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第4章:秘密の恋と日常の狭間で
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朝の始まりは、一本のクリームボトルから。
「今日も、お願いね」
薫が微笑むと、大学生の彼はうなずいて、手のひらにたっぷりと剃毛専用のクリームを出した。
「よし、じゃあ横向いて。いつ見ても、綺麗な頭してるなぁ……」
「やだ、もう。そうやって言っておだてて、また綺麗にしようとするんでしょ」
「当然。俺、剃るの、好きだから」
「……私も、されるの……好きになったよ」
そう言って目を閉じた薫の額を、彼の指がそっと撫でた。
クリームを塗り広げ、優しくマッサージするように地肌を包み込み、スキンシェーバーで静かに音を立てながら剃りあげる。肌を撫でるその感触は、恋人というより、美容師にも似た手付きで、しかし確かに愛情が込められていた。
刃が地肌をなぞるたび、微かなくすぐったさと、それを上回る心地よさが薫の体を包む。
「……ん、気持ちいい……」
「そう言ってもらえると、やりがいあるよ」
そして最後に、眉毛。もう躊躇はなかった。きちんと剃り落とされるたびに、薫は“今日の自分”として完成されるように感じた。
⸻
「じゃ、そろそろ行くね」
薫は帽子を手に取り、制服の入ったバッグを肩にかけた。
「仕事、頑張って。帰ってきたら、また撫でさせて」
「ふふっ、いいよ。お疲れのご褒美ね」
そんなやり取りを交わして部屋を出た後、薫はひとつ深呼吸をした。
(……よし。今日も、普通の私でいなきゃ)
⸻
職場のカフェでは、すでに後輩たちや一部の同僚には「スキンヘッドの薫さん」として知られるようになっていた。
「先輩、今日もキマってますね!」
「その帽子、似合いますよ。なんかモデルさんみたいで」
最初こそ驚かれたものの、薫の明るい性格と丁寧な接客で、職場ではすっかり受け入れられていた。
「いらっしゃいませ。こちら、お会計になります」
常連の美容師が笑顔でカップを受け取る。
「ねえ薫ちゃん、今度また髪、見せてよ。あの潔さ、私のサロンの子たちにも見せたいくらい!」
「ふふ、また機会があればね」
もちろん、店では帽子は必須。それでも、どこか薫の雰囲気は以前と違っていた。
(自分の中に、芯ができたみたい)
そんな自覚が、彼女を強くしていた。
⸻
仕事終わり、裏口で帽子を脱ぎ、制服をたたんでいると、スマホに通知が届いた。
《外で待ってるよ》
彼からのLINE。
「……ほんと、律儀なんだから」
夜風の中、彼の隣に並んで歩く。
「今日の店、忙しかった?」
「うん。お盆だからね。でも、お客さんとのやり取りが楽しかったよ」
「……薫さんって、ホントすごいな。スキンヘッドでここまで堂々といられるなんて、尊敬する」
「ふふ、そんなことないよ。まだ……心の中では、ドキドキしてるから」
「じゃあ、俺が剃ってあげるのは、まだ必要?」
「……うん。これからも、お願いね」
「任せて」
その夜も、二人は静かに手を繋ぎ、アパートへと歩いた。
⸻
ベッドの上で、彼に頭を撫でられながら、薫はぽつりと呟いた。
「……でもね、たまに不安になるの。私がこんな見た目で、本当に好きでいてくれてるのかなって」
彼は手を止め、薫の頭に顔を埋めて答えた。
「そんなの、当たり前だよ。俺は薫さんの髪型に惚れたんじゃない。薫さんという人間に惚れたんだよ」
「……ありがとう」
「でも、正直に言えば……俺、髪フェチだからさ。薫さんの剃ったばかりの頭を毎日触れるの、最高に幸せなんだよ」
「ふふっ……変なやつ。でも……私もね、自分がこんなに髪を失うことで喜びを感じるなんて思ってなかった。最初は衝撃だったけど、今は、もう……スキンヘッドじゃない自分が想像できない」
「それなら、ずっとこのままでいてほしいな」
「うん……あなたが剃ってくれる限り、私はずっとスキンヘッドでいる」
そして薫は彼の胸に顔を埋めながら、目を閉じた。
(恋と髪。どちらも失って、どちらも手に入れた)
彼女の新しい日常は、秘密と愛に満ちた、奇妙に穏やかな時間の中で動き始めていた。
