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第42話:本会議1
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一週間の時間が流れ、本会議を迎えた当日。王城には、多くの有力者が集まっていた。
すでに大勢の貴族たちが会議室に入り、渋い表情を浮かべている。国の命運を左右する大事な会議であるため、ピリピリとした空気に包まれるのも仕方がない。
「大きな騒ぎになったわねー……」
ポツリと呟いてみたものの、議会の本題に自分が関わると思うと、息が詰まるような思いだった。
王都でローズレイ家の仕事をしているとはいえ、私は初めてローズレイ家を代表して会議に参加する。本来ならお父様が代表になるのだが、ウォルトン家の調査に手間取っているらしく、こっちに来る余裕はなかった。
ローズレイ家にとっては、レオン殿下とグレースの婚約を阻止することが最重要案件とは言えない。ウォルトン家を裁くことが第一優先なので、この場は私だけで乗り切る必要がある。
こればかりは仕方がない。黒い噂が流れていたウォルトン家の調査をして、お父様は失敗に終わった過去がある。時間がないとはいえ、しっかりと調査しないと追い詰められないのだろう。
良い風にとらえれば、私ならできると信頼してくれているということでもあった。
自分のことだし、ローズレイ家の一員として、泣き言を言うわけにはいかない。今日の本会議に同年代で参加するのは、レオン殿下・グレースの二人だけであり、後はツワモノ揃いになる。
聡明な貴族たちとの論争は、一言の言い間違えが命取りだ。会議で発する言葉は、どんな些細なことでも責任を取らなければならない。
……どうしよう。緊張するわ。いったん外の空気でも吸いに行こうかしら。
あまりの緊張に耐え切れず、会議室を後にした私は中庭に足を運んだ。
この場所だけは昔から変わらない。花壇に赤いガーベラの花が咲く、思い出の場所になる。
私が初めてレオン殿下と出逢い、お母様の死を乗り越えた場所だった。
あれはまだ体が小さく、お母様が亡くなったばかりで、意気消沈していた時のこと。パーティーに招かれた父の付き添いで王城にやってきた私は、不貞腐れていた。
煌びやかとした世界が眩しく映りすぎていたのだ。
おいしそうな料理が並べられ、大人たちはワインを片手に楽しそうに会話する。久しぶりの再開を喜ぶ者、必死にお近づきになろうと話しかける者、怪しく笑い者……。多種多様な貴族たちが集まり、ワイワイと賑わっていた。
そのパーティーらしい雰囲気に合わないのが、ローズレイ家出身の私とお父様だ。
壁際でヒッソリと過ごす姿は、とても三大貴族とは思えない。顔つきが怖すぎるという理由だけで、パーティーの雰囲気を壊さないように自重していた。
「シャルロット。少しは気が晴れるか?」
そして、賑わうパーティでもハッキリと聞こえるほど、お父様の声は低い。
「お母様の墓参りをしていた方が落ち着きます。ここにはお母様がいませんので」
「そう言うな。あまり多くはないが、亡き妻のことを知っている者もいる。話を聞くだけでも気持ちの整理がつくかもしれん」
「お父様の思い出話には付き合いきれません。こんな場所にお母様が慕う人はいないと思います。気分が悪いので、独りにしてください」
当時の私は、お父様の気持ちも考えることはできず、お母様がいなくなった悲しみに病んでいた。
死んだ人は生き返らないと知っていても、なかなか諦めることができない。どうにかして会う方法ばかり探して、墓参りに通ってばかりだった。
結局、この日もパーティーを抜け出して、勝手に王城の中庭に入り込んでいた。そして、一つの花壇の前で私はしゃがみこむ。
月明かりに照らされながらも、真っ赤に燃えるように咲き誇る赤いガーベラに目を奪われていたのだ。
これだけ目立つ花を墓に供えたら、遠くの星から見守るお母様も会いに来やすくなるのではないだろうか。
そう考えた私は、ジーッと赤い花を見続ける。
一輪だけでももらえないかしら。でも、ローズレイ領に着く頃には枯れるわよね。せめて、花の名前だけでも教えてもらえたら……。
「ガーベラの花が好きか?」
夢中になって考え込んでいると、知らないうちに小さな男の子が隣に腰を下ろしていた。
