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終幕 パティシエは二度奇跡を起こす
第29話 孝太郎×特性シュークリーム
しおりを挟む※イラスト画像は「志茂塚ゆり様」より
誘拐まがいなことがあってから、あっという間に時間が過ぎていた。
ゴールデンウイークまでに《まほろば祭り》の準備で忙しくなったからだ。あの後、脅されて従った豆狸の林は、オレに何度も謝りに来た。
彼も彼で色々あるのだろう。オレは「次、何かあったら相談して」と伝えた。
この胸の奥にある怒りはヘリの中に居た男に向ける者であって、巻き込まれた人に向けるきにはなれなかった。同じことをしたら分からないけれど。
それより一番驚いたのは山田の態度だった。オレがラーサさんに対して恋心を抱いてないとわかると、学校でも声をかけてくれるようになった。おかげで昼休みもぼっち飯から脱却したのは嬉しい。
とまあ忙しいけど時間を捻出して、オレは爺ちゃんの病院に見舞いに来ていた。
病室は週に三回。白蛇様に会う前に爺ちゃんの所に寄って、洋菓子を食べてもらう。これも日課になりつつあった。爺ちゃんは毎回、オレの作る菓子を美味しそうに食べてくれた。
今日はサクサククッキーと、イチゴのシュークリームだ。
「……ってな感じで、山田は今度のゴールデンウイークに、ラーサさんにメアド交換できるように頑張るんだって」
「ほお、そうかそうか。……それで《まほろば祭り》の準備はどうなっている? カフェをすると聞いたが?」
オレはお茶を入れながら答える。ちなみに今日のお茶はアッサムティーだ。給湯室を借りるのもだいぶ慣れたものだ。
「順調だよ。クレープの種類はもう少し絞ろうと思うけど……。爺ちゃんは、その……《まほろば祭り》に来るのは難しいよな」
「出来れば隣に立って一緒に菓子を作りたい」そう思うのは、やっぱり我儘なのだろう。オレは喉まで出かかった願いに蓋を閉じる。
「むー、午後なら抜け出してもバレないだろう」
「じ、爺ちゃん!?」
ニヤリと笑う爺ちゃんの笑顔は昔と何も変わっていない。その腕は枯れ木のように細くなっても──太陽のようなでっかい存在感は健在だ。爺ちゃんがそこにいるだけで元気が出てくる。オレにとって爺ちゃんは大きな目標で憧れだ。
「なに、孫の勇姿を見るためなら、そのぐらい易いものだ」
その時、爺ちゃんはいつものようにオレの頭に手を当てて優しく撫でてくれた。
「孝太郎。お前に渡した銀の鍵だが──どの鍵穴か分かったか?」
にやにやと爺ちゃんは悪戯っぽい笑顔で笑った。オレは言い返せずに頬を膨らまし「うっ、絶対に見つけてやる」と豪語する。
当たり前の日常。
爺ちゃんが良くなって退院したら一緒に厨房に立って、沢山の事を教えてもらう。そういう未来をずっと夢見ていたんだ。
小さい頃から、ずっと──。
***
《まほろば祭り》当日。
五月晴れの空の下、楽しみにしていた人たちの期待を胸に幕を開けた。
フリーマーケットと古本は、商店街傍の中央公園で開かれる。
オレたち以外の出店などもあるし、カフェスペースも十分な広さを確保してあるから大丈夫だろう。
──って思ってだけど、なにこの人、人、人! ってか、アヤカシもいっぱいだけどね!?
