真夜中のアヤカシ洋菓子店にようこそ

あさぎかな@コミカライズ決定

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終幕 パティシエは二度奇跡を起こす

第26話 悪意

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 二人のスイーツが出来上がったのは六時少し前だった。
 エクレアとアップルパイ。それぞれに試食する。甘いものには──と、先輩は紅茶を入れてくれた。家庭科室内に漂っていた甘い匂いとは別に、紅茶特有の香りが充満する。
 いつの間にか窓の外は夕闇に染まっていて、室内の明かりが余計に目立った。

「いただきますー」
 
 古川先輩のエクレアはシュー生地がさっくりふわふわで、カスタードクリームも濃厚で美味しかった。一口サイズで、食べやすいし、みじん切りにしたピスタチオなどチョコの上にトッピングされているのがまたいい。

「んん、美味しいッス!」

「貴方にそう言ってもらえると嬉しいわ。じゃあ、次はあなたのアップルパイね」

「はい。どうぞッス」

 古川先輩は紅茶を含んでから、切り分けたアップルパイを口に運んだ。サクッとしたパイ生地に程よい甘さのカスタードクリーム、そして林檎の触感。

「あ、美味しい。……それに、うん。とっても温かい。さすがです」

「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいッス!」

 オレはアップルパイを切り分けて、持ち帰りできるように紙皿に乗せてラップをしていく。古川先輩から保冷剤をもらえたのがよかった。

「孝太郎くんは食べないの?」

「さっき一切れなら食べたッスよ。それにオレのスイーツを食べて喜んでくれる人がたくさんいるンで、どっちかというと、そう言う人たちに食べてもらった方が嬉しいッス」

 にい、って笑うと古川先輩もつられて笑ってくれた。

「貴方のそう言う所が、お菓子作りに現れているのね」

「そ、そうッスかね?」

 オレは古川先輩と話が出来て、今までずっと靄のようにぼんやりと考えていた目標みたいなものが明確になった気がした。

 ──今後の課題。《アヤカシ》が作ったスイーツを《アヤカシ》が食べて「美味しい」と言ってもらえるようにすること。爺ちゃんに新しい目標が出来たって相談してみよう。

「あの、先輩。さっきの話なんすけど──」

 ふとオレは古川先輩に声をかけてあることに気付いた。彼女の後ろに見える時計の時刻──現在五時五十五分。六時まであと五分しかない。

「あばばばばば! しまった」

「孝太郎くん?」

 オレは大慌てでカバンと持ち帰り用の袋を手にする。先に後片付けをしておいて正解だった。

「す、すみません! この後用事があったのをすっかり忘れていて! ええっと、あの、改めてまた!」

 古川先輩が何か言いかけていたが、オレはその言葉を聞く余裕がなく家庭科室を飛び出す。今から屋上に向かえば、ギリギリ間に合うかもしれない。
 オレは薄暗い階段を駆け上がった。


 ***


 昼休みだけ食事スペースとして屋上に入ることが出来る。
 薄暗い中、オレは屋上のドアノブを回すと施錠はされておらず、すんなりとドアは開いた。

「ギリギリになってごめん!」

 オレがそう言って屋上に足を踏み入れると──
 暗がりの中、誰かが立っていた。豆狸の林だと思ってオレはゆっくりと歩み寄る。
 ババババッ──と遠くからヘリが飛んでいる音が聞こえてきた。近くまで来ているようだったが、たいして気にしていなかった。

「孝太郎くん……その……」

「林?」

「……あの……、その……」

 栗色の髪の少年──林は急に座り込んで震えていた。
 オレはその反応に驚きつつも近寄った瞬間──

「ご、ごめんなさい!!」

 いきなり林に両肩を掴まれて、空へと吹き飛ばされた。

「ふぁ、あああああああああああああ!」

 人間じゃ不可能な怪力──それは《アヤカシ》だからこそ軽々となせる業なのだろう。オレの体は屋上に設置されたフェンスを軽々と超えて、宙を舞う。
 半瞬、屋上にスポットライトが当たったかのように明るくなった。

