真夜中のアヤカシ洋菓子店にようこそ

あさぎかな@コミカライズ決定

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終幕 パティシエは二度奇跡を起こす

第30話 後継者

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 三月に「爺ちゃんが倒れた」と言われた時は居てもたってもいられなくて、部活を飛び出していったのに──オレは現実を受け止めきれず、その場に座り込んだ。

「爺ちゃん……だって、昨日……昨日まで元気だったんだ。一緒にスイーツ作って……」

「……なに言っているんだ? 昨日はずっとベッドで眠っていたぞ」

 それを聞いてオレは血の気が引いた。

 ──じゃあ、あの時に会った爺ちゃんは……。魂だけオレに会いにきた?

「とにかく、今からお前を迎えに行くから着替えて準備をしておけ」

 その後、オレはちゃんと答えられたかどうか分からなかった。
 病院に向かった時も、爺ちゃんの病室の前までの記憶が曖昧あいまいだ。昨日まで元気だったし、楽しそうに喋っていたのに──


 ***


 病室で眠っている爺ちゃんはやせ細った姿で、目蓋まぶたを堅く閉じていた。
 眠っているだけじゃないだろうか。前の時のように──。

 ──っ、じいちゃん、死ぬな!──
 ──なんてな──

 あの時三月の時みたいに起き上がって──冗談ドッキリだったら良かったのに。
 そんな夢みたいなことは起こらない。
 爺ちゃんの手に触れると冷たかった。いつもみたいに握り返してもくれない。
 もう爺ちゃんに頭を撫でもらえないし、「美味い」も「よくやった」も言ってはくれないのだ。

「じいちゃんっ……。じいちゃん!!」

 オレはこの時やっと──爺ちゃんが亡くなったのだと理解する。
 途端に視界が歪んだ。前が見えないくらい涙がぼろぼろと流れて、オレはその場に崩れ落ちた。


 ****


 昨日の天気予報では晴れマークがついていた。
 いざ翌日になると、バケツをひっくり返したように雨が降り注いだ。

 朝早い段階で、《まほろば祭り》は中止。
 もちろんフリーマーケットや古本はすぐさま撤収。カフェや出店も中止にするように連絡が入る。

 大切な人を失った悲しみを表すように、止めどなく降り続ける雨。
 そんな中、白蛇神は雨音に耳を傾けながらある日の事を思い出していた。


 ***


 三月の終わり。
 旭涼平あさひりょうへいが倒れた日──孝太郎まごが病室に辿り着く前に、彼は息を引き取っていた。
 半透明な姿のまま涼平はふわりと体が浮き上がり、空へと舞いあがる。
 彼の魂は壁をすり抜けて肉体からどんどん離れていった。

「いいのか」

 涼平は聞きなれた声に視線を向けると、空を泳ぐ巨大な白蛇と目が合った。白亜の鱗、酸漿色ほおずきいろ双眸そうぼう、その姿は三メートルほどあっただろうか。


「ああ……白蛇様か」

 涼平の姿は老人から青年へと変わっていった。オレンジ色の髪、目鼻立ちが整った男前で、年齢は二十そこそこだろうか。
「いい……とは?」と、涼平はどこか寝ぼけた声で尋ねた。

「未練はないのか?」

 涼平は「あるに決まっているだろう」と即答した。その言葉に、白蛇は小さく舌を鳴らす。

「なら、これをやろう」

 白蛇は《銀の鍵の付いたお守り》を涼平に投げてよこした。半透明──魂だけでも、それは受け取ることが出来たようだ。アンティーク調の銀の鍵に、お守りは神社名など書かれていない。

「なんだ、これ?」

「お前にとっての未練──心残りだ。それが消えるまで魂を肉体に留めておける」

「いいのかよ、そんな反則なもの使って」

「他の神々の許可も得ている。それにお前の後をがいなければ、我も困るということだ。それにこれはツリと思えば良い」

「ツリだ? そんなものあったか?」

 白蛇はこの町の傍にある大きな川へと視線を移した。あの川に重なるように霊脈れいみゃくが流れている。霊脈は龍脈りゅうみゃくとも呼ばれ、万物の流れを循環させる役割がある。それを担っているのが水神であり、龍や河伯かはく──河童たちだ。

 二十数年前──昔の風習や習わしなどが廃れ、開拓された土地に様々な人が住み始めた。人が増えればそれに乗じてヨクナイモノも増えていく。土地には土地のやり方があり、この町は《アヤカシ》のような人外のモノに頼るが少なからずあった。
 しかし、風習や習わしを引き継ぐ者がいなかったため──ヨクナイモノが霊脈を汚染し、川が暴走した。

 結果、その地を納めていた龍と河伯かはくたちもそのヨクナイモノに当てられ、怒り荒れ狂った。彼らは風習が廃れたことを、「人間が一方的に契約を破った」と解釈して祟ったのだ。
 いや正確には祟りかけた。

「二十数年前、大洪水の時にお前の息子が《味覚》を差し出しただろう。あの時の交渉術は中々のものだった。度胸もあったし、なにより自分の武器をどのように切り出すかを心得ていた」

