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1・言葉よりも口づけで
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「いやあ、リェフ、お前があんなに聞き分けがいいとはなー」
「うるさいぞ」
睨みつけたが、ロジオンはものともせずに机上の書類の山の高さを増していく。
「おい。なんだこれは」
「まあ仕方ないだろ。急いで決裁してくれ。全面戦争は避けられても小競り合いは起きてるし、こっちに来たいっていう異能持ちが多くてなあ。誰かのおかげで。だから、調整しなきゃなんないことは山ほどあるんだよ」
嬉しげに言ってロジオンはそのまま執務室から出て行く。一見暇そうに思えても、自分より仕事をこなしているのだから感嘆するしかない。
増えた書類から一枚手に取ってみる。
そこには、ラードゥガラーにも神霊探究院のような異能研究の施設を作るための手続きがどうのと、長々書かれていた。
そう、ラードゥガラーとの戦いは、予想もつかない形で決着がつくことになった。
なんと、正式にルニエダリーナ王位についたリェフがマリーツァと、ラードゥガラーを共同統治することで決着したのだ。レオフルスとはいまだに揉めているので戦争の脅威が完全に去ったわけではないが、マグノリアの結束は失われずに済んだ。
マリーツァの情報を解析した軍の予想から、侵攻に備え川に沿って兵を展開していたが、引退間近の老騎士の進言があった――曰く、ここではない、と。
予想された地点のどれとも離れた、橋でも浅瀬でもない水位の深い場所が怪しいと言う進言を、現場の人間はリェフに伝えた。リェフは異能が既にないことを話した上で、とことん老騎士の話を聞いた。
そして、納得した上で自ら兵を率いて進軍し、ラードゥガラーの先行隊を発見、捕捉したのだ。
彼らは、異能を持つ兵士たちだった。
まず異能を持つ兵が少数で侵入、王都で騒ぎを起こしてから、レオフルスと共に本格的に攻め入る計画だったという。情報を聞き出す中で、ラードゥガラーでは異能を持つ人間が迫害されていることを知った。いやいや徴兵された者も多く、異能を捨てたがっている者もいた。
だから、リェフは自分が異能を持っていたこと。今は失くしたこと。ルニエダリーナでは異能があっても差別や迫害されないことなど、一部は耳によい言葉も使いつつ、味方につくように誘った。
相手の気持ちを一方的に量ってきたリェフが、初めて相手に計りを預けた。
マリーツァがいてくれなければ出来なかっただろう。
そうして、長い話し合いの末、彼らはレオフルス王ではなくリェフを選んだ。
人に暗示をかけることの出来る異能や、火を熾すことの出来る異能、一時的に姿を消すことの出来る異能、敵としてはどれもが驚異的な力だが、味方ならばこれ以上の戦力はない。
味方として彼らを取り込むや、そのまま返しの矢としてラードゥガラー王の元へ差し向けたのだ。
ラードゥガラー王は玉座から逃げ、国は大いに乱れた。レオフルスと共に侵攻してくるどころの話ではなく、情勢はルニエダリーナに有利な形に傾いた。それだけでリェフとしては十分だったが、王の姉が実権を握ったという知らせと共に、国権を渡すという提案まで届いた時は、ロジオンとマリーツァと共に唖然としたものだ。
レオフルスとの縁が切れれば、国を保つのが危うくなるほどに傾いていたらしく、リェフはその話に乗ることにした。
火中の栗を拾うことになるのかもしれないが、マリーツァの故郷を見捨てたくはない。
◇
「リェフ、いいかしら?」
執務室のドアがノックされた。
「どうしたマリーツァ」
ドアから顔を見せたマリーツァは、顔色もよく、痩せていた体も元の丸みを取り戻している。
「何か手伝えることはない?」
ラードゥガラーの民衆がすんなりルニエダリーナ王の共同統治を受け入れた要因は、行方不明になっていたマリーツァのおかげが大きい。レオフルスへ妖精の血を売るような真似をしたラードゥガラー王を強引に廃することには、ほぼ抵抗がなかったものの、一つの国として併合されることには反発する者は多かった。
が、ラードゥガラー王女のマリーツァがルニエダリーナ王のリェフと結婚し、併合ではなく自主を保ったままの共同統治ならばと、無駄な血が流れることが回避されたのだ。
「そこに座って私を見守っていてくれれば、それで充分だ」
「そんな、もっと何かきちんとお手伝いさせて」
「例の、見た物を完全に再現できる異能持ちが居るから、君は書類仕事に悩まされることはない」
「リェフ、あの方は異能を捨てたのでしょう? 誤魔化さないで」
マリーツァの手跡だと思ったリェフを詰る手紙は、異能の持ち主の仕業だったのだ。
しかし、ラードゥガラー王に人質として捕えられていた母が解放されたため、異能を捨て今では只の人間だ。癒しの老婆が最期に異能を行使した事例になる。
「そうだったな……じゃあ口づけを頼もうか」
マリーツァはかっと顔を赤からめた。
「そういうことじゃなくて、お手伝いさせてって言ってるの」
「君の口づけでやる気が出るのは本当だ。なによりの手伝いだよ」
マリーツァは照れながら、こちらを睨みつけてくる。しかし、
「もう、リェフったら冗談ばっかり言って……」
子供を甘やかすように笑って、優しい唇が重ねられる。
リェフには冗談のつもりはない。
口づけは言葉よりも雄弁に愛を告げてくれるのだから。
