17 / 99
第一章
第17話:トマトソース
しおりを挟む
キッチンに戻ってくると、早速エリスとジルはオムライスの準備に取りかかる。
普段からアーニャの家に来て、身の回りの世話をしているエリスは手慣れている。買い物袋から食材を取り出したり、昨日使ったであろう食器を洗ったり、冷蔵庫から食材を取り出したり……したところで、ジルは妙な光景を目の当たりにして、冷蔵庫の中を確認する。
ジルは、絶句した。
「アーニャさんたちは偏食だから、冷蔵庫の中を見ても、オムライスの材料しか入ってないよ」
一段目に卵がズラーーーッ! と並んでいて、二段目に鶏肉がビッシーーーッ! と置かれ、三段目にタマネギがゴロゴロゴロッ! と入っていた。当然、冷蔵庫の横側には、何本ものケチャップがドスドスドスッ! と刺さっている。
ジルは、そっと冷蔵庫の扉を閉めた。
「アーニャお姉ちゃんたちは、オムライスしか食べないの?」
「朝と昼はパンを食べてるみたいけど、夜はオムライスじゃないとダメなんだって。違うものを提案したら、二人に怒られちゃうんだよね。そういうところは、姉妹そっくりだから」
「よくオムライスばかり食べてて、飽き……」
「コラッ、オムライスの悪口は言っちゃダメって言ったでしょ。アーニャさんもルーナちゃんも元々冒険者で、身体能力が高いの。いつどこで聞いてるかわからないんだから、気を付けてよね」
ウンウンと頷いたジルを見て、エリスは米を研ぎ、土鍋でご飯を炊く準備を。ジルは机に置かれた野菜を切り、トマトソースを作り始める。
「ルーナお姉ちゃんも冒険者なんだ。優しそうな人なのに」
「確かに、ルーナちゃんは冒険者に見えないかもね。元々アーニャさんは暴れん坊で、ルーナちゃんは優しい女の子として有名なの」
「アーニャお姉ちゃんも優しいと思うけど」
「ふーん。ジルは女の子を見る目があるのかもしれないね。アーニャさんは人と話すことが苦手なだけで、私も優しい人だと思うよ」
「ちょっと怖いところもあるけど……、でも、でもね! すっごいオムライスに詳しいんだよ! あんなこと話してくれたの、アーニャお姉ちゃんしかいなかったもん! 絶対に良い人だと思うの!」
良い人の基準が料理好きというジルに、女の子を見る目はない。
「最近はアーニャさんも錬金術の活動ばかりだし、暴れん坊な噂は減ってきたかな。今はルーナちゃんのことで頭がいっぱいのはずだし、もっと他にも手伝うことができたらいいんだけど」
「そういえば、ルーナお姉ちゃんって、足が動かないの? 手は動いてたけど、さっき動けないって……」
「うーん、あれは二年くらい前だったかな。魔物の呪いにかかったみたいでね、ルーナちゃんの体は足から石化するようになっちゃったの。まだ完全に石化したわけじゃないと思うんだけど、起き上がるのが怖くなっちゃったみたいで……」
呪いという言葉にピクッと反応して、ジルの手が止まった。
「もしかして、僕と一緒だったの?」
しまった、と思いつつ、エリスは土鍋に火をつける。
「あー……うん。呪いの種類が違うけどね。でも、アーニャさんがポーションを調合してくれているから。この街に滞在しているのも、呪いに効果のある月光草っていう薬草を取りに行きやすい街で、拠点に選んだんだって」
強力な呪いを付与されたジルの方が重かった、なんて口が滑っても言えないエリスである。しかし、ルーナが呪いに侵蝕されていることは事実であり、気安く「大丈夫だから」とも言えなかった。
だが、呪いで苦しんでいたジルは違う。ルーナが呪いに蝕まれているという事実だけが、頭の中を駆け巡る。
――僕の呪いが解けたのは、アーニャお姉ちゃんが呪いを解くポーションをくれたって……。
呪いを解くためにポーションを作り続けるアーニャと、呪いで苦しむルーナの関係を聞かされたジルは、心の整理が追いつかなかった。
アーニャが譲ってくれたポーションで自分の呪いが解けたのに、まだルーナの呪いは解けていない。その不可解な事実だけが頭の中をグルグルとまわり、ジルを混乱させる。
「今の話は内緒だからね。誰にも言っちゃダメだよ」
ふと、現実に引き戻されるかのようにエリスの声が聞こえ、ジルは考えることをやめた。
「……うん、言わない!」
