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最終章
第25話 王弟セドリックの視点5-2
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寂しそうにする兄上を無視して甥はキョロキョロと何かを探している。クッキーが食べたかったのだろうか。先程いい匂いがしたとも言っていたし。
そう思っていたのだが──。
「あ。いい匂い」と甥はオリビアの膝の上に止まった。スカーレットは眉間にしわを寄せながら、ここは私の場所だと縄張りをアピールする。その場所も含めてオリビアは私の妻で、私の──。
「アルフレッド様、クッキーを召し上がりますか?」
「食べる。いい匂い、好き」
爆弾発言投下。
固まったのは私、そして兄上だ。番を求めるのは本能のようなものだが──基本的に番と認定された異性に対して同族が惚れることはない。──はずだ。
「く、クッキーが好きなのだろう。うん」
「そ、そうですよね」
「あら、二人とも固まってどうしたのです?」
クロエ殿は暢気そうに問いかけた。この危機感は竜魔人でなければわからないだろう。オリビアは幼竜に「かわいい」といってクッキーを食べさせている。
幼児期の竜魔人は番や親ぐらいにしか懐かないのだが──。
「飲み物もあったほうがいいですね」とオリビアは私の傍を離れて、サーシャに声をかけていた。その間も、甥はオリビアにべったりだ。いやダグラスとスカーレットもくっ付いているが。
それがなんだか悔しい。オリビアは私の妻になるのに。
「あ。もしかしたら石化魔法の魔力はオリビアの魔力だったから、そのことを覚えていたんじゃないか?」
ふと兄上は思い出したように呟いた。確かに石化した時に甥はクロエ殿お腹にいた。本能的に自分を守ろうとした魔力に対して好意的なだけなのではないか。という結論に至った。というかでなければ甥と愛する妻を巡って争わなければならない。
甥でも絶対に、絶対に譲らないが。
オリビアには、百年前に何があったのか真実を話していない。《原初の七大悪魔》の一角、色欲の件も詳細は伏せた。フィデス王国国民の石化魔法の解除はエレジア国とのやり取りののち、ダグラスから解除する手はずになっている。石化魔法が解除されてもオリビアの記憶はフィデス王国国民すべてから消し去っているので、彼女が私の妻になっても文句を言ってくる者はいないだろう。これはオリビアが国一番の魔導士だということを隠すことでもあり、彼女を利用しようとする輩を増やさないためでもある。
使節団で来ていたクリストファ王太子は無傷で返したが、『グラシェ国に魔物を呼び寄せる手配をしたこと、私の妻を拉致及び奴隷契約を行おうとした』として天文学的な賠償金を支払うか、王太子を退くかの二択を選ばせた。エレジア王の返事は、『王太子を臣下降格、正式な謝罪の場を設けさせてほしい』と連絡がきた。
聖女エレノアや神官は色欲の企てによって死亡したが、これも魔物の襲撃で死亡という事故にしておいた。この辺りの事情もオリビアには話していない。ただ不安がらせないためにも「使節団の要求は拒否して追い返した」という部分だけ伝えておいた。
エレジア国と国交を開くかどうかは兄上に丸投げしたので、その辺は上手くやるだろう。
***
それから数週間が経ち、今日、オリビアが正式に私の妻になる。
本当は雪解けの春に式を行いたかったが、私が我慢できなかった──のはある。婚約者として一緒の時間を過ごすのも良かったが、人族として寿命が短く、病に伏せてしまう可能性も考えて急いだ。もっとも彼女を独り占めしたいという気持ちがあったのは内緒だ。
オリビアの花嫁衣装は筆舌に尽くしがたいほど美しかった。
真っ白なドレスはレースを重ね、真珠や宝石などふんだんに使っており、ベールと銀のティアラの傍に白薔薇の生花が蜂蜜色の髪によく栄えていた。ラインの良く見えるドレスに磨き上げられた瑞々しい肌、いつも以上に気合の入ったメイクが施されたオリビアを見た瞬間、惚れ直した。
「め、女神がいる……」
「大丈夫か、セドリック」
「リヴィが綺麗なのだからしょうがないでしょう」
今回は人の姿で参列するダグラスとスカーレットは、私の肩に手を置いて同情する。二人は昔から家族に近い存在でそれは今も変わらない。近々二人は本当の家族になるので、それはそれで嬉しい。
