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終幕 パティシエは二度奇跡を起こす
最終話 真夜中のアヤカシ洋菓子店へようこそ
しおりを挟む白蛇神は社の前で空を見上げていた。
いつもならべたつくような雨は嫌いなのだが、今の雨は冷たくて心地よい。
なにより頬から流れ落ちるモノを隠すにはちょうど良かった。
──後継者などさして期待はしていなかった。だが、あの小僧はリョウヘイとは違う意味で予測の斜め上を行く。明るく、正直で真っすぐに育ったのだろう。
白蛇神は目を伏せた。
涙が雨に混じって大地を濡らす。
「だがな、リョウヘイ。後継者として認めるのは早かったのではないか?」
旧友との別れを惜しむ白蛇神に風が囁いた。
「孝太郎のシュークリームを真っ先に認めたお前に言われたくはないな」と。それを聞いて白蛇神は小さく笑った。
その日は一日雨が降り続け、夕方になってようやく止んだ。
《まほろば祭り》は「夜七時から花火大会と出店だけ再会する」と放送が流れ花火決行ののろしが上がった。
雨上がりの夕暮れ空は、むせ返るようなオレンジ色だった。
白蛇神はぼんやり空を眺めていると──社に近づく足音に気付いた。
足音は一つ。
それも忙しない走り方は一人しか心当たりがない。
「白蛇様!」
オレンジ髪の少年──旭孝太郎は、黄色のレインコート姿で白蛇神の前に駆け寄った。
荒い呼吸、頬から汗が流れ落ちる。
レインコートの下は白のコックコートを着ており、その手には傘と大きめのビニール袋が目に入った。
孝太郎の目は赤く、泣きはらした顔をしていたが、少年は「にい」と白蛇神に向かて笑ったのだ。祖父──旭涼平と同じように。
「……なんの用だ?」
白蛇神は思わず口を開いて問うた。
あの少年が来る理由など白蛇神自身わかっているのに、それでも尋ねずにはいられなかった。祖父を失って──自暴自棄になるならまだしも、眼前にいる少年はすでに前を向いている。
「今日は三日に一度の日ではないだろう」
孝太郎は頷いた。少年は祖父の事を思い出したのか僅かに瞳が揺らいだ。
「うん。……そうッス。今日来たのは、爺ちゃんの伝言を白蛇様に届けるためッスよ」
ふと雨上がりの風が白蛇神の長い髪を靡かせた。ふわりと漂う甘い香り。
オレンジ色の夕暮れと同じ髪の少年は、若かりし頃の涼平とそっくりに笑う。
──ああ、その面構えはリョウヘイとそっくりだ。
白蛇神は涼平が言っていた言葉を思い出す。
──「パティシエは奇跡を二度起こす」とは「技術だけではなく、その心意気を受け継ぐ者がいる限り《真夜中のアヤカシ洋菓子店》は終わらない。生き続ける」
短命な人間が《アヤカシ》に伝えようとしたメッセージなのではないか。そう白蛇神は思った。
「パティシエは奇跡を二度起こす。これがその答えッス!」
孝太郎が差し出したのはふんわりとしたシュー生地に、生クリームとカスタードたっぷりの涼平特製シュークリームだった。
「これは……」
白蛇神は濡れた髪を掻き上げると、一瞬で濡れた体と着物が乾いた。
彼なりに身支度を整えたのだろう。
「はい、どうぞ」
白蛇神は孝太郎からシュークリームを受け取ると、ぱくりと一口食べた。
サクッとした生地、絶妙な甘さの生クリームと甘すぎないカスタード。昔、不覚にも白蛇神が「美味しい」と称賛した味そのものだった。
それはまさに奇跡に近い再現。
「小僧、この味は……」
「昨日、爺ちゃんに教えてもらった味ッス! 白蛇様。昨日、オレ爺ちゃんと一緒に厨房で沢山の洋菓子を作ったんすよ。ずっと背中を見ていた爺ちゃんと並んで……時間を許す限り、沢山の事を教えてもらったッス」