どこの誰かもわからない。服装と髪型だけはビシッと決めていて、妙に落ち着いた雰囲気を放っている。
「………」
「………」
たぶん、初対面よね。普通は話しかけた方から自己紹介するものでしょう? 変な子ね。
花の名前を教えてくれたことには感謝するが、お母様のことを考えている時間を邪魔されたくはなかった。この時間だけが私の幸せであり、お母様を忘れないための大切な時間なのだから。
「花が咲いてるから見てるだけよ」
「俺も花が見たくなって眺めているだけだ」
言い返してくる彼に、私はローズレイ家らしく険しい表情を浮かべた。
貴族というのは変な生き物であって、どれだけ小さくても家系のことを考えなければならない。そのため、ローズレイ家の仕来たりを守れば、どれだけ楽しくても笑顔を見せられず、友達ができたことはなかった。
同じ貴族でも受け入れられないほど、私の家系は厳しく、特に威厳が大切な家系だと教えてもらっている。だから、小さな男の子を追い返すなんて朝飯前であって……。
そう思っていたのだが、様子がおかしい。
どうしてだろう。この子、全然嫌な顔をしない。私はいま、けっこう怖い顔をしているはずなのに。
少しばかり疑問を抱いていると、彼は大人のように私を受け入れ始め、優しい眼差しで見つめてくる。それがとても懐かしくもあり、複雑な気持ちになっていった。
「向こうに行って。私は独りがいいの」
「この花はここにしか咲いていない」
最初はイライラした。でも、放っておいたらどこか行くと思って、無視することにした。
「………」
「………」
沈黙の時間だけが流れても、私たちは花を見続けた。
どうしてこの子は私の傍にいるんだろうか。この花、そんなに綺麗なのかな。暗くても目立つだけなのに。
彼にとっては、とても詰まらない時間だったと思う。それでも、ずっと付き合ってくれていた。
いつまで花を見ているんだろう。こっちはもう見飽きたのだけれど、きっかけがないと動きにくい。それに……近くにいてくれて、悪い気はしない。
こんなに優しい瞳で見つめてくるのは、どこかお母様に似ているから。
一時間……二時間……と時間が流れるにつれて、徐々に気持ちが落ち着いていくのを感じた。
きっと私は一人でいても、永遠にお母様のことばかり考えていただろう。大好きなお母様がいなくなって、独りぼっちになったと誤解して、現実を拒み続けていたんだ。
でも、本当は違う。早くお母様に元気な姿を見せて、安心させたい。死んだ人は生き返らないんだもん。
それに……友達ができない私は、周りの人から差し伸べられた手の取り方を知らないの。今もわからない。
この子が差し伸べてくれている手をどう取ればいいのだろうか。
迷っている間にパーティーが終わり、周りがガヤガヤと賑わい始めり、咄嗟に立ち上がった。
追い込まれて焦った私は、お母様がやってくれたことを思い出し、彼の頭に手を置き、優しく撫で始める。
正しい行動なのか、正しくないのかわからない。でも、ローズレイ家が笑顔を見せるわけにはいかず、他に方法が思い浮かばなかった。
「あなた、昼間の太陽みたいに動かないのね」
「……暑苦しかったか?」
「ううん、心が温かくなったわ。ありがとう」
たぶん、自分で思っているよりも私は寂しがり屋で、お母様のように温かい人を探しているんだと思う。ローズレイ家の人間でも受け入れてくれるような、とても温かい人を。
いつまでも隣にいてくれるこの子の隣が、私の居場所になればいいのに。
あの日から十年以上の月日が流れた今も、私の居場所は変わらない。お母様のように温かく、素の自分を受け入れてくれる場所に帰るために、戦わなければならなかった。
ウォルトン家の悪事を暴くことはできなくても、レオン殿下の隣だけは、必ず……。
そろそろ本会議が始まる時間だと思って立ち上がると、ちょうどソフィアが呼びに来てくれていた。
「レオン殿下とシャルロットは、本当にガーベラの花が好きだよね」
ローズレイ家の人間が、そんな女の子らしい趣味に目覚めることはない。子供の頃のレオン殿下を思い出すと落ち着くため、ここに来ただけだ。
ある意味では、一番女の子らしい感情を抱いているのかもしれないけれど。
「心を落ち着けていただけよ。それより、シャルの方は大丈夫だった?」
公爵令嬢のシャルロットとして参加するため、メイドのシャルはまた休むしかなく、メイドたちに怪しまれないか心配だった。
「心配いらないよ。王城のメイドは毎年辞める人が多数だもん。新人メイドがちょっとズル休みするなんて、可愛いもんだからね」
「ちょっと待って。それで大丈夫なの?」
「いいんじゃないかな。女同士で変な派閥が生まれることはないし、残ったメイドは仲良しだよ」
まあ、確かにそうではあるわね。みんなロジリーの厳しい教育を乗り越えてきたからか、必要以上に優しいんだもの。
サボり癖のあったソフィアもずっと真面目に働いてるし。
「ちなみに、ソフィアもズル休みした経験はあるの?」
「ふっふーん、当然だよ。誰もが通る道さ。ボクはロジリーさんが怖すぎて、新人メイドの頃は十回近く逃げ出したね」
「威張ることじゃないわよ。同じ城内で王妃教育を受けていたのに、全然気づかなかったけれど。初耳だもの」
「だって、半日立てこもった話とか、大泣きして慰めてもらった話とかするのは、さすがに恥ずかしいじゃん。やっぱり同じ立場にならないとわからないこともあるよね~」
それはそうだけれど、私はサボっているわけではないわ。同じメイドの立場で仕事しても、半日立てこもるのは、さすがにちょっと……。だって、それはもう事件レベルだもの。
私がズル休みをしていないことに気づいたのか、ソフィアの表情が少しずつ変わり、苦笑いを浮かべ始める。
「ま、まあ……最終的にはロジリーさんに合うか合わないかだよね。怖い面が多いけど、なんだかんだで優しい一面が見えてくると、色々違って見えてくるから」
ロジリーが怖いだけでないのは間違いない。王城にメイドとして潜入した時もソフィアを教育係に付けてくれたし、危ない場面では助けてくれる。
「私も悪い人ではないと思ってるわよ。今回ばかりは味方でいてくれるし、頼もしい限りね」
「今朝はいつも以上にピリピリしてたよ。そんなロジリーさんに怒られたくなかったら、早く会議室に行こう」
「さすがにロジリーでも緊張するのね」
昔のレオン殿下を思い出し、ソフィアと何気ない会話をしていると、私の緊張は自然と抜け落ちていた。
今日ばかりはロジリーも自分の戦いで精一杯だろう。でも、目的は一致している。
だから、互いに邪魔にならないように、今日の本会議で最善を尽くそう。
すでに大勢の貴族たちが会議室に入り、渋い表情を浮かべている。国の命運を左右する大事な会議であるため、ピリピリとした空気に包まれるのも仕方がない。
「大きな騒ぎになったわねー……」
ポツリと呟いてみたものの、議会の本題に自分が関わると思うと、息が詰まるような思いだった。
王都でローズレイ家の仕事をしているとはいえ、私は初めてローズレイ家を代表して会議に参加する。本来ならお父様が代表になるのだが、ウォルトン家の調査に手間取っているらしく、こっちに来る余裕はなかった。
ローズレイ家にとっては、レオン殿下とグレースの婚約を阻止することが最重要案件とは言えない。ウォルトン家を裁くことが第一優先なので、この場は私だけで乗り切る必要がある。
こればかりは仕方がない。黒い噂が流れていたウォルトン家の調査をして、お父様は失敗に終わった過去がある。時間がないとはいえ、しっかりと調査しないと追い詰められないのだろう。
良い風にとらえれば、私ならできると信頼してくれているということでもあった。
自分のことだし、ローズレイ家の一員として、泣き言を言うわけにはいかない。今日の本会議に同年代で参加するのは、レオン殿下・グレースの二人だけであり、後はツワモノ揃いになる。
聡明な貴族たちとの論争は、一言の言い間違えが命取りだ。会議で発する言葉は、どんな些細なことでも責任を取らなければならない。
……どうしよう。緊張するわ。いったん外の空気でも吸いに行こうかしら。
あまりの緊張に耐え切れず、会議室を後にした私は中庭に足を運んだ。
この場所だけは昔から変わらない。花壇に赤いガーベラの花が咲く、思い出の場所になる。
私が初めてレオン殿下と出逢い、お母様の死を乗り越えた場所だった。
あれはまだ体が小さく、お母様が亡くなったばかりで、意気消沈していた時のこと。パーティーに招かれた父の付き添いで王城にやってきた私は、不貞腐れていた。
煌びやかとした世界が眩しく映りすぎていたのだ。
おいしそうな料理が並べられ、大人たちはワインを片手に楽しそうに会話する。久しぶりの再開を喜ぶ者、必死にお近づきになろうと話しかける者、怪しく笑い者……。多種多様な貴族たちが集まり、ワイワイと賑わっていた。
そのパーティーらしい雰囲気に合わないのが、ローズレイ家出身の私とお父様だ。
壁際でヒッソリと過ごす姿は、とても三大貴族とは思えない。顔つきが怖すぎるという理由だけで、パーティーの雰囲気を壊さないように自重していた。
「シャルロット。少しは気が晴れるか?」
そして、賑わうパーティでもハッキリと聞こえるほど、お父様の声は低い。
「お母様の墓参りをしていた方が落ち着きます。ここにはお母様がいませんので」
「そう言うな。あまり多くはないが、亡き妻のことを知っている者もいる。話を聞くだけでも気持ちの整理がつくかもしれん」
「お父様の思い出話には付き合いきれません。こんな場所にお母様が慕う人はいないと思います。気分が悪いので、独りにしてください」
当時の私は、お父様の気持ちも考えることはできず、お母様がいなくなった悲しみに病んでいた。
死んだ人は生き返らないと知っていても、なかなか諦めることができない。どうにかして会う方法ばかり探して、墓参りに通ってばかりだった。
結局、この日もパーティーを抜け出して、勝手に王城の中庭に入り込んでいた。そして、一つの花壇の前で私はしゃがみこむ。
月明かりに照らされながらも、真っ赤に燃えるように咲き誇る赤いガーベラに目を奪われていたのだ。
これだけ目立つ花を墓に供えたら、遠くの星から見守るお母様も会いに来やすくなるのではないだろうか。
そう考えた私は、ジーッと赤い花を見続ける。
一輪だけでももらえないかしら。でも、ローズレイ領に着く頃には枯れるわよね。せめて、花の名前だけでも教えてもらえたら……。
「ガーベラの花が好きか?」
夢中になって考え込んでいると、知らないうちに小さな男の子が隣に腰を下ろしていた。
どこの誰かもわからない。服装と髪型だけはビシッと決めていて、妙に落ち着いた雰囲気を放っている。
「………」
「………」
たぶん、初対面よね。普通は話しかけた方から自己紹介するものでしょう? 変な子ね。
花の名前を教えてくれたことには感謝するが、お母様のことを考えている時間を邪魔されたくはなかった。この時間だけが私の幸せであり、お母様を忘れないための大切な時間なのだから。
「花が咲いてるから見てるだけよ」
「俺も花が見たくなって眺めているだけだ」
言い返してくる彼に、私はローズレイ家らしく険しい表情を浮かべた。
貴族というのは変な生き物であって、どれだけ小さくても家系のことを考えなければならない。そのため、ローズレイ家の仕来たりを守れば、どれだけ楽しくても笑顔を見せられず、友達ができたことはなかった。
同じ貴族でも受け入れられないほど、私の家系は厳しく、特に威厳が大切な家系だと教えてもらっている。だから、小さな男の子を追い返すなんて朝飯前であって……。
そう思っていたのだが、様子がおかしい。
どうしてだろう。この子、全然嫌な顔をしない。私はいま、けっこう怖い顔をしているはずなのに。
少しばかり疑問を抱いていると、彼は大人のように私を受け入れ始め、優しい眼差しで見つめてくる。それがとても懐かしくもあり、複雑な気持ちになっていった。
「向こうに行って。私は独りがいいの」
「この花はここにしか咲いていない」
最初はイライラした。でも、放っておいたらどこか行くと思って、無視することにした。
「………」
「………」
沈黙の時間だけが流れても、私たちは花を見続けた。
どうしてこの子は私の傍にいるんだろうか。この花、そんなに綺麗なのかな。暗くても目立つだけなのに。
彼にとっては、とても詰まらない時間だったと思う。それでも、ずっと付き合ってくれていた。
いつまで花を見ているんだろう。こっちはもう見飽きたのだけれど、きっかけがないと動きにくい。それに……近くにいてくれて、悪い気はしない。
こんなに優しい瞳で見つめてくるのは、どこかお母様に似ているから。
一時間……二時間……と時間が流れるにつれて、徐々に気持ちが落ち着いていくのを感じた。
きっと私は一人でいても、永遠にお母様のことばかり考えていただろう。大好きなお母様がいなくなって、独りぼっちになったと誤解して、現実を拒み続けていたんだ。
でも、本当は違う。早くお母様に元気な姿を見せて、安心させたい。死んだ人は生き返らないんだもん。
それに……友達ができない私は、周りの人から差し伸べられた手の取り方を知らないの。今もわからない。
この子が差し伸べてくれている手をどう取ればいいのだろうか。
迷っている間にパーティーが終わり、周りがガヤガヤと賑わい始めり、咄嗟に立ち上がった。
追い込まれて焦った私は、お母様がやってくれたことを思い出し、彼の頭に手を置き、優しく撫で始める。
正しい行動なのか、正しくないのかわからない。でも、ローズレイ家が笑顔を見せるわけにはいかず、他に方法が思い浮かばなかった。
「あなた、昼間の太陽みたいに動かないのね」
「……暑苦しかったか?」
「ううん、心が温かくなったわ。ありがとう」
たぶん、自分で思っているよりも私は寂しがり屋で、お母様のように温かい人を探しているんだと思う。ローズレイ家の人間でも受け入れてくれるような、とても温かい人を。
いつまでも隣にいてくれるこの子の隣が、私の居場所になればいいのに。
あの日から十年以上の月日が流れた今も、私の居場所は変わらない。お母様のように温かく、素の自分を受け入れてくれる場所に帰るために、戦わなければならなかった。
ウォルトン家の悪事を暴くことはできなくても、レオン殿下の隣だけは、必ず……。
そろそろ本会議が始まる時間だと思って立ち上がると、ちょうどソフィアが呼びに来てくれていた。
「レオン殿下とシャルロットは、本当にガーベラの花が好きだよね」
ローズレイ家の人間が、そんな女の子らしい趣味に目覚めることはない。子供の頃のレオン殿下を思い出すと落ち着くため、ここに来ただけだ。
ある意味では、一番女の子らしい感情を抱いているのかもしれないけれど。
「心を落ち着けていただけよ。それより、シャルの方は大丈夫だった?」
公爵令嬢のシャルロットとして参加するため、メイドのシャルはまた休むしかなく、メイドたちに怪しまれないか心配だった。
「心配いらないよ。王城のメイドは毎年辞める人が多数だもん。新人メイドがちょっとズル休みするなんて、可愛いもんだからね」
「ちょっと待って。それで大丈夫なの?」
「いいんじゃないかな。女同士で変な派閥が生まれることはないし、残ったメイドは仲良しだよ」
まあ、確かにそうではあるわね。みんなロジリーの厳しい教育を乗り越えてきたからか、必要以上に優しいんだもの。
サボり癖のあったソフィアもずっと真面目に働いてるし。
「ちなみに、ソフィアもズル休みした経験はあるの?」
「ふっふーん、当然だよ。誰もが通る道さ。ボクはロジリーさんが怖すぎて、新人メイドの頃は十回近く逃げ出したね」
「威張ることじゃないわよ。同じ城内で王妃教育を受けていたのに、全然気づかなかったけれど。初耳だもの」
「だって、半日立てこもった話とか、大泣きして慰めてもらった話とかするのは、さすがに恥ずかしいじゃん。やっぱり同じ立場にならないとわからないこともあるよね~」
それはそうだけれど、私はサボっているわけではないわ。同じメイドの立場で仕事しても、半日立てこもるのは、さすがにちょっと……。だって、それはもう事件レベルだもの。
私がズル休みをしていないことに気づいたのか、ソフィアの表情が少しずつ変わり、苦笑いを浮かべ始める。
「ま、まあ……最終的にはロジリーさんに合うか合わないかだよね。怖い面が多いけど、なんだかんだで優しい一面が見えてくると、色々違って見えてくるから」
ロジリーが怖いだけでないのは間違いない。王城にメイドとして潜入した時もソフィアを教育係に付けてくれたし、危ない場面では助けてくれる。
「私も悪い人ではないと思ってるわよ。今回ばかりは味方でいてくれるし、頼もしい限りね」
「今朝はいつも以上にピリピリしてたよ。そんなロジリーさんに怒られたくなかったら、早く会議室に行こう」
「さすがにロジリーでも緊張するのね」
昔のレオン殿下を思い出し、ソフィアと何気ない会話をしていると、私の緊張は自然と抜け落ちていた。
今日ばかりはロジリーも自分の戦いで精一杯だろう。でも、目的は一致している。
だから、互いに邪魔にならないように、今日の本会議で最善を尽くそう。
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