真夜中のアヤカシ洋菓子店にようこそ

あさぎかな@コミカライズ決定

文字の大きさ
10 / 35
第2幕 白蛇様×シュークリーム

第8話 白蛇様とリョウヘイ2

しおりを挟む

 我はどれを食べても「美味しい」とは言わなかった。言えばこの男は満足して、社に赴くことは無くなると思ったからだ。それに今更、「美味い」と言い出せなかった。
 ここまでくれば、意地のようなものだ。

 それから我は、人間の生活に少しずつ興味を持つようになった。といっても、我を認識する者は少ない。
 また変わったのはそれだけではない。周囲の《アヤカシ》たちが、社に立ち寄ることが増えたのだ。木霊や、ぬらりひょん、河童は、我が菓子に満足していることに気付いているらしく──

「あれだけ幸せそうに食べていれば気づくわ」
「白蛇サマ、シアワセソウで、うれしいー」
「とくにシュークリームのときは、一番よろこんでいるッスねー」

 我は黙った。
 《アヤカシ》たちは、「素直に美味しいと言えば、リョウヘイはもっと喜ぶ」と、言っていたが──数年経っても我は「美味い」とは口にしなかった。

 それが原因なのか、リョウヘイは唐突に姿を見せなくなる。
 風の噂では「海外に行ってしまった」と《アヤカシ》たちは話していた。

「騒がしいのがいないと、この町も随分と静かなものだ」

 季節は巡る。
 献上品を口にするが味気ない。昔は想いがこもっていて、美味しく感じられたと言うのに酷く冷たい。

 居なくなって気づく。あれほど想いを込めて作る人間などもう現れないのだろう、と。
 そう思うと、我は頬から涙が零れ落ちた。
 毎週飽きもせずに足しげく通っていた変わった人間。もうあの菓子は食べられないかもしれない、そう思うと涙が止まらない。
 人は失って初めて愚かさに気付くと言うが、存外神である我も例外ではないようだ。

 季節外れの雨は、後悔の涙が形となって降り注ぐ。
 心なしか秋桜コスモスも、憂鬱そうに花びらが俯いているように見えた。

「……甘いものが食べたいものだ」

「じゃあ俺のシュークリームでも食べるか?」

 唐突に振ってきた声に、我は振り向いた。傘が雨音を弾くことに今更気づく。
 大きな傘に、雨合羽あまがっぱ姿のリョウヘイがそこに立っていた。思いのほか少し老けたようにも見える。

「よお、神様! 本場で学んできたシュークリーム、食べてくれよ」

 愚かにもあの馬鹿は、我の舌を唸らせるためだけに海外修行をして来たというのだ。
 あの日程、我は驚いたことはなかった。
 そして──あの洋菓子を「美味い」と告げたのは、あの時だけだ。

 リョウヘイの孫のシュークリームは、祖父への想いで溢れている。きっといいパティシエになるだろう。というか、さすがはあの男の孫。
 賭けになれば少なくとも三日に一度は洋菓子を楽しめると思ったのだが、毎日来るとは……。

 味も申し分なく美味い。
 ゆえに我は悩んでいた。
「賭けは小僧の勝ちだ」という時期タイミングを逃し続けているという事に──


 ***


「あのー、白蛇様。ずーっと黙っていても、オレ馬鹿だから空気とか全然読めないッス……です」

 白蛇様は長い睫毛を僅かに揺らすと、目をゆっくりと伏せた。

「そうか。……修行が足りない証拠だ」

 オレは雷に打たれたような衝撃を受けた。

「修行……ぶそく……!」

 白蛇様は目を伏せて「人生の、な」と呟いた。

「人生!? オレまだ十五だから、人生の何たるかを語れるほど生きてないぃいいい!」

 思わぬ盲点──というか努力ではどうにでもならない欠点に、オレはスケッチブックを落として両ひざを地面に着いた。

「こればっかりは、時間が足りなさすぎる……」

 白蛇様は眉間の皺を刻んだ。あれ、何か震えてません? なんか怖い……。ネガティブ発言をしたからだろうか。

「………………諦めるか?」

 白蛇様は目を開けると、鋭くオレを見つめた。

「むっ、諦めるもんか! 期限当日まで絶対に満足いくものを作ってやる!」

「ふっ、良い心がけだ」

 気のせいか白蛇様は「ホッ」と、安堵あんどしているように見えたが、オレの見間違いかもしれない。

「じゃあ、明日も来ます!」

「ふん。……だが、こう毎日だと……賭けの後も毎日、洋菓子を食べたくな──」

「へ? なにか言いました?」

 首をかしげるオレに、白蛇様はそっぽを向いた。

「いや。……しかし、こう毎日、シュークリームは……ぜいた──、飽きるぞ」

「た、たしかに!? 高カロリーでしたものね!」

オレは白蛇様のうれいに声を上げた。

「そ、そうだ。だいたい、あんなを毎日食べていたら、我のみが持たん。これからは四日に一度、いや──三日に一度ぐらいがちょうどいい」

「なるほど。じゃあ、三日に一度──って、白蛇様」

「なんだ?」と白蛇様は自分が言った言葉に気付いていない。

「オレのシュークリーム……、美味いですか?」

美味いに決まっているだろう」

 沈黙。

「「………………!!」」

 白蛇様は自分の言葉に気付き、両手で顔を隠したが、すでに遅い。もっともオレもつられて両手で顔を隠したのだった。
 率直に「美味しい」と言われるとやっぱり嬉しいが、照れくさい。

 こうして、あっさりと賭けはオレが勝った。
 ちなみにオレはその事実を素直に受け入れられず、しばらく白蛇様の社に通ったのだった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴
キャラ文芸
調理の専門学校を卒業した桃瀬菜々美は、料理しか取り柄のない、平凡で地味な21歳。 生まれる前に父を亡くし、保育士をしながらシングルで子育てをしてきた母と、東京でモデルをしている美しい妹がいる。 『甘味処夕さり』の面接を受けた菜々美は、和菓子の腕を美麗な店長の咲人に認められ、無事に採用になったのだが――。 結界に包まれた『甘味処夕さり』は、人界で暮らすあやかしたちの憩いの甘味堂で、和菓子を食べにくるあやかしたちの婚活サービスも引き受けているという。 戸惑いながらも菜々美は、『甘味処夕さり』に集まるあやかしたちと共に、前向きに彼らの恋愛相談と向き合っていくが……?

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

【完結】御刀さまと花婿たち

はーこ
キャラ文芸
【第9回キャラ文芸大賞エントリー中】 刀の神さまを待ち受けていたのは、ひとびとを苦しめるあやかし退治、そして弟と元主と生みの親からの溺愛学園生活!? 現代日本のとある島。神社の蔵で目を覚ました少女・鼓御前(つづみごぜん)は、数百年の時をへて付喪神となった御神刀だった。 鼓御前の使命はひとつ。島にはびこる悪しきあやかしを斬ること。そのためには、刀をふるう覡(かんなぎ)と呼ばれる霊力者の存在が必要不可欠なのだという。 覡とは、あやかしに対抗する武装神職者のこと。しかし鼓御前のもとに集まった三人の覡候補は、かつて同じ刀であった弟、持ち主であった戦国武将、鼓御前を生み出した刀鍛冶が転生した男たちで。 鼓御前は彼らとともに、覡を養成する学び舎へ通うことになる。 ひとと刀は片時も離れず、寄り添うもの。まるで夫婦のように。個性豊かな『花婿候補』たちにかこまれながら、鼓御前は闘い、そしてひとのこころ──恋を知る。 時をこえて想いが花ひらく、現代和風ファンタジー。 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体などとは関係ありません。 ※他サイトにて公開中の作品を、コンテスト用に大幅改稿したものです。 ※掲載しているイラストはすべて自作です。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。 ひっそりと佇む邸の奥深く、 祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。 ある雨の夜。 邸にひとりの公達が訪れた。 「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」 宮中では、ある事件が起きていた。

オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜

草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、 毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。 ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。 「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると…… 生えてきたのは植物ではなく、人間!? 咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。 人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、 家族、別れ、再生。 ほんのり不思議で、少しだけ怖く、 それでも最後には、どこかあたたかい。 人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。 あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか? またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!

処理中です...