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第4章
第56話 名前を呼んで
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思わぬ単語に私は声を荒げる。もしかしたら冗談だったのかもしれない。ようやく婚約者らしいことになれてきたというのに、次は結婚だというのだから心臓がもちそうにないのに、シン様は真剣だ。
「冗談ではない。結婚のほ・う・こ・くをしに行く」
「で、ですが……」
シン様は私の睨みにも怯まず頬にキスをする。違う。キスを強請ったのではない。
そう口にしようとしたが「違ったのか?」とからかわれてしまう。
「うう……。卑怯です」
「可愛いな」
(なにか、話を逸らすもの……)
私は必死に思考を巡らせる。
「そ、そういえばアリサ・ニノミヤから、他に何か情報は聞き出せたのでしょうか?」
「ああ……」
シン様の笑みに陰りが生まれた。あからさまに気分を害した顔をなさっている。でもそうしないと心臓がもたないのです。ごめんなさい。
「あの女はスペード夜王国の王族──兄の一人と繋がっており、密売や人身売買に手を貸していたそうだ。なんでも魅了と洗脳の魔法を使い放題だったとか。あと魔物の使い魔もいた」
「………………聖女らしいこと、本当にしてないのですね」
自称聖女というのなら、もう少しそういった活動をしていると思ったのだが、予想以上に犯罪を重ねていたようだ。まだまだ余罪があるらしい。
シン様は私を抱きしめ直して、より密着する。このタイミングで密着する必要性が分からないのですが!
「ソフィ成分が足りない」
「足りないとどうなるのです?」
「うーん、不機嫌になるし仕事に集中して徹夜してしまうかも?」
「それは体によくないです!」
「うん、だから適度にソフィとこうやって密着したり、話をしたい」
「はい」
ギュッと抱きしめ返すとシン様は嬉しそうだった。
「……あー、話を戻すけれど、この段階であの自称聖女を捕縛できたのは大きい。これで第七王子が粛清する前に王子たちの何人かの力を削ぎ落すことが出来そうだ」
「それはよかったです」
「全てはソフィの功績だ」
「そんなことは──」
「ある。ソフィが勇気を出して私たちを信じようとしてくれたから、今に繋がっている」
「!」
優しい声音で、私を労る想いが伝わってくる。
私が勇気を出せたのは、もう一度信じようと思ったのは──。
「今のシン様だからですよ」
「私が?」
「はい」
不思議そうな顔でシン様は私を見つめ返す。
聖女アリサの一件で、心が押し潰されそうになったけれど、あれはシン様にも事情があったからだと受け止めることができた。
すれ違いや勘違い、早合点や色々あるかもしれないが、独りで悩むのはもうやめた。
「シン様、私のできることがあったら何でも仰ってください」
「何でも……とは、具体的にどの辺まで許容できるのか聞いてもいいか」
「え」
ずい、と顔を近づけるシン様に言葉が詰まる。
何処までとは何処までなのだろう。あまりよくわかっていないが、私に出来ないことを頼まれるのも困るので、ここは保険を入れることにした。
「私にできることはあまりないかも。無理難題やジェラルド兄様のような難しい数式の問題なんかは出来ないかと。それに力血事は本当に役に立たないでしょうし、警護にはハク様もいらっしゃる……」
「そんな難しいことは頼むつもりはない」
「そうなのですか?」
「ああ。婚約者である私の名前を呼ぶ回数を増やしてほしい」
「!」
ここぞとばかりに今回は攻める姿勢を貫くようだ。
しかし一理ある。名前呼びは特別であり、親密度もかなり上がる。この六年間、何度も試してみは口にすることが出来なかったが、今回は──シン様のためにも、仲の良い婚約者を見せつけなければならない。
「その、増やすというのは、どのくらい?」
「とりあえず名前呼びに慣れたいから、私がストップと言うまでは名前でよんでほしい」
「わ、わかりましたわ。フェイ様」
シン──フェイ様は微かに頬を赤くして、照れていた。
「なんだいソフィ?」
「呼ぶようにおっしゃったのは、シン──フェイ様ですわ」
「じゃあ、馴染めるように練習しなければな」
「え!?」
「ほら、忘れないうちに」
