虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

あさぎかな@コミカライズ決定

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最終章

第20話 忍び寄る脅威1-2

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 ***


 たっぷり一時間半以上かけて、着飾ってもらった。思えばグラシェ国で社交界などのパーティーはあまり行われておらず、公務らしいことをするのは今回が初めてだと思い至り緊張してしまう。胸下に切り替えがあり、スカートが流れるように落ちるエンパイアドレスの色はセドリック様の瞳の紺藍色と白で、全体的に金や銀の刺繍をふんだんに使っている。蜂蜜色の長い髪は編み込みで綺麗にまとめ上げており、胸には真珠と深い青色の宝石付きのネックレスといつも以上に気合が入っている。

(よく考えればセドリック様の妻になりたいと公言したのは今日初めてだったから、今まで公務に関して配慮されていたのかもしれない。もっとも、この三カ月、セドリック様が遠征やら各地の視察、パーティーなどで城を空けることが殆どなかったような……)

 使節団は城内の客間に案内をしており、セドリック様たちが対応をしているという。足を治癒魔法で治してもらい、久しぶりに自分の足で歩くことができる。
 リハビリもしてきたおかげで歩くのも問題ないものの、長時間に関してはローレンス様から許可がおりていない。

「ど、どうかしら?」
「素敵です、オリビア様」
「ええ、本当に。花の女神のようですわ」
「あ、ありがとうございます。……セドリック様も喜んでくれるでしょうか」
「すっごく喜ぶと思います!」
「同感です」

 鏡を見ても、サーシャさんとヘレンさんの頑張りで綺麗に着飾ってくれた。靴は足に負担を掛けないヒールの低いものを用意してくれたので、客間まで問題なく歩くことができた。
 控えめなノックをして、客間に入った。

 広い部屋に向かい合わせにソファがあり、そこでエレジア国の使節団よりも先にセドリック様に目が行った。白の正装で身を整えており、いつにも増して三割、いや五割増しに凛々しく見える。長い髪も蜂蜜色の網紐で結っていて、私を見た瞬間、口元が綻んだ。

「セドリック様」
「ああ、オリビア!」

 素早くソファから立ち上がって、部屋に入った私の前に足早に歩み寄る。私は膝を曲げてカーテシーをして挨拶をした。

「お待たせして申し訳ありません」
「オリビア、貴女が謝る必要なんて一つもありませんよ」
「ありがとうございます」

 手を差し伸べられ、セドリック様にエスコートされながらソファへと向かった。テーブルを挟んで座っていたのは、エレジア国の使節団として赴いたクリストファ殿下、聖女エレノア、他にも神殿の神官たちが数名いた。その全員が唖然とした顔でこちらを見ている。

「クリストファ殿下、聖女エレノア様もお久しぶりでございます」
「え、ええ……」
「あ、ああ……!」

 エレノア様は聖女としての笑みが崩れており目にはクマ、顔色も悪く毛並みも以前よりも悪い。三カ月前の自分の姿と少しだけ重なった。

(もしかして私が抜けた穴をエレノア様が?)
「オリビア、見違えるほど美しくなって! 今日会うことができて何よりも嬉しく思う」

 馴れ馴れしく話しかけてきたクリストファ殿下に、セドリック様の眉根が僅かに吊り上がった。本来ならセドリック様の妻として使節団たちの挨拶をすべきなのだろうが、彼は「妻は足の怪我が治っていなくてね。座らせてもらっていいだろうか」と切り出してサッサと私をソファに座らせてしまった。慇懃無礼な態度かもしれないが、圧倒的な国力及び財力をもつグラシェ国からすれば人間の国程度でそこまでへりくだる必要はないのだろう。

「……さて、議題はなんだったかな」
(いつもの柔らかい声とは違って、よく通る声に淡々とした物言い。……新鮮な気がする)

 セドリック様の新しい一面ばかりに目がいってしまい、クリストファ殿下のことなどまったく視界に入っていなかった。
 本当はお会いしたらつらい気持ちや、一時期は婚約者として淡い気持ちが芽生えていたことが蘇るかと思ったけれど、まったくなかった。つらくて、苦しくて、悲しい記憶は全部セドリック様との時間が癒してくれたから。

「で、ですから、我が国ではオリビアの力が──」
「その名を軽々しく呼ばないでいただきたい。すでに貴公らとの契約も消えた。今回の使節団も兄王の側室が勝手に了承しただけで私は関与していない。国として信頼関係もない今、こうやって来客として遇していることが異例なのだが」
「失礼……しました。しかし、我が国ではどうしても王妃様の力が必要なのです」
「そうです。彼女は三年、我が国のために貢献してくださった慈愛ある方。どうかもう一度我が国のためにご尽力いただけないでしょうか」

 都合の良い言葉を並び立てて、また私を国のために利用したいと言っているクリストファ殿下とエレノア様に心底驚いた。あまりにも面の皮が厚い。
 あれだけの仕打ちをして、また私が尽力するとでも思っているのだろうか。沸々と湧き上がる怒りを呑み込んで私はセドリック様を見つめた。

「セドリック様、発言をしてもよろしいでしょうか」
「ええ。オリビアへの依頼──いえ物乞いのようなので、返答して差し上げてください。もちろん、我が国の心配などせずに、たかが人間の国と国交を結ばなくても政治的、経済的にも問題ないので」
「なっ」
「その言い方はあまりにも失礼では?」
「そうよ! シナリオ展開をめちゃくちゃにしたあげく、貴女だけ幸せになるなんて許されない。貴女は我が国に対して誠意ある対応が必要なの」

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