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1・言葉よりも口づけで
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日は矢のように過ぎ、いつラードゥガラーが事を起こしても不思議ではない、そんな時期。リェフはマリーツァを連れて神霊探究院に赴いていた。
リェフがその到着を待ち焦がれていた異能の持ち主は、枯れ木のような老婆だった。背中が曲がっているせいでなおのこと小さく感じる。ただ、老いた外見にそぐわない、燃える明けの空のような色の眼差しが独特な力強さを湛えている。昔は美しかったのかもしれないと思った。
既にマリーツァの様子を老婆には一旦見てもらった。その後マリーツァを別室に移し、リェフとロジオンだけで老婆と向き合っている。
もしも、治せないと判断された場合のことを考えてだ。ぬか喜びをさせたくはない。
「どうなんだ。マリーツァの喉は治るのか」
リェフは単刀直入に尋ねた。老婆は慣れたことのようで、淡々と告げる。
「わしの異能を使えばね。どんな怪我や病も跡形もないさね」
全身の力がすっと抜けた。かと思えばみっともなく手が震えてくる。
(よかった……よかった……)
神に、いや、マグノリアの妖精たちに祈りたい気分だ。
「材料に誰かの……なるべく縁のある人間の、例えば親兄弟や愛する者なんかだね。それの寿命のいくらかが必要になる」
「……寿命、だと?」
「そう。払えないと云うのかい?」
マリーツァに兄妹はいない。母親は幼い頃に亡くしているし、父親は娘の喉を焼いて売った男だ。彼女のために、例え全てでないにしろ、命を差し出すだろうか。そうは思えない。
逡巡するリェフを映す老婆の瞳が怪しく光った。
「娘の一番愛する人間はだれだ? いや、娘を一番愛している人間は誰だ。それ以上の縁はないんだがね」
何もかも見通しているような老婆の紅い瞳を見据え、リェフは応えた。
「マリーツァをこの世で一番愛しているのは私だ、だが、命は差し出せない」
ロジオンが傍らで非難の声を上げようとするのを視線で制する。
「マリーツァを先に残して死ぬことはできないし、なにより国のことがある」
するりと出てきた自分の言葉は掛け値なしに本心だった。後半は無意識だったから、自分自身でも驚いた。王位なんて、どうでもいいような気がどこかでしていたのに。
老婆がにまりと口を笑みの形に歪める。
「じゃあ、異能の力と引き換えでもいい。あんた異能持ちだろう? わしには見えるよ。異能は人の命に匹敵する持ち物だから、支払いには十分だ。どうするね」
「そ――れなら……」
それで治るなら、と喉まで出かかったのにリェフは答えに詰まった。異能が無くなれば、言葉の虚実がわからなくなる。只の人間のように。
力のせいでうんざりしながら暮らしてきた。親にも疎まれ、殺されかけた。それなのに失うのがこんなに怖いなんて。
(政治的にも役にたつ力だ。今、こんな時期に失くすのは――)
せめて、ラードゥガラーとのことが済むまでは異能を手放したくない。
しかし、それがいつまでかかるか分からない。
リェフの勝手で、マリーツァの声を失わせたままでいいのか。
「丁寧な招きだったから、忠告してやるが、わしはそう長くはないだろうよ。そろそろ、迎えがくる予兆がある。ま、ここまで生きりゃ不満はないがね」
老婆が言った。それは真実、老婆が思っていることなのだとわかってしまった。
言外に決断を迫られ、リェフは苦悩する。
「リェフ、俺たちを見くびるなよ」
ロジオンの声にリェフは顔を上げた。
「ロジオン?」
ゆっくり言い聞かせるように、ロジオンが言葉を作る。
「お前の異能が無くても、俺たちはやっていける。そうだろ」
