信じられないが、この瞬間に僕は彼女との淡い想いに似た妄想をしていたのだ。絶対、変な奴だと思われただろう。少し首を傾けて、彼女が不思議そうに僕のことを見ていた。そんな彼女に対して、僕は額に汗を滲ませながら無口になってしまう。
「四季くん、今晩【オリーブ】で会えるね。それまでに帰って来るんだよ」と不思議な言葉を残して、彼女は足早にその場から立ち去った。
振り返って、彼女の後ろ姿を追いかける。今の発言が気になって仕方が無い。
「帰って来るんだよ」……
僕は彼女が残した、意味のわからない言葉を繰り返し呟きながら、現実の空間に立ち尽くしていた。そして頭の中で彼女が言った言葉を繰り返しては、答えのない答えに頭の片隅へ置いた。気を取り直して、春巻先生の教室へ入る。
「失礼します」
「今日で何人目よ!!もう勘弁してって感じだわ」といきなり先生らしからぬ発言を聞いて、僕は思わずその場で固まってしまった。
「君も今日出した課題について、質問しに来たんでしょう」
どうやら今日の授業で出された課題で、かなりの生徒が先生のもとを訪問して来たみたいだ。
「何度このセリフを言うのかしら?絵を描くに当たって、テーマは無しよ!!君たちの思うままに描けばいいの!!」と面倒くさそうに春巻先生が言い放った。
「すいません。僕は絵についての質問じゃないんですけど……」と僕は遠慮がちに言った。
「あら、そうなの?さっきの生徒と同じね」
さっきの生徒って、きっと鮎川みゆきのことだ。彼女も絵の質問をしに先生の所へ訪れたと思ったけど、どうやら他に聞きたいことがあったみたいだ。何を質問したんだろう?
「でっ、君は何しに来たの?午後の授業は始まっているけど」
「僕は午後の授業が無いので先生の所へ来たんです。実は先生が出版した本について、お聞きしたいことがありまして……」
「私の本に興味があるの?さっきの生徒も聞いてきたけど、そんなに大した本じゃないんだけどね」
鮎川さんも本について聞きに来たんだ。それを知って、僕は今晩の食事会で聞いてみようと思った。
春巻先生は違う質問に安心したのか、僕にコーヒーを淹れてくれた。そして古そうな椅子に深く座ると、僕の話しを静かに聞いてくれた。僕もソファーに座って、春巻先生が出版した【絵画のような人魚】に書かれていた一節を読み上げた。
「『自分の色がない人魚は絵画に描かれた人魚となって、泡になることを永遠に閉じ込めた』。先生が本の中に書いた散文詩なんですが、僕はこの詩に大変興味深く感じたんです。だから先生がどんなことを思って、この詩を書いたか知りたくて来たんです」
僕の質問に、春巻先生は笑顔を見せると、コーヒーをゆっくり味わうように啜った。意味深な笑みが僕の心をドキドキさせる。
「あの散文詩ね。よく覚えているわ。先生があの頃、どんなことを思って書いたのか覚えているわ。でもね、あの散文詩を詠んで君がどんなふうに感じたのかが大事なのよ。つまりすぐに答えを求めることは良くないわ」春巻先生はそう言って、もう一度コーヒーを啜った。
要するに自分で考えろってことなんだろう。だけど僕は知りたかった。あの散文詩に隠された情景。そしてヒロインであろう人魚の気持ちを。
結局、春巻先生は最後まで答えを教えてはくれなかった。だから残念そうに教室を出て行く僕へ、先生はヒントを与えてくれた。果たしてそれがヒントとなって、答えを導いてくれるのかはわからない。だけどそれでも、先生は芸術的な言葉を僕に送った。
まるで鮎川みゆきのように……
「君、名前はなんて言うの?」と扉を閉めようとする僕に向かって、先生が聞いてきた。
「胡桃四季と言います」
「胡桃四季……覚えておくわ。四季くん」と春巻先生が言って、僕のことを笑顔で見送ってくれた。
そんな春巻先生に、僕はもがき苦しんで成長するのよーーなんて言われたような気もしていた。しかし、そんな僕の考えとは裏腹に、春巻先生は生徒の名簿を見つめては……
「胡桃四季、鮎川みゆき……。楽しみな生徒が入って来たわね」とそんな呟きを言っていたなんて、思いもしてなかったのだ。
そして僕は、今晩の食事会に備えて学生寮へと足を運ぶのだった。
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