20 / 56
第1幕
第9話 王弟セドリックの視点1-2
しおりを挟む
「ん……」
ついつい昔のことを思い返してしまった。「すうすう」と寝入っているオリビアを前に口元が緩む。
それから侍女たちを呼んで、オリビアの着替えなどを頼んだ。昨日から会話する時間は短かったが、ようやく会えた喜びを噛み締めることができた。
着替えが終わった寝巻きのオリビアの姿もとても可愛らしい。そっと頬に手をやると擦り寄る仕草も堪らない。
キスぐらいは──許されるだろうか。いや寝ている時にするのは紳士的ではないし、何より彼女の反応が見たいので明日までのお預けとしよう。
竜魔人の感覚では、百年は数カ月のようなものだが、それでもオリビアと会えない日々は苦痛だった。石化した彼女を傍に置き、魔法が解けるまで辛抱強く待った。
三年前の出来事は「自分が油断していた」の一言に尽きる。だからこそ三度目はない。これ以上、オリビアの心労を増やさぬように全てを終わらせる。
「アドラ」
「ハッ」
音もなく影に紛れて執事が姿を見せた。外見こそ自分と変わらないが、その年齢は二回り上だ。ここ百年、自分の傍で支えた側近の一人でもあり、剣の師でもある。
「オリビアへの警護の強化。それと侍女長と専属侍女だが──信用できる者か」
「はい。その点は王太后様と相談しておりますので、三年前のような失態は起こらないかと。特にヘレンは昔、オリビアに保護された経歴もありますので裏切ることは無いかと」
「……ああ、そうだったな。幼いころ、私は直接ヘレンとは会っていないからな」
「今回は三年前と違って治療師、食事、傍付きの責任者はオリビア様と縁のある信頼を置けるものにしました」
この百年でオリビアの屋敷で保護された者や、関係者が何人もいる。中でも権限があるのは宮廷治癒士のローレンス、侍女のヘレン、料理長のジャクソン。
三年前も同じ編成にしたが、最高責任者や横の連携などまだまだ甘かった。私とアドラが遠征に出ていたのもある。油断していた。オリビアと関りのあるものに身の回りの世話をするように指示を出していたのが、いつの間にかそのリスト表が書き換えられていたのだから。
本当に私は詰めが甘い。敵があの悪魔だということを失念していたのだから。
「オリビアの誘拐に関わった使用人は全て服毒自殺、侍女数人は失踪。当時は魔物の大量発生でうやむやにしてしまったが、首謀者はある程度絞っている。……オリビアがここに戻った以上、三年前よりも騒がしくなる可能性が高い」
「そのあたりも抜かりなく、王兄姫殿下のお二人の行動は把握しております。……それにしてもつくづく竜魔人族の習性を理解していない愚か者どもです。この際、後宮を解体させるのも良いかもしれません」
「そうだな。私には不要な宮だ。牢獄にでも名称を変えて、二度と表に出られないように閉じ込めた方がいいだろう」
すでにミア姫殿下は後宮から出て、日中は王族の居住区域でお茶会を毎日楽しんでいると報告が入っている。後宮には男を連れ込めない──という妙なところは律儀に守っているらしい。頭の中お花畑のあの女は常に自分が世界の中心だと信じて疑わない。なにより厄介なのは群がる男たちだ。
彼女を間近で見てしまえば、目が合えば、声を掛けられれば、簡単に囚われてしまう。竜魔人は、生涯の番に対しての愛の深さゆえ効き目がないのでそこまで被害はなかったのだが、他種族であれば厄災そのものでしかない。すでに既婚者や恋人がいる者たちからの苦情も出ている。中和剤はあるが、依存性が高いため覚醒するのは本人の精神力と個人差があるのだ。
(再びオリビアを消そうとするのなら、いっそ三年前の発生源として殺してしまおうか。……いや、後々のことを考えるとアレが届くまで待つべきか)
「陛下。……ところでエレジア国の処遇はいかがしますか?」
エレジア国。
オリビアの報告書を改めて見直して怒りで憤慨しそうだった。これでは百年前のフィデス王国よりも劣悪な環境ではないか。しかも見事な隠蔽の仕方がさらに悪質だった。
フランの姿は夜が多かったので、昼間の報告はエレジア国から上がって来たものを信用するしかなかった。間者を送ろうともしたが、叔父夫婦役を演じた者たちはグラシェ国を警戒して侍女や使用人は人族を雇った。