 涼平は「あー、そうだったか?」とすっとぼけた顔で小首を傾げた。

「……お前は昔から息子に関しては手厳しいな。孫はあんなに甘いくせに……」

「な、孝太郎はメチャクチャ素直だからいいんだ! ふん、白蛇様とて、孫に会えばわかる。だいたい、正一はいつもワシに相談せずにだな……!」

 白蛇は「どっちも頑固なだけだろう」と小さく笑った。

「まあ人間の味覚、それも《伝説のパティシエ》の息子であれば舌は肥えている。《アヤカシ》ならば喉から手が出るほどのものだ。対価として十分すぎる献上品だった」

「……まさか、多めにとっていたという事か?」

「そうだ。《アヤカシ》側は一度約束を破った人間の事を信じられなかった。だから保険として多めに貰う事にした。むろん、それは契約をする時にお前の息子に告げた。そしたらこう言葉を返してきた」

 ──いつか人と《アヤカシ》の均衡が崩れかけた時の足しにしてください──

「……とな。まだ子供だったがよくできた息子人間だ」

 涼平はあからさまに不機嫌そうに「ふん」と鼻息を荒くした。

「どこがだ。あのバカ息子は《味覚》を白蛇様に献上した、などと喧伝けんでんしたのだぞ!」

 白蛇は溜息を漏らす。
 それは事実を隠すためについた嘘。水神の名を表に出せば、人間が龍や河伯たちを恐れるかもしれないと危惧きぐしたからだ。
 だからこそ《人との関りを嫌っている恐ろしい白蛇神》に押し付けたほうが、都合がよかった。
 未だに白蛇神への供え物に対して、畏怖や恐怖の念が強いのはそう言った理由が大きい。だが、白蛇神はそんな些末なことなど気にしてはいない。
 そういう役回りだと認識しているから。
 
 もちろん涼平も白蛇が言った事実を知っている。しかし、それでも彼は白蛇神の事を想って怒っているのだ。それが分かっているから白蛇は微苦笑した。

「お前を超える者など現れんだろうな」と、独り言ちる。

 白蛇は涼平の怒りが収まるのを待っていると、病院に向かう少年に気付いた。涼平と同じオレンジ髪で、汗だくになりながら走っている。

 ──あれは……もしや──

「白蛇様。しつこいようだが、そのツリをワシなんかに使っていいのか?」

「では聞くが、《真夜中のアヤカシ洋菓子店》はどうする? お前が急死すれば後継者はいなくなる。あの時と状況はだいぶ違うが、それでも《アヤカシ》たちは神経質になる。あと我も不機嫌になるな」

「ぐっ……。最後に本音をぶち込んできたな」

 涼平はいろいろ思う所があるようで唸り声をあげて、葛藤している。
 白蛇は目を細めると改めて、彼に問う。

「お前が後継者として認めるまで寿命は延びるから、今から候補者を探しても十分に間に合うぞ。なんなら半世紀ほど持つのではないか?」

 冗談──いや、白蛇の本音だったのかもしれない。
 しかし涼平は白蛇の気持ちを冗談として受け止め──「にい」と口角を吊り上げて笑った。

「それには及ばない。後継者なら、もう決めている」




※イラストは「志茂塚ゆり様」
白蛇様と涼平(魂だけ/二十代に若返ってます)


 ***


 孝太郎は何をするでもなく、ベッドの上に寝転がんでいた。
 体に力が入らず、気だるさで何をする気にもなれない。無気力なまま外の雨音に耳を澄ます。

 ──爺ちゃん……。

 孝太郎はポケットから《銀の鍵とお守り》を取り出そうとするが、なくなっていることに気付いた。

「嘘だろ……。今朝着替えた時はあったはず……」

 カバンなどを確認するが見当たらない。慌てて家中を探すが──なかった。
 ふと、朝は慌てていたので、もしかしたら厨房に置き忘れたかもしれない、と気づく。


 誰もいない銀色の戦場厨房
 今日は色々あって急遽店を休業にしたのだ。もちろん誰もいない。
 静まり返った厨房の中は、換気扇の音と外の雨音だけが響いていた。

「じいちゃん……」

「顔を上げろ、胸を張れ」

 聞きなれた声に孝太郎は慌てて顔を上げると──そこに人影があった。

「孝太郎、免許皆伝だ」

 オレンジの髪、孝太郎よりも背丈は高く、屈強な躯体の男が笑って立っていたのだ。二十代前後だろうか。真っ白なコックコートがよく似合う。

「え? めんきょ……かいでん……?」

 言葉の意味よりも、眼前にいる祖父の姿に驚愕した。そしてその姿は半透明になって消えかけている。

「パティシエは奇跡を二度起こす。それを白蛇様に見せてやってくれ」

「……じいちゃん!?」

 そう声に出したときには人影の姿はなく、銀の鍵が床に転がった。お守りは完全に消えてしまい、アンティークの銀の鍵だけが残る。

「な……なんだよ……。それ……。最期の最期でそんなこと、言うなんてずりい」

 幸太郎は涙で視界が歪みそうになったが、ぐっとこらえる。
 床に転がった銀の鍵を拾い上げると、孝太郎の手の中で灰となって消えていった。

「……わかったよ。じいちゃん」

 孝太郎は両頬を叩くと、調理に取り掛かった。
 作る洋菓子は決まっている。


※イラストは「志茂塚ゆり様」
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