***
銀色の戦場。
涼平は後片付けをしながら、孫である孝太郎に背中を向けたまま口を開いた。
「パティシエは奇跡を二度起こす。一度目の奇跡は、《アヤカシ》たちに「美味い」と言わせる事だ。それで心から気にいってもらえれば万々歳だな」
孝太郎はシュー生地の焼き上がりを見ているので、オーブンに張り付いたまま言葉だけ返す。
「じゃあ、二度目は?」
「そりゃあ、決まっている。《アヤカシ》にとっての思い出の洋菓子を再現することだ」
「再現?」
「《アヤカシ》たちは長命だから人よりも長く生きる──それは俺たちを見送る側だという事だ」
「……」
「だからワシら人間は一緒に居た時間が楽しかったと彼らに思ってもらえるように、思い出の味を残してやりたい。最高に美味いモンを食べさせて、その時の感動を思い出せるように最高の洋菓子を作れる──そんな後継者が人間側には必要なんだ」
《アヤカシ》の気に入った洋菓子を再現する──それには技術はもちろん、彼らを想う心が何よりも重要となる。
恐怖や畏怖などのない──ただ純粋に「美味しい」と言って貰えるように作る気持ち。一見単純そうに思えるが難しいものでもある。
涼平は骨と皮だけのような手で拳を作り──孫の腕にぽん、と当てた。
「ワシが引退したら、二代目はお前だからな」
孝太郎は嬉しさと恥かしさで口をパクパクさせ──
「なっ、二代目ってカッケーな。爺ちゃん!」
太陽のように明るく笑った。
「ハハハッ。となれば、ワシはその時に初代と名乗れるな」
「初代もカッケー! よーし、頑張るッス」
そう言って孝太郎はオーブンへと視線を戻す。その横顔は誰よりも真剣で──瞳は星々のように煌めいていた。
「爺ちゃんの名にかけて二代目スゲーって言わせるから、ちゃんと見ててくれよな!」
涼平は口を開けかけて「ぷい」と顔を背けた。
「……そうだな。だが、まずシュー生地に集中しないとな」
「わ、わかっているって!」
孝太郎はオーブンとにらめっこしながら、焼き加減の微妙な変化を見逃さないように見つめる。
「…………」
涼平は孫に背を向けたまま水道の蛇口をひねり──食器を洗うフリをして零れる涙を袖で乱暴に拭った。
***
「……美味い」
ポツリと消え入りそうな声で白蛇神は呟いた。
「ほ、本当ッスか!?」
「……嘘を言ってどうする」
「じゃあ、これで爺ちゃんと同じくらいのレベルに──」
「なるわけないだろう」
「そうッスよねー」
孝太郎は笑いながらボロボロと涙をこぼしていた。ホッとしたからなのか、祖父──涼平の事を思い出したからなのか、白蛇神には分からなかった。
「……爺ちゃんとの菓子作り、楽しかったッス。……ずっと、小さい頃から隣に並んで……菓子作るのが……夢で……。でも……もっど、いっばい……おじえて……ほじかった……」
孝太郎は耐え切れずわんわんと泣き出した。白蛇はシュークリームをペロリと食べきると、泣きじゃくる孝太郎の頭を思い切り掴んで力を入れる。
「い、痛い、ちょ、白蛇神、マジで痛いッス!」
「コウタロウ」
白蛇神がそう名を呼んだ瞬間、孝太郎はかつてないほど目を見開いた。
「え?」
余りの驚きに少年の目じりから涙は消え──それを見てから白蛇神は頭から手を離した。
「お前がリョウヘイの後継者となったのだろう。いつまでも泣くな。未熟者め」
白蛇神が孝太郎の名を呼んだ。名を呼ぶことに大した意味などないのかもしれないし、気まぐれだったのかもしれない──だがその一言で、孝太郎は顔を上げた。
「……っ、はい」
少年は乱暴に袖で涙を拭うと真っすぐに白蛇神を見つめ返す。泣き顔だが、それでもその瞳はキラキラと宝石に用に輝いていた。
