31 / 56
第2章
第15話 悪女襲来1-2
しおりを挟む***
庭園は季節の様々な花が植えられており、薔薇の拱廊には白と桃色の花が咲いていた。木漏れ日が差し込み、花がとても色鮮やかで美しかった。長いアーケードを抜けると緑の苔が広がっており、広場に出た。噴水が見え、その水面が白銀色に煌めく。
少し肌寒くなってきたが、それでも日差しの温かさがあるのでそこまで寒くはない。というか、セドリック様に抱きかかられているので、少し寒くなるようなら引っ付くだけで寒さはあっという間に消える。
ちょっとは自分から寄り添うようになり、それがセドリック様的には堪らないのか「幸せ」とか「可愛い」という言葉が漏れてくる。本心が駄々洩れすぎているので、聞いているこっちが恥ずかしくなるのは変わらない。
「セドリック様はどうしてそんなに私を──」
「好きでいてくれるのか」そう聞こうとして、言葉を切った。
セドリック様が足を止め、あからさまに表情を顰めたからだ。いつもニコニコと笑顔か、落ち込んで泣きそうな顔ばかりだったので、露骨に嫌そうな顔というのを初めて見た気がする。
そこまでセドリック様を不快にしているのはなんなのだろう。そう思い視線の先を追うと、
「セドリック様。ようやくお会いできましたわ」
数人の騎士と従者に囲まれて姿を現したのは、瑞々しい白い肌に、やや尖った長い耳、プラチナの長い髪、背には白い羽を生やしたエルフと鳥人族のハーフの美女が佇んでいた。白のマーメイドラインのドレスを着こなし、動くたびに体のラインを強調するので、いかに自身の体型に自信があるかがわかる。
(綺麗な人……だけれど、セドリック様とどんな関係が?)
胸がざわつき、気づけばセドリック様の胸元の服を掴んでいた。私の反応にいち早く気づいたセドリック様は「オリビアの方が数百倍可愛いですよ」と耳元で囁く。彼の長い睫毛がいまにも頬に触れそうなほど近い。
たった一言で私の不安を消し去り、頬が熱くなる。
「私が取られそうになって不安でしたか?」
「う……」
「そんなところも可愛いです」
眼前の美女にも目もくれず、セドリック様は私を構い続ける。それに痺れを切らしたのは美女と護衛の騎士たちだった。
「陛下、姉殿下様に対して礼節がなっておられないのではないですか!?」
「そうです! わざわざミア姉殿下がお目見えになったというのに、無視とはどういうことでしょうか!?」
「みんな、いいのです。私が兄嫁として不甲斐ないばかりに……。うう……」
泣き出す美女に周囲の取り巻きたちは慌てふためく。不意に外面のよい聖女エレノアのことを思い出した。彼女も周囲を味方にするのがうまく、あざとい。
(そういえばシナリオテンカイとか言っていたけれど、あれは予言が私の行動のせいで改変されたってことなの? すっかり忘れていたけれど……)
「不安になる必要は一つもありません。オリビアは、あざといなどの小手先な技など身につけないでください。これ以上、オリビアに惚れられる人がいたら困りますから」
「こ、声に出ていましたか?」
「いえ。顔に書いてありました」
「う……」
恥ずかしい。表情が顔に出てしまったのだろう。けれどそんな私に対してセドリック様は嬉しそうに微笑んだのち、鋭い眼光を美女に向けた。その切り替え──というか対応の温度差に内心驚いた。
「私の貴重な時間を邪魔するとは、死にたいようだな」
「まあ、酷いわ。兄嫁である私になんという……」
「兄嫁はクロエ殿のみだ。それより貴様は後宮から出てはならないという言いつけを破った意識はあるのか?」
「そ、それは……」
氷点下の視線と有無を言わさぬ声に、騒いでいた取り巻きが黙った。美女は盛大に泣き出し「でも、あの中は暇で……」と喘ぐばかり。会話にすらならない。
それをみてセドリック様は傍に居たサーシャさんに合図を出す。彼女はいつの間にか両手に抱える木箱を持っており、美女に差し出した。
贈り物だと思ったのか泣いていた彼女の顔がぱあ、と明るくなる。
「もしかしてセドリック様からの贈り物ですか!? まあ、まあ」
(どうしてこの流れでそう思えるのだろう……。もしかして、天然?)