祭り開始三十分でカフェには行列が出来ていた──と言うか殺到している。
「ふぁああ!」と叫ぶ様なテンションでオレはひたすらクレープの生地を焼いたり、オーダーを受けてクレープを包んだりした。
「孝太郎君、チョコ、レアチーズ、フルーツを一つずつ」
「わかった」
この二週間、クレープをひたすら作って来た成果がここで発揮される。素早く、けれど優雅で丁寧に作り上げるクレープは、クダラ師匠と始さんの教えがあってこそだ。
「ありがとうございます。三つで九百円です!」と豆狸の林が会計。注文とドリンクは古川先輩が担当。山田は足りないモノを補充したり、フォローできるように動くこと。それとヘルプでゴーレムのカノが手伝ってくれる。
あとオレの休憩時には始さんと古川先輩がついてくれるというのだ。
「孝太郎、ストックとか大丈夫か?」と山田は小まめに声をかけてくれる。
「うん。あー、でも生クリームは早めに切れそうだから、予備があった方がいいかも」
「ん、おお! そうか! じゃあ、店に行って取ってくる!」
──山田の奴、今のは多分ラーサさんに会いに行く口実っぽいな。まあ、いいけど。
「Master。私も予備を運ぶの手伝ってきます」
「カノ、よろしく」
出だしは順調。
みんな笑顔で、祭りを楽しんでいる。遠くで笛や太鼓の音色が聞こえてきた。たぶん、神事が始まったのだろう。
オレは耳を澄ませながらも、手を動かした。
***
二日目。
人は前日よりも多くなってフリーマーケットと古本などは特に賑わっている。カフェも大繁盛しており、オレが昼飯を取ったのは二時過ぎだった。
「おう! 孝太郎お疲れー。たこ焼き買っておいたから食えよ」
見た目が怖いし、ガンつけてきた山田は口が悪いけど面倒見がいい。それに周りの気配りもしっかりしている。
「おら、林! ちゃんと水分補給取れ」
「はひぃ」
オレは、たこ焼きを片手に、カフェの設置場所から離れる。何となくEudaemonics・千葉店が気になって気づけば足を向けていた。
Eudaemonics・千葉店。
店は相変わらず大繁盛のようだ。特に五月の節句用に作ったスイーツは飛ぶように売れているという。
オレは爺ちゃんの家──縁側に腰を下ろした。普段は縁側にも鍵をかけているが、祭りの時期はスタッフの荷物置きとして使うため、開けている。
ちなみに盗難防止のため、烏天狗が見張り役を申し出てくれたのだ。
──はぁ。大賑わいだな。
オレは少し冷めたたこ焼きを食べながら、改めて人と《アヤカシ》が一緒に暮らす世界を振り返ってみた。
母さんたちと暮らしていた時も、今もギクシャクした感じはない。けれどそれはオレが気づかなかっただけなのかもしれない。
オレの見ている世界はとても狭くて──小さいと思う。
「なんだ、様子を見に来てみればサボりか?」
聞き覚えのある声にオレは顔を上げると、そこにはコックコート服の爺ちゃんの姿があった。
「え、な……」
採寸は間違っていないはずなのに、筋肉が落ちているせいかコックコートが一回り大きく見えた。にい、と笑う爺ちゃんは特に気にした様子もなく腕をまくる。
「お前が言ったんだろう。ワシと一緒に洋菓子を作りたいと」
「え、でも! だ、大丈夫なの?」
外出許可は下りたんだろうか。オレは不安げに爺ちゃんを見つめた。
「一時退院の許可は貰っている。それにお前が抜けた分は、カフェの助っ人はクダラと洋子さんが向かっているから安心しろ」
「爺ちゃん……。相変わらず根回しがいいんだな」
オレがそう言うとは「当たり前だろう」と爺ちゃんは自信満々に答えた。
「でも、そう言うのは古川先輩たちもビックリするから、前もって──」
「ああ。前もって言っておいたぞ」
「さすが爺ちゃん」そう言わざるを得なかった。やるならやるで筋を通す。
「今日は特別な洋菓子を作ってやろう」
それは十二年前──あの隕石が落ちてきたときに、爺ちゃんが言ったセリフだった。作る洋菓子は決まっている。
爺ちゃん特製シュークリームだ。
昔は爺ちゃんの背中ばっかりだったけど、今日は隣に立てる。オレはやっと自分の夢が一つ叶った。
この先も、銀色の戦場に立ちたい。爺ちゃんと一緒に。
もっといろんなことを教えて欲しい──そう、本当に思っていたし、そうなると信じて疑わなかった。
だって爺ちゃんはずっと──いつも通り笑って元気だったから──。
***
それは《まほろば祭り》最終日の──朝。
空が白む五時前に携帯が鳴って──オレは寝ぼけながら携帯の着信ボタンを押した。
「………孝太郎。落ち着いてきいてくれ。……っ、父さんが亡くなった」
「……え?」
出来の悪い悪夢でも見ている気がして、オレは現実として受け止められなかった。でも父さんの切羽詰まった声を聴いたら「嘘だ」なんて言えなかった。
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