半瞬──夕暮れの空に花火が舞う。
丘の上から眺める花火は遮蔽物がなく、とても美しく見えた。
《まほろば祭り》最終日。
元荒神川の周辺で花火が上がっている。白蛇と孝太郎は暫し花火に魅入っていた。
「……白蛇様。今日《真夜中のアヤカシ洋菓子店》を開くッス」
「なに?」
白蛇は怪訝そうに孝太郎を見やった。幸太郎は「へへっ」と苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。そういう癖も祖父に似たのだろう。
「爺ちゃんは湿っぽいのは嫌いだし、安心してもらうために開くッス」
「人間の葬儀などは色々と大変だと聞いたが、大丈夫なのか?」
「あー、えーっと……。その辺は父さんたちがやるから、オレはオレに出来ることをしていいって、言ってくれたッス。それに始さんやラーサさんからもゴーサインは出ています」
「こういう用意周到な所も祖父にそっくりだ」と白蛇は思い出して口元を緩めた。
「そうか。なら、楽しみにさせてもらうとしよう」
「そうと決まったら、急いで店に帰るぞ。幸太郎!」
白蛇神の声に被せて天狗のクダラが、ひょっこり姿を見せる。
「し、師匠!? いつから居たッスか?」
「んーー? そうだな、パティシエは奇跡を二度起こす。あたりか」
「ほとんど最初から居たんじゃないッスか!」
「Master。私も手伝います」
「ホットケーキが食べたいニャー」とケット・シー校長はどさくさに紛れて注文を言い出す。いつのまにか《アヤカシ》たちが姿を現した。その度に孝太郎は驚きつつも言葉を返す。
そして現れたのは《アヤカシ》だけではなかった。
「お祭りなら俺たちも手伝ってやる。……ですよね、古川先輩」
「そうね。カフェは営業しないし、手伝いは多い方が良いのでしょう」
豆腐屋の山田、料理研究会の古川先輩まで駆けつけてくれていた。
「え、山田、古川先輩……どうして?」
「私が連絡網を回しました」とゴーレムのカノはドヤ顔で答え、その場は一気ににぎやかになった。
「私の目標のためにも、孝太郎くんの手伝いにきたの」
「俺はラーサさんに会う口実だ」
「うん。二人とも自分の欲求に正直だね」と孝太郎は笑った。
「…………人と《アヤカシ》か」
白蛇神は打ちあがる花火へと視線を移した。
──パティシエは奇跡を二度起こす、か。ああ。たしかに、お前はお前がいなくても──ここに居たというものを残したのだな。
賑やかに、空に舞う花火。
美しい光が宵闇を照らす。
紡がれた想いはか細くも、繋がってゆく。
***
とある噂がある。
《真夜中のアヤカシ洋菓子店》では《アヤカシ》を虜にする最高級の洋菓子が売られていると。その店は定期的に行われおり、最低でも七日に一度、真夜中に開かれるらしい。
味覚のない《アヤカシ》が食べても美味しい洋菓子──いや忘れられない味。
一口食べれば、大事な思い出が蘇る──「奇跡を起こす」とまで言われている。
《アヤカシ》たちには、それぞれ「お気に入り」があるという。
ただある神だけは「お気に入り」を食べつつも、必ず三日に一度は献上品を求めるらしい。その神は「人間嫌いで、恐ろしい」と言われる反面、「スイーツを頬張っている時は可愛らしい」というちぐはぐな噂が流れた。
二度目の奇跡──その奇跡の内容とは──食べた者だけが知るという。
《アヤカシ洋菓子店》のパティシエの名は──旭孝太郎。
のちに、数々の伝説やら問題を巻き起こす、伝説のパティシエ二代目である。
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