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第一章
第12話:アーニャ、照れる
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見本品のポーションを届けるため、エリスはもう一度ジルの元へ歩き出した。すると、偶然にも廊下でアーニャと鉢合わせになる。
今朝はちゃんとお礼を言えていないからと、真面目な顔で向き合うエリス。
一方、アーニャは「ふぇぁ!?」と、気まずそうな奇声をあげた。
「アーニャさん。あの、本当に……」
詰め寄ろうとするエリスに対して、アーニャは両手を前に出して、制止させる。
「も、もういいわ。何度言えば気が済むのよ。今朝も言ったでしょ、私の気まぐれにすぎないの。エリスが気にする必要はないわ」
べ、別にあんたのためじゃないんだからね! と、ツンデレ対応しない分、アーニャは冷静であった。相手が気心の知れたエリスだったし、周りに人がいない影響も大きい。
しかし、アーニャの事情をよく知るエリスは、簡単に引き下がることはできない。どうしたらいいかも、自分でわかっていないが。
「でも、あれは……」
「じゃあ、お金を払えば満足するの? 百年に一度しか見つからないといわれる、天然物のエリクサーだったのよ。錬金術ギルドの受付しかやっていないエリスに、払えるとは思えないけど」
「それは……そう、ですけど」
「取り立てる気なんてないんだし、気にしなくてもいいわよ。元々私は、自分の力で妹を治す予定だったの。呪いの侵蝕を遅らせるポーションは完成してるし、来月には治してみせるわ」
堂々とした佇まいで言い放つアーニャは、いつもと同じ強気な態度だった。その姿にエリスは、密かに憧れを抱いていた。
弟のために錬金術を始めようとしてもうまくいかずに、クヨクヨしてばかりだった、エリス。自分ができないことをアッサリとやってしまうアーニャに、気づけば目を奪われていたのだ。
「だいたい、なんで私よりエリスがしょげてんのよ。弟が治ったんだから、もっとシャキッとしなさい」
そして、アーニャと深く関わってわかったのは、刺々しい言葉や挑発的な言葉の裏に隠された、優しい思いやり。気持ちが落ちこんだり、凹んだりしていると、必ず温かい言葉をかけてくれる。
両親が亡くなって以降、心の強いアーニャがエリスの支えになっていたことは、間違いようのない事実だった。
「アーニャさんって、優しいですよね」
「……はぇ?」
しかしアーニャは、エリスの気持ちにこれっぽっちも気づいていない。あんた、なに寝ぼけたことを言ってんの? 状態である。
小さな頃から素直になれないアーニャは、他人から全く理解されずに生きてきた。唯一理解してくれるのは、妹だけ。優しいなんて言葉を他人から言われたのは、二十二年の人生で初めてのこと。
「最初は私も怖い人だなって、誤解してました。冒険者時代のことはわかりませんけど、黒い噂が後を絶たないので……。でも、一緒にいればわかります。そんな噂は嘘ばかりなんだって」
まっすぐ目を見つめてくるエリスに対して、戸惑うアーニャは目が泳ぎ始める。
冒険者として活躍していた頃、女として舐められるわけにはいかないと思ったアーニャは、荒れていた。売られた喧嘩は条件反射のようにすべて買い、武器を向けてきた人間は誰であろうと許さない。どんな権力にも屈することなく、自分の敵にまわるなら、叩き潰してきた。
実際には、ツンデレ対応で自分が喧嘩を売ることも多かったのだが……。悲しいかな、喧嘩を売っていたことに本人は気づいていない。
よって、冒険者時代の黒い噂はほぼ事実である。隣国の軍隊をボコボコにしたとか、戦闘で地形を変えたとか、アーニャに恐れた魔物が生息地を変えたとか。絶望を与える絶対的な力を持つがゆえに、【破壊神】と呼ばれているのだ。
「アーニャさんの担当になれて、本当に良かったです」
当然、そんな【破壊神】の二つ名を持つ、アーニャという時限爆弾みたいな人間を一人にするわけにもいかず、錬金術ギルドは特別担当者を付けることにした。当時、ジルのことで心が沈み込み、何も考えずに了承したエリスである。
錬金術ギルドでたった一人、アーニャの担当になると首を縦に振ったのだ。
なお、表向きの理由としては、『冒険者で街の防衛に参加ができて、錬金術で人々を助けることができるため、特別に担当を付けよう』ということになっている。事実ではあるし、実際に活躍もしているのだが。
「妹思いで健気にポーション作る姿とか、絶対に人に弱みを見せない心の強さとか、いつも私に気遣ってくれる優しさとか。今の私にはありがたいことばかりで……」
少しくらいお礼を言われる程度だと思っていたアーニャは、「ほえあ~~~~!?」とよくわからない奇声を発し、予想外の称賛ラッシュに大混乱した!
「ど、どうでもいいわよ、エリスのことなんか! ちょっとエリクサー渡したくらいで、調子に乗ってんじゃないわよ!」
とりあえず、キレて照れ隠しをするアーニャ! だいたいの場合は、この方法で逃げ切れる。
「褒められると照れて怒っちゃう癖、わかってると可愛いんですよね。顔が赤くなって、わかりやすいですし。私もアーニャさんみたいになりたいなー」
しかし! 今や親しい友人関係を築いたエリスには、効かない! 心の中を丸裸にしちゃいますよー、と言わんばかりにエリスは微笑む。
たとえ全部バレていたとしても、声に出すのはやめてほしいと、アーニャは強く思った。
「はあ!? わ、私が二人もいたら、この街は破滅するわよ! 家を一軒も残さずに破壊してやるわ! 錬金術ギルドなんて、足で踏みつぶしてペチャンコよ! グリグリ~だから、足でグリグリ~ってしてあげるから!」
火に油が注がれてしまったかのように、アーニャは暴力的な言葉をまくし立てる。なお、羞恥心から自分でも何を言ってるのかわかっていない。
そんなアーニャの姿を、目の前で聞いているエリスは、温かい気持ちで見守っている。
必死に足をグリグリ~ッとして、「こうよ! こうなるわよ!」と、猛烈なグリグリのアピールタイム。ジルの看病で母性が目覚めたエリスは、子供っぽくて可愛いなーと、さらに好印象を抱いてしまう。
だが、遠くの方では、アーニャの叫び声だけが聞こえてくるような状況。そのため、アーニャの破壊衝動をエリスが落ち着かせている、という図式が成り立ち、エリスの株が上がっていた。
「錬金術ギルドはグリグリの餌食で、冒険者ギルドはペシャーン。防壁なんてボーンッで終わりよ!」
子供っぽい印象を抱くが、【破壊神】の二つ名に恥じない破壊宣言ではあった。
今朝はちゃんとお礼を言えていないからと、真面目な顔で向き合うエリス。
一方、アーニャは「ふぇぁ!?」と、気まずそうな奇声をあげた。
「アーニャさん。あの、本当に……」
詰め寄ろうとするエリスに対して、アーニャは両手を前に出して、制止させる。
「も、もういいわ。何度言えば気が済むのよ。今朝も言ったでしょ、私の気まぐれにすぎないの。エリスが気にする必要はないわ」
べ、別にあんたのためじゃないんだからね! と、ツンデレ対応しない分、アーニャは冷静であった。相手が気心の知れたエリスだったし、周りに人がいない影響も大きい。
しかし、アーニャの事情をよく知るエリスは、簡単に引き下がることはできない。どうしたらいいかも、自分でわかっていないが。
「でも、あれは……」
「じゃあ、お金を払えば満足するの? 百年に一度しか見つからないといわれる、天然物のエリクサーだったのよ。錬金術ギルドの受付しかやっていないエリスに、払えるとは思えないけど」
「それは……そう、ですけど」
「取り立てる気なんてないんだし、気にしなくてもいいわよ。元々私は、自分の力で妹を治す予定だったの。呪いの侵蝕を遅らせるポーションは完成してるし、来月には治してみせるわ」
堂々とした佇まいで言い放つアーニャは、いつもと同じ強気な態度だった。その姿にエリスは、密かに憧れを抱いていた。
弟のために錬金術を始めようとしてもうまくいかずに、クヨクヨしてばかりだった、エリス。自分ができないことをアッサリとやってしまうアーニャに、気づけば目を奪われていたのだ。
「だいたい、なんで私よりエリスがしょげてんのよ。弟が治ったんだから、もっとシャキッとしなさい」
そして、アーニャと深く関わってわかったのは、刺々しい言葉や挑発的な言葉の裏に隠された、優しい思いやり。気持ちが落ちこんだり、凹んだりしていると、必ず温かい言葉をかけてくれる。
両親が亡くなって以降、心の強いアーニャがエリスの支えになっていたことは、間違いようのない事実だった。
「アーニャさんって、優しいですよね」
「……はぇ?」
しかしアーニャは、エリスの気持ちにこれっぽっちも気づいていない。あんた、なに寝ぼけたことを言ってんの? 状態である。