契約内容も表面上は守っていたようで衣食住と安全は確保していたが、裏で彼女を使って王族と教会の評価を上げようとしていた。彼女の功績を全て横から搔っ攫っていった人間たちに容赦する必要も義理もない。
「あんな小国、息吹一つで滅ぼせるが──オリビアの溜飲が下がる形の報復の方がいいだろう。まあ、彼女が居なくなったあの国では大変なことになっているだろうから、存分に苦しむといい」
「おっしゃる通りかと。あの国では魔力量が乏しい土地でしたが、オリビア様の内側から溢れる魔力によって魔法の疑似覚醒者が一時的に増えましたからね。しかし土台となる魔力を持つ方が居なくなれば当然、魔力の枯渇により不作も続くでしょう。なによりオリビア様の回復薬や付与魔法は、その辺の魔術師では逆立ちしても真似できませんし」
(まあ、私が何かしなくても自滅するならそれはそれでいいか。むしろ早々に側室の件に集中すべきだ。その後でエレジア国と、フィデス王国の処遇を考えればいい)
オリビアは百年前、フィデス王国随一の魔導士だった。高い魔力と技術を持っていたが家族愛に恵まれず、認めてもらおうと努力していた。最後まであの家族がオリビアの功績を認めようとはしなかったが──唯一の救いは祖父母がまともだったことだろうか。あの森の屋敷も祖父母が工面したとか。もっともオリビアをぞんざいに扱い、搾取し続けたあの国にも何らかの報復を考えていたが──そのあたりは恐らくダグラスあたりが動いているだろう。
「オリビアの叔父夫婦と名乗っていた者の行方は?」
「捜索隊が捕えて牢獄におります」
「そうか。間違っても服毒自殺させないように見張っておくように」
「承知しました」
「黒幕を吐かせるためなら死なない程度の拷問は許す」
「はい。尋問官にはそのように伝えておきます」
ついつい昔のことを思い返してしまった。「すうすう」と寝入っているオリビアを前に口元が緩む。
それから侍女たちを呼んで、オリビアの着替えなどを頼んだ。昨日から会話する時間は短かったが、ようやく会えた喜びを噛み締めることができた。
着替えが終わった寝巻きのオリビアの姿もとても可愛らしい。そっと頬に手をやると擦り寄る仕草も堪らない。
キスぐらいは──許されるだろうか。いや寝ている時にするのは紳士的ではないし、何より彼女の反応が見たいので明日までのお預けとしよう。
竜魔人の感覚では、百年は数カ月のようなものだが、それでもオリビアと会えない日々は苦痛だった。石化した彼女を傍に置き、魔法が解けるまで辛抱強く待った。
三年前の出来事は「自分が油断していた」の一言に尽きる。だからこそ三度目はない。これ以上、オリビアの心労を増やさぬように全てを終わらせる。
「アドラ」
「ハッ」
音もなく影に紛れて執事が姿を見せた。外見こそ自分と変わらないが、その年齢は二回り上だ。ここ百年、自分の傍で支えた側近の一人でもあり、剣の師でもある。
「オリビアへの警護の強化。それと侍女長と専属侍女だが──信用できる者か」
「はい。その点は王太后様と相談しておりますので、三年前のような失態は起こらないかと。特にヘレンは昔、オリビアに保護された経歴もありますので裏切ることは無いかと」
「……ああ、そうだったな。幼いころ、私は直接ヘレンとは会っていないからな」
「今回は三年前と違って治療師、食事、傍付きの責任者はオリビア様と縁のある信頼を置けるものにしました」
この百年でオリビアの屋敷で保護された者や、関係者が何人もいる。中でも権限があるのは宮廷治癒士のローレンス、侍女のヘレン、料理長のジャクソン。
三年前も同じ編成にしたが、最高責任者や横の連携などまだまだ甘かった。私とアドラが遠征に出ていたのもある。油断していた。オリビアと関りのあるものに身の回りの世話をするように指示を出していたのが、いつの間にかそのリスト表が書き換えられていたのだから。
本当に私は詰めが甘い。敵があの悪魔だということを失念していたのだから。