「っ!」
ロジオンが本気でそう思っているのがわかった。心から。だから、
「――わかった。私の異能でマリーツァの喉が治るなら、差し出そう」
そう云うことができた。
ロジオンに呼ばれてやってきたマリーツァは心細げな様子だ。事情を尋ねるかのように小首を傾げ、こちらの顔色を窺っている。どうも声を失くしてから、首を傾げるのが癖になったようだ。
「マリーツァ、隣へ」
緊張するマリーツァの手を引いて、長椅子に座らせる。
「今から喉を治してもらう」
告げると、マリーツァは大きな目を零れんばかりに見開いて、恐らく「治るのですか?」と口を動かした。
老婆が一体何者かすら説明していなかったので、驚いているようだ。
「ああ。この者が異能で治してくれる」
「さあ、始めるよ」
ありがたいことに老婆は余計なことを言わず、リェフとマリーツァの手をとり、自分の両の掌で挟んだ。
リェフが代償を支払うことは、マリーツァに知られなくていい。知らせたくない。
ぐっと老婆が手に力を籠める。特別な呪文の一つもないが、老婆の手の平を介して、体の中から何かが抜けマリーツァへ移っていく。
ああ、これで治った、とリェフは思った。いいや、体が理解した。
異能とはまるで奇跡的ではないのだ。
ただ、そうなる。
がくりとマリーツァが倒れ込むのを慌てて支える。
「マリーツァ!」
「魂が驚いたんだろう。身体の方はもう元通りさ。すぐに目を覚ますさね」
老婆には慣れたことのようだった。
「そう……か。お前には何か反動や、代償はないのか?」
くくっと肩を震わせ、老婆は紅いリェフに目を向ける。
「ひとところに住めない。それだけのことさ。存外あんだが思っている程、苦労はしてないよ。己の命を差し出すことを厭わない、という連中は少ないのさ。だからこそ自由でいられるというもんだがね」
確かに、どんな傷でも癒すという異能でも、発動に人の命が必要だというなら躊躇するのが大半だろう。
「感謝する。最期までお前が自由に生きられるよう、保障しよう。この国の王として」
リェフの礼に老婆は柔らかく目を細めた。
◇
頬を撫でられるくすぐったさにマリーツァは意識を取り戻した。
寝台のすぐ脇に座るリェフが、マリーツァの頬を優しく撫でている。何度か瞬きを繰り返すと視界が鮮明になった。見下してくるリェフの表情は、優しくも憂わしい。
「リェフ……」
大丈夫だと伝えたくて、自然に名前を呼んだ。
「マリーツァ…!」
「ちゃんと話せてる、わよ、ね?」
自分自身の声なのに、長い事聞いていなかったので不思議な感覚だ。
リェフを抱きしめたくて、マリーツァは寝台から身を起こす。
しかし伸ばした手が届く前に、リェフから軋むほどに強く抱きしめられた。
「リェフ、泣かないでちょうだい」
「泣いてなんかない」
マリーツァの首筋に顔を埋めたままリェフが言ったが、その声は震えている。背中を撫でながら、もう一度繰り返そうとして、
「泣かな――」
唇を啄ばまれた。
「泣いてなどいないと云ってるだろう」
両の手で顔を挟まれ、身動きの取れないマリーツァの唇をリェフが震える親指で何度もなぞる。
「本当によかっ…た、声が、戻って」
「ふ」
くすぐったくて開いた口に、今度はリェフの長い指が入ってきた。指で歯の裏側を撫でられ、唾液が口の端から零れていく。それでも、マリーツァは、長いことなすがままにされた。もうどこも痛くはないのだと、示すために。
「んぅ……う」
柔らかい場所を撫でられていると、なんだかムズムスしてしまう。
「物欲しげな顔だな」
言われて、マリーツァは顔が熱くなった。
「そんなこと……」
リェフはくすりと笑って指を引き抜くと、今度は深く唇を重ねてきた。
唾液を交換するように、深く舌を絡め取られる。初めての時のように怖くはない。