今はアーニャとルーナにオムライスを作る、それだけを頑張ればいい。色々考えてしまえば、またエリスにも心配をかけることになるから。
「錬金術の試験が終わったら、たまにはジルも一緒に、ルーナちゃんに会いに来ようね。話し相手になってあげてほしいし、おいしいオムライスを作ってあげたら、きっと喜ぶと思うから」
「うん!」
互いにアーニャとルーナを喜ばせることで話がまとまると、ジルはトマトソース作りを再開する。
トマトを湯剥きでツルンッと皮を取り除いた後、微塵切りに切っておいたタマネギとニンニクをオリーブオイルで炒めていく。
焦がさないように手早く混ぜるジルを見て、エリスは感心した。
「本当にジルは料理が上手になったよね。料理してる姿なんて見たことなかったのに、私よりも上手なんだもん」
「えへへ。そうかな」
褒められてご満悦になりながら、完熟トマトとバジルを入れ、パラパラと塩を降り入れる。流れるような動きで行う姿に、迷いは見えない。
「煮詰まるまで時間がかかるから、ちょっと待っててね。後はトマトの水分を飛ばして、調整するだけなの」
***
エリスが作っていたご飯が炊きあがると同時に、ジルのトマトソース作りも終わった。
待っている間に炒めておいた具材とご飯を合わせ、ジルは手早くチキンライスを作っていく。その後ろで、コッソリとトマトソースを味見したエリスは、こういう感じね、と納得するように頷いている。
出来上がったチキンライスを皿に盛り付けた後、ジルは卵を半熟になるように焼いていく。そして、卵が破れないように慎重に動かし、チキンライスに乗せたところで、颯爽とアーニャが現れた。
「見た目に寄らず、あんた意外にやるわね! 半熟卵がトロトロじゃない! 久しぶりのせいかしら、今までで一番トロトロに見えるわ!」
料理に集中していたジルがビクッと驚くなか、エリスをため息をこぼす。
「アーニャさん。卵を焼く前から覗いてたの、私は気づいてましたよ」
「……悪かったわね。気になって仕方がなかったのよ」
大人として恥ずかしい行動だと自覚していたのか、妙に素直なアーニャなのであった。
普段からアーニャの家に来て、身の回りの世話をしているエリスは手慣れている。買い物袋から食材を取り出したり、昨日使ったであろう食器を洗ったり、冷蔵庫から食材を取り出したり……したところで、ジルは妙な光景を目の当たりにして、冷蔵庫の中を確認する。
ジルは、絶句した。
「アーニャさんたちは偏食だから、冷蔵庫の中を見ても、オムライスの材料しか入ってないよ」
一段目に卵がズラーーーッ! と並んでいて、二段目に鶏肉がビッシーーーッ! と置かれ、三段目にタマネギがゴロゴロゴロッ! と入っていた。当然、冷蔵庫の横側には、何本ものケチャップがドスドスドスッ! と刺さっている。
ジルは、そっと冷蔵庫の扉を閉めた。
「アーニャお姉ちゃんたちは、オムライスしか食べないの?」
「朝と昼はパンを食べてるみたいけど、夜はオムライスじゃないとダメなんだって。違うものを提案したら、二人に怒られちゃうんだよね。そういうところは、姉妹そっくりだから」
「よくオムライスばかり食べてて、飽き……」
「コラッ、オムライスの悪口は言っちゃダメって言ったでしょ。アーニャさんもルーナちゃんも元々冒険者で、身体能力が高いの。いつどこで聞いてるかわからないんだから、気を付けてよね」
ウンウンと頷いたジルを見て、エリスは米を研ぎ、土鍋でご飯を炊く準備を。ジルは机に置かれた野菜を切り、トマトソースを作り始める。
「ルーナお姉ちゃんも冒険者なんだ。優しそうな人なのに」
「確かに、ルーナちゃんは冒険者に見えないかもね。元々アーニャさんは暴れん坊で、ルーナちゃんは優しい女の子として有名なの」
「アーニャお姉ちゃんも優しいと思うけど」
「ふーん。ジルは女の子を見る目があるのかもしれないね。アーニャさんは人と話すことが苦手なだけで、私も優しい人だと思うよ」
「ちょっと怖いところもあるけど……、でも、でもね! すっごいオムライスに詳しいんだよ! あんなこと話してくれたの、アーニャお姉ちゃんしかいなかったもん! 絶対に良い人だと思うの!」
良い人の基準が料理好きというジルに、女の子を見る目はない。
