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1・言葉よりも口づけで
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ぐったりと横たわるマリーツァの夜着を整え、リェフは後悔を苦く噛みしめた。
あんな風に彼女の初めてを奪うつもりじゃなかった。もっと優しくしてやりたかった。ただ、直接話したいだけだったのに、まるで自制できなかった。
マリーツァが話せるなら、自分には彼女の本心がわかるから――それで簡単に決着がつく話だったのに。
この異能の力を封じるのが、こんなにも簡単なことだとは思わなかった。
このまま、ずっとこんな風に過ごさなければならないのだろうか。
一生、マリーツァを疑いながら?
隣で寝息をたてる彼女の耳元でリェフは囁いた。
「私を愛しているか? 愛してくれるか、マリーツァ?」
無論、眠る彼女は答えない。
いいや――目を覚ましても答えない。答えられないのだ。
リェフは目の前が暗くなった。
マリーツァを失うかと思った絶望にも匹敵する苦しみだ。
異能で確かめなければ、自分はきっと他人を信じられないのだろう。こんな力欲しくなかったと、何度も思ったはずなのに。
リェフは顔を両手で覆った。
自分はなんて酷い人間なのだろう。
愛しているのに信じることができないなんて。
◇
「マリーツァの侍女だと?」
ロジオンの報告は奇妙なものだった。
マリーツァの侍女が単身でルニエダリーナへやってきて、リェフに面会を求めているという。
「そう、自分は小さいころから姫に仕えている侍女だ、って言ってる。名前はジーナ」
「そうだ。そんな名前の侍女がずっと側に居た筈だ」
会う場所がどこであれ、マリーツァの側にいたから、リェフも幾度となく顔を合わせたことがある。
「神霊探究院の方にいるから、会いにいくか?」
神霊探究院はルニエダリーナの王宮の一角に作られた塔のことで、異能の力に関する研究及び記録の保存をしている施設だ。異能は使い方によっては、人に害を及ぼすものもある。些細なものならば問題にされないが、危険な力は国によって管理、研究の対象なのだ。
「なぜ神霊探究院に?」
「念の為にってことでな。人に暗示をかける類の異能もあるだろ? お前の暗殺とか、本人が知らない内にそういう役目を負わされている可能性だってあるからな」
「そうか。……わかった、ともかく会おう」
塔の一室、飾り気のない部屋でジーナに対面したリェフは困惑していた。
彼女は、記憶の中とはまるで様子が違う。豊かだった黒髪は短く切られ、肌は青く、痩せこけ面影がない。これではロジオンが警戒するのも当然だ。
「ジーナだったな。何があった」
早速リェフが問うと、ジーナは深々と頭を下げた。
「リェフ様……まずはお礼申し上げます。マリーツァ様を助けてくれてありがとうございました」
固い声音からは嘘は感じられない。心からジーナはリェフに感謝しているのが分かる。
だが、先日の夜を思い出し、苦い感情がこみ上がってくる。
それを噛み殺し、リェフは重ねて尋ねた。
「なんのことだ? 私は彼女を攫った男だぞ」
国の兵を使って、他国へ嫁ぐはずの姫を攫ったのだ。
偽装はしたが、ばれたらラードゥガラーから攻められても当然の事をしでかした。
ジーナは真っ直ぐリェフを見つめ、恐ろしい事実を告げる。
「姫様は……っ、マリーツァ様は父君に毒を飲まされ声を失ったのです」
「なんだと?」
反射的に問い返したが、異能の力で瞬時に理解できた。ジーナは嘘をついていない。
だが、到底受け入れることは出来ない。
そんな馬鹿なことがあるか。
自分の娘の喉を焼いただと?
絶句しているリェフにジーナは続けていく。
「ラードゥガラーの王はラオフルスと組んで、このルニエダリーナを滅ぼすつもりなのです」
傍らに控えるロジオンに緊張が走る。
「マリーツァ様は王の目論見を知り、父君を説得しようと致しました。どうか止めてほしいと。けれど、王はまるで耳を傾けず、激怒なさり……姫に毒を飲まされたのです」
なぜ、と問おうとしてリェフは唇を噛んだ。
そんなのは当然、リェフへ知らせることのないように口封じに決まっている。
二国はマグノリアを縁として古くから同盟を結んでいる。言葉の真実を見抜くことのできるリェフの異能で判断するのでなければ、リェフ自身でさえ冗談だと一笑に付したかもしれない。
『マリーツァ……、私の力から逃げるために、自分で喉を焼いたのではないのか……?』
自分の発言を思い出して目眩がした。
我ながら、なんて酷いことを言ったのだろう。罪悪感で吐き気がする。
リェフは、内心の動揺を隠して、ジーナに
「……お前はどうしたんだ。その姿は? どうしてマリーツァのそばにいなかった?」
尋ねた。
「わたくしは寝込んだ姫様の世話を仰せつかっておりましたが、ラオフルスへ同盟の証として姫様が嫁がされると知って、リェフ様に助けを求めにくるつもりだったのです。……が、捕まってラオフルスへ奴隷として売られかけました。隙を見て逃げ出せたのは誠に幸いでした」
リェフは顔を歪めた。内心の衝撃は大きい。
見目の良い者が奴隷として売られることのないように、ラードゥガラーもルニエダリーナも人心売買を禁止してきた。建国以来の国法だというのに、あっさりと破られるとは。
ラードゥガラー王の変節はもはや間違いない。
「マリーツァのために苦労してくれたのだな。感謝する」
「いいえ、マリーツァ様の乳母はわたくしの母、恐れ多くも姫様を妹のように思ってまいりました。感謝など……」
ジーナは苦し気に胸を押さえた。そして、言葉を重ねていく。
「レオフルス王は、ただ妖精の血が欲しいだけなのです。ラードゥガラー王は甘い言葉に目が眩み、ご自分の国も妖精の王国であったことを忘れているのです。どうか、どうか……マリーツァ様を……そして、ラードゥガラーの民をお守りください、リェフ様」
リェフは瞑目して頷いた。
心からのマリーツァと国とを想う気持ちが言葉から伝わって来る。異能が無くともわかるだろうが、異能によって伝わる切実さは桁が違う。
「……養生してからでよい、またマリーツァの面倒を見てやってくれ」
「勿論。喜んで」
ジーナを下がらせると、リェフとロジオンは顔を見合わせた。
「まずいな。どうするリェフ、ラードゥガラーを警戒なんてしてこなかったから、国境線の警備なんてスカスカだぞ」
「確かにな」
二国の国境として認識されているユイール川の流れは緩やかで、橋も多く渡河には苦労しない。
「今から砦を築いても間に合わないだろうし。どうしたもんかなあ……」
「後ろにラオフルスがいるなら、そちらを叩かないと無駄だろうな」
ロジオンが嫌そうに顔をしかめた。
「おい、リェフ、はっきり言っとくけどな、長期戦は無理だぞ。国庫がもたない」
「分かっている。ラードゥガラーも単独でなら決して仕掛けなかっただろうな」
ルニエダリーナもラードゥガラーも決して大国ではない。二国の国力はさほど変わらず、今までずっと均衡を保ってきた。
「はーくそっ。向こうは一体何を考えているんだろうな」
「そんなの分かるわけない。聞いてみなければ」
「あのな、ラードゥガラー王のところになんか、危なくってお前を行かせられないからな。念の為にいっておくけど!」
目を吊り上げロジオンが怒鳴る。
「分かっている……」
分かってはいるが、異能の力を使えば疑問などすぐに解消できるのに、とやはりリェフは思ってしまう。
「これだから、私は駄目なのか……」
自省というよりは自分への呆れが思わず零れる。忌避しているのに、面倒事があると異能の便利さに縋りたくなってしまう。
「リェフ、お前みたいな異能の無い連中は、みんな手さぐりでやってくしかないんだからな。適当な理由にかこつけて使者を送ってみるが、誰を選ぶにしろ信用してやれよ」
窘める物言いも、裏表がないのが分かるから腹は立たない。リェフは頷いた。
「人選は任せるし努力はする」
使者に選んだ人間の言葉の虚実は異能でわかっても、どう思考して、どう感じたのかまでは読めない。信用するには相当の努力が必要だが、それは仕方ないことだ。
「嘘かもしれないし本当かもしれない、でもなんだって聞いてみなきゃ分からない。なんでもそうさ。どれだけ相手を信じていいのかは、相手に自分がどれだけ信じられているかが、そのまま物差しになる。わかってんだろ?」
言外にマリーツァとのことを気遣われているのが分かって、リェフはむっつり黙り込んだ。
「………………努力はする」
◇
何度となく、ドアをノックしようとしては手を降ろすことを繰り返している。
マリーツァの部屋を訪れる覚悟を決めるのに、随分と時を必要とした。結局、夜も遅い。
もう眠っているかもしれない。そう、きっとそうだ――と言い聞かせるが、目前のドアの向こうからは灯りが漏れている。
「マリーツァ、まだ起きているのか」
逃げ出したがる足を抑え、リェフは意を決してドアを開けた。
と、机に向かっていたマリーツァがぱっと顔をあげ、こちらを見た。一瞬の内に複雑な感情が瞳を行き来したが、微笑みを向けてくれたことに安堵する。
立ち上がり、リェフの元へやって来るマリーツァに刺々しさはない。
だが、ジーナを下がらせ、二人きりになると室内の無言にリェフは怯えた。
「……何をしていたんだ?」
訊ねると、マリーツァは書きつけの散乱する机上を指差した。ジーナがペンと紙を用意したのだろう。
早く読むように身振りで急かされ手近な一枚を取りあげ、ざっと読んでいく。
「これは――」
ラードゥガラー王の侵略計画だった。詳しい計画が記されている訳ではない。この先、どんな風に戦いを起こし進めていくつもりなのか、大雑把な考えが書かれている。他に、ラードゥガラー王がレオフルスの誰と会ったか、何を話したか、今のラードゥガラーの兵力、記憶にある限りの情報を書きだしていたようだ。
マリーツァに目をやると、横でペンを走らせていた。
『お役に立ちますか?』
そう書かれた紙を見せられ、リェフは息を呑んだ。
「――っ」
説明がなくても、この書きつけから見て取れる。
マリーツァは自分の父ではなく、リェフを選ぶことにしたのだと。どれも偶然に知ることができるような情報ではない。積極的に役に立ちそうな情報を調べたに違いなかった。
だから――父王に逆らってでもリェフとルニエダリーナを守ることを選んだがために、喉を焼かれることになったのだ。
感情を噛み殺し、リェフはどうにか口を開いた。
「ありがとうマリーツァ。値千金の情報だ。助かる」
本当は抱きしめてその体を貪りたかった。
リェフの内心など知らないマリーツァはほっと息を吐くと、再び何ごとかを書いていく。
『はやく王に知らせて、対策をとるように進言して下さい』
マリーツァの流麗な手跡をじっと見つめ、リェフは頷いた。
「……ああ。……それから、先日はすまなかった」
笑えるほど頼りない声でも、どうにか絞り出すと、マリーツァがそっと手に触れてきた。
躊躇しながらも握り返せば、許すと云うように優しく握る手に力が込められる。
指から伝わる体温が愛しくて堪らなかった。
あんな風に彼女の初めてを奪うつもりじゃなかった。もっと優しくしてやりたかった。ただ、直接話したいだけだったのに、まるで自制できなかった。
マリーツァが話せるなら、自分には彼女の本心がわかるから――それで簡単に決着がつく話だったのに。
この異能の力を封じるのが、こんなにも簡単なことだとは思わなかった。
このまま、ずっとこんな風に過ごさなければならないのだろうか。
一生、マリーツァを疑いながら?
隣で寝息をたてる彼女の耳元でリェフは囁いた。
「私を愛しているか? 愛してくれるか、マリーツァ?」
無論、眠る彼女は答えない。
いいや――目を覚ましても答えない。答えられないのだ。
リェフは目の前が暗くなった。
マリーツァを失うかと思った絶望にも匹敵する苦しみだ。
異能で確かめなければ、自分はきっと他人を信じられないのだろう。こんな力欲しくなかったと、何度も思ったはずなのに。
リェフは顔を両手で覆った。
自分はなんて酷い人間なのだろう。
愛しているのに信じることができないなんて。
◇
「マリーツァの侍女だと?」
ロジオンの報告は奇妙なものだった。
マリーツァの侍女が単身でルニエダリーナへやってきて、リェフに面会を求めているという。
「そう、自分は小さいころから姫に仕えている侍女だ、って言ってる。名前はジーナ」
「そうだ。そんな名前の侍女がずっと側に居た筈だ」
会う場所がどこであれ、マリーツァの側にいたから、リェフも幾度となく顔を合わせたことがある。
「神霊探究院の方にいるから、会いにいくか?」
神霊探究院はルニエダリーナの王宮の一角に作られた塔のことで、異能の力に関する研究及び記録の保存をしている施設だ。異能は使い方によっては、人に害を及ぼすものもある。些細なものならば問題にされないが、危険な力は国によって管理、研究の対象なのだ。
「なぜ神霊探究院に?」
「念の為にってことでな。人に暗示をかける類の異能もあるだろ? お前の暗殺とか、本人が知らない内にそういう役目を負わされている可能性だってあるからな」
「そうか。……わかった、ともかく会おう」
塔の一室、飾り気のない部屋でジーナに対面したリェフは困惑していた。
彼女は、記憶の中とはまるで様子が違う。豊かだった黒髪は短く切られ、肌は青く、痩せこけ面影がない。これではロジオンが警戒するのも当然だ。
「ジーナだったな。何があった」
早速リェフが問うと、ジーナは深々と頭を下げた。
「リェフ様……まずはお礼申し上げます。マリーツァ様を助けてくれてありがとうございました」
固い声音からは嘘は感じられない。心からジーナはリェフに感謝しているのが分かる。
だが、先日の夜を思い出し、苦い感情がこみ上がってくる。
それを噛み殺し、リェフは重ねて尋ねた。
「なんのことだ? 私は彼女を攫った男だぞ」
国の兵を使って、他国へ嫁ぐはずの姫を攫ったのだ。
偽装はしたが、ばれたらラードゥガラーから攻められても当然の事をしでかした。
ジーナは真っ直ぐリェフを見つめ、恐ろしい事実を告げる。
「姫様は……っ、マリーツァ様は父君に毒を飲まされ声を失ったのです」
「なんだと?」
反射的に問い返したが、異能の力で瞬時に理解できた。ジーナは嘘をついていない。
だが、到底受け入れることは出来ない。
そんな馬鹿なことがあるか。
自分の娘の喉を焼いただと?
絶句しているリェフにジーナは続けていく。
「ラードゥガラーの王はラオフルスと組んで、このルニエダリーナを滅ぼすつもりなのです」
傍らに控えるロジオンに緊張が走る。
「マリーツァ様は王の目論見を知り、父君を説得しようと致しました。どうか止めてほしいと。けれど、王はまるで耳を傾けず、激怒なさり……姫に毒を飲まされたのです」
なぜ、と問おうとしてリェフは唇を噛んだ。
そんなのは当然、リェフへ知らせることのないように口封じに決まっている。
二国はマグノリアを縁として古くから同盟を結んでいる。言葉の真実を見抜くことのできるリェフの異能で判断するのでなければ、リェフ自身でさえ冗談だと一笑に付したかもしれない。
『マリーツァ……、私の力から逃げるために、自分で喉を焼いたのではないのか……?』
自分の発言を思い出して目眩がした。
我ながら、なんて酷いことを言ったのだろう。罪悪感で吐き気がする。
リェフは、内心の動揺を隠して、ジーナに
「……お前はどうしたんだ。その姿は? どうしてマリーツァのそばにいなかった?」
尋ねた。
「わたくしは寝込んだ姫様の世話を仰せつかっておりましたが、ラオフルスへ同盟の証として姫様が嫁がされると知って、リェフ様に助けを求めにくるつもりだったのです。……が、捕まってラオフルスへ奴隷として売られかけました。隙を見て逃げ出せたのは誠に幸いでした」
リェフは顔を歪めた。内心の衝撃は大きい。
見目の良い者が奴隷として売られることのないように、ラードゥガラーもルニエダリーナも人心売買を禁止してきた。建国以来の国法だというのに、あっさりと破られるとは。
ラードゥガラー王の変節はもはや間違いない。
「マリーツァのために苦労してくれたのだな。感謝する」
「いいえ、マリーツァ様の乳母はわたくしの母、恐れ多くも姫様を妹のように思ってまいりました。感謝など……」
ジーナは苦し気に胸を押さえた。そして、言葉を重ねていく。
「レオフルス王は、ただ妖精の血が欲しいだけなのです。ラードゥガラー王は甘い言葉に目が眩み、ご自分の国も妖精の王国であったことを忘れているのです。どうか、どうか……マリーツァ様を……そして、ラードゥガラーの民をお守りください、リェフ様」
リェフは瞑目して頷いた。
心からのマリーツァと国とを想う気持ちが言葉から伝わって来る。異能が無くともわかるだろうが、異能によって伝わる切実さは桁が違う。
「……養生してからでよい、またマリーツァの面倒を見てやってくれ」
「勿論。喜んで」
ジーナを下がらせると、リェフとロジオンは顔を見合わせた。
「まずいな。どうするリェフ、ラードゥガラーを警戒なんてしてこなかったから、国境線の警備なんてスカスカだぞ」
「確かにな」
二国の国境として認識されているユイール川の流れは緩やかで、橋も多く渡河には苦労しない。
