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第二章
第88話:意地っ張りなアーニャ2
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魔封狼が近づいてくると同時に、アーニャは門から離れる。
開きっぱなしの門の近くで戦えば、街へ侵入されてしまう。それだけは避けないと、とんでもない事態になる。
実際に、魔封狼が一匹入っただけで、街が大きく衰退するほど壊れた都市がある。障害物の多い森で過ごすウルフたちにとって、街は戦闘しやすいフィールドでしかないのだ。
険しい表情で魔封狼を睨み付けるアーニャは、ミスリルで作られた愛剣をマジックポーチから取り出し、両手で持って武器を構えた。
(魔力が封印されているとはいえ、今まで魔物討伐を繰り返してきた経験がある。身体強化魔法は使えないし、魔力を消費して剣の切れ味を鋭くすることもできないけど、追い返すくらいは……)
初めてアーニャの戦う姿を外壁の上から眺めるエリスは、ルーナの言葉を思い出す。
『魔封狼を片手で倒せるくらい、姉さんは強いの。剣で戦うなんてあり得ないよ』
弱体化疑惑が浮上したアーニャの情報を聞かされたエリスは、自分が見ている景色と比べ合わせていた。そして、それを証明するかのように、魔封狼が駆け出す。
瞬間的にトップスピードまで到達する魔封狼は、自慢の牙を活かして噛みつこうと飛びかかった。
完全に意表を突かれてたものの、数多の戦闘経験があるアーニャは、ギリギリのタイミングで攻撃を受け流す。
迫りくる魔封狼の体感速度が、今までの比ではない。速すぎてブレる魔封狼が目で追いきれず、反射的に体が動いて、やり過ごせただけだった。
ある意味では、わざと紙一重に攻撃をかわしたように見えるけれど、外壁で見守るエリスはそこを見ていない。
『もし剣を使ったとしても、両手持ちはしない。姉さんの左手は、魔法を使うためにあるの」
脳内でルーナの声が鳴り響くエリスは、胸の奥でザワザワとした不安が広がる。その傍では、弱体化したことを知っているジルが、胸の前で両手を重ねてアーニャの無事を願っていた。
そして、疑惑が確証に変わる出来事が起こり、エリスは目を細める。アーニャが剣を地面に突き刺し、牽制するために多くのジェムを使ったのだ。
魔法でできた剣が次々に魔封狼へ襲いかかると、ヒットはするものの、弾かれてしまう。魔封狼にも打撃が入るため、まったく効果がないというわけではないのだが……。
『姉さんと私が大きく違うのは、魔法攻撃が強すぎるところなの。魔封狼でもアッサリと貫通するほど強力だから、身体強化魔法しか使わないはず。素材が残らなくなっちゃうから』
目を細めたエリスは、アーニャの手元からこぼれ落ちるジェムの粉末を見て、確信する。
今のアーニャさんは、戦闘ができない理由がある。非常事態に陥ったとしても言い出せない、ずっと隠し続けようと思うほどの、何かが……。
苦虫を噛み締めるように険しい表情を浮かべるアーニャを見て、エリスはポケットに入れてきた小さな三つの玉を取り出した。
「エリスお姉ちゃん? どうしたの?」
「さっきルーナちゃんと話してたんだけど、アーニャさんの様子がおかしいの。多分、ルーナちゃんと一緒に魔物の呪いがかけられているんだと思う。でも、アーニャさんってば、意地っぱりだから言えなかったのよ。月光草の採取へ行ったとき、ジルは気づかなかったの?」
当然、アーニャからしっかりと説明してもらったジルは知っている。ただ、アーニャとは言わない約束をしているわけであって……。
「……うん? 知らないよ?」
誤魔化すことにしたのだが、弟の嘘なんてエリスは一瞬で見抜いてしまう。
「気づいていたのなら言いなさい!! アーニャさんが死ぬかもしれないのよ!」
こんな非常事態に陥っていなければ、もっとエリスも優しく叱っただろう。しかし、現実は甘くない。一歩間違えれば、アーニャが死ぬだけでは済まされないのだ。この街の多くの人間が犠牲になる、大事件に加担することになる。
アーニャと約束してたから、なんて言い訳は通用しない。
しゅん、と落ち込んだジルを無視して、エリスはタイミングを見計らい、小さな玉を上空へ投げた。すると、ピカーッ! と一秒ほど激しい光が当たりを照らす。
エリスが投げたのは、錬金術で作ることができる、強い光を放つ閃光弾。四足歩行のウルフは、身長が高い人間に襲い掛かるときに必ず見上げなければならないため、ウルフ系の魔物討伐に有効と言われる対策、目潰しであった。
魔法が利かない魔封狼に直接ダメージを与えるわけではないが、視界に写る強い光は効き目がある。一時的に視力を失うほどの大きな状態異常に陥り、アーニャを見失った。
これには、さすがのアーニャも察する。やばいわね、弱体化したことを感づかれてるわ、と。
とはいえ、魔封狼と戦闘が始まった以上、このままノコノコと帰るわけにはいかない。エリスが作ってくれたチャンスを活かして、押しきるしかない!