「はぁ……リェフ……は、ぁ……」
何度も唇を奪われている内に、マリーツァは淫らに体が火照ってきた。
「答えてくれマリーツァ。私が怖いか…?」
「いいえ…怖くない、わ。すき、好きよ」
口づけの合間に答えると、リェフの眼差しが熱を増す。
「頼むから、いやならそうだと言ってくれ。今なら――止められる」
「いやじゃないわ。いやだったら、もっと前に抵抗してるわ」
「加減はしてやれないからな」
寝台に押し倒され、ドレスを脱がされていく。
うっとりとリェフに見下され、マリーツァは顔を羞恥で赤く染めた。
「は、恥ずかしいからあんまり見ないで」
「聴こえないな」
「い、いじわる……!」
「こんなに綺麗なんだ、見惚れずにはいられないさ」
言いながら乳首を口に含まれ、強く吸われた。もう一方の乳房を揉みしだきながら、リェフは胸の突起を執拗に舌で愛撫していく。
「ふぁ……ん、あっ、ああ」
マリーツァの下肢の付け根は湿り、熱を帯びていく。どんどん追い込まれていく。自分の口から漏れる甘たるい声が恥ずかしく、指を噛んで堪えようとしたら腕を掴まれた。
「駄目だ。声を我慢しないでくれ。聞かせてほしい」
「そ、そんなこと言われても、恥ずかしいわ……」
「もっと君のいやらしい声が聴きたいんだ」
そう言うリェフの頭が足の間に沈んでいく。
とんでもない――と思う一方で、予想される快感にマリーツァは期待もしていた。
「あ、ああん!」
秘所を舐め上げられ、思わずマリーツァは甲高い声を上げた。とても堪えられそうにない。何度も舐められ、吸い上げられ、マリーツァは無意識に腰を揺らす。
蜜壺に舌を差し込まれ、内側を丹念に舐められ、ますます濡れていく。
「あ、ん、あぁ、あっ…あ――」
全身を痺れさせる快感にマリーツァは嬌声を上げ、体を弓なりに反らせた。
「可愛い声だ」
ニヤリと笑うとリェフは自身も裸になり、己の灼熱をマリーツァの秘部へあてがった。
すぐに突き入れようとはせずに、溢れた愛液をまぶすように先端のだけ出し入れを繰り返される。
こんなの耐えられない。マリーツァはリェフに縋りついた。
「はぁ、あ、リェフ、は、やく……」
「早く? どうして欲しい?」
こんな状態で焦らされて、羞恥心は遠く消えて行く。マリーツァは潤んだ瞳でリェフにねだった。
「は…やく、入れて……。突いて…」
「ああ、君が望むなら」
腰を進められ、奥深くにまでリェフの男根が挿入された。
「んあ……ぁあ!」
まだ二度目のマリーツァの身体は痛みを訴えている。
でも、繋がれることがたまらなく嬉しい。
リェフに揺さぶられ、マリーツァは甘い声を洩らす。もはや堪えようという考えなどない。
「はっ、あぁ…あっ、ふあ、あっ……ん、やあっ」
責め立てられ、マリーツァの上げた嬌声にリェフが動きを止めた。
「リェフ……?」
一体どうしたというのだろう。こんな中途半端で止められては辛い。
「やっぱりいや、か?」
あ、とマリーツァは思った。確信めいた考えが頭に浮かんだ。
「異能が、ない、の……?」
老婆が異能を使ってマリーツァを治療してくれた時、何かが老婆から流れ込んで来たのが分かった。意識を失ってしまったので理解するのに時間がかかったが、その力が失った部分を埋めてくれたから声が出るようになったのだ、きっと。
そしてもう一つ分かったことがある。こうして繋がったからこそ気付けたことだ。
老婆を通して流れ込んで来たのは――リェフの異能の力だ。
「リェフが、治して、くれたの…ね……?」
リェフはくしゃりと顔を歪めた。
「……もう、本当か嘘かは自分で判断して決めるしかない」
「リェフ……」
異能の力がなくとも、リェフを愛していると伝えられるはずだ。伝えたい。
