42 / 56
最終章
第20話 忍び寄る脅威1-3
しおりを挟む噛みつくような声で神殿の神官やエレノア様は反論してきた。
ふう、と吐息を漏らし、相手を真っ直ぐに見つめながら自分の気持ちを口にする。
「それが人にものを頼む態度でしょうか。……私はグラシェ国の王妃として今後セドリック様を支えたいと考えております。そのためすべきことが山のようにあり、貴国の支援をする気もありません。どうぞお引き取りを」
「そんな……。我が国を見捨てるつもりか?」
情に訴えるクリストファ殿下に私は「はい」と端的に答えた。
三年、その間に私の心を壊し、自尊心と矜持を踏みにじり、自由と時間を奪い続け搾取し続けた元凶を前に、私は勇気を振り絞って言葉を返す。
ずっと怯えていた。
グラシェ国では温かい居場所を用意してくれて、優しかった。でも信じられなくて、疑って、怖がって──そんな私を全部セドリック様は受け入れて包み込んでくれたのだ。その思いに私も応えたい。
「私を奴隷のように扱う国に、温情をかける気持ちなど欠片もございません。三年あなた方の国が私を保護したと仰っていますが、その分の恩は錬金術及び付与魔法の依頼で補ってきました。これ以上、何かを要求するのであれば国として王妃に依頼をする──ということになりますが、その分の報酬を貴国では用意できるのでしょうか」
手が、唇が震えていたけれど、セドリック様が手を重ねて手を握ってくれた。彼に視線を向けると「よく言った」と微笑んでいる。
「我が妻の返答は今述べたとおりだ。妻にした仕打ちを聞いたときに一国を滅ぼしてもよいかと問うたが、オリビアは非常に慈悲深い。滅亡の危機を知らずに脱していたことを喜び、明日にでもここを立つといい」
クリストファ殿下はグッと拳を握りしめ、縋るような目で私に視線を向けた。その必死な形相に少し恐怖を覚えたが、目は逸らさなかった。
「……っ、では、せめて元婚約者として二人っきりで話を──」
「それは私に喧嘩を売っているのか? 今すぐその首と胴を切り離しても構わないが」
「──っ!」
「そ、それなら、同性であるわたくしも同席しますので、お話を──」
「オリビア、この者たちと個人的に話す気はありますか?」
穏やかにそして温かな視線を私に決定権を委ねてくれた。その気遣いが嬉しい。
「いいえ。言いたいことは先ほど言い終えましたので、特にありません」
「ということだ。我々は失礼する」
「お待ちください!」
明らかに拒絶をしているにも関わらず、クリストファ殿下とエレノア様は食い下がる。だが話はついた。セドリック様は立ち上がり、私を連れて部屋のドアへと向かった。
サーシャさんが扉のドアを開いた刹那。
轟音と爆音が城中に響き渡った。
周囲の空間を歪めるほどの魔力、いや猛りくるこの暴力的な殺意は──。
覚えていなくとも直感でわかった。
「魔物?」
「セドリック様、突如城内に異空間が裂け、魔物が──」
「こちら一階でも狼系の魔物が数体確認しました」
セドリック様はすぐさま私を抱き寄せ、的確な指示を出す。ふと客間にいたクリストファ殿下が笑みを浮かべているのが見えた。
何か知っている。そう直感した私は問いただそうとした──瞬間、客間の窓ガラスが割れ、赤紫色の巨大な触手が大量に部屋へとなだれ込んできた。
エレノア様や神官たちは悲鳴にも似た声を上げ呑まれた。クリストファ殿下も同じく触手に呑まれたが、まるでそれを事前に聞いていたかのような平静だったように見えた。私に触手が肉薄するが、セドリック様が斬り伏せ難を逃れた。私は必死でセドリック様に抱き着いたのだが、立っていた床に亀裂が入り触手が足を絡めとった。
「あっ」
「オリビア」
「セドリッ──」
抵抗する間もなく、私はセドリック様と引き剥がされ──そこで意識が途絶えた。
46
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
悪妃になんて、ならなきゃよかった
よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨
恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる