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第1章

第1話 片思いの相手は手強い

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 カーテンを閉め切った部屋で、自分が作業机の上で突っ伏しているのがわかった。ランプの明かりが消えてしまったのだろう。
 まだカーテンの向こうは薄暗い。
 秋前の九の月は少し肌寒いが、ぬくぬくの毛布を掛けているので大丈夫だろう。たぶん。
 ふいにベッドに横になる幸せを思い出し、寝室に向かおうとするのだが、体がだるくて瞼が重い。

「むむっ……無念、おやすみなさい」
「何が無念だ。まったく、様子を見に来てみれば……。本当に、サナはしょうがないな」

 いつの間にかすぐ傍に誰かがいた。
 少し怒っているが、最後の言葉は甘い声音だった。
 あっさりと私を抱き上げて寝室に運んでくれるのは、私の大好きな人だ。

 この世界で私を保護した人で、恩人で、見た目も中身もドストライクな理想の男性。
 しっかりとした体格、鳶色の瞳に、若草色の綺麗な長い髪、目鼻立ちが整っていて、ふっと笑うとえくぼの皺が可愛い。
 年齢差は……エルフの末裔なので、それなりにあるけれど、私は気にしていない。
 元騎士団長で、今は私の専属護衛であり家族――のような存在だ。
 陛下と枢機卿から『大聖女であることを公表しない代わりに、ヴェノムの義理の妹になってほしい』なんて言われて、承諾したのが懐かしい。

(あの時は、それでもいいと思っていたのに……な)

 仕事も楽しいし、環境も悪くない。
「最初に召喚されたのがこの国だったら」と何度も思ったが、そしたら彼と
 だからそこは、もう良いのかもしれない。

 元の世界に戻れる方法は今の所ない。これから見つかるかも望みは薄いと思う。
 けれど今の私は概ね幸せなのだ。
 ただ欲張るのなら――と、こういう時に本音が漏れる。

「ヴェノム……愛しているので、添い寝をしてください」
「愛しているよ、サナ。でも添い寝は本当に好きな人に言って上げてくれ。年老いた俺ではなく、な」
「ヴェノムは……エルフ的な年齢層で言うとまだまだ若い、私と変わらないのです。……たぶん、きっと、そうなのですよ」
「サナ……寝ぼけているな。ほら、子守歌を歌って眠るまで傍にいるから」
「むっ」

 触れる手が心地よくて、身を預けてしまう。
 けれどこれでは駄目だと、頭の中で叫ぶ。
 普段、こんな風に甘えられないので、ここぞとばかりに本音を零すのだ。

「私は……淑女で、おとな……なのです」
「ああ、サナの鮮やかな黒髪も、宝石のような瞳も愛らしい。肌も白くて柔らかいし、甘い花のような香りもする。素敵な女性レディーだな」
「もっと……褒めてもいいのですよ?」
「そうしたら朝になってしまうだろう。ほら、しっかり寝ないと肌に悪いだろう」
「ううっ……」

 最終的に「いい大人はこんな所で寝ない」と言われてしまい、しょんぼりしてしまう。そうなのだ、仕事に夢中になるといつもこうなる。
 自己管理の低い人間だと思われるのが悲しくて、くすん、と鼻をすすった。

 寝室のベッドに寝かしつけられ、大人の女性失格だとさらに落ち込む。そんな私にヴェノムはクスリと微笑む気配があった。
 彼にとって私はどこまでいっても、
 失った家族を埋め合わせるように、私に優しい。
 でもその優しさは、少しだけ毒だ。

 最初は妹の代用品でも、この世界で「味方だ」と断言してくれた時は嬉しかったのに、彼を好きになってから苦しくなった。元の世界に戻りたい気持ちが残っているからこそ、私は中途半端なままヴェノムに接している。

 寝起きや寝る前だけに「好きだ」と告げて、断られても「寝ぼけていた」と逃げ道を用意する。そうすれば陛下や枢機卿との約束も守っているし、気持ちを小出しにしているから爆発することはない。

(こんな風に好きだと言葉を切り出すのは……自分でも卑怯だと思う……けど)
「サナは異世界人なのだから、エルフが珍しいだけだろう。……ほら、おやすみ。起きたらサナが好きだと言ってくれた、キノコとミルクのスープを作って上げるから」
「スープ……っ」

 頭を撫でる優しい手と美味しいものの言葉にもう少しだけ抗い、彼の手を両手でギュッと掴む。彼の手に触れる度、男の人なのだと実感する。ごつごつとした指先の刀傷に気付いた。

 エルフの末裔はみな見目美しいし、どちらかと言うと中性的で細身な印象があった。
 そう考えるとヴェノムは、少しだけ体格が良いのかもしれない。思考が混線しぐるぐると考えて、いつも言えない思いを口にする。

「……ヴェノム、愛しています。……私と結婚を前提に、お付き合いしてください」
「サナ。とてもとても嬉しいけれど、そういう大事な告白は、本気の相手に伝えような。それに寝ぼけたまま言っていい言葉じゃないぞ」
「うぐっ」

 正論すぎる。
 こんなタイミングでなければ、勇気を出せない自分が恨めしい。
 意識を手放す寸前、額に口づけをされた気がしたが、どうせなら唇にしてくれればいいのに、と嬉しい気持ちと少しだけ悲しい気持ちが入り交じる。

 エルフの習慣では、額のキスは家族や身近な人なら挨拶のようなものらしい。
 義理の妹でもあるし、と言われて納得してしまった。
 もっともそれが嘘だと分かるのは、もっとずっと後だったが――。

「本気なのなら――俺はサナを――――してしまうぞ? それでもいいのか?」

 そう呟いた声を私はいつも聞き逃してしまう。もし意識を手放す前に聞こえていたら――何かが違っただろうか。
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