だから、恥ずかしいけれど誤解は解かなければ。
「あの、ね…嫌なんじゃないの……。だ、だから…止めないで……」
マリーツァは耳まで真っ赤に染めながら、どうにか告げた。あまりに良くて訳がわからなくなってしまっただけだと、そう知らせるのは恥ずかしくて仕方ない。
リェフは目を見開き、それから薄く微笑んだ。
「わかった。今度こそなんと言われようと止めないからな」
それから、激しく突き上げられ、マリーツァは全身に走る快感に悶えた。
「は、あん、あっ、あ、ああん、リェフ」
「可愛い、本当に……可愛い声だ」
「あ、あっ……あぁ!」
絶頂の予感。助けを求めるようにリェフの背に回した腕に力が入る。
「あ――」
いま声が出なくなるのは快感からだ。マリーツァの体は弓なりに反ってわななく。
「はっ……」
苦し気に呻いてリェフもマリーツァの中に欲望を爆ぜさせた。
荒い息のおさまるのを待って、リェフはマリーツァから体を離した。
マリーツァは、愛する人のために改めて気持ちを形にする。
「ねえリェフ、私、あなたを愛してるわ」
異能がなくなったのならリェフは不安だろう。リェフ自身が疎みながらも、異能は彼の一部だったものだ。それを自分のために失わせたのだ。喪失を埋めてあげたい。
「君のせいで失くした物なんてない。だから君が気に病むことなんてない」
「リェフってば……わたしの考えてることがわかるのね」
くすりと笑いが零れる。
「マリーツァ?」
「異能なんてなくても、よく見てくれれば人の気持ちが分かるわ。リェフ、貴方は大丈夫よ。私があなたのことを心から愛してるって分かったでしょう?」
大丈夫、大丈夫と繰り返すマリーツァに優しい口づけが降ってきた。
「そうだな……。君がいてくれれば、それだけで大丈夫だ」
これから先、大変なことがあるだろう。
けれど、どんなことだって二人ならば乗り越えていける。
伝え合う事を諦めなければ。
リェフがその到着を待ち焦がれていた異能の持ち主は、枯れ木のような老婆だった。背中が曲がっているせいでなおのこと小さく感じる。ただ、老いた外見にそぐわない、燃える明けの空のような色の眼差しが独特な力強さを湛えている。昔は美しかったのかもしれないと思った。
既にマリーツァの様子を老婆には一旦見てもらった。その後マリーツァを別室に移し、リェフとロジオンだけで老婆と向き合っている。
もしも、治せないと判断された場合のことを考えてだ。ぬか喜びをさせたくはない。
「どうなんだ。マリーツァの喉は治るのか」
リェフは単刀直入に尋ねた。老婆は慣れたことのようで、淡々と告げる。
「わしの異能を使えばね。どんな怪我や病も跡形もないさね」
全身の力がすっと抜けた。かと思えばみっともなく手が震えてくる。
(よかった……よかった……)
神に、いや、マグノリアの妖精たちに祈りたい気分だ。
「材料に誰かの……なるべく縁のある人間の、例えば親兄弟や愛する者なんかだね。それの寿命のいくらかが必要になる」
「……寿命、だと?」
「そう。払えないと云うのかい?」
マリーツァに兄妹はいない。母親は幼い頃に亡くしているし、父親は娘の喉を焼いて売った男だ。彼女のために、例え全てでないにしろ、命を差し出すだろうか。そうは思えない。
逡巡するリェフを映す老婆の瞳が怪しく光った。
「娘の一番愛する人間はだれだ? いや、娘を一番愛している人間は誰だ。それ以上の縁はないんだがね」
何もかも見通しているような老婆の紅い瞳を見据え、リェフは応えた。
「マリーツァをこの世で一番愛しているのは私だ、だが、命は差し出せない」
ロジオンが傍らで非難の声を上げようとするのを視線で制する。
「マリーツァを先に残して死ぬことはできないし、なにより国のことがある」
