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第2章
第16話 旧知の友1-2
しおりを挟むセドリック様やサーシャさんたちは何があったのかなど詳しくは話さない。政治的な背景がある、あるいは人族の私のことを考えて黙っているのかもしれない。この国の人たちは人族に対して過保護すぎるから。
「オリビアぁ」とセドリック様が情けない声を上げるので、どうすれば機嫌がよくなってくれるかと思考が切り替わる。ダグラスやスカーレットがいるので、自分からのキスは恥ずかしい。
(ダグラスやスカーレットと同じように頭を撫でたら?)
「オリビアに癒されたい」
「フラン、嫉妬ばっかりしていると嫌われる」
「ぐっ」
「うんうん。フランはリヴィと最初にあった時から『自分の女』って感じだったものね~。私たちへの威嚇はすごかったなぁ」
「あれは……」
懐かしい話に花を咲かせているが、その中心にいる『リヴィ』つまりは私なのだけれど、フィデス王国の記憶は多くない。
やっぱり私は聖女エレノア様が言っていた百年前のオリビア・クリフォード張本人なのだろうか。命を賭して祖国を守る未来ではなく、自分も生き残る方法を模索した。その結果、石化魔法を選んだ。そう決断させたのは記憶は思い出せないけれど、たぶん、セドリック様やダグラス、スカーレットが私の帰りを待っていてくれたから──じゃないだろうか。
帰る場所も、待っている人もいなかったら、私は自分の命を投げ出して自分の人生に幕を閉じたいと思うだろう。グラシェ国に訪れた時の私のように。
(私は、自分も自国の国民も見捨てず、死ぬ以外の選択をした。……それはすごい勇気で、本当にセドリック様たちのことを思っていたのね)
過去を思い出せないことに罪悪感が芽生えつつあったが、ダグラスは私の心を読み取ったのか私に向かって重大な発言をする。
「リヴィの記憶は戻らない。というか無理。だから過去は忘れたほうがいい」
「え」
決定事項のように告げるダグラスに私は違和感を覚えた。思えばこの愛くるしい黒猫は何者なのだろう。
「どうして?」
「石化魔法を解除するにあたって必要な対価だったから」
「ダグラス、貴方は一体……」
「オレは悪魔族で《原初の七大悪魔》の一角、暴食のグラトニーだ」
「悪魔族? 原初? えっと暴食っていっぱい食べる?」
「この世界で悪魔は人間の負の感情によって産み落とされる。それゆえ悪魔族は世界に七人しか存在しない。《原初の七大悪魔》と呼ばれ、怠惰、暴食、色欲、強欲、傲慢、憤怒、嫉妬とそれぞれに代替わりして生まれ変わり続ける。オレはその一角を担っている」
悪魔族。
人類悪と呼ばれる存在だが、私には眼前のダグラスがそうとは思えなかった。悪意や敵意が感じられないのだ。今まで悪意と敵意が蔓延る環境に居たから、視線や雰囲気で敏感に感じ取れた。
(そういえば、エレノア様が悪魔云々とかも言っていた……ような?)
「怖いか?」
「……」
「言っておくけれど、オレは悪魔だから人の嘘はすぐに分かる。まるっとお見通しだからな」
前足で私を指さす姿はやはり可愛らしい。眼前に居る優しい悪魔に私は心内を吐露する。
「……怖い、わ」
「…………」
「私を大切にしてくれる人が裏切るかもしれないと思うと、怖い。……でもそれよりも怖いのは私が弱くて、大切な人たちが巻き込まれて死ぬことのほうがもっと怖いわ」
私を助けようとして殺されたフランの姿が今でも脳裏にこびりついて離れない。その場にいた誰も助けてくれなかった。それどころかクリストファ殿下は笑ったのだ。
私の大切な友人の死を──。
悔しかったけれど、それ以上にフランを看取ることも埋葬することもできなかった。
フランの一部がセドリック様だったと聞いて、色んな感情がごちゃ混ぜになったけれど、あの時の死はトラウマになった。もし同じようなことが起こったら私は──。
「最強ですので、オリビアが心配することはありません」
「悪魔は不死身だから、全く問題ない」
「私は賢いし、強いからずっと一緒にいられるね」
セドリック様、ダグラス、スカーレットは一斉に心配無用と主張する。私の悩みなど一蹴するほど、眩くて力強い。
夕闇の帰り道、家の明かりを見つけた子供のような、安心する言葉。もう一度信じてみたいと思わせる何かが、セドリック様たちから感じられた。言葉では形容しがたい──何か。
「……ありがとうございます」
「リヴィは真面目だからな。まあ、根っからのお人好しだから警戒してくれた方がいいかも」
「そうね~。リヴィはすぐ騙されちゃうもの」
「そ、そんなことは……」
否定しようとしたらスカーレットは前足を顔に当てて「えぐえぐっ」と泣き出した。「リヴィが撫でてくれたら泣くのやめるぅ」と言い出したので、慌てて頭を撫でる。
「ほら、自分が困るのは我慢するのに、他人の涙は弱いんだから」
「う……」
簡単に論破したスカーレットは嬉しそうに長い耳を揺らした。それを見てダグラスとセドリック様まで泣き真似をして甘える作戦を取り出した。
ダグラスは可愛いけれど、セドリック様、大の大人が何をしているのでしょうか。
「ううっ、オリビアから抱きついて欲しいです。あとキスもしてもらえると嬉しくてあっという間に泣き止みそうです」
「……セドリック様。いくらなんでも引っかかりませんよ?」
「酷いですね」
泣き真似かと思ったら本当に泣いていました。涙腺緩すぎません?
唇にキスはさすがに恥ずかしいけれど、勇気を振り絞って頬にキスをする。
「……今は、これが精いっぱいです」
前回のように首の手を回すなんてことはできない。というか恥ずかしくて死ぬ。
ほんの少しの勇気に、セドリック様は気づいて私を力いっぱい抱きしめる。
「オリビア、嬉しいです。愛しています」
「セドリック様」
「あ~、もうフランは~」
「こいつ百年前から何も進歩してないぞ」
賑やかな昼下がり。
なぜだろう。まったく思い出せないのに、なんだか胸がじんわりと温かい。
信じ切れないと凍り付いていた心が溶けていくようだった。
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