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第3幕 アヤカシ×洋菓子
第13話 天狗×焼きプリン
しおりを挟む病院の面会時間はとっくに過ぎており、正面入り口は閉まっている。しかし、天狗のクダラは建物沿いに歩くと、そのまま一気に空を飛んだ。
病院内に灯りは見えない。ただその中で、窓の空いている部屋があった。
三階の窓──その部屋へとクダラは素早く入り込んだ。
物音一つさせず着地。闇に乗じて現れた《アヤカシ》を待っていたのは──
「久しぶりだな、クダラ」
「ああ、涼平。くたばってないだろうな」
病室に入ると部屋の灯りがぱあ、と点いた。その部屋は三〇三号室。旭涼平──孝太郎の祖父の病室だった。
彼はベッドに腰かけながら、急な来客を出迎える。
「当たり前だろう、そう簡単にくたばるか」
にい、と八十過ぎの老人は笑顔を返す。頬骨が見えるほど衰弱しているが、その瞳は生気に満ちていた。
「お前んとこの孫に会って来たぞ」
「ほうほう、で──どうだった?」とニヤニヤしながら涼平は意地悪く歯を見せた。
「ありきたりな言葉を使うのは好きじゃないが、ありゃ天才だな。センスがずば抜けているし、集中力も申し分ない。なにより、努力家だ。礼儀正しいし、情熱的──なによりオレを師匠として崇拝するところは、ますます気に入った」
「我が孫ながら、最高じゃろう」
「ああ。お前の息子が店を継がないと言い出したときは驚いたものだ。だが、それが結果的に良かったのかもな」
涼平は目を伏せ「ああ、たしかに」としみじみした声で呟いた。
「息子は優秀だ。……しかしパティシエになるには欠いているものがあった。それに時代も悪かったからな」
それは普通の人間に《アヤカシ》が見えなかった時代。しかし、《アヤカシ》の存在は噂程度には広がっており、特定の地域ではすでに共存生活を始めていたころだ。
「あれから二十年以上前だっけか? 正一が店を継がないって言いだしたのは?」
「正確に言えば二十三年前だ」
唐突に窓側に現れたのは、白い着物姿、白銀の長い髪の偉丈夫。外見は二十代の目鼻立ちが整っており、頬は蛇の鱗、緋色の双眸をした──白蛇神である。
「白蛇の旦那……。妙なところはしっかりと覚えているんだな」
「ふん、あの年は洋菓子の出来がイマイチだったのでよく覚えている」
「そう言う覚え方か」と涼平と天狗は心の中で同じことを思ったのだった。三人ともそれぞれ長い付き合いなので、考えていることがなんとなくわかるのだ。
天狗のクダラのパティシエ歴は十年だが、ショコラティエとしての経歴は、涼平と同時期に当たる。
なにせ放浪癖の天狗に、ショコラティエの道を勧めた張本人が涼平でもあった。
「……で、白蛇様。こんな時間に何用ですかな?」
涼平の言葉に、白蛇は天狗を指さす。否、正確には天狗の持っているケーキ箱がお目当てのようだ。
「中身は焼きプリンか」
「うっわ、目ざといな、白蛇の旦那は……。つうか、なんでわかるんだ」
「ふむ、これはあの小僧との合作なのだろう」
「うわ。スルーかよ!?」
クダラはそう言いながらも、ケーキ箱を棚に置いてから、中を開く。
「ほお、これは随分と趣向を凝らしたようだな」
涼平は顎に手を当てながら、プリンの出来栄えに目を瞠った。
ガラス瓶に入った金色の輝きを放つプリン。なにより驚愕すべきは、プリンの上に添えられたチョコレート細工だ。桃色のチョコレートで、桜の花びらやバラなど様々な形をしている。
「相変わらず見事なものだな」
「ん、悪くない」と真っ先に白蛇神は、焼きプリンを食べていた。いつの間に取ったのか、人間の涼平はもちろん、天狗のクダラにも分からなかった。
「まあ、お前さんが孝太郎の師になってくれるなら、ワシも安心して──」
その先を遮るように涼平の目の前に、ガラス瓶とスプーンが現れた。
「おっと!」
涼平はみごとプリンを受け取ることに成功する。
「リョウヘイ、言霊の存在を知っているなら迂闊に言わぬことだ」
「そうだぜ、涼平。……って、そういやあ、お前んとこの息子。今は何やってんだ?」
天狗のクダラはさりげなく話を逸らす。それに白蛇神も話を合わせた。
「あの男はお前と同じでアヤカシを見るものだった。だからこそ、今の仕事が合っていると我は思う。組織名は確か──…………なんとかだったはず」
「なんとかって、白蛇の旦那……」
涼平はプリンを口にしながら、苦々しくも笑った。
「国家公務委員《アヤカシ交渉課》の本部務め──という大層な仕事に就いておるよ」
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