「今日も、お願いね」
薫が微笑むと、大学生の彼はうなずいて、手のひらにたっぷりと剃毛専用のクリームを出した。
「よし、じゃあ横向いて。いつ見ても、綺麗な頭してるなぁ……」
「やだ、もう。そうやって言っておだてて、また綺麗にしようとするんでしょ」
「当然。俺、剃るの、好きだから」
「……私も、されるの……好きになったよ」
そう言って目を閉じた薫の額を、彼の指がそっと撫でた。
クリームを塗り広げ、優しくマッサージするように地肌を包み込み、スキンシェーバーで静かに音を立てながら剃りあげる。肌を撫でるその感触は、恋人というより、美容師にも似た手付きで、しかし確かに愛情が込められていた。
刃が地肌をなぞるたび、微かなくすぐったさと、それを上回る心地よさが薫の体を包む。
「……ん、気持ちいい……」
「そう言ってもらえると、やりがいあるよ」
そして最後に、眉毛。もう躊躇はなかった。きちんと剃り落とされるたびに、薫は“今日の自分”として完成されるように感じた。
⸻
「じゃ、そろそろ行くね」
薫は帽子を手に取り、制服の入ったバッグを肩にかけた。
「仕事、頑張って。帰ってきたら、また撫でさせて」
「ふふっ、いいよ。お疲れのご褒美ね」
そんなやり取りを交わして部屋を出た後、薫はひとつ深呼吸をした。
(……よし。今日も、普通の私でいなきゃ)
⸻
職場のカフェでは、すでに後輩たちや一部の同僚には「スキンヘッドの薫さん」として知られるようになっていた。
「先輩、今日もキマってますね!」
「その帽子、似合いますよ。なんかモデルさんみたいで」
最初こそ驚かれたものの、薫の明るい性格と丁寧な接客で、職場ではすっかり受け入れられていた。
「いらっしゃいませ。こちら、お会計になります」
常連の美容師が笑顔でカップを受け取る。
「ねえ薫ちゃん、今度また髪、見せてよ。あの潔さ、私のサロンの子たちにも見せたいくらい!」
「ふふ、また機会があればね」
もちろん、店では帽子は必須。それでも、どこか薫の雰囲気は以前と違っていた。
(自分の中に、芯ができたみたい)
そんな自覚が、彼女を強くしていた。
⸻
仕事終わり、裏口で帽子を脱ぎ、制服をたたんでいると、スマホに通知が届いた。
《外で待ってるよ》
彼からのLINE。
「……ほんと、律儀なんだから」
夜風の中、彼の隣に並んで歩く。
「今日の店、忙しかった?」
「うん。お盆だからね。でも、お客さんとのやり取りが楽しかったよ」
「……薫さんって、ホントすごいな。スキンヘッドでここまで堂々といられるなんて、尊敬する」
「ふふ、そんなことないよ。まだ……心の中では、ドキドキしてるから」
「じゃあ、俺が剃ってあげるのは、まだ必要?」
「……うん。これからも、お願いね」
「任せて」
その夜も、二人は静かに手を繋ぎ、アパートへと歩いた。
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ベッドの上で、彼に頭を撫でられながら、薫はぽつりと呟いた。
「……でもね、たまに不安になるの。私がこんな見た目で、本当に好きでいてくれてるのかなって」
彼は手を止め、薫の頭に顔を埋めて答えた。
「そんなの、当たり前だよ。俺は薫さんの髪型に惚れたんじゃない。薫さんという人間に惚れたんだよ」
「……ありがとう」
「でも、正直に言えば……俺、髪フェチだからさ。薫さんの剃ったばかりの頭を毎日触れるの、最高に幸せなんだよ」
「ふふっ……変なやつ。でも……私もね、自分がこんなに髪を失うことで喜びを感じるなんて思ってなかった。最初は衝撃だったけど、今は、もう……スキンヘッドじゃない自分が想像できない」
「それなら、ずっとこのままでいてほしいな」
「うん……あなたが剃ってくれる限り、私はずっとスキンヘッドでいる」
そして薫は彼の胸に顔を埋めながら、目を閉じた。
(恋と髪。どちらも失って、どちらも手に入れた)
彼女の新しい日常は、秘密と愛に満ちた、奇妙に穏やかな時間の中で動き始めていた。
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