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第2章
第15話 悪女襲来1-2
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庭園は季節の様々な花が植えられており、薔薇の拱廊には白と桃色の花が咲いていた。木漏れ日が差し込み、花がとても色鮮やかで美しかった。長いアーケードを抜けると緑の苔が広がっており、広場に出た。噴水が見え、その水面が白銀色に煌めく。
少し肌寒くなってきたが、それでも日差しの温かさがあるのでそこまで寒くはない。というか、セドリック様に抱きかかられているので、少し寒くなるようなら引っ付くだけで寒さはあっという間に消える。
ちょっとは自分から寄り添うようになり、それがセドリック様的には堪らないのか「幸せ」とか「可愛い」という言葉が漏れてくる。本心が駄々洩れすぎているので、聞いているこっちが恥ずかしくなるのは変わらない。
「セドリック様はどうしてそんなに私を──」
「好きでいてくれるのか」そう聞こうとして、言葉を切った。
セドリック様が足を止め、あからさまに表情を顰めたからだ。いつもニコニコと笑顔か、落ち込んで泣きそうな顔ばかりだったので、露骨に嫌そうな顔というのを初めて見た気がする。
そこまでセドリック様を不快にしているのはなんなのだろう。そう思い視線の先を追うと、
「セドリック様。ようやくお会いできましたわ」
数人の騎士と従者に囲まれて姿を現したのは、瑞々しい白い肌に、やや尖った長い耳、プラチナの長い髪、背には白い羽を生やしたエルフと鳥人族のハーフの美女が佇んでいた。白のマーメイドラインのドレスを着こなし、動くたびに体のラインを強調するので、いかに自身の体型に自信があるかがわかる。
(綺麗な人……だけれど、セドリック様とどんな関係が?)
胸がざわつき、気づけばセドリック様の胸元の服を掴んでいた。私の反応にいち早く気づいたセドリック様は「オリビアの方が数百倍可愛いですよ」と耳元で囁く。彼の長い睫毛がいまにも頬に触れそうなほど近い。
たった一言で私の不安を消し去り、頬が熱くなる。
「私が取られそうになって不安でしたか?」
「う……」
「そんなところも可愛いです」
眼前の美女にも目もくれず、セドリック様は私を構い続ける。それに痺れを切らしたのは美女と護衛の騎士たちだった。
「陛下、姉殿下様に対して礼節がなっておられないのではないですか!?」
「そうです! わざわざミア姉殿下がお目見えになったというのに、無視とはどういうことでしょうか!?」
「みんな、いいのです。私が兄嫁として不甲斐ないばかりに……。うう……」
泣き出す美女に周囲の取り巻きたちは慌てふためく。不意に外面のよい聖女エレノアのことを思い出した。彼女も周囲を味方にするのがうまく、あざとい。
(そういえばシナリオテンカイとか言っていたけれど、あれは予言が私の行動のせいで改変されたってことなの? すっかり忘れていたけれど……)
「不安になる必要は一つもありません。オリビアは、あざといなどの小手先な技など身につけないでください。これ以上、オリビアに惚れられる人がいたら困りますから」
「こ、声に出ていましたか?」
「いえ。顔に書いてありました」
「う……」
恥ずかしい。表情が顔に出てしまったのだろう。けれどそんな私に対してセドリック様は嬉しそうに微笑んだのち、鋭い眼光を美女に向けた。その切り替え──というか対応の温度差に内心驚いた。
「私の貴重な時間を邪魔するとは、死にたいようだな」
「まあ、酷いわ。兄嫁である私になんという……」
「兄嫁はクロエ殿のみだ。それより貴様は後宮から出てはならないという言いつけを破った意識はあるのか?」
「そ、それは……」
氷点下の視線と有無を言わさぬ声に、騒いでいた取り巻きが黙った。美女は盛大に泣き出し「でも、あの中は暇で……」と喘ぐばかり。会話にすらならない。
それをみてセドリック様は傍に居たサーシャさんに合図を出す。彼女はいつの間にか両手に抱える木箱を持っており、美女に差し出した。
贈り物だと思ったのか泣いていた彼女の顔がぱあ、と明るくなる。
「もしかしてセドリック様からの贈り物ですか!? まあ、まあ」
(どうしてこの流れでそう思えるのだろう……。もしかして、天然?)