「……!」

 スローモーションにぐるりと屋上と、泣きはらした林の顔が見えた。そして次との瞬間、オレは重力に引っ張られて落下する──はずだった。

 あまりにも衝撃的だったせいかオレの耳には全く届いていなかった。いや、シャットアウトされていた、という方が正しいのかもしれない。そもそも急に屋上にスポットライトが当たったことも不可解だ。

 だが、その理由はすぐに理解する。
 いつの間にか校舎上空にヘリが二台ほど旋回していたのだ。
 そしてオレはネットのようなものに包まれて──ヘリの人たちに保護された。いや、どちらかというとされた感じだった。


 ***


 ヘリの人たちに助けられた──というよりはそう仕向けたのだろう。オレを確保すると、ヘリは学校から素早く撤退していった。
 ヘリの中は、薄暗く駆動音こそすれ耳が痛くなるような音は聞こえなかった。

 ──誘拐? なんて大胆な……。いや、でも昔一反木綿と一緒に遊んでどこか遠くに行ったとき……ってあの時とは全然状況が違うし! に、人間に連れ去られたんだ……よな?

 《アヤカシ》ならヘリを使うことはないはず、とオレはそう推理する。


「手荒な真似してごめんな。ちょっとキミと取引したくてね」

 ネットから出されるとオレは手足を縛られることもなく、座席を勧められた。カバンと白蛇様に渡す予定の袋は無事だった。

 向かい席に座る男は二十代で、中肉中背。黒くて長い前髪だが、その隙間からうかがえるのは、琥珀色の瞳。
 どこかであったような──人だった。

「……そのために、林を脅迫したッスか?」

「あー、うん。そうだな。ちょっとお願いした感じ」

 悪びれもせず、男は愉快そうにそう答えた。

「キミみたいな《アヤカシ》のことを頭から信用している子に、現実を教えてあげようと思ってさ」

 悪意に満ちた顔を見て、オレは眼前にいる人間の方が化物のように思えた。
 「取引」と言っていたけど、それすら嘘っぽい。

「十二年前、この世界は《アヤカシ》のせいでメチャクチャになった。こんな歪で、不合理な世界に作り替えられたというのに、誰もそれを口にはせずに享受している。ボクはね、《アヤカシ》がこの世から全部消えればいいと思っているんだ。もちろん、《先祖返り》した兄もろともね」

 それはゾッとするほど凍り付いた殺意と、狂人的な思想だった。ただただ危険だという事がわかる。

「なんで、そんなに《アヤカシ》を嫌うッスか……です」

「あんな人外のモノと分かり合えるなんて、キミは本気で思っているの? キミのお父さんもさ、《アヤカシ》がいなければ店を継げたかもしれないのに」

「は?」

 父さんの名前が出た瞬間、オレは相手の男を睨んだ。

「ああ、何も知らないんだ。まあ、知っていたら《アヤカシ》のためにスイーツを作ろうだなんて思わないよね」

 父さんかがなぜ店を継がなかったのか。
 小さい頃に聞いたことがあった。そしたら「柄じゃない」と言っていた。
 爺ちゃんも「アイツには向かなかったんだろう」と──だからそれを信じて疑わなかった。でも、事実は違うというのだろうか?

「……まあ、アイツらが見えるようになったのは十二年前だけど、それ以前から、《アヤカシ》が見える人間はいた。そして人間とあの化物どもとの間で抗争が起こり──君のお父さんはそれを鎮めるために、《味覚》をとある《アヤカシ》に献上したんだ」

 味覚。それはパティシエにとって大事なものだ。
 それを失ったら、店を継ぐどころか何を食べても「美味しい」とは思えなくなる。

 ──だから父さんは「美味しい」と言わなくなった?

 オレは俯きながら憶測と邪推が入り乱れる。それを見越してなのか、男はさらに言葉を続けた。

「その献上した相手というのは、あの丘にいる白蛇だとか」
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