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第一章
第30話:アーニャ、丸くなる
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ジルが初めてポーションを作り、正式に錬金術師と認められた日から、一週間が経過した朝のこと。
いつも通りエリスと一緒に手を綱ぎ、錬金術ギルドへ向かうと、ギルドの扉を開けようとするアーニャを見つけた。
人見知りのジルは、エリスが手を繋がないと歩けないほど、外が怖い。しかし、懐いている人を見つけると、エリスの手を離れ、トコトコトコッと走り出し、抱きつく癖が生まれている。
「アーニャお姉ちゃん、おはよう」
不意に近づいてくる人間を、元々冒険者のアーニャが気づかないわけもない。構えるほど強い相手でもないため、名前を呼ばれてもそのまま突っ立っているだけ。
勢いを落とすことなく突っ込むジルは、アーニャの側方に抱きつく。受け身の姿勢を取らないアーニャは棒立ちであり、破壊神と恐れられるほどの力を持っているため、それはもう、壁のような存在なのだ。クッション性がなく、ふぎゅっ! とジルが情けない声をあげるほどで、抱きつく度に顔をぶつけていた。
そんなジルの扱いに慣れ始めたアーニャは、「はいはい」と軽くあしらう。頭を軽くポンポンッとすると、それが合図になっているのか、ジルはアーニャから離れた。
「ねえねえ、今日は何をしたらいい?」
一応、助手というポジションになったため、毎日ジルはアーニャに確認している。この一週間は、HP回復ポーション(小)を午前中に作り、午後は昼ごはんをアーニャの家で作った後、ルーナの話し相手になる、という内容の毎日。
同じことの繰り返しだったとしても、ジルはアーニャに文句の一つも言うことはなかった。
錬金術でエリスに褒められ、オムライスでアーニャに褒められ、他愛もない話でルーナが褒めてくれる。飴とムチの割合が合わず、甘えん坊な子供に育ってしまうのではないかと、エリスが懸念を始めるくらいには、あま~い生活の日々。もう少し厳しくしないと、なーんてエリスは思いつつも、弟が作り出すポーションの出来を見て……褒めずにはいられないのだった。この子は天才なんだと。
「低級ポーションを作る程度なら、失敗しないようになったみたいね」
「うん、昨日は全部成功したよ」
「知ってるわ」
天才錬金術師だと思う弟の話を、エリスは何度もアーニャにしてしまう。改めてジルが報告しなくても、アーニャの耳にタコができるくらい聞かされていた。
しかし、膨大なマナを扱うジルにとって、低級ポーションは作りにくい。気を抜くとすぐにマナを集めすぎて、失敗する傾向にあった。一週間も練習を続け、ようやくジルは細かいマナの扱いに慣れてきたところで、昨日はついに失敗することなくポーションを作り終えたのだ。
「そうね。じゃあ、今日は特別に私が教えてあげるわ。そろそろ作らなきゃいけないと思っていたものがあるのよ」
和やかなムードで話す二人を見ながら近づくエリスは、アーニャの表情の変化に気づき始めていた。
(アーニャさん、最近少し丸くなったよね。口調はあまり変わってないけど、雰囲気が違うもん。昔だったら、抱きついたジルに顔を赤くして、大声で叫んで怒っていたはず。意外に子供が好きだったのかな)
優しい顔をしているアーニャにエリスが見とれていると、不意に目線が重なる。
「エリス、Eランクの魔石って、ギルドに在庫があるわよね?」
アーニャの問いに、エリスは少し渋い顔をした。
「いっぱいありますけど、本当にジルと一緒で大丈夫ですか? 魔石を使うものって、攻撃系のアイテムを作るんですよね」
「練習用にEランクの魔石を使うんだし、危険は少ないわ。需要も多いアイテムなんだから、作れても損はないの。あまり過保護すぎると、弟に嫌われるわよ」
……弟に、嫌われる?