「今から砦を築いても間に合わないだろうし。どうしたもんかなあ……」
「後ろにラオフルスがいるなら、そちらを叩かないと無駄だろうな」
ロジオンが嫌そうに顔をしかめた。
「おい、リェフ、はっきり言っとくけどな、長期戦は無理だぞ。国庫がもたない」
「分かっている。ラードゥガラーも単独でなら決して仕掛けなかっただろうな」
ルニエダリーナもラードゥガラーも決して大国ではない。二国の国力はさほど変わらず、今までずっと均衡を保ってきた。
「はーくそっ。向こうは一体何を考えているんだろうな」
「そんなの分かるわけない。聞いてみなければ」
「あのな、ラードゥガラー王のところになんか、危なくってお前を行かせられないからな。念の為にいっておくけど!」
目を吊り上げロジオンが怒鳴る。
「分かっている……」
分かってはいるが、異能の力を使えば疑問などすぐに解消できるのに、とやはりリェフは思ってしまう。
「これだから、私は駄目なのか……」
自省というよりは自分への呆れが思わず零れる。忌避しているのに、面倒事があると異能の便利さに縋りたくなってしまう。
「リェフ、お前みたいな異能の無い連中は、みんな手さぐりでやってくしかないんだからな。適当な理由にかこつけて使者を送ってみるが、誰を選ぶにしろ信用してやれよ」
窘める物言いも、裏表がないのが分かるから腹は立たない。リェフは頷いた。
「人選は任せるし努力はする」
使者に選んだ人間の言葉の虚実は異能でわかっても、どう思考して、どう感じたのかまでは読めない。信用するには相当の努力が必要だが、それは仕方ないことだ。
「嘘かもしれないし本当かもしれない、でもなんだって聞いてみなきゃ分からない。なんでもそうさ。どれだけ相手を信じていいのかは、相手に自分がどれだけ信じられているかが、そのまま物差しになる。わかってんだろ?」
言外にマリーツァとのことを気遣われているのが分かって、リェフはむっつり黙り込んだ。
「………………努力はする」
◇
何度となく、ドアをノックしようとしては手を降ろすことを繰り返している。
マリーツァの部屋を訪れる覚悟を決めるのに、随分と時を必要とした。結局、夜も遅い。
もう眠っているかもしれない。そう、きっとそうだ――と言い聞かせるが、目前のドアの向こうからは灯りが漏れている。
「マリーツァ、まだ起きているのか」
逃げ出したがる足を抑え、リェフは意を決してドアを開けた。
と、机に向かっていたマリーツァがぱっと顔をあげ、こちらを見た。一瞬の内に複雑な感情が瞳を行き来したが、微笑みを向けてくれたことに安堵する。
立ち上がり、リェフの元へやって来るマリーツァに刺々しさはない。
だが、ジーナを下がらせ、二人きりになると室内の無言にリェフは怯えた。
「……何をしていたんだ?」
訊ねると、マリーツァは書きつけの散乱する机上を指差した。ジーナがペンと紙を用意したのだろう。
早く読むように身振りで急かされ手近な一枚を取りあげ、ざっと読んでいく。
「これは――」
ラードゥガラー王の侵略計画だった。詳しい計画が記されている訳ではない。この先、どんな風に戦いを起こし進めていくつもりなのか、大雑把な考えが書かれている。他に、ラードゥガラー王がレオフルスの誰と会ったか、何を話したか、今のラードゥガラーの兵力、記憶にある限りの情報を書きだしていたようだ。
マリーツァに目をやると、横でペンを走らせていた。
『お役に立ちますか?』
そう書かれた紙を見せられ、リェフは息を呑んだ。
「――っ」
説明がなくても、この書きつけから見て取れる。
マリーツァは自分の父ではなく、リェフを選ぶことにしたのだと。どれも偶然に知ることができるような情報ではない。積極的に役に立ちそうな情報を調べたに違いなかった。
だから――父王に逆らってでもリェフとルニエダリーナを守ることを選んだがために、喉を焼かれることになったのだ。
感情を噛み殺し、リェフはどうにか口を開いた。
「ありがとうマリーツァ。値千金の情報だ。助かる」
本当は抱きしめてその体を貪りたかった。
リェフの内心など知らないマリーツァはほっと息を吐くと、再び何ごとかを書いていく。
『はやく王に知らせて、対策をとるように進言して下さい』
マリーツァの流麗な手跡をじっと見つめ、リェフは頷いた。
「……ああ。……それから、先日はすまなかった」
笑えるほど頼りない声でも、どうにか絞り出すと、マリーツァがそっと手に触れてきた。
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