この後、発声練習でもするかのように「フェイ様」呼びに付き合わされた。部屋の隅で見守っていたハク様は苦笑いを浮かべていたが、主であるフェイ様を止めることはしなかった。
「冗談ではない。結婚のほ・う・こ・くをしに行く」
「で、ですが……」
シン様は私の睨みにも怯まず頬にキスをする。違う。キスを強請ったのではない。
そう口にしようとしたが「違ったのか?」とからかわれてしまう。
「うう……。卑怯です」
「可愛いな」
(なにか、話を逸らすもの……)
私は必死に思考を巡らせる。
「そ、そういえばアリサ・ニノミヤから、他に何か情報は聞き出せたのでしょうか?」
「ああ……」
シン様の笑みに陰りが生まれた。あからさまに気分を害した顔をなさっている。でもそうしないと心臓がもたないのです。ごめんなさい。
「あの女はスペード夜王国の王族──兄の一人と繋がっており、密売や人身売買に手を貸していたそうだ。なんでも魅了と洗脳の魔法を使い放題だったとか。あと魔物の使い魔もいた」
「………………聖女らしいこと、本当にしてないのですね」
自称聖女というのなら、もう少しそういった活動をしていると思ったのだが、予想以上に犯罪を重ねていたようだ。まだまだ余罪があるらしい。
シン様は私を抱きしめ直して、より密着する。このタイミングで密着する必要性が分からないのですが!
「ソフィ成分が足りない」
「足りないとどうなるのです?」
「うーん、不機嫌になるし仕事に集中して徹夜してしまうかも?」
「それは体によくないです!」
「うん、だから適度にソフィとこうやって密着したり、話をしたい」
「はい」
ギュッと抱きしめ返すとシン様は嬉しそうだった。
「……あー、話を戻すけれど、この段階であの自称聖女を捕縛できたのは大きい。これで第七王子が粛清する前に王子たちの何人かの力を削ぎ落すことが出来そうだ」
「それはよかったです」
「全てはソフィの功績だ」
「そんなことは──」
「ある。ソフィが勇気を出して私たちを信じようとしてくれたから、今に繋がっている」
「!」
優しい声音で、私を労る想いが伝わってくる。
私が勇気を出せたのは、もう一度信じようと思ったのは──。
「今のシン様だからですよ」
「私が?」
「はい」
不思議そうな顔でシン様は私を見つめ返す。
聖女アリサの一件で、心が押し潰されそうになったけれど、あれはシン様にも事情があったからだと受け止めることができた。
すれ違いや勘違い、早合点や色々あるかもしれないが、独りで悩むのはもうやめた。
「シン様、私のできることがあったら何でも仰ってください」
「何でも……とは、具体的にどの辺まで許容できるのか聞いてもいいか」
「え」
ずい、と顔を近づけるシン様に言葉が詰まる。
何処までとは何処までなのだろう。あまりよくわかっていないが、私に出来ないことを頼まれるのも困るので、ここは保険を入れることにした。
「私にできることはあまりないかも。無理難題やジェラルド兄様のような難しい数式の問題なんかは出来ないかと。それに力血事は本当に役に立たないでしょうし、警護にはハク様もいらっしゃる……」
「そんな難しいことは頼むつもりはない」
「そうなのですか?」
「ああ。婚約者である私の名前を呼ぶ回数を増やしてほしい」
「!」
ここぞとばかりに今回は攻める姿勢を貫くようだ。
しかし一理ある。名前呼びは特別であり、親密度もかなり上がる。この六年間、何度も試してみは口にすることが出来なかったが、今回は──シン様のためにも、仲の良い婚約者を見せつけなければならない。
「その、増やすというのは、どのくらい?」
「とりあえず名前呼びに慣れたいから、私がストップと言うまでは名前でよんでほしい」
「わ、わかりましたわ。フェイ様」
シン──フェイ様は微かに頬を赤くして、照れていた。
「なんだいソフィ?」
「呼ぶようにおっしゃったのは、シン──フェイ様ですわ」
「じゃあ、馴染めるように練習しなければな」
「え!?」
「ほら、忘れないうちに」
この後、発声練習でもするかのように「フェイ様」呼びに付き合わされた。部屋の隅で見守っていたハク様は苦笑いを浮かべていたが、主であるフェイ様を止めることはしなかった。
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