二人に背中を叩かれ、オリビアの前に佇む。
「オリビア」
「……セドリック」
目が合ったオリビアの頬がみるみるうちに赤くなっていく。そんな彼女が愛おしくてたまらない。
「よく似合っています。女神かと思いました」
「……セドリックこそ、その、とても素敵です」
手を差し出すと、彼女は当たり前のように手を掴んだ。昔なら困惑して、おっかなびっくりしつつ手を掴んでいた。今は彼女から抱き付いてくれるし、キスだってしてくれる。
笑顔だってそうだ。
たくさん甘えて、少しずつ頼ってくれて、未来のことを話す機会も増えた。『旅行に行きたい』とか、『この国を見て回りたい』など私の妻として隣を歩くことを考えている姿は愛おしくて、嬉しくてたまらない。
百年前、弱くて何も知らなかった子供の私はいない。
三年前、未熟で彼女の傍を離れていた愚か者はいない。
今も私は完全に彼女を安心させるには至らないのかもしれない。けれど、それでもいいと一緒に幸せになることをオリビアは望んでくれた。
一緒に並んで神殿に足を踏み入れる。
静謐な空間は、白を基調とした神殿内はいくつもの柱が存在し、日差しが入ると白銀のように煌めき来訪者を出迎える。
祖霊に妻を迎えることを告げ、羊皮紙に婚姻の書面を行う。名前を書き上げた瞬間、それらは燃えて番の証明としてオリビアは首筋に、私は胸元に特殊な紋様が刻まれる。これでオリビアは人族の寿命から解放されて私の妻、竜魔人族の末席に名を連ねることとなった。
「どうして私は首筋なのでしょう?」
「それは──昔、私がオリビアに求愛した時につけた印なのです」
そう、百三年前に。
けれどオリビアとしては、数か月前に私と再会した日のことを思い出しているのだろう。それでもいい。彼女が幸せならば、彼女の業はすべて私が引き受けて墓場まで持って行こう。
「オリビア、愛しています」
「私も、セドリックを愛しています」
どちらともなく唇が重なった。
本当は触れるだけのキスにしたかったけれど、ようやく妻として嫁いでくれたことが嬉しくて『長くキスをしたい』と願ってしまった。
のちにオリビアは「恥ずかしくて死ぬかと思った」と呟かれたが、愛しい妻にあの時の歓喜の感情を伝えるのはまだまだ時間が足りなさそうだ。
そう思っていたのだが──。
「あ。いい匂い」と甥はオリビアの膝の上に止まった。スカーレットは眉間にしわを寄せながら、ここは私の場所だと縄張りをアピールする。その場所も含めてオリビアは私の妻で、私の──。
「アルフレッド様、クッキーを召し上がりますか?」
「食べる。いい匂い、好き」
爆弾発言投下。
固まったのは私、そして兄上だ。番を求めるのは本能のようなものだが──基本的に番と認定された異性に対して同族が惚れることはない。──はずだ。
「く、クッキーが好きなのだろう。うん」
「そ、そうですよね」
「あら、二人とも固まってどうしたのです?」
クロエ殿は暢気そうに問いかけた。この危機感は竜魔人でなければわからないだろう。オリビアは幼竜に「かわいい」といってクッキーを食べさせている。
幼児期の竜魔人は番や親ぐらいにしか懐かないのだが──。
「飲み物もあったほうがいいですね」とオリビアは私の傍を離れて、サーシャに声をかけていた。その間も、甥はオリビアにべったりだ。いやダグラスとスカーレットもくっ付いているが。
それがなんだか悔しい。オリビアは私の妻になるのに。
「あ。もしかしたら石化魔法の魔力はオリビアの魔力だったから、そのことを覚えていたんじゃないか?」
ふと兄上は思い出したように呟いた。確かに石化した時に甥はクロエ殿お腹にいた。本能的に自分を守ろうとした魔力に対して好意的なだけなのではないか。という結論に至った。というかでなければ甥と愛する妻を巡って争わなければならない。
甥でも絶対に、絶対に譲らないが。
オリビアには、百年前に何があったのか真実を話していない。《原初の七大悪魔》の一角、色欲の件も詳細は伏せた。フィデス王国国民の石化魔法の解除はエレジア国とのやり取りののち、ダグラスから解除する手はずになっている。石化魔法が解除されてもオリビアの記憶はフィデス王国国民すべてから消し去っているので、彼女が私の妻になっても文句を言ってくる者はいないだろう。これはオリビアが国一番の魔導士だということを隠すことでもあり、彼女を利用しようとする輩を増やさないためでもある。
