真夜中のアヤカシ洋菓子店にようこそ

あさぎかな@コミカライズ決定

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第1幕 パティシエ入門

第3話 爺ちゃんとの約束・後編

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「……コウタロウ、元気?」

「うん。めっちゃ泣いたけど、元気! 爺ちゃんも大したことなかった!」

「……そう、なんだ」

 いつも眠たげな顔をしているのが、爺ちゃんの従業員の一人。
 彼女の名前はLamassâtiラマッサーティと呼ばれるメソポタミアの精霊で、守護獣ラマッスの女性形、今はラーサさんと呼んでいる。麦色の肌に、エメラルドグリーンの美しい瞳、暗い紫みの青ミッドナイトブルーの長い髪を一つで縛っている。外見は二十代前半だが、数千年は生きている。
 それにしても白のコックコートがよく似合う。うん、爺ちゃん、制服のデザインも完璧。

「……また、くだらないこと、かんがえてる」

「そんなこと無いっス……です」

 オレの言葉ラーサさんは全く信じていなかった。ジト目じゃなくて、笑顔だったらもっとモテるはずなのに……。あと彼女は妙なこだわりがある。オレが小学校の頃に、LAMASSUラマッス、女性の場合はLamassâtiラマッサーティだという精霊だと教えてもらった時だ。

 シュメールやアッカドには様々な姿をした精霊ウドゥクだと聞いて、オレはとっさに「シュメールって、あのメソポタミア文化を作った人?」と答えたら、「……メソポタミアイコールシュメール人ではない。そもそもシュメール、バビロニア、アッカド、アッシリア、……という単語を使う場合は、地名、時代、民俗、言語のいずれを指すのかを明確に、しないといけない」と、真顔で当時の歴史について説明し始めたのだ。
 それも二時間! 父さんとは違った意味で怒らせてはいけない相手だった。

「って、実佳みかさんは?」

「……金狐きんこは研修中でいない。……それより、今日も美味しく出来上がってる」

「うん、さすが爺ちゃん」

「買え」

 単刀直入かつ愛想のない言葉に、オレは力が抜けた。

「……ラーサさん、お客さんにそんな接客はダメっスよ」

「これで十年以上、……やっている」と、目をキラリとさせているが、これは突っ込んだ方がいいんだろうか。だ、だが……あんなにも自信たっぷりに言われたら──それとも需要があるのか?

「……あと、今日のおススメは、ショートケーキ……」

 ラーサさんにそう言われて、オレは店内にある二つのショーケースへと視線を向けた。様々なスイーツがずらりと並んでいる。

「ふああ」と、声が漏れた。
 これは、ふわっとした生地のシフォンケーキ。今日はプレーンじゃなくて紅茶か。少し硬めの生クリームとか合いそうだ。ふわふわー。
 隣にはレモンの風味があるレアチーズケーキ、旬の果物を贅沢に使ったフルーツトルテ、こっちは桜色のラズベリーのロールケーキ。

「…………スイーツ、バカ」とラーサさんは呟いたが、本当の事なので反論できない。心に僅かなダメージを負いつつも、ショーケースのスーツに視線を戻す。

 ケーキの王道と言える、ショートケーキには贅沢なイチゴ──それもひと工夫して、宝石のようにキラキラしている。ゼラチンアガーと砂糖を水で溶かして煮詰めたものを刷毛はけで、丁寧に一つずつ塗っている。
 絶対に美味しい。爺ちゃんはやっぱり天才じゃないか。うん、さすがうちの爺ちゃん。

「ちょっと奮発しちゃった」
「ねー、でも桜のロールケーキ楽しみ」

 すれ違いで出ていくお客さんの顔はとても嬉しそうで、オレは自分の事のように誇らしくなった。

「ありがとうございました。……次の方、お待たせしました」

 オレはスペースが開いた隣のショーケースを覗き込む。
 しっとりとした後味が病みつきになるチョコレートケーキ、添えられた生クリームと一緒に食べたいガトーショコラ──そして爺ちゃんが得意としていた──って、あれ?
 爺ちゃんの得意な

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 店内にいた客が帰ると時計の針は八時半をとっくに過ぎている。思った以上に洋菓子スイーツに夢中になっていたようだ。

「あのラーサさん、爺ちゃんの──」

 カラン、とドアベルの音が響く。それはまるで警鐘の如くオレは妙な不安を覚えた。

「いらっしゃいませ」
「……いらっしゃいませ」

 オレはゆっくりとショーケースから視線を移すと、全身真っ白な男が佇んでいた。肌の色は白く、鱗のようなものが見える。髪は銀色で腰ほどまで長い。背丈は百七十と少し。目は鋭く酸漿色ほおずきいろ、着ているのは白い和服で、貫禄──というか圧倒的な存在感を前にした感覚が近い。
 神様天守とか、神様とか、ってか神様ですよね!? いるだけで存在感が半端ないので、もう少し下々の者に合わせてもらえませんか。って、言いたい。
 ……って気づいたら、いつの間にかラーサさんはいないし。

「なんだ、リョウヘイ。ずいぶんと背が縮んだな」

 オレに向けてそう告げた来客は、冷めた視線を向ける。ぐっ、ここでツッコまないと、爺ちゃんだと思われたまま話が進む。

 ちなみに神様とかのたぐいは、一人間の顔とか見分けがつかない。年寄りだとか男、女とかその辺もよくわかってない。頓着とんちゃくしなさすぎ。
 オレは震える手をギュッと握りしめると、口を大きく開けた。

「お、オレは……涼平じゃなくて、孝太郎。あと涼平はオレの爺ちゃんだ!」

「そうか。……それで『いつもの』は?」

 オレが爺ちゃん本人じゃないと分かると、すぐさまショーケースを挟んで立っている従業員へと視線を向けた。

「いらっしゃいませ。はい、ご用意していますが……」

 一つ目入道の爽やかな笑顔が曇った。なにか問題があったのだろうか。
「どうした?」と来客の男も訝しげに眉をひそめた。

「今日の分はありますが……、来週はご用意が難しいかもしれません」

「……そうか。リョウヘイが入院したと聞いたが、それが原因だろう」

「はい。あのスイーツは我々のような《アヤカシ》には作れないですからね。他の支店から呼ぶこともできますが……」

「いい。あの味を出せるのは、リョウヘイだけだった」

 それっきり会話が途切れると、一つ目入道は調理場からケーキの箱を持ってくる。「中身の確認をお願いします」といい、箱を開けると来客の男に見せた。それは爺ちゃんが得意とする洋菓子の一つ、シュークリームだった。

「シュークリーム十二個で間違いないですよね」

「ああ」

 紙袋に入れて来客の男に手渡す。

。そうリョウヘイに伝えておけ」

「……わかりました」

「あの、爺ちゃんとの約束って?」

 オレは気になって来客の男に声をかけた。

「リョウヘイのシュークリームが食べられなくなったら、この土地は我に返してもらう約束をしている」

「は? はああああああああああ!?」
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