するりと出てきた自分の言葉は掛け値なしに本心だった。後半は無意識だったから、自分自身でも驚いた。王位なんて、どうでもいいような気がどこかでしていたのに。
老婆がにまりと口を笑みの形に歪める。
「じゃあ、異能の力と引き換えでもいい。あんた異能持ちだろう? わしには見えるよ。異能は人の命に匹敵する持ち物だから、支払いには十分だ。どうするね」
「そ――れなら……」
それで治るなら、と喉まで出かかったのにリェフは答えに詰まった。異能が無くなれば、言葉の虚実がわからなくなる。只の人間のように。
力のせいでうんざりしながら暮らしてきた。親にも疎まれ、殺されかけた。それなのに失うのがこんなに怖いなんて。
(政治的にも役にたつ力だ。今、こんな時期に失くすのは――)
せめて、ラードゥガラーとのことが済むまでは異能を手放したくない。
しかし、それがいつまでかかるか分からない。
リェフの勝手で、マリーツァの声を失わせたままでいいのか。
「丁寧な招きだったから、忠告してやるが、わしはそう長くはないだろうよ。そろそろ、迎えがくる予兆がある。ま、ここまで生きりゃ不満はないがね」
老婆が言った。それは真実、老婆が思っていることなのだとわかってしまった。
言外に決断を迫られ、リェフは苦悩する。
「リェフ、俺たちを見くびるなよ」
ロジオンの声にリェフは顔を上げた。
「ロジオン?」
ゆっくり言い聞かせるように、ロジオンが言葉を作る。
「お前の異能が無くても、俺たちはやっていける。そうだろ」
「っ!」
ロジオンが本気でそう思っているのがわかった。心から。だから、
「――わかった。私の異能でマリーツァの喉が治るなら、差し出そう」
そう云うことができた。
ロジオンに呼ばれてやってきたマリーツァは心細げな様子だ。事情を尋ねるかのように小首を傾げ、こちらの顔色を窺っている。どうも声を失くしてから、首を傾げるのが癖になったようだ。
「マリーツァ、隣へ」
緊張するマリーツァの手を引いて、長椅子に座らせる。
「今から喉を治してもらう」
告げると、マリーツァは大きな目を零れんばかりに見開いて、恐らく「治るのですか?」と口を動かした。
老婆が一体何者かすら説明していなかったので、驚いているようだ。
「ああ。この者が異能で治してくれる」
「さあ、始めるよ」
ありがたいことに老婆は余計なことを言わず、リェフとマリーツァの手をとり、自分の両の掌で挟んだ。
リェフが代償を支払うことは、マリーツァに知られなくていい。知らせたくない。
ぐっと老婆が手に力を籠める。特別な呪文の一つもないが、老婆の手の平を介して、体の中から何かが抜けマリーツァへ移っていく。
ああ、これで治った、とリェフは思った。いいや、体が理解した。
異能とはまるで奇跡的ではないのだ。
ただ、そうなる。
がくりとマリーツァが倒れ込むのを慌てて支える。
「マリーツァ!」
「魂が驚いたんだろう。身体の方はもう元通りさ。すぐに目を覚ますさね」
老婆には慣れたことのようだった。
「そう……か。お前には何か反動や、代償はないのか?」
くくっと肩を震わせ、老婆は紅いリェフに目を向ける。
「ひとところに住めない。それだけのことさ。存外あんだが思っている程、苦労はしてないよ。己の命を差し出すことを厭わない、という連中は少ないのさ。だからこそ自由でいられるというもんだがね」
確かに、どんな傷でも癒すという異能でも、発動に人の命が必要だというなら躊躇するのが大半だろう。
「感謝する。最期までお前が自由に生きられるよう、保障しよう。この国の王として」
リェフの礼に老婆は柔らかく目を細めた。
◇
頬を撫でられるくすぐったさにマリーツァは意識を取り戻した。
寝台のすぐ脇に座るリェフが、マリーツァの頬を優しく撫でている。何度か瞬きを繰り返すと視界が鮮明になった。見下してくるリェフの表情は、優しくも憂わしい。