「最近はアーニャさんも錬金術の活動ばかりだし、暴れん坊な噂は減ってきたかな。今はルーナちゃんのことで頭がいっぱいのはずだし、もっと他にも手伝うことができたらいいんだけど」
「そういえば、ルーナお姉ちゃんって、足が動かないの? 手は動いてたけど、さっき動けないって……」
「うーん、あれは二年くらい前だったかな。魔物の呪いにかかったみたいでね、ルーナちゃんの体は足から石化するようになっちゃったの。まだ完全に石化したわけじゃないと思うんだけど、起き上がるのが怖くなっちゃったみたいで……」
呪いという言葉にピクッと反応して、ジルの手が止まった。
「もしかして、僕と一緒だったの?」
しまった、と思いつつ、エリスは土鍋に火をつける。
「あー……うん。呪いの種類が違うけどね。でも、アーニャさんがポーションを調合してくれているから。この街に滞在しているのも、呪いに効果のある月光草っていう薬草を取りに行きやすい街で、拠点に選んだんだって」
強力な呪いを付与されたジルの方が重かった、なんて口が滑っても言えないエリスである。しかし、ルーナが呪いに侵蝕されていることは事実であり、気安く「大丈夫だから」とも言えなかった。
だが、呪いで苦しんでいたジルは違う。ルーナが呪いに蝕まれているという事実だけが、頭の中を駆け巡る。
――僕の呪いが解けたのは、アーニャお姉ちゃんが呪いを解くポーションをくれたって……。
呪いを解くためにポーションを作り続けるアーニャと、呪いで苦しむルーナの関係を聞かされたジルは、心の整理が追いつかなかった。
アーニャが譲ってくれたポーションで自分の呪いが解けたのに、まだルーナの呪いは解けていない。その不可解な事実だけが頭の中をグルグルとまわり、ジルを混乱させる。
「今の話は内緒だからね。誰にも言っちゃダメだよ」
ふと、現実に引き戻されるかのようにエリスの声が聞こえ、ジルは考えることをやめた。
「……うん、言わない!」
今はアーニャとルーナにオムライスを作る、それだけを頑張ればいい。色々考えてしまえば、またエリスにも心配をかけることになるから。
「錬金術の試験が終わったら、たまにはジルも一緒に、ルーナちゃんに会いに来ようね。話し相手になってあげてほしいし、おいしいオムライスを作ってあげたら、きっと喜ぶと思うから」
「うん!」
互いにアーニャとルーナを喜ばせることで話がまとまると、ジルはトマトソース作りを再開する。
トマトを湯剥きでツルンッと皮を取り除いた後、微塵切りに切っておいたタマネギとニンニクをオリーブオイルで炒めていく。
焦がさないように手早く混ぜるジルを見て、エリスは感心した。
「本当にジルは料理が上手になったよね。料理してる姿なんて見たことなかったのに、私よりも上手なんだもん」
「えへへ。そうかな」
褒められてご満悦になりながら、完熟トマトとバジルを入れ、パラパラと塩を降り入れる。流れるような動きで行う姿に、迷いは見えない。
「煮詰まるまで時間がかかるから、ちょっと待っててね。後はトマトの水分を飛ばして、調整するだけなの」
***
エリスが作っていたご飯が炊きあがると同時に、ジルのトマトソース作りも終わった。
待っている間に炒めておいた具材とご飯を合わせ、ジルは手早くチキンライスを作っていく。その後ろで、コッソリとトマトソースを味見したエリスは、こういう感じね、と納得するように頷いている。
出来上がったチキンライスを皿に盛り付けた後、ジルは卵を半熟になるように焼いていく。そして、卵が破れないように慎重に動かし、チキンライスに乗せたところで、颯爽とアーニャが現れた。
「見た目に寄らず、あんた意外にやるわね! 半熟卵がトロトロじゃない! 久しぶりのせいかしら、今までで一番トロトロに見えるわ!」
料理に集中していたジルがビクッと驚くなか、エリスをため息をこぼす。
「アーニャさん。卵を焼く前から覗いてたの、私は気づいてましたよ」
「……悪かったわね。気になって仕方がなかったのよ」
大人として恥ずかしい行動だと自覚していたのか、妙に素直なアーニャなのであった。
1
あなたにおすすめの小説
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる