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第4章

第57話 第十王子シン・フェイの視点10

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 それは聖女アリサ・ニノミヤを捕縛したのち、身柄をエルヴィンに引き渡した時のことだ。
 ここはクローバー魔法国の関所兼監獄バスティリャの客室である。

 引継ぎ諸々を行うため、ここに来ているのだが、既にアルギュロス宮殿に戻りたい気持ちでいっぱいだった。

「ソフィに会いたい。せっかく名前呼びも慣れて、ソフィが甘えてきて、すごく可愛いのに……」
「君、願望が吉に出ているよ」
「……っ」

 開口一番、そう心の声を漏らした自分に驚く。ダイヤ王国に六年ほど住んでいるからだろうか、自分がかなり丸くなっていると自覚した。スペード夜王国では常に神経を研ぎ澄まして、猜疑心にかられていた日常が遠い昔のようだ。

「すまない。……思った以上にソフィに会えない時間は地獄だと実感した」
「君ね、僕だってソフィちゃんに会いたいのに我慢しているんだから、もう少し空気を読んでほしいんだけど。……というか、つい最近会ったんじゃない?」
「五時間前に別れたが、もう耐えられなくなってきた……」
「……反応がジェラルド殿下に似てきたね」
「そんなことはない。ソフィと一緒にいる時間が増えると、必然的に会いたくなるだけだ。断じてジェラルドの影響ではない」
「はいはい」

 エルヴィンはぞんざいに言葉を返した。初対面よりは口数が多くなった気がする。

「ダイヤ王国に六年暮らして、ソフィと一緒にいる機会を増やしたからこそ、今回は何とか未然に防げた。いや危機一髪だったけれど……。今も茨に呑まれて消えてしまいそうなソフィの後ろ姿を思い出すたびに、心臓がおかしくなりそうだ」
「それは何というかご愁傷様でした。まさか最後の一手のところを運悪くソフィちゃんに見られるなんてね。まあ、向こうとしては最初からそれが目的だったんだろうね。いつもの手だよ」

 いつもの手。そうやってソフィは何度も傷ついて、絶望していった。
 大事な時に傍にいることすらできなかった過去が恨めしい。

「でも今回は間に合った。その点に関しては、君を少し見直したよ」
「それはどうも」
「さて、あの自称聖女からどれだけ有益な情報を絞り出せるか……」

 アリサ・ニノミヤ。
 自称聖女と名乗る女の情報は去年の1504年12月に存在を確認した。
 その段階でソフィに話をしていれば、彼女を傷つける事はならなかっただろう。だが薔薇の精霊、いや『原初の魔女』の呪縛を受けているソフィに話してしまったら、情報は筒抜けになると思った。もっとも私も呪われていたので、情報は筒抜けだったわけだが。

 吸血鬼の末裔としての血は、『原初の魔女』にとっては毒だったことが幸いした。
 あの庭園で『原初の魔女』の呪縛を解くことはできたが、完全に倒したわけではない。
 だからこそ、六大精霊との契約を急ぐべきだと旅行の準備が急ピッチで進められている。

「それで自称聖女の自白は、どこまでできているの?」
「最初から私とソフィを引き離すのが目的だったようだ。……しかしリプレイの時間軸が異なるとか、使い魔が出てこなくなったとか喚いて癇癪を起こしてばかりだ」
「ふーん。自白剤を使ってもそれかぁ。わかった。情報の聞き出しは僕が何とかしよう」
「ああ。頼む」


 そういって自称聖女を引き渡して半日、早くも情報を引き出してエルヴィンは宿に姿を見せた。
 やたら笑顔だと思ったが、あれは怒っているのだ。普通に怒った顔よりも恐ろしく見える。ふとそこでソフィが怒った姿を想像したが、ただ可愛らしいだけで会いたい気持ちが膨れ上がっただけだった。

「……それで、自称聖女は何か吐いたか」
「そうだね。彼女が『転移者』で、ここがゲームの世界で自分は聖女、この世界のヒロインだと信じ切っている。頭のおかしな妄想を抱いているが、魅了チャームと洗脳、そして魔物の使い魔としての実力は本物だ。『原初の魔女』の浸食も受けている。早々に隔離して捕縛出来たのは僥倖だったよ」
「それで黒幕は誰だ?」
「────だって」

 さらっと答える。
 ある程度予想していたが、尋問慣れしているからだろうか。エルヴィンはアリサの余罪を淡々と語った。本当にこの男はソフィが傍にいないと別人のような顔を見せる。あと容赦ない。

 エルヴィン・フォスター。
 彼はクローバー魔法国の外交官──のような立ち位置らしいが、正直隣国だというのに得体がしれない。その上クローバー魔法国内で外交の場所が実質存在していないため、代々ダイヤ王国のアルギュロス宮殿を利用しているそうだ。
 ただ今回は外交ではなく受け渡しだったので、直接クローバー魔法国の関所に来ている。

 ちなみにクローバー魔法国では、いくつかある関所以外で国境を越えた場合、侵入者とみなされ最悪人権までも取り上げられてしまうそうだ。とんでもない所だ。手続きもなく酷い目にあうだろう。それ故その特性を利用できないかと考えた。

 エルヴィンと接触を試みたのは六年前、後継者問題を解決するための方策として協力関係を築けないか頼んだのが始まりだ。

「にしても、ソフィちゃんと旅行ってずるくない?」
「婚約者の特権だ。道中はずっと一緒だから楽しみでしょうがない」
「堂々と惚気だした。……まあ、いいさ。それで?」

 ソフィの事を思い出して浮かれた気分をエルヴィンは一瞬にして砕く。忌々しいほどに天才的なタイミングだ。
 その分、頼もしくはある。

「ああ。どう扱おうと好きにして構わない。彼らはクローバー魔法国他国に気に入らない連中を攫い、奴隷売買をしていた。自分が同じような末路を辿ったって文句はいえないだろう」

 かつて私の母がそうやって売られたように、とまでは口にしなかった。もっとも母を売った人身売買組織は楊明が壊滅させ、今はエルヴィンの魔法ギルドが管理しているそうだ。

「はあ。六年前にこの計画を聞いた時も思ったけれど、身内に容赦ないね。さすがと呼ばれるだけのことはある」

 まさか第七王子に付くはずの通り名が、自分に付けられるとは思ってもみなかった。

「やめてくれ。ソフィの耳に入ったらと思うとゾッとする。単に戸部兵部軍事力工部公共事業で不正をしている奴らの悪事を検挙する手伝いをしただけだ。なにせ密輸の証拠だらけだからな」
「じゃあなんで鮮血王子なんてあだ名がついたのさ?」
「取り押さえた時に抵抗したので、サクッと首を落としただけだ」
「うわ……。ソフィちゃん、この男と婚約して本当に良かったのかな。ちょっと人選間違えた?」
「私以外の者が彼女の隣にいたら生きていけない」
「はいはい、惚気はもうお腹一杯だよ」

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