地面に剣を突き刺したアーニャは、マジックポーチからポーションを取り出す。
魔封狼の攻撃を受け流す衝撃に耐えきれず、手が痙攣を始めていたのだ。ポーションを飲むタイミングがなく、いつ剣を落とすかヒヤヒヤしていた。
震える手を動かし、ポーション瓶をキュポンッと開けた、その時だ。アーニャの視界に映っていた魔封狼が、ポーション瓶の音に反応して、襲い掛かってくる!
剣を振り回す力が残っていないアーニャは、ポーションを飲む暇すら与えてくれない魔封狼に、無理やりジェムで応戦するしかなかった。そして、マジックポーチに手を入れて、アーニャは初めて気づく。
(まさか、在庫切れ!? 手の痙攣をカバーするために使いすぎ……いや、まだ一つだけある、けど)
不穏な魔力を放つジェムに、アーニャは下唇を噛み締める。
失敗……それは誰にでもあり、百個もジェムを作れば、アーニャもいくつか失敗する。これまで品質の良いジェムを手早く作ったジルは責められないし、頼りすぎたアーニャにも非がある。
新米錬金術師のジルが作ったジェムの確認作業を怠り、使い続けてきたのだから。
しかし、失敗したジェムであろうと、生き残る可能性がゼロではない。Cランクの魔石であれば、僅かに魔法が顕現するだろう。魔法の剣で魔封狼の攻撃を受け流し、瞬時にポーションを飲んで回復すれば、まだ生きられる。
「ここで死ぬわけにはいかないの。まだやり残したことがあるんだから!」
マジックポーチからジェムを取り出したアーニャは、震える手を必死に押さえ、飛びかかってくる魔封狼に向けてジェムを割る。パリンッと手元で鳴った瞬間、魔法の剣が出てくる……はずだった。
ガオォォォォウッ!
が、実際に出てきたのは、襲い掛かってきた魔封狼を迎撃するかのように、表皮にマグマを纏う魔物、マグマウルフが出現。
魔封狼より倍以上も大きい体格を持ち、圧倒的な熱量で敵を溶かす、火山地帯にしか生息しないBランクの魔物で、まともにぶつかり合った魔封狼をマグマで飲み込み、瞬時に撃退していた。
「はぇ?」
予想外の事態に状況が把握できないアーニャは、自分の手元を確認する。
震える手の中にパラパラとした粉末があり、ジェムの材料であることは明らか。マグマウルフから爛れ落ちるマグマが視界に映っても熱さを感じないのは、召喚した魔物がアーニャのコントロール化にあるためであって……。
次第に頭の中で目の前の出来事が整理されていくと、アーニャは一つの結論にたどり着く。この現象が起こせる錬金術のアイテムを、アーニャは知っているのだ。
近年の錬金術師では制作者が現れず、マジックアイテムに指定されたジェムの上位変換、クリスタル。魔物の魔力とマナを融合させるという高難易度の錬金術で、冒険者として旅をしたアーニャでも初めて見るほどの稀少なアイテムになる。
そんなアイテムができるはずもない、そう否定するのは簡単だが……、目に映る現実が否定する。
何度もアーニャの予想を超えることばかりを起こし、自分よりも優れた錬金術であるジルなら、作ってもおかしくはない、と。
そして、それを証明するように、クリスタルに含まれていた魔力が消失し、マグマウルフが虚空へと消えていった。
信じられない光景を目の当たりにしたアーニャは、膝から崩れ落ちる。まだダメージが残る痙攣した腕を振るわせ、ポツリと呟いた。
「いつの間にクリスタルを作ってたのよ。しかもこれ、Bランクの魔石じゃない。大事なことは、ちゃんと報告しなさいよ。バカ」
開きっぱなしの門の近くで戦えば、街へ侵入されてしまう。それだけは避けないと、とんでもない事態になる。
実際に、魔封狼が一匹入っただけで、街が大きく衰退するほど壊れた都市がある。障害物の多い森で過ごすウルフたちにとって、街は戦闘しやすいフィールドでしかないのだ。
険しい表情で魔封狼を睨み付けるアーニャは、ミスリルで作られた愛剣をマジックポーチから取り出し、両手で持って武器を構えた。
(魔力が封印されているとはいえ、今まで魔物討伐を繰り返してきた経験がある。身体強化魔法は使えないし、魔力を消費して剣の切れ味を鋭くすることもできないけど、追い返すくらいは……)
初めてアーニャの戦う姿を外壁の上から眺めるエリスは、ルーナの言葉を思い出す。
『魔封狼を片手で倒せるくらい、姉さんは強いの。剣で戦うなんてあり得ないよ』
弱体化疑惑が浮上したアーニャの情報を聞かされたエリスは、自分が見ている景色と比べ合わせていた。そして、それを証明するかのように、魔封狼が駆け出す。
瞬間的にトップスピードまで到達する魔封狼は、自慢の牙を活かして噛みつこうと飛びかかった。
完全に意表を突かれてたものの、数多の戦闘経験があるアーニャは、ギリギリのタイミングで攻撃を受け流す。
迫りくる魔封狼の体感速度が、今までの比ではない。速すぎてブレる魔封狼が目で追いきれず、反射的に体が動いて、やり過ごせただけだった。
ある意味では、わざと紙一重に攻撃をかわしたように見えるけれど、外壁で見守るエリスはそこを見ていない。
『もし剣を使ったとしても、両手持ちはしない。姉さんの左手は、魔法を使うためにあるの」
脳内でルーナの声が鳴り響くエリスは、胸の奥でザワザワとした不安が広がる。その傍では、弱体化したことを知っているジルが、胸の前で両手を重ねてアーニャの無事を願っていた。
そして、疑惑が確証に変わる出来事が起こり、エリスは目を細める。アーニャが剣を地面に突き刺し、牽制するために多くのジェムを使ったのだ。
魔法でできた剣が次々に魔封狼へ襲いかかると、ヒットはするものの、弾かれてしまう。魔封狼にも打撃が入るため、まったく効果がないというわけではないのだが……。
『姉さんと私が大きく違うのは、魔法攻撃が強すぎるところなの。魔封狼でもアッサリと貫通するほど強力だから、身体強化魔法しか使わないはず。素材が残らなくなっちゃうから』
目を細めたエリスは、アーニャの手元からこぼれ落ちるジェムの粉末を見て、確信する。
今のアーニャさんは、戦闘ができない理由がある。非常事態に陥ったとしても言い出せない、ずっと隠し続けようと思うほどの、何かが……。
苦虫を噛み締めるように険しい表情を浮かべるアーニャを見て、エリスはポケットに入れてきた小さな三つの玉を取り出した。
「エリスお姉ちゃん? どうしたの?」
「さっきルーナちゃんと話してたんだけど、アーニャさんの様子がおかしいの。多分、ルーナちゃんと一緒に魔物の呪いがかけられているんだと思う。でも、アーニャさんってば、意地っぱりだから言えなかったのよ。月光草の採取へ行ったとき、ジルは気づかなかったの?」
当然、アーニャからしっかりと説明してもらったジルは知っている。ただ、アーニャとは言わない約束をしているわけであって……。
「……うん? 知らないよ?」
誤魔化すことにしたのだが、弟の嘘なんてエリスは一瞬で見抜いてしまう。
「気づいていたのなら言いなさい!! アーニャさんが死ぬかもしれないのよ!」
こんな非常事態に陥っていなければ、もっとエリスも優しく叱っただろう。しかし、現実は甘くない。一歩間違えれば、アーニャが死ぬだけでは済まされないのだ。この街の多くの人間が犠牲になる、大事件に加担することになる。
アーニャと約束してたから、なんて言い訳は通用しない。
しゅん、と落ち込んだジルを無視して、エリスはタイミングを見計らい、小さな玉を上空へ投げた。すると、ピカーッ! と一秒ほど激しい光が当たりを照らす。
エリスが投げたのは、錬金術で作ることができる、強い光を放つ閃光弾。四足歩行のウルフは、身長が高い人間に襲い掛かるときに必ず見上げなければならないため、ウルフ系の魔物討伐に有効と言われる対策、目潰しであった。
魔法が利かない魔封狼に直接ダメージを与えるわけではないが、視界に写る強い光は効き目がある。一時的に視力を失うほどの大きな状態異常に陥り、アーニャを見失った。
これには、さすがのアーニャも察する。やばいわね、弱体化したことを感づかれてるわ、と。
とはいえ、魔封狼と戦闘が始まった以上、このままノコノコと帰るわけにはいかない。エリスが作ってくれたチャンスを活かして、押しきるしかない!
