刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

プロローグ:白い雨の予兆

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プロローグ:白い雨の予兆

 六月の終わり、東京の街に降り続く霧雨は、まるで空気そのものが湿気をまとっているかのようだった。
 その雨の匂いを吸い込むたび、三枝(さえぐさ) 澪(みお) は、胸の奥に沈んだ小石が転がるような感覚を覚えていた。

 29歳。会社員。
 肩甲骨の下まで伸びた黒髪は、これまでずっと彼女の「護符」のようなものだった。
 ──本当は切りたい。すべてを変えたい。
 そんな思いを胸の奥に抱えながらも、職場の視線、恋人の言葉、家族の期待……
 そのすべてが、彼女の髪を「切らせない力」として働き続けていた。

 だが、今日だけは違った。

 会社での重大なミス。
 上司の冷たい視線。
 恋人からの苛立ったメッセージ。

 澪の胸の中で、何かが音を立ててひび割れる。

 ビニール傘を閉じ、雨に濡れた髪を軽く払うと、
 彼女の足は自然と、駅前の古い路地へと向かっていた。

 そこに、ひっそりと佇む一つの店がある。

 《巴(ともえ)理髪店》

 赤・白・青のサインポールが雨粒を受けて濡れ、滲んだ光を放っていた。
 昭和の香りが残る、妙に厳粛な空気をまとった店だ。

 ドアの前で小さく息を吸う。
 胸が震えた。

 ──今日、私は変わる。

 そのとき、サインポールが雨に濡れて、まるで白い雨が流れているように見えた。
 澪は、それを「白雨(しらさめ)」と名づけることになる。
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