「まあ。どれも高価なものですね! もしかしてこれらを準備するために私に会う時間がなかった? それならしょうがないですね! もう、最初からこれを見せてくださればよかったのに!」
木箱の中身は銀の腕輪と首輪だった。シンプルだが細工や宝石などかなり高価なものだというのはすぐにわかった。それをセドリック様が美女に贈る意図とは?
(求愛? でも雰囲気からいって程遠い。それとも演技?)
ぐるぐると形容しがたい感情が頭の中を駆け巡る。
先程芽生えた不安──いや胸が苦しい。いつも優しくて愛を囁いてくれるセドリック様が、もし他の人に心変わりをしてしまったら?
ずっと自分に向けている感情に対して私は何を返せただろう。
自分の気持ちを言葉にして伝えことがあっただろうか。
裏切られるのが怖くて、ずっと逃げて先送りにしていた。甘えてそれにあぐらをかいていたのではないか。
急に失ってしまう怖さは、身をもって味わっているのに──。
グッと、下唇を噛みしめる。
「ふふっ、セドリック様もようやく私の魅力に気づいたのですね。嬉しいです。あ、そうです。これから一緒にお茶をしませんか? 喉が渇いてしまって」
セドリック様に擦り寄ろうとする美女は、自分の都合の良いように話を進めようとする。抱きかかえられた私など眼中にないのだろう。
私の容姿は普通だし、美人でもない。けれど──。
「貴様にこれを渡すのは──」
「セドリック様は妻になる私と散歩をしてからお茶をするので、ご遠慮いただけますでしょうか」
セドリック様の言葉を遮って、思いのたけを思わず口にしてしまった。しかも彼の首に手を回して大胆発言まで──。
一瞬にして羞恥心で死にそうになった。けれど私が勇気を出した分、セドリック様の顔も赤くなって目をキラキラ輝かせていた。
「ああ、まさか──ここでオリビアがそんなことを言ってくださるなんて」
「せ、セドリック様」
頬ずりから頬のキスが降り注ぐ。人前で!
完全に取り残された美女は何が起こったのか理解していないのか固まっていた。そしてその隙にサーシャさんが美女の両腕と首輪を付けていく。素早い。
「殿下、装着が終わりました」と、セドリック様のデレデレ具合にまったく動じずに告げた。それによって美女は「ええ、どうしてセドリック様が付けてくださらないのですか!?」と不満を漏らす。
「ねえ、みんなもそうでしょう。せっかくの贈り物なのに。みんなもセドリック様に言ってあげて!」
ここまで来ても美女は自分勝手な理屈を口にする。ふと、傍にいた取り巻きたちからの糾弾がないことに気付いた。先程までは罵声を浴びせていた声もない。
それどころか、騎士や従者たちは美女から離れ、一斉に地面に膝と両手をついて頭を下げた。
「陛下、数々の無礼をお許しください」
「申し訳ございませんでした」
「王妃様への誹謗中傷、申し訳ありません」
「え、ええ? みんなどうしちゃったの?」
今まで美女側についていた騎士や従者たちの態度が一変した。よく考えれば一国の王に対して、騎士や従者たちの態度は横暴だった。まるで主君とは思っていない言動もあった。
それが今は正常に戻ったかのよう。正常……ということはもしかして──。
「ミア=キャニング。貴様の持つ《魅了》は今日この時点で使い物にならなくなった」
「え、なにを……?」
「後宮で保護していた規則を破った。貴様には公務執行妨害、詐欺罪、暗殺未遂罪と余罪があるので後宮の保護施設ではなく、投獄に処す」
張り詰めた空気に気付いた美女は、焦りだすもののまだ余裕のようなものはあった。この状態から自分の都合のいい状態に持っていけると、信じているのだろう。
「私、なにも悪いことしてないわ。それに私がディートハルト様やセドリック様に好かれるのは当然でしょう? 私が良いと言ったらその通りになるもの!」
「なにを馬鹿なことを。兄上が愛したのはクロエ殿のみ。そして私が生涯愛を誓ったのはオリビアただ一人だ。貴様は危険人物ということで、後宮に押し込めていただけに過ぎん」
(危険? 魅了? もしかして無自覚で魅了をつかって、色んな人を誘惑していた?)
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