地面に剣を突き刺したアーニャは、マジックポーチからポーションを取り出す。
魔封狼の攻撃を受け流す衝撃に耐えきれず、手が痙攣を始めていたのだ。ポーションを飲むタイミングがなく、いつ剣を落とすかヒヤヒヤしていた。
震える手を動かし、ポーション瓶をキュポンッと開けた、その時だ。アーニャの視界に映っていた魔封狼が、ポーション瓶の音に反応して、襲い掛かってくる!
剣を振り回す力が残っていないアーニャは、ポーションを飲む暇すら与えてくれない魔封狼に、無理やりジェムで応戦するしかなかった。そして、マジックポーチに手を入れて、アーニャは初めて気づく。
(まさか、在庫切れ!? 手の痙攣をカバーするために使いすぎ……いや、まだ一つだけある、けど)
不穏な魔力を放つジェムに、アーニャは下唇を噛み締める。
失敗……それは誰にでもあり、百個もジェムを作れば、アーニャもいくつか失敗する。これまで品質の良いジェムを手早く作ったジルは責められないし、頼りすぎたアーニャにも非がある。
新米錬金術師のジルが作ったジェムの確認作業を怠り、使い続けてきたのだから。
しかし、失敗したジェムであろうと、生き残る可能性がゼロではない。Cランクの魔石であれば、僅かに魔法が顕現するだろう。魔法の剣で魔封狼の攻撃を受け流し、瞬時にポーションを飲んで回復すれば、まだ生きられる。
「ここで死ぬわけにはいかないの。まだやり残したことがあるんだから!」
マジックポーチからジェムを取り出したアーニャは、震える手を必死に押さえ、飛びかかってくる魔封狼に向けてジェムを割る。パリンッと手元で鳴った瞬間、魔法の剣が出てくる……はずだった。
ガオォォォォウッ!
が、実際に出てきたのは、襲い掛かってきた魔封狼を迎撃するかのように、表皮にマグマを纏う魔物、マグマウルフが出現。
魔封狼より倍以上も大きい体格を持ち、圧倒的な熱量で敵を溶かす、火山地帯にしか生息しないBランクの魔物で、まともにぶつかり合った魔封狼をマグマで飲み込み、瞬時に撃退していた。
「はぇ?」
予想外の事態に状況が把握できないアーニャは、自分の手元を確認する。
震える手の中にパラパラとした粉末があり、ジェムの材料であることは明らか。マグマウルフから爛れ落ちるマグマが視界に映っても熱さを感じないのは、召喚した魔物がアーニャのコントロール化にあるためであって……。
次第に頭の中で目の前の出来事が整理されていくと、アーニャは一つの結論にたどり着く。この現象が起こせる錬金術のアイテムを、アーニャは知っているのだ。
近年の錬金術師では制作者が現れず、マジックアイテムに指定されたジェムの上位変換、クリスタル。魔物の魔力とマナを融合させるという高難易度の錬金術で、冒険者として旅をしたアーニャでも初めて見るほどの稀少なアイテムになる。
そんなアイテムができるはずもない、そう否定するのは簡単だが……、目に映る現実が否定する。
何度もアーニャの予想を超えることばかりを起こし、自分よりも優れた錬金術であるジルなら、作ってもおかしくはない、と。
そして、それを証明するように、クリスタルに含まれていた魔力が消失し、マグマウルフが虚空へと消えていった。
信じられない光景を目の当たりにしたアーニャは、膝から崩れ落ちる。まだダメージが残る痙攣した腕を振るわせ、ポツリと呟いた。
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