【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ

文字の大きさ
86 / 99
第二章

第86話:一つの疑惑が浮上する

しおりを挟む
 物々しい雰囲気に街が包まれた、三日後の朝。出歩く人はおらず、店や市場が開かれていないこともあり、街全体が静まり返っていた。

 朝から一人も視界に映らない外の景色を、ルーナは神妙な面持ちで眺めている。

(なんだろう、今日は変な気がする。この街に二年もいるのに、こんなにも静かなのは初めて……)

 石化した足の影響でベッドから起き上がれないルーナは、限られた情報しか入ってこない。特に最近は、エリスにポーチ作りがバレないように話題を気を付けていることもあって、平凡な会話をしてばかり。外の情報を多くくれるエリスから、有益な情報を遮断してしまっていた。

 ソワソワと落ち着かないまま過ごしていると、不意に、家の中で物音が聞こえてくる。ゆっくり近づいてくる足音に意識を向けていると、部屋の扉が開かれた。

「ルーナちゃん、ただいま。今日のお昼は何が食べたい?」

 何食わぬ顔でやって来たエリスは、いつもより帰りが早い。そして、いつもの光景が見当たらなかった。

「ジルくんはどうしたんですか? 今日も一緒に錬金術ギルドへ行きましたよね?」

 ルーナお姉ちゃ~ん、と言いながら飛び込んでくる、ジルがいないのだ。異様に静かな街並みに、平凡な日常に訪れた小さな変化を感じ、ルーナは異変を察する。

 街が何かの脅威にさらされている、と。

「止めはしたんだけど、アーニャさんについていくって、ジルが言うことを聞かなくて。たまにあるんだよね、妙に我が儘になること」

 そう言いながら、ルーナに近づいたエリスは近くの椅子に腰を下ろす。

「何かあったんですか? 今朝から街が静かですよ」

「あぁー……、やっぱり気づくよね。街の近辺に魔草ラフレシアと魔封狼が住み着いたみたいで、特定環境破壊第二級に認定されちゃってね、冒険者に一斉招集がかかったの。変な心配を与えないようにって、アーニャさんに止められてたから、言わなかったんだよね」

 おかしい、そう感じたルーナは、キリッと表情が引き締まる。

(特定環境破壊第二級って、姉さんなら一人ですぐに終わらせることができるわ。多分、私でも一人でできるもの)

 とんでもないほどの規格外姉妹のなかでは、世間一般で危険視される基準が通用しない。そして、本当に一人で終わらせた実績がアーニャにはあった。

 四年前、最近暇なのよねー、と愚痴をこぼしていたアーニャは、ラフレシアと魔封狼が大規模繁殖した際に、嬉々とした表情で駆け付けたのだ。

 大地が毒で腐食し、冒険者たちが魔封狼に苦戦するなか、現場にいたギルドマスターに進言。全員を一時撤退させた後、ルーナと二人で向かい、一瞬で地形を変えた。

 一回やってみたかったのよ、地層落とし、などと意味わからないことを言い、フンッ! と大地に手を差し込むと、ゴゴゴッと地層を剥がした。何が書いてあるのかわからないと思うが、文字通り、アーニャは地層の塊を採取し始めたのだ。

 大地ごと引き剥がされるというアーニャの恐ろしい攻撃に、地中深く根を張っていたラフレシアは大混乱。次々に地層ごと採取され、ポイポイッと空中へ投げられた。

 これには、魔封狼も大混乱である。いきなり地面が揺れて地層が剥がされ、大きな落とし穴に叩きつけられたと思えば、頭上から地層の塊が落ちてくるのだ。絶対に逃げ場がないほど深い落とし穴に埋もれた魔封狼は、次々に地層に押し潰され、地面の中に埋もれていった。

 特定環境破壊第二級など関係ない、歩く環境破壊生物、それが破壊神アーニャなのである。

 なお、この件に関しては、冒険者ギルドにとても褒められた。偶然にも、地層を引き剥がしたことで毒地化した部分が埋もれたし、ミネラルが豊富な土壌に生まれ変わったから。現在、そこにはおいしい野菜が実る村ができたという噂である。

 そんな良い思い出(?)があり、簡単に終わらせることができる環境破壊第二級というイベントに、街が一丸となって協力していることがおかしい。ちょいちょいっとアーニャが出向いて、終わらせればいいだけなのだ。

「姉さんはどうしてるんですか? 急遽、ジルくんと一緒に月光草の採取に向かう必要があったとか?」

「アーニャさんは西門を防衛することになったの。ギルドマスターと話し合いをしてる時に、妙に嫌がってたみたいだったから、現場に行かないことになったんだよね」

「大地を破壊できると喜んでいた、の間違いじゃなくて?」

 二人のイメージするアーニャの温度差が、酷い。

「うん。ギリギリって歯を食いしばってたから、良い思い出がないんじゃないかなーと思ってたんだけど……、違った?」

 真剣な顔で向き合うルーナの表情が気になり、次第にエリスは不安になり始めていた。何かマズいことを言っちゃってるのかな、と。

「姉さんって、待つことが嫌いなんですよね。待ち合わせをしても、一分でも時間が遅れると怒るんですよ。それは相手が魔物でも同じで、情報の場所に魔物がいないと、巣穴を探して討伐に行きます。来るかもわからない魔物を待ち続けるなんて、絶対にあり得ませんよ」

 ルーナが知っているアーニャと、今まで自分が見てきたアーニャの姿が一致せず、エリスは違和感を覚える。そして、その違和感は今までにも何度かあった。

「もしかして、アーニャさんって魔除けのポプリを付けることはない?」

「見たことないですね。姉さんは魔除けのポプリを魔物並みに嫌っているので、冒険者ギルドから魔族の疑いがかかったくらいです」

「さすがに戦闘でジェムを使うことはあるよね?」

「一度も使ったことはありません。姉さんは魔力が湖のような規模でありますから、まず魔力切れを起こさないので」

「結界石を使うことは?」

「夜の方が魔物が強くて喜ぶような人ですよ。一人で歩き進めて、魔物を蹴散らすと思います」

 ジーッと目を見つめ合う二人は、互いに何を言っているのか理解できなかった。アーニャの話をしているはずなのに、別人のような印象を持ってしまう。

 しかし、二人ともアーニャとは付き合いが長く、気を許し合う仲である。一度疑い始めると、おかしいと思うことが次々と頭に思い浮かぶ。

 そして、互いに一つの結論を導き出し、同時に呟いた。

「姉さん、弱くなってる?」

「アーニャさん、戦えない?」

 奇しくも、西門をアーニャが一人で防衛しているなか、ずっと隠し続けてきたことが気づかれてしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...