風を切る少女 ―スポーツ刈りの誓い―

S.H.L

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第4章

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第四章 揺れる心、揺れない髪

 中学二年の秋、結衣は初めて県大会のトラックに立った。緊張で胃が縮む。スタンドのざわめきは、海鳴りのように広がっていた。
 スタート位置につく。クラウチング。
 額にかかる髪はない。耳の後ろに押し込む仕草ももう必要ない。
 ピストルの破裂音。
 身体が、勝手に前へ飛び出す。脇目も振らず、ただ白いラインを追う。
 結果は入賞には届かなかった。悔しかった。涙を隠してトイレに駆け込み、鏡を見た。
 そこに映っているのは、短い前髪と汗に濡れた眉、首元に張り付いたユニフォーム。
 「……負けたね」
 鏡の中の自分に言う。
 「でも、もう言い訳しない。髪はもう、言い訳に使えないから」
 その夜、床屋に行った。大会の翌日に髪を切ると決めていたわけではない。けれど、行きたかった。
 「負けました」
 「悔しい顔だ。どれくらい短くする?」
 「横4.5ミリ、後ろ3ミリでお願いします。トップは立てやすい長さで」
 理容師は言葉少なに頷いた。バリカンの音が、悔しさをごりごりと削り取っていく。落ちていく黒。浮かび上がる輪郭。
 仕上げのカミソリがうなじを吸い、温タオルが押し当てられる。目を閉じると、まぶたの裏にスタートの赤いピストルがちらついた。
 「冬場は乾燥するから、シャンプーは二日に一度でいい。汗をかいた日は湯洗いで流して、タオルで押さえる。皮膚が負けると練習に響く。髪が短いと“肌”のコンディションが競技に直結するからね」
 「はい」
 面倒な手入れが減ったはずなのに、気にすることは増えた。だけど、それが楽しかった。自分というランナーを、0.1秒でも速くするために必要な、あらゆる細部へ目が行き届いていく感覚。


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