愛する人が自分を愛してくれている、それだけでどんな困難にだって立ち向かっていける――。
【終】
「うるさいぞ」
睨みつけたが、ロジオンはものともせずに机上の書類の山の高さを増していく。
「おい。なんだこれは」
「まあ仕方ないだろ。急いで決裁してくれ。全面戦争は避けられても小競り合いは起きてるし、こっちに来たいっていう異能持ちが多くてなあ。誰かのおかげで。だから、調整しなきゃなんないことは山ほどあるんだよ」
嬉しげに言ってロジオンはそのまま執務室から出て行く。一見暇そうに思えても、自分より仕事をこなしているのだから感嘆するしかない。
増えた書類から一枚手に取ってみる。
そこには、ラードゥガラーにも神霊探究院のような異能研究の施設を作るための手続きがどうのと、長々書かれていた。
そう、ラードゥガラーとの戦いは、予想もつかない形で決着がつくことになった。
なんと、正式にルニエダリーナ王位についたリェフがマリーツァと、ラードゥガラーを共同統治することで決着したのだ。レオフルスとはいまだに揉めているので戦争の脅威が完全に去ったわけではないが、マグノリアの結束は失われずに済んだ。
マリーツァの情報を解析した軍の予想から、侵攻に備え川に沿って兵を展開していたが、引退間近の老騎士の進言があった――曰く、ここではない、と。
予想された地点のどれとも離れた、橋でも浅瀬でもない水位の深い場所が怪しいと言う進言を、現場の人間はリェフに伝えた。リェフは異能が既にないことを話した上で、とことん老騎士の話を聞いた。
そして、納得した上で自ら兵を率いて進軍し、ラードゥガラーの先行隊を発見、捕捉したのだ。
彼らは、異能を持つ兵士たちだった。
まず異能を持つ兵が少数で侵入、王都で騒ぎを起こしてから、レオフルスと共に本格的に攻め入る計画だったという。情報を聞き出す中で、ラードゥガラーでは異能を持つ人間が迫害されていることを知った。いやいや徴兵された者も多く、異能を捨てたがっている者もいた。
だから、リェフは自分が異能を持っていたこと。今は失くしたこと。ルニエダリーナでは異能があっても差別や迫害されないことなど、一部は耳によい言葉も使いつつ、味方につくように誘った。
相手の気持ちを一方的に量ってきたリェフが、初めて相手に計りを預けた。
マリーツァがいてくれなければ出来なかっただろう。
そうして、長い話し合いの末、彼らはレオフルス王ではなくリェフを選んだ。
人に暗示をかけることの出来る異能や、火を熾すことの出来る異能、一時的に姿を消すことの出来る異能、敵としてはどれもが驚異的な力だが、味方ならばこれ以上の戦力はない。
味方として彼らを取り込むや、そのまま返しの矢としてラードゥガラー王の元へ差し向けたのだ。
ラードゥガラー王は玉座から逃げ、国は大いに乱れた。レオフルスと共に侵攻してくるどころの話ではなく、情勢はルニエダリーナに有利な形に傾いた。それだけでリェフとしては十分だったが、王の姉が実権を握ったという知らせと共に、国権を渡すという提案まで届いた時は、ロジオンとマリーツァと共に唖然としたものだ。
レオフルスとの縁が切れれば、国を保つのが危うくなるほどに傾いていたらしく、リェフはその話に乗ることにした。
火中の栗を拾うことになるのかもしれないが、マリーツァの故郷を見捨てたくはない。
◇
「リェフ、いいかしら?」
執務室のドアがノックされた。
「どうしたマリーツァ」
ドアから顔を見せたマリーツァは、顔色もよく、痩せていた体も元の丸みを取り戻している。
「何か手伝えることはない?」
ラードゥガラーの民衆がすんなりルニエダリーナ王の共同統治を受け入れた要因は、行方不明になっていたマリーツァのおかげが大きい。レオフルスへ妖精の血を売るような真似をしたラードゥガラー王を強引に廃することには、ほぼ抵抗がなかったものの、一つの国として併合されることには反発する者は多かった。
が、ラードゥガラー王女のマリーツァがルニエダリーナ王のリェフと結婚し、併合ではなく自主を保ったままの共同統治ならばと、無駄な血が流れることが回避されたのだ。
「そこに座って私を見守っていてくれれば、それで充分だ」
「そんな、もっと何かきちんとお手伝いさせて」
「例の、見た物を完全に再現できる異能持ちが居るから、君は書類仕事に悩まされることはない」
「リェフ、あの方は異能を捨てたのでしょう? 誤魔化さないで」
マリーツァの手跡だと思ったリェフを詰る手紙は、異能の持ち主の仕業だったのだ。
しかし、ラードゥガラー王に人質として捕えられていた母が解放されたため、異能を捨て今では只の人間だ。癒しの老婆が最期に異能を行使した事例になる。
「そうだったな……じゃあ口づけを頼もうか」
マリーツァはかっと顔を赤からめた。
「そういうことじゃなくて、お手伝いさせてって言ってるの」
「君の口づけでやる気が出るのは本当だ。なによりの手伝いだよ」
マリーツァは照れながら、こちらを睨みつけてくる。しかし、
「もう、リェフったら冗談ばっかり言って……」
子供を甘やかすように笑って、優しい唇が重ねられる。
リェフには冗談のつもりはない。
口づけは言葉よりも雄弁に愛を告げてくれるのだから。
愛する人が自分を愛してくれている、それだけでどんな困難にだって立ち向かっていける――。
【終】
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