「まあ。どれも高価なものですね! もしかしてこれらを準備するために私に会う時間がなかった? それならしょうがないですね! もう、最初からこれを見せてくださればよかったのに!」
木箱の中身は銀の腕輪と首輪だった。シンプルだが細工や宝石などかなり高価なものだというのはすぐにわかった。それをセドリック様が美女に贈る意図とは?
(求愛? でも雰囲気からいって程遠い。それとも演技?)
ぐるぐると形容しがたい感情が頭の中を駆け巡る。
先程芽生えた不安──いや胸が苦しい。いつも優しくて愛を囁いてくれるセドリック様が、もし他の人に心変わりをしてしまったら?
ずっと自分に向けている感情に対して私は何を返せただろう。
自分の気持ちを言葉にして伝えことがあっただろうか。
裏切られるのが怖くて、ずっと逃げて先送りにしていた。甘えてそれにあぐらをかいていたのではないか。
急に失ってしまう怖さは、身をもって味わっているのに──。
グッと、下唇を噛みしめる。
「ふふっ、セドリック様もようやく私の魅力に気づいたのですね。嬉しいです。あ、そうです。これから一緒にお茶をしませんか? 喉が渇いてしまって」
セドリック様に擦り寄ろうとする美女は、自分の都合の良いように話を進めようとする。抱きかかえられた私など眼中にないのだろう。
私の容姿は普通だし、美人でもない。けれど──。
「貴様にこれを渡すのは──」
「セドリック様は妻になる私と散歩をしてからお茶をするので、ご遠慮いただけますでしょうか」
セドリック様の言葉を遮って、思いのたけを思わず口にしてしまった。しかも彼の首に手を回して大胆発言まで──。
一瞬にして羞恥心で死にそうになった。けれど私が勇気を出した分、セドリック様の顔も赤くなって目をキラキラ輝かせていた。
「ああ、まさか──ここでオリビアがそんなことを言ってくださるなんて」
「せ、セドリック様」
頬ずりから頬のキスが降り注ぐ。人前で!
完全に取り残された美女は何が起こったのか理解していないのか固まっていた。そしてその隙にサーシャさんが美女の両腕と首輪を付けていく。素早い。
「殿下、装着が終わりました」と、セドリック様のデレデレ具合にまったく動じずに告げた。それによって美女は「ええ、どうしてセドリック様が付けてくださらないのですか!?」と不満を漏らす。
「ねえ、みんなもそうでしょう。せっかくの贈り物なのに。みんなもセドリック様に言ってあげて!」
ここまで来ても美女は自分勝手な理屈を口にする。ふと、傍にいた取り巻きたちからの糾弾がないことに気付いた。先程までは罵声を浴びせていた声もない。
それどころか、騎士や従者たちは美女から離れ、一斉に地面に膝と両手をついて頭を下げた。
「陛下、数々の無礼をお許しください」
「申し訳ございませんでした」
「王妃様への誹謗中傷、申し訳ありません」
「え、ええ? みんなどうしちゃったの?」
今まで美女側についていた騎士や従者たちの態度が一変した。よく考えれば一国の王に対して、騎士や従者たちの態度は横暴だった。まるで主君とは思っていない言動もあった。
それが今は正常に戻ったかのよう。正常……ということはもしかして──。
「ミア=キャニング。貴様の持つ《魅了》は今日この時点で使い物にならなくなった」
「え、なにを……?」
「後宮で保護していた規則を破った。貴様には公務執行妨害、詐欺罪、暗殺未遂罪と余罪があるので後宮の保護施設ではなく、投獄に処す」
張り詰めた空気に気付いた美女は、焦りだすもののまだ余裕のようなものはあった。この状態から自分の都合のいい状態に持っていけると、信じているのだろう。
「私、なにも悪いことしてないわ。それに私がディートハルト様やセドリック様に好かれるのは当然でしょう? 私が良いと言ったらその通りになるもの!」
「なにを馬鹿なことを。兄上が愛したのはクロエ殿のみ。そして私が生涯愛を誓ったのはオリビアただ一人だ。貴様は危険人物ということで、後宮に押し込めていただけに過ぎん」
(危険? 魅了? もしかして無自覚で魅了をつかって、色んな人を誘惑していた?)
63
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。
ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・
強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる