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第2幕 白蛇様×シュークリーム
第8話 白蛇様とリョウヘイ2
しおりを挟む我はどれを食べても「美味しい」とは言わなかった。言えばこの男は満足して、社に赴くことは無くなると思ったからだ。それに今更、「美味い」と言い出せなかった。
ここまでくれば、意地のようなものだ。
それから我は、人間の生活に少しずつ興味を持つようになった。といっても、我を認識する者は少ない。
また変わったのはそれだけではない。周囲の《アヤカシ》たちが、社に立ち寄ることが増えたのだ。木霊や、ぬらりひょん、河童は、我が菓子に満足していることに気付いているらしく──
「あれだけ幸せそうに食べていれば気づくわ」
「白蛇サマ、シアワセソウで、うれしいー」
「とくにシュークリームのときは、一番よろこんでいるッスねー」
我は黙った。
《アヤカシ》たちは、「素直に美味しいと言えば、リョウヘイはもっと喜ぶ」と、言っていたが──数年経っても我は「美味い」とは口にしなかった。
それが原因なのか、リョウヘイは唐突に姿を見せなくなる。
風の噂では「海外に行ってしまった」と《アヤカシ》たちは話していた。
「騒がしいのがいないと、この町も随分と静かなものだ」
季節は巡る。
献上品を口にするが味気ない。昔は想いがこもっていて、美味しく感じられたと言うのに酷く冷たい。
居なくなって気づく。あれほど想いを込めて作る人間などもう現れないのだろう、と。
そう思うと、我は頬から涙が零れ落ちた。
毎週飽きもせずに足しげく通っていた変わった人間。もうあの菓子は食べられないかもしれない、そう思うと涙が止まらない。
人は失って初めて愚かさに気付くと言うが、存外神である我も例外ではないようだ。
季節外れの雨は、後悔の涙が形となって降り注ぐ。
心なしか秋桜も、憂鬱そうに花びらが俯いているように見えた。
「……甘いものが食べたいものだ」
「じゃあ俺のシュークリームでも食べるか?」
唐突に振ってきた声に、我は振り向いた。傘が雨音を弾くことに今更気づく。
大きな傘に、雨合羽姿のリョウヘイがそこに立っていた。思いのほか少し老けたようにも見える。
「よお、神様! 本場で学んできたシュークリーム、食べてくれよ」
愚かにもあの馬鹿は、我の舌を唸らせるためだけに海外修行をして来たというのだ。
あの日程、我は驚いたことはなかった。
そして──あの洋菓子を「美味い」と告げたのは、あの時だけだ。
リョウヘイの孫のシュークリームは、祖父への想いで溢れている。きっといいパティシエになるだろう。というか、さすがはあの男の孫。
賭けになれば少なくとも三日に一度は洋菓子を楽しめると思ったのだが、毎日来るとは……。
味も申し分なく美味い。
ゆえに我は悩んでいた。
「賭けは小僧の勝ちだ」という時期を逃し続けているという事に──
***
「あのー、白蛇様。ずーっと黙っていても、オレ馬鹿だから空気とか全然読めないッス……です」
白蛇様は長い睫毛を僅かに揺らすと、目をゆっくりと伏せた。
「そうか。……修行が足りない証拠だ」
オレは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「修行……ぶそく……!」
白蛇様は目を伏せて「人生の、な」と呟いた。
「人生!? オレまだ十五だから、人生の何たるかを語れるほど生きてないぃいいい!」
思わぬ盲点──というか努力ではどうにでもならない欠点に、オレはスケッチブックを落として両ひざを地面に着いた。
「こればっかりは、時間が足りなさすぎる……」
白蛇様は眉間の皺を刻んだ。あれ、何か震えてません? なんか怖い……。ネガティブ発言をしたからだろうか。
「………………諦めるか?」
白蛇様は目を開けると、鋭くオレを見つめた。
「むっ、諦めるもんか! 期限当日まで絶対に満足いくものを作ってやる!」
「ふっ、良い心がけだ」
気のせいか白蛇様は「ホッ」と、安堵しているように見えたが、オレの見間違いかもしれない。
「じゃあ、明日も来ます!」
「ふん。……だが、こう毎日だと……賭けの後も毎日、洋菓子を食べたくな──」
「へ? なにか言いました?」
首をかしげるオレに、白蛇様はそっぽを向いた。
「いや。……しかし、こう毎日、シュークリームは……ぜいた──、飽きるぞ」
「た、たしかに!? 高カロリーでしたものね!」
オレは白蛇様の憂いに声を上げた。
「そ、そうだ。だいたい、あんな美味いものを毎日食べていたら、我のみが持たん。これからは四日に一度、いや──三日に一度ぐらいがちょうどいい」
「なるほど。じゃあ、三日に一度──って、白蛇様」
「なんだ?」と白蛇様は自分が言った言葉に気付いていない。
「オレのシュークリーム……、美味いですか?」
「美味い美味いに決まっているだろう」
沈黙。
「「………………!!」」
白蛇様は自分の言葉に気付き、両手で顔を隠したが、すでに遅い。もっともオレもつられて両手で顔を隠したのだった。
率直に「美味しい」と言われるとやっぱり嬉しいが、照れくさい。
こうして、あっさりと賭けはオレが勝った。
ちなみにオレはその事実を素直に受け入れられず、しばらく白蛇様の社に通ったのだった。
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