「リェフ……」
大丈夫だと伝えたくて、自然に名前を呼んだ。
「マリーツァ…!」
「ちゃんと話せてる、わよ、ね?」
自分自身の声なのに、長い事聞いていなかったので不思議な感覚だ。
リェフを抱きしめたくて、マリーツァは寝台から身を起こす。
しかし伸ばした手が届く前に、リェフから軋むほどに強く抱きしめられた。
「リェフ、泣かないでちょうだい」
「泣いてなんかない」
マリーツァの首筋に顔を埋めたままリェフが言ったが、その声は震えている。背中を撫でながら、もう一度繰り返そうとして、
「泣かな――」
唇を啄ばまれた。
「泣いてなどいないと云ってるだろう」
両の手で顔を挟まれ、身動きの取れないマリーツァの唇をリェフが震える親指で何度もなぞる。
「本当によかっ…た、声が、戻って」
「ふ」
くすぐったくて開いた口に、今度はリェフの長い指が入ってきた。指で歯の裏側を撫でられ、唾液が口の端から零れていく。それでも、マリーツァは、長いことなすがままにされた。もうどこも痛くはないのだと、示すために。
「んぅ……う」
柔らかい場所を撫でられていると、なんだかムズムスしてしまう。
「物欲しげな顔だな」
言われて、マリーツァは顔が熱くなった。
「そんなこと……」
リェフはくすりと笑って指を引き抜くと、今度は深く唇を重ねてきた。
唾液を交換するように、深く舌を絡め取られる。初めての時のように怖くはない。
「はぁ……リェフ……は、ぁ……」
何度も唇を奪われている内に、マリーツァは淫らに体が火照ってきた。
「答えてくれマリーツァ。私が怖いか…?」
「いいえ…怖くない、わ。すき、好きよ」
口づけの合間に答えると、リェフの眼差しが熱を増す。
「頼むから、いやならそうだと言ってくれ。今なら――止められる」
「いやじゃないわ。いやだったら、もっと前に抵抗してるわ」
「加減はしてやれないからな」
寝台に押し倒され、ドレスを脱がされていく。
うっとりとリェフに見下され、マリーツァは顔を羞恥で赤く染めた。
「は、恥ずかしいからあんまり見ないで」
「聴こえないな」
「い、いじわる……!」
「こんなに綺麗なんだ、見惚れずにはいられないさ」
言いながら乳首を口に含まれ、強く吸われた。もう一方の乳房を揉みしだきながら、リェフは胸の突起を執拗に舌で愛撫していく。
「ふぁ……ん、あっ、ああ」
マリーツァの下肢の付け根は湿り、熱を帯びていく。どんどん追い込まれていく。自分の口から漏れる甘たるい声が恥ずかしく、指を噛んで堪えようとしたら腕を掴まれた。
「駄目だ。声を我慢しないでくれ。聞かせてほしい」
「そ、そんなこと言われても、恥ずかしいわ……」
「もっと君のいやらしい声が聴きたいんだ」
そう言うリェフの頭が足の間に沈んでいく。
とんでもない――と思う一方で、予想される快感にマリーツァは期待もしていた。
「あ、ああん!」
秘所を舐め上げられ、思わずマリーツァは甲高い声を上げた。とても堪えられそうにない。何度も舐められ、吸い上げられ、マリーツァは無意識に腰を揺らす。
蜜壺に舌を差し込まれ、内側を丹念に舐められ、ますます濡れていく。
「あ、ん、あぁ、あっ…あ――」
全身を痺れさせる快感にマリーツァは嬌声を上げ、体を弓なりに反らせた。
「可愛い声だ」
ニヤリと笑うとリェフは自身も裸になり、己の灼熱をマリーツァの秘部へあてがった。
すぐに突き入れようとはせずに、溢れた愛液をまぶすように先端のだけ出し入れを繰り返される。
こんなの耐えられない。マリーツァはリェフに縋りついた。
「はぁ、あ、リェフ、は、やく……」
「早く? どうして欲しい?」
こんな状態で焦らされて、羞恥心は遠く消えて行く。マリーツァは潤んだ瞳でリェフにねだった。