使節団で来ていたクリストファ王太子は無傷で返したが、『グラシェ国に魔物を呼び寄せる手配をしたこと、私の妻を拉致及び奴隷契約を行おうとした』として天文学的な賠償金を支払うか、王太子を退くかの二択を選ばせた。エレジア王の返事は、『王太子を臣下降格、正式な謝罪の場を設けさせてほしい』と連絡がきた。
聖女エレノアや神官は色欲の企てによって死亡したが、これも魔物の襲撃で死亡という事故にしておいた。この辺りの事情もオリビアには話していない。ただ不安がらせないためにも「使節団の要求は拒否して追い返した」という部分だけ伝えておいた。
エレジア国と国交を開くかどうかは兄上に丸投げしたので、その辺は上手くやるだろう。
***
それから数週間が経ち、今日、オリビアが正式に私の妻になる。
本当は雪解けの春に式を行いたかったが、私が我慢できなかった──のはある。婚約者として一緒の時間を過ごすのも良かったが、人族として寿命が短く、病に伏せてしまう可能性も考えて急いだ。もっとも彼女を独り占めしたいという気持ちがあったのは内緒だ。
オリビアの花嫁衣装は筆舌に尽くしがたいほど美しかった。
真っ白なドレスはレースを重ね、真珠や宝石などふんだんに使っており、ベールと銀のティアラの傍に白薔薇の生花が蜂蜜色の髪によく栄えていた。ラインの良く見えるドレスに磨き上げられた瑞々しい肌、いつも以上に気合の入ったメイクが施されたオリビアを見た瞬間、惚れ直した。
「め、女神がいる……」
「大丈夫か、セドリック」
「リヴィが綺麗なのだからしょうがないでしょう」
今回は人の姿で参列するダグラスとスカーレットは、私の肩に手を置いて同情する。二人は昔から家族に近い存在でそれは今も変わらない。近々二人は本当の家族になるので、それはそれで嬉しい。
二人に背中を叩かれ、オリビアの前に佇む。
「オリビア」
「……セドリック」
目が合ったオリビアの頬がみるみるうちに赤くなっていく。そんな彼女が愛おしくてたまらない。
「よく似合っています。女神かと思いました」
「……セドリックこそ、その、とても素敵です」
手を差し出すと、彼女は当たり前のように手を掴んだ。昔なら困惑して、おっかなびっくりしつつ手を掴んでいた。今は彼女から抱き付いてくれるし、キスだってしてくれる。
笑顔だってそうだ。
たくさん甘えて、少しずつ頼ってくれて、未来のことを話す機会も増えた。『旅行に行きたい』とか、『この国を見て回りたい』など私の妻として隣を歩くことを考えている姿は愛おしくて、嬉しくてたまらない。
百年前、弱くて何も知らなかった子供の私はいない。
三年前、未熟で彼女の傍を離れていた愚か者はいない。
今も私は完全に彼女を安心させるには至らないのかもしれない。けれど、それでもいいと一緒に幸せになることをオリビアは望んでくれた。
一緒に並んで神殿に足を踏み入れる。
静謐な空間は、白を基調とした神殿内はいくつもの柱が存在し、日差しが入ると白銀のように煌めき来訪者を出迎える。
祖霊に妻を迎えることを告げ、羊皮紙に婚姻の書面を行う。名前を書き上げた瞬間、それらは燃えて番の証明としてオリビアは首筋に、私は胸元に特殊な紋様が刻まれる。これでオリビアは人族の寿命から解放されて私の妻、竜魔人族の末席に名を連ねることとなった。
「どうして私は首筋なのでしょう?」
「それは──昔、私がオリビアに求愛した時につけた印なのです」
そう、百三年前に。
けれどオリビアとしては、数か月前に私と再会した日のことを思い出しているのだろう。それでもいい。彼女が幸せならば、彼女の業はすべて私が引き受けて墓場まで持って行こう。
「オリビア、愛しています」
「私も、セドリックを愛しています」
どちらともなく唇が重なった。
本当は触れるだけのキスにしたかったけれど、ようやく妻として嫁いでくれたことが嬉しくて『長くキスをしたい』と願ってしまった。
のちにオリビアは「恥ずかしくて死ぬかと思った」と呟かれたが、愛しい妻にあの時の歓喜の感情を伝えるのはまだまだ時間が足りなさそうだ。
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