【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ

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第一章

第15話:初めてで、緊張……!

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 富裕層が暮らす住宅街に案内されたジルは、落ち着きがなくなり、オロオロとしていた。

 通りがかった人の服装や建物の雰囲気が違い、別の街へ来たような感覚になる。今まで生活していたジルの家がボロイわけではなく、この場所が特別であり、過ごす人もオーラが違うだけ。何度も洗濯してヨレヨレになったシャツを着る人はいなくて、アイロンでシワを伸ばしておりますわ! という人ばかり。

 思わず、ジルは着ている服を確認して……、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになるのだった。

 そのままアーニャとエリスと一緒に歩き進めていくと、周りと比べて少々こじんまりとした一軒家が見えてくる。いくつも部屋がある豪華な家よりも、こういった家の方が落ち着くなーとジルが思っていると、アーニャの足が止まった。

「ここが私の家よ。妹が寝てるかもしれないから、騒ぐのだけはやめてよね」

 それだけ言うと、アーニャは先に家の中へ入っていく。その姿を見たジルは、重大な事件が起こっていることに気づいてしまう……!

 ――ど、どうしよう。僕、女の人の家に入るの初めてだ。

 昨日、三年ぶりに目覚めたばかりで、大人になった姉のエリスにドキドキしていた、純粋な男の子の心を持つ、ジル。姉と二人暮らしになったとはいえ、前世では父親と二人暮らしであり、人生経験は非常に浅い。恋愛経験に至っては、すーーーごい浅い。

 付き合ってもいないのに、アーニャお姉ちゃんの家にお邪魔するなんて、恥ずかしい……と思うジルは、地面に足が貼り付いてしまったかのように、全然動かない。人の家の前で、モジモジしながら棒立ちである。

 目の前に映し出されたアーニャの家が、お姫さまの住む王城に見えてしまうほど、ジルは混乱していた。

 一方、ようやくオムライスの話から解放されたエリスは、ホッと安心するように家へ近づいていく。

 当然、家の中へ入ろうとすれば、近くにいたジルがいないことに気づいて、エリスは振り返る。立ち止まったままの弟を見て、人見知りする子だから、アーニャさんの家に入るのが怖いのかなーと、勝手に解釈。

 仕方ないなーと思うエリスは、ジルの元へ戻り、背中をトントンッと軽く叩いていた。「大丈夫だから、一緒に行こう」と優しく声をかけて、緊張を解きほぐしてあげる。

 しかし、それは完全に逆効果。心の準備ができていないにもかかわらず、姉に大人の階段を上ろうと急かされたと誤解したジルは、さらにパニック状態に陥る。

「え、いや、あの、その……」

「怖がらなくても大丈夫だよ。アーニャさんは、ルーナちゃんっていう優しい妹さんと二人暮らしだから」

 大丈夫じゃない! 女の子が一人増えているではありませんか!!

 恋愛経験の浅すぎるジルにとっては、初期装備で裏ダンジョンに突入するほどの行為であり、あり得ないほどの大きな試練となっている。そこへ、なかなか家に入ってこないことを心配したアーニャが、扉からひょこっと顔を覗かせた。

「何してるのよ、早く入りなさい」

 キョトンとしたアーニャの顔を見たジルは、必要以上にドッキーーーンッ! となり、あわわわっと挙動不審になってしまう。

 当たり前のことだが、裏ダンジョンから破壊神が顔を覗かせているわけではない。女性の家から、無防備な女の子が顔を覗かせているのだ。

 そんなアーニャの姿を見て、純粋無垢なジルのハートに、早くも愛の矢が突き刺さる! 勝手に『状態異常:恋』となり、ノックダウン寸前のジルはもう……、アーニャの家に入れない!

「ほら、早く行くよ。アーニャさんが怒っちゃうから」

 しかし、姉のエリスには関係なかった。初恋を実らせたいわけでもなく、オムライスを作らせるために、大人の階段へと誘導。逃げ場を無くすようにエリスに手を捕まれたジルは、アーニャの家へ引っ張られていく。

 ――ま、待って。恥ずかしいよぉ。は、初めてなんだし、心の準備くらいはさせてー!

 と思いつつも、しっかりと足を動かしてジルは歩いている。まんざらでもないのか、頬を赤く染めながら。

 ***

 家の中へ入って、一段と落ち着きがなくなってモジモジとするジルに、エリスがスリッパを取り出した。

 さっきまで普通に話していたアーニャは、急によそよそしくなったジルに疑問を抱きながらも、特に気にする様子はない。トイレにでも行きたくなったのかしら、程度にしか思っていないのだ。アーニャもまた、恋愛経験がすーーーごい浅い。

 破壊神と呼ばれている自分の家にあがることに、ジルがドキドキしているなど、一ミリも考えていないアーニャなのである。

「私は部屋で錬金術の勉強を始めるけど、オムライスができたらちゃんと呼ぶのよ。あと、夜ごはん用にも作っておいて。オムライスはね、冷めてもおいしいから」

 自分の家に戻ってきて、緊張感が抜けてしまったアーニャは、少しだけ声のトーンが高い。無邪気にオムライスにワクワクして、鼻歌を口ずさみながら、奥の部屋へスキップで向かっていく。

 強気なアーニャの見せる無邪気な態度が、ジルにとっては新鮮だった。初めて女性の家に上がった影響が大きいのか、そんな僅かなことで盛大なギャップ萌えが起こり、アーニャのことが気になり始めてしまう。

 ――アーニャお姉ちゃんって、素敵な人だなぁ……。

 などと思い、ポケーっとしていると、次第にアーニャの言葉が引っ掛かり始める。昼間にオムライスを食べて、夜もオムライスを食べるという言葉の意味は理解できるものの、なかなか心で納得できるものではない。

 ……それ、飽きない? いくら好きだったとしても、普通は二回も食べないよ。カレーじゃないんだから、という疑問である。

「エリスお姉ちゃん、オムライスって……」

「ジル、それ以上は言っちゃダメ。この家にはね、異常なほどオムライスが好きな人が二人もいるの。だから、絶対にオムライスの悪口は言っちゃダメよ」

「う、うん。今までオムライスの悪口は言ったことないけど、気を付けるね」

 なんとなく状況を理解したジルは、絶対に変なことを口にしないと、心の中で誓うのだった。
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