エリスの背筋に、ゾクッと悪寒が走る。それだけはやってはいけないと、体が警告を発するようだった。
こうしてはいられないと、エリスはギルドの中へピューーーッと消えていく。
「僕、エリスお姉ちゃんのこと、嫌いにならないよ?」
「私じゃなくて、本人に言ってあげなさいよ。このままだと、弟離れができないわ。今のエリスはね、あんたが初デートをすることがあれば、付き添いでついて来るタイプよ」
「ええ……。ぼ、僕にはまだ、デートなんて無理だよぉ……」
「そんなの知らないわよ。違う問題じゃない」
顔を赤く染めるジルと素っ気ないアーニャが、仲良くギルドの中へ入っていくのだった。
錬金術ギルドの中へアーニャたちが入っていった後、外にいた冒険者たちが騒ぎ始める。丸くなったアーニャの姿を見て、恐怖の象徴だった【破壊神】というイメージが、少しずつ変わろうとしていたのだ。
「アーニャさんって、あんなに優しそうな顔をするんだな。聞いていたイメージと違うんだが」
「二つ名に怯えすぎなんじゃないか? 一年前にポイズンバタフライが大量発生した際、在庫切れの毒消しポーションを大量に作ってくれたのは、アーニャさんだぞ。それも、わざわざ素材まで取りに行ってくれたらしい」
「冒険者で大金を稼いだはずなのに、錬金術ギルドで依頼を受けてるんだよな。なんか、俺たちのためにポーションを作ってくれてるような気がしてさ、悪く思えないんだよ」
冒険者時代に何度も人の命を助け、街や国を守り続けて、現在も現役の錬金術師として活躍。ツンツンした強気な態度と刺々しい口調に、【破壊神】という二つ名と黒い噂が加わり、アーニャは誤解されているだけにすぎない。
本当は優しい心を持っていると、冒険者たちも気づき始め……。
「でも、怖いんだよな……」
「前に礼を言ったら、ブチギレられたぜ……」
「目が合うだけで、チビりそうになるくらい睨まれるんだよ……」
アーニャの評価が変わるのは、まだまだ先のことかもしれない。人間の第一印象とは、なかなか変わらないものである。
いつも通りエリスと一緒に手を綱ぎ、錬金術ギルドへ向かうと、ギルドの扉を開けようとするアーニャを見つけた。
人見知りのジルは、エリスが手を繋がないと歩けないほど、外が怖い。しかし、懐いている人を見つけると、エリスの手を離れ、トコトコトコッと走り出し、抱きつく癖が生まれている。
「アーニャお姉ちゃん、おはよう」
不意に近づいてくる人間を、元々冒険者のアーニャが気づかないわけもない。構えるほど強い相手でもないため、名前を呼ばれてもそのまま突っ立っているだけ。
勢いを落とすことなく突っ込むジルは、アーニャの側方に抱きつく。受け身の姿勢を取らないアーニャは棒立ちであり、破壊神と恐れられるほどの力を持っているため、それはもう、壁のような存在なのだ。クッション性がなく、ふぎゅっ! とジルが情けない声をあげるほどで、抱きつく度に顔をぶつけていた。
そんなジルの扱いに慣れ始めたアーニャは、「はいはい」と軽くあしらう。頭を軽くポンポンッとすると、それが合図になっているのか、ジルはアーニャから離れた。
「ねえねえ、今日は何をしたらいい?」
一応、助手というポジションになったため、毎日ジルはアーニャに確認している。この一週間は、HP回復ポーション(小)を午前中に作り、午後は昼ごはんをアーニャの家で作った後、ルーナの話し相手になる、という内容の毎日。
同じことの繰り返しだったとしても、ジルはアーニャに文句の一つも言うことはなかった。
錬金術でエリスに褒められ、オムライスでアーニャに褒められ、他愛もない話でルーナが褒めてくれる。飴とムチの割合が合わず、甘えん坊な子供に育ってしまうのではないかと、エリスが懸念を始めるくらいには、あま~い生活の日々。もう少し厳しくしないと、なーんてエリスは思いつつも、弟が作り出すポーションの出来を見て……褒めずにはいられないのだった。この子は天才なんだと。
「低級ポーションを作る程度なら、失敗しないようになったみたいね」
「うん、昨日は全部成功したよ」
「知ってるわ」
天才錬金術師だと思う弟の話を、エリスは何度もアーニャにしてしまう。改めてジルが報告しなくても、アーニャの耳にタコができるくらい聞かされていた。
しかし、膨大なマナを扱うジルにとって、低級ポーションは作りにくい。気を抜くとすぐにマナを集めすぎて、失敗する傾向にあった。一週間も練習を続け、ようやくジルは細かいマナの扱いに慣れてきたところで、昨日はついに失敗することなくポーションを作り終えたのだ。
「そうね。じゃあ、今日は特別に私が教えてあげるわ。そろそろ作らなきゃいけないと思っていたものがあるのよ」
和やかなムードで話す二人を見ながら近づくエリスは、アーニャの表情の変化に気づき始めていた。
(アーニャさん、最近少し丸くなったよね。口調はあまり変わってないけど、雰囲気が違うもん。昔だったら、抱きついたジルに顔を赤くして、大声で叫んで怒っていたはず。意外に子供が好きだったのかな)
優しい顔をしているアーニャにエリスが見とれていると、不意に目線が重なる。
「エリス、Eランクの魔石って、ギルドに在庫があるわよね?」
アーニャの問いに、エリスは少し渋い顔をした。
「いっぱいありますけど、本当にジルと一緒で大丈夫ですか? 魔石を使うものって、攻撃系のアイテムを作るんですよね」
「練習用にEランクの魔石を使うんだし、危険は少ないわ。需要も多いアイテムなんだから、作れても損はないの。あまり過保護すぎると、弟に嫌われるわよ」
……弟に、嫌われる?
エリスの背筋に、ゾクッと悪寒が走る。それだけはやってはいけないと、体が警告を発するようだった。
こうしてはいられないと、エリスはギルドの中へピューーーッと消えていく。
「僕、エリスお姉ちゃんのこと、嫌いにならないよ?」
「私じゃなくて、本人に言ってあげなさいよ。このままだと、弟離れができないわ。今のエリスはね、あんたが初デートをすることがあれば、付き添いでついて来るタイプよ」
「ええ……。ぼ、僕にはまだ、デートなんて無理だよぉ……」
「そんなの知らないわよ。違う問題じゃない」
顔を赤く染めるジルと素っ気ないアーニャが、仲良くギルドの中へ入っていくのだった。
錬金術ギルドの中へアーニャたちが入っていった後、外にいた冒険者たちが騒ぎ始める。丸くなったアーニャの姿を見て、恐怖の象徴だった【破壊神】というイメージが、少しずつ変わろうとしていたのだ。
「アーニャさんって、あんなに優しそうな顔をするんだな。聞いていたイメージと違うんだが」
「二つ名に怯えすぎなんじゃないか? 一年前にポイズンバタフライが大量発生した際、在庫切れの毒消しポーションを大量に作ってくれたのは、アーニャさんだぞ。それも、わざわざ素材まで取りに行ってくれたらしい」
「冒険者で大金を稼いだはずなのに、錬金術ギルドで依頼を受けてるんだよな。なんか、俺たちのためにポーションを作ってくれてるような気がしてさ、悪く思えないんだよ」
冒険者時代に何度も人の命を助け、街や国を守り続けて、現在も現役の錬金術師として活躍。ツンツンした強気な態度と刺々しい口調に、【破壊神】という二つ名と黒い噂が加わり、アーニャは誤解されているだけにすぎない。
本当は優しい心を持っていると、冒険者たちも気づき始め……。
「でも、怖いんだよな……」
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