「オリビアの誘拐に関わった使用人は全て服毒自殺、侍女数人は失踪。当時は魔物の大量発生でうやむやにしてしまったが、首謀者はある程度絞っている。……オリビアがここに戻った以上、三年前よりも騒がしくなる可能性が高い」
「そのあたりも抜かりなく、王兄姫殿下のお二人の行動は把握しております。……それにしてもつくづく竜魔人族の習性を理解していない愚か者どもです。この際、後宮を解体させるのも良いかもしれません」
「そうだな。私には不要な宮だ。牢獄にでも名称を変えて、二度と表に出られないように閉じ込めた方がいいだろう」
すでにミア姫殿下は後宮から出て、日中は王族の居住区域でお茶会を毎日楽しんでいると報告が入っている。後宮には男を連れ込めない──という妙なところは律儀に守っているらしい。頭の中お花畑のあの女は常に自分が世界の中心だと信じて疑わない。なにより厄介なのは群がる男たちだ。
彼女を間近で見てしまえば、目が合えば、声を掛けられれば、簡単に囚われてしまう。竜魔人は、生涯の番に対しての愛の深さゆえ効き目がないのでそこまで被害はなかったのだが、他種族であれば厄災そのものでしかない。すでに既婚者や恋人がいる者たちからの苦情も出ている。中和剤はあるが、依存性が高いため覚醒するのは本人の精神力と個人差があるのだ。
(再びオリビアを消そうとするのなら、いっそ三年前の発生源として殺してしまおうか。……いや、後々のことを考えるとアレが届くまで待つべきか)
「陛下。……ところでエレジア国の処遇はいかがしますか?」
エレジア国。
オリビアの報告書を改めて見直して怒りで憤慨しそうだった。これでは百年前のフィデス王国よりも劣悪な環境ではないか。しかも見事な隠蔽の仕方がさらに悪質だった。
フランの姿は夜が多かったので、昼間の報告はエレジア国から上がって来たものを信用するしかなかった。間者を送ろうともしたが、叔父夫婦役を演じた者たちはグラシェ国を警戒して侍女や使用人は人族を雇った。
契約内容も表面上は守っていたようで衣食住と安全は確保していたが、裏で彼女を使って王族と教会の評価を上げようとしていた。彼女の功績を全て横から搔っ攫っていった人間たちに容赦する必要も義理もない。
「あんな小国、息吹一つで滅ぼせるが──オリビアの溜飲が下がる形の報復の方がいいだろう。まあ、彼女が居なくなったあの国では大変なことになっているだろうから、存分に苦しむといい」
「おっしゃる通りかと。あの国では魔力量が乏しい土地でしたが、オリビア様の内側から溢れる魔力によって魔法の疑似覚醒者が一時的に増えましたからね。しかし土台となる魔力を持つ方が居なくなれば当然、魔力の枯渇により不作も続くでしょう。なによりオリビア様の回復薬や付与魔法は、その辺の魔術師では逆立ちしても真似できませんし」
(まあ、私が何かしなくても自滅するならそれはそれでいいか。むしろ早々に側室の件に集中すべきだ。その後でエレジア国と、フィデス王国の処遇を考えればいい)
オリビアは百年前、フィデス王国随一の魔導士だった。高い魔力と技術を持っていたが家族愛に恵まれず、認めてもらおうと努力していた。最後まであの家族がオリビアの功績を認めようとはしなかったが──唯一の救いは祖父母がまともだったことだろうか。あの森の屋敷も祖父母が工面したとか。もっともオリビアをぞんざいに扱い、搾取し続けたあの国にも何らかの報復を考えていたが──そのあたりは恐らくダグラスあたりが動いているだろう。
「オリビアの叔父夫婦と名乗っていた者の行方は?」
「捜索隊が捕えて牢獄におります」
「そうか。間違っても服毒自殺させないように見張っておくように」
「承知しました」
「黒幕を吐かせるためなら死なない程度の拷問は許す」
「はい。尋問官にはそのように伝えておきます」
71
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。
ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・
強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる