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第1幕
第11話 たくさんの贈物と求愛1-1
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「あ、すみません。急に魔術を使ってしまって──」
「いえ、嬉しいです。オリビア、差し当たってそのハンカチを私にいただけますか」
「え? あの、いや……ええっと、ソースで汚れていますし」
「大丈夫です。宝物として取っておきます」
「か、カビになるのでやめてください」
思わず強い口調で断ると、目に見えるほど落ち込んでいた。尻尾が地面に縫い留められているようだ。フランの時も落ち込むと尻尾が垂れていたのを思い出す。
「あ、あの……ハンカチでしたら、もっとちゃんとしたのを贈りますから」
「本当ですか!」
「は、はい」
「オリビアからの贈り物。嬉しいです。家宝にしますね」
「いえ、あの……使ってください」
満面の笑みで喜ぶセドリック様が眩しすぎる。
そしてなんという甘え上手。ハンカチ一つでこんなに喜んでくれるなんて、今からでも小物を作ってしまいたくなる。
(……って、そうだ小物!)
「どうかしましたか?」
「セドリック様。せっかくですので、これを機にハンカチや髪紐など作ってみようと思うのですが……よいでしょうか?」
今後、もしここを追い出されても生きていけるように、準備はしておいた方が良いだろう。セドリック様のご厚意は嬉しいけれど、クリストファ殿下のような約束を反故にする可能性だってあるのだから──信じすぎるのは駄目だ。
生贄は完全に否定はできないが、どちらかというと無一文で放り出される方がつらい。一時期は死んでもいいと自暴自棄だったが今は少しだけ前向きに、自由に生きていきたいという気持ちが芽生えてきた。「内職して軍資金を準備する」とは言えないので騙すことになるのは心苦しいけれど、しょうがない。
「私のハンカチや髪紐シリーズが増えるのですね。ああ、天にも昇るほど嬉しいです」
「ハイ、モチロン……です」
満面の笑みに良心が痛んだが、笑って応えた。
最初は誰もが優しく出迎えて、気を遣ってくれる。それから少しずつ扱いが変わって、都合のいい理由や名目で搾取しようとするのだ。だからどんなにいい人だろうと、親切だったとしても自分の身を守る。振り回されたりはしない。
「オリビア」そう呼ばれて顔を上げた瞬間、セドリック様は私の頬に触れた。唐突な行動に驚いて目を白黒させてしまった。
「え、セドリック様?」
「なんだか寂しくて悲しい香りがしたので、こうしたら寂しくないと実感してもらえますか?」
「え、私、そんな変な匂いが?」
「いえ。とても素晴らしい匂いですが、そんな感じがしたのです」
(ということは嘘とかは)
「ちなみにオリビアは嘘をつく時に目が泳ぐから、匂いとかは関係なくわかりますよ」
(心を読まれた!?)
「ああ、また表情を変えて、可愛らしいです」
「っ!」
頬擦りからの抱擁。本当に子供のように無邪気で、好意をこれでもかというほどアピールしてくる。恥ずかしいけれど、それが照れくさくて嬉しいと思っている自分がいた。
それからセドリック様は言葉通り、時間を見つけては私の部屋に顔を出した。
さらにここでの生活は賑やかで、驚きの連続だった。スキンシップの多さもだが、何より毎日のように部屋に届く贈り物数だ。
「オリビア様宛に大量のドレスが届きましたわ」
「こ、これ全部ですか? しかもどの生地もエレジア国じゃ中々手に入らない」
「ドワーフ族に器用な者がおりまして」
(これ一着で屋敷一つ建つレベルだわ)
「今日は珍しい花束だそうです。いい匂いですね!」
「いい香り……って、あの花束って」
「はい、宝石花です。特殊な高山にしか咲かない花で、花弁が散ると宝石になります」
「宝石と同値の価値……、いえ入手困難な幻の花ですよね。他にも珍しい花束──って、サーシャさん、まだあるのですか?」
「ええ。部屋いっぱいに用意してくださったようです」
「部屋……いっぱい」
「陛下からの寵愛の証でございます」
(贈り物の規模がおかしい……)
「セドリック様から大量の宝石や貴金属が贈られてきました!」
「珍しい菓子だそうで」
毎日、飽きもせずにセドリック様は私に贈り物を届ける。
侍女長サーシャさんと傍付きのヘレンさんは、自分たちのことのように喜んでいた。目が眩むような高価な贈り物に私は困惑しつつも、セドリック様に見せるため──とのことでドレスやアクセサリーの貴金属を身に着けて会うのが日課となった。
朝食はセドリック様が迎えに来て、昼は私が車椅子で執務室に赴き、夕食は食事部屋で共にするのが日常化していった。
そしてなにかと「珍しい御菓子が手に入った」という理由をつけて会いにやってくる。
(最近、御菓子や貴重な茶葉を贈られることが多いのは、お茶会の口実になりつつある。美味しいけれど……贅沢なような……)
「オリビア、珍しい茶葉が手に入ったようです。一緒にお茶をしてもいいでしょうか」
「も、もちろんです……」
「よかった」
「…………」
日を追うごとに、ひょっこりと部屋を訪れるセドリック様の来訪を心待ちにしている自分がいることに驚いた。私の足が完治していないのもあり、飽きないようにと裁縫道具や本も用意してくれている。
三日、二週間、一カ月、二ヵ月とセドリック様の態度は変わらず──というか溺愛度合いが酷くなってきた気がする。いやセドリック様だけじゃない。
日常生活を送る上でサーシャさんやヘレンさんのサポートはこの上なく有難い。それに静養を前提としているので、小物づくりなどの作る時間などペース配分もしっかりと考えてくれている。
いつも挨拶を交わしてくれる気の良い衛兵さんたち、毎日部屋を訪れて治療してくれるローレンスさん。栄養失調だった私のために食事などを工夫してくれる料理長のジャクソンさん。
私が部屋に閉じこもらないようセドリック様が温室の散歩を提案してくれる。私の足が完治したら国内を案内したいと話してくれた。
「いえ、嬉しいです。オリビア、差し当たってそのハンカチを私にいただけますか」
「え? あの、いや……ええっと、ソースで汚れていますし」
「大丈夫です。宝物として取っておきます」
「か、カビになるのでやめてください」
思わず強い口調で断ると、目に見えるほど落ち込んでいた。尻尾が地面に縫い留められているようだ。フランの時も落ち込むと尻尾が垂れていたのを思い出す。
「あ、あの……ハンカチでしたら、もっとちゃんとしたのを贈りますから」
「本当ですか!」
「は、はい」
「オリビアからの贈り物。嬉しいです。家宝にしますね」
「いえ、あの……使ってください」
満面の笑みで喜ぶセドリック様が眩しすぎる。
そしてなんという甘え上手。ハンカチ一つでこんなに喜んでくれるなんて、今からでも小物を作ってしまいたくなる。
(……って、そうだ小物!)
「どうかしましたか?」
「セドリック様。せっかくですので、これを機にハンカチや髪紐など作ってみようと思うのですが……よいでしょうか?」
今後、もしここを追い出されても生きていけるように、準備はしておいた方が良いだろう。セドリック様のご厚意は嬉しいけれど、クリストファ殿下のような約束を反故にする可能性だってあるのだから──信じすぎるのは駄目だ。
生贄は完全に否定はできないが、どちらかというと無一文で放り出される方がつらい。一時期は死んでもいいと自暴自棄だったが今は少しだけ前向きに、自由に生きていきたいという気持ちが芽生えてきた。「内職して軍資金を準備する」とは言えないので騙すことになるのは心苦しいけれど、しょうがない。
「私のハンカチや髪紐シリーズが増えるのですね。ああ、天にも昇るほど嬉しいです」
「ハイ、モチロン……です」
満面の笑みに良心が痛んだが、笑って応えた。
最初は誰もが優しく出迎えて、気を遣ってくれる。それから少しずつ扱いが変わって、都合のいい理由や名目で搾取しようとするのだ。だからどんなにいい人だろうと、親切だったとしても自分の身を守る。振り回されたりはしない。
「オリビア」そう呼ばれて顔を上げた瞬間、セドリック様は私の頬に触れた。唐突な行動に驚いて目を白黒させてしまった。
「え、セドリック様?」
「なんだか寂しくて悲しい香りがしたので、こうしたら寂しくないと実感してもらえますか?」
「え、私、そんな変な匂いが?」
「いえ。とても素晴らしい匂いですが、そんな感じがしたのです」
(ということは嘘とかは)
「ちなみにオリビアは嘘をつく時に目が泳ぐから、匂いとかは関係なくわかりますよ」
(心を読まれた!?)
「ああ、また表情を変えて、可愛らしいです」
「っ!」
頬擦りからの抱擁。本当に子供のように無邪気で、好意をこれでもかというほどアピールしてくる。恥ずかしいけれど、それが照れくさくて嬉しいと思っている自分がいた。
それからセドリック様は言葉通り、時間を見つけては私の部屋に顔を出した。
さらにここでの生活は賑やかで、驚きの連続だった。スキンシップの多さもだが、何より毎日のように部屋に届く贈り物数だ。
「オリビア様宛に大量のドレスが届きましたわ」
「こ、これ全部ですか? しかもどの生地もエレジア国じゃ中々手に入らない」
「ドワーフ族に器用な者がおりまして」
(これ一着で屋敷一つ建つレベルだわ)
「今日は珍しい花束だそうです。いい匂いですね!」
「いい香り……って、あの花束って」
「はい、宝石花です。特殊な高山にしか咲かない花で、花弁が散ると宝石になります」
「宝石と同値の価値……、いえ入手困難な幻の花ですよね。他にも珍しい花束──って、サーシャさん、まだあるのですか?」
「ええ。部屋いっぱいに用意してくださったようです」
「部屋……いっぱい」
「陛下からの寵愛の証でございます」
(贈り物の規模がおかしい……)
「セドリック様から大量の宝石や貴金属が贈られてきました!」
「珍しい菓子だそうで」
毎日、飽きもせずにセドリック様は私に贈り物を届ける。
侍女長サーシャさんと傍付きのヘレンさんは、自分たちのことのように喜んでいた。目が眩むような高価な贈り物に私は困惑しつつも、セドリック様に見せるため──とのことでドレスやアクセサリーの貴金属を身に着けて会うのが日課となった。
朝食はセドリック様が迎えに来て、昼は私が車椅子で執務室に赴き、夕食は食事部屋で共にするのが日常化していった。
そしてなにかと「珍しい御菓子が手に入った」という理由をつけて会いにやってくる。
(最近、御菓子や貴重な茶葉を贈られることが多いのは、お茶会の口実になりつつある。美味しいけれど……贅沢なような……)
「オリビア、珍しい茶葉が手に入ったようです。一緒にお茶をしてもいいでしょうか」
「も、もちろんです……」
「よかった」
「…………」
日を追うごとに、ひょっこりと部屋を訪れるセドリック様の来訪を心待ちにしている自分がいることに驚いた。私の足が完治していないのもあり、飽きないようにと裁縫道具や本も用意してくれている。
三日、二週間、一カ月、二ヵ月とセドリック様の態度は変わらず──というか溺愛度合いが酷くなってきた気がする。いやセドリック様だけじゃない。
日常生活を送る上でサーシャさんやヘレンさんのサポートはこの上なく有難い。それに静養を前提としているので、小物づくりなどの作る時間などペース配分もしっかりと考えてくれている。
いつも挨拶を交わしてくれる気の良い衛兵さんたち、毎日部屋を訪れて治療してくれるローレンスさん。栄養失調だった私のために食事などを工夫してくれる料理長のジャクソンさん。
私が部屋に閉じこもらないようセドリック様が温室の散歩を提案してくれる。私の足が完治したら国内を案内したいと話してくれた。
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