「は…やく、入れて……。突いて…」
「ああ、君が望むなら」
腰を進められ、奥深くにまでリェフの男根が挿入された。
「んあ……ぁあ!」
まだ二度目のマリーツァの身体は痛みを訴えている。
でも、繋がれることがたまらなく嬉しい。
リェフに揺さぶられ、マリーツァは甘い声を洩らす。もはや堪えようという考えなどない。
「はっ、あぁ…あっ、ふあ、あっ……ん、やあっ」
責め立てられ、マリーツァの上げた嬌声にリェフが動きを止めた。
「リェフ……?」
一体どうしたというのだろう。こんな中途半端で止められては辛い。
「やっぱりいや、か?」
あ、とマリーツァは思った。確信めいた考えが頭に浮かんだ。
「異能が、ない、の……?」
老婆が異能を使ってマリーツァを治療してくれた時、何かが老婆から流れ込んで来たのが分かった。意識を失ってしまったので理解するのに時間がかかったが、その力が失った部分を埋めてくれたから声が出るようになったのだ、きっと。
そしてもう一つ分かったことがある。こうして繋がったからこそ気付けたことだ。
老婆を通して流れ込んで来たのは――リェフの異能の力だ。
「リェフが、治して、くれたの…ね……?」
リェフはくしゃりと顔を歪めた。
「……もう、本当か嘘かは自分で判断して決めるしかない」
「リェフ……」
異能の力がなくとも、リェフを愛していると伝えられるはずだ。伝えたい。
だから、恥ずかしいけれど誤解は解かなければ。
「あの、ね…嫌なんじゃないの……。だ、だから…止めないで……」
マリーツァは耳まで真っ赤に染めながら、どうにか告げた。あまりに良くて訳がわからなくなってしまっただけだと、そう知らせるのは恥ずかしくて仕方ない。
リェフは目を見開き、それから薄く微笑んだ。
「わかった。今度こそなんと言われようと止めないからな」
それから、激しく突き上げられ、マリーツァは全身に走る快感に悶えた。
「は、あん、あっ、あ、ああん、リェフ」
「可愛い、本当に……可愛い声だ」
「あ、あっ……あぁ!」
絶頂の予感。助けを求めるようにリェフの背に回した腕に力が入る。
「あ――」
いま声が出なくなるのは快感からだ。マリーツァの体は弓なりに反ってわななく。
「はっ……」
苦し気に呻いてリェフもマリーツァの中に欲望を爆ぜさせた。
荒い息のおさまるのを待って、リェフはマリーツァから体を離した。
マリーツァは、愛する人のために改めて気持ちを形にする。
「ねえリェフ、私、あなたを愛してるわ」
異能がなくなったのならリェフは不安だろう。リェフ自身が疎みながらも、異能は彼の一部だったものだ。それを自分のために失わせたのだ。喪失を埋めてあげたい。
「君のせいで失くした物なんてない。だから君が気に病むことなんてない」
「リェフってば……わたしの考えてることがわかるのね」
くすりと笑いが零れる。
「マリーツァ?」
「異能なんてなくても、よく見てくれれば人の気持ちが分かるわ。リェフ、貴方は大丈夫よ。私があなたのことを心から愛してるって分かったでしょう?」
大丈夫、大丈夫と繰り返すマリーツァに優しい口づけが降ってきた。
「そうだな……。君がいてくれれば、それだけで大丈夫だ」
これから先、大変なことがあるだろう。
けれど、どんなことだって二人ならば乗り越えていける。
伝え合う事を諦めなければ。
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しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
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