小さな頃から素直になれないアーニャは、他人から全く理解されずに生きてきた。唯一理解してくれるのは、妹だけ。優しいなんて言葉を他人から言われたのは、二十二年の人生で初めてのこと。
「最初は私も怖い人だなって、誤解してました。冒険者時代のことはわかりませんけど、黒い噂が後を絶たないので……。でも、一緒にいればわかります。そんな噂は嘘ばかりなんだって」
まっすぐ目を見つめてくるエリスに対して、戸惑うアーニャは目が泳ぎ始める。
冒険者として活躍していた頃、女として舐められるわけにはいかないと思ったアーニャは、荒れていた。売られた喧嘩は条件反射のようにすべて買い、武器を向けてきた人間は誰であろうと許さない。どんな権力にも屈することなく、自分の敵にまわるなら、叩き潰してきた。
実際には、ツンデレ対応で自分が喧嘩を売ることも多かったのだが……。悲しいかな、喧嘩を売っていたことに本人は気づいていない。
よって、冒険者時代の黒い噂はほぼ事実である。隣国の軍隊をボコボコにしたとか、戦闘で地形を変えたとか、アーニャに恐れた魔物が生息地を変えたとか。絶望を与える絶対的な力を持つがゆえに、【破壊神】と呼ばれているのだ。
「アーニャさんの担当になれて、本当に良かったです」
当然、そんな【破壊神】の二つ名を持つ、アーニャという時限爆弾みたいな人間を一人にするわけにもいかず、錬金術ギルドは特別担当者を付けることにした。当時、ジルのことで心が沈み込み、何も考えずに了承したエリスである。
錬金術ギルドでたった一人、アーニャの担当になると首を縦に振ったのだ。
なお、表向きの理由としては、『冒険者で街の防衛に参加ができて、錬金術で人々を助けることができるため、特別に担当を付けよう』ということになっている。事実ではあるし、実際に活躍もしているのだが。
「妹思いで健気にポーション作る姿とか、絶対に人に弱みを見せない心の強さとか、いつも私に気遣ってくれる優しさとか。今の私にはありがたいことばかりで……」
少しくらいお礼を言われる程度だと思っていたアーニャは、「ほえあ~~~~!?」とよくわからない奇声を発し、予想外の称賛ラッシュに大混乱した!
「ど、どうでもいいわよ、エリスのことなんか! ちょっとエリクサー渡したくらいで、調子に乗ってんじゃないわよ!」
とりあえず、キレて照れ隠しをするアーニャ! だいたいの場合は、この方法で逃げ切れる。
「褒められると照れて怒っちゃう癖、わかってると可愛いんですよね。顔が赤くなって、わかりやすいですし。私もアーニャさんみたいになりたいなー」
しかし! 今や親しい友人関係を築いたエリスには、効かない! 心の中を丸裸にしちゃいますよー、と言わんばかりにエリスは微笑む。
たとえ全部バレていたとしても、声に出すのはやめてほしいと、アーニャは強く思った。
「はあ!? わ、私が二人もいたら、この街は破滅するわよ! 家を一軒も残さずに破壊してやるわ! 錬金術ギルドなんて、足で踏みつぶしてペチャンコよ! グリグリ~だから、足でグリグリ~ってしてあげるから!」
火に油が注がれてしまったかのように、アーニャは暴力的な言葉をまくし立てる。なお、羞恥心から自分でも何を言ってるのかわかっていない。
そんなアーニャの姿を、目の前で聞いているエリスは、温かい気持ちで見守っている。
必死に足をグリグリ~ッとして、「こうよ! こうなるわよ!」と、猛烈なグリグリのアピールタイム。ジルの看病で母性が目覚めたエリスは、子供っぽくて可愛いなーと、さらに好印象を抱いてしまう。
だが、遠くの方では、アーニャの叫び声だけが聞こえてくるような状況。そのため、アーニャの破壊衝動をエリスが落ち着かせている、という図式が成り立ち、エリスの株が上がっていた。
「錬金術ギルドはグリグリの餌食で、冒険者ギルドはペシャーン。防壁なんてボーンッで終わりよ!」
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