刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

第11章:刈り込まれた想いが、そっと形を変える

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第11章:刈り込まれた想いが、そっと形を変える

1|休日の再会から一週間、“胸が落ち着かない朝”

 あの日――
 カフェで圭介と向かい合った日から一週間。

 澪は毎朝、鏡の前で自分に問いかけていた。

 (今日の私……どう見える?)

 スポーツ刈りにしてから二週間ほど。
 側頭部は1mm→2mmほどに伸び始め、
 頭頂部は10mmほどの立ち上がりが少し柔らかくなり、
 丸みが増している。

 指で撫でるとざらりとして、
 風が入る角度で微妙に毛が揺れる。

 (整えたほうが……いいよね)

 そう思う。
 でも――

 (……整えに行くっていうより……
  圭介さんに会いたい、のほうが大きくなってる)

 その気づきが、胸の奥で静かに熱を持った。



2|会社の同僚が気づく“変化”

 会社に着くと、
 同僚の後輩がふと声をかけてきた。

 「澪さんって最近、顔つき変わりましたよね」

 「そ、そう?」

 「なんか……余裕があるというか。
  怒られても折れなさそうな感じ」

 (折れそうなんだけどな……)

 でも、後輩の言葉が少し嬉しかった。

 「髪、いい感じに伸びてきましたよね。
  もうちょっと短めでも似合うと思いますけど」

 「うん……たぶん、もうすぐ切る」

 「えっ? あの巴理髪店、ですか?」

 「そうだよ」

 「……あの、店長さん? すごく優しそうですよね」

 その言葉に、
 澪の心臓がドクッと跳ねた。

 「……見てたの?」

 「だって、澪さん出てきたとき、ちょっと顔赤かったし」

 「うそ……」

 同僚は笑った。

 「ふふ、私、応援してますよ」

 その“応援”が何の応援か、
 澪は無自覚なふりをした。



3|仕事帰り、気づけば店の方向へ歩いている

 その日の帰り道。

 澪はいつものように改札へ向かったが、
 途中で立ち止まった。

 (……店のほう、行きたい)

 整えたいからでも、
 髪が邪魔だからでもない。

 ある意味――
 “理由が用意されていない恋の一歩手前”
 のような感覚だった。

 でも、
 行くと決めて歩き出した瞬間、
 胸が少し跳ねた。

 (圭介さん……今日も、いるかな)



4|夕暮れの巴理髪店、窓の向こうの“横顔”

 路地を曲がると、
 赤・白・青のサインポールが回っていた。

 店の奥には――
 圭介の横顔が見えた。

 椅子に座る常連客の髪を、
 丁寧に整えている。

 集中しているときの圭介は、
 店の空気そのものを落ち着かせる空気がある。

 (あ……なんか、安心する)

 扉に手を伸ばした瞬間、
 圭介がこちらを見た。

 軽く目が合う。
 圭介の眉が少し動いた。

 ――嬉しそうに。



5|「来ると思ってた」その一言で心がほどける

 常連客が帰り、
 澪が案内される。

 圭介はケープを取りながら、
 当たり前のように言った。

 「来ると思ってた」

 心臓が跳ねる。

 「……どうして?」

 「顔に“そろそろ切りたい”って書いてたから」

 (そんなの……あった?)

 澪が返事に詰まっていると、
圭介は少し柔らかい声で続けた。

 「切りたい理由が“整えたい”じゃなくてもいいんだぞ」

 (……え)

 その言葉は――
 澪の心の中心に静かに触れた。

 圭介は目線を合わせないまま、
 バリカンを取り出した。

 「“会いたいから来た”でも、
  別に俺は構わない」

 澪は息を止めた。

 胸が、痛いくらい熱くなる。



6|スポーツ刈りの“再調整”が、こんなに優しいとは

 バリカンのスイッチが入る。

 ブゥン……

 音が、以前より低く響くように感じた。

 圭介は澪の頭を軽く押さえ、
 側頭部に刃を当てる。

 ジョリ……ジョリ……

 伸びかけの2mmの毛が
 1mmに揃えられ、
 軽い毛が床へ落ちていく。

 (あ……また、この音……)

 三日前に泣きながら聞いた音。
 今日は、
 胸が満たされていく音。

 圭介は静かに言った。

 「この長さの澪、好きだよ」

 刈り上げの音にかき消されそうな声だったが、
 確かに聞こえた。



7|頭頂部の“わずかな長さ”を整える手つきが違う

 頭頂部へ移る。

 ハサミの音が、
 静かに耳に落ちる。

 シャキ……シャキ……

 いつも通り。
 だけど――

 今日の圭介の手つきは、
 どこか優しい。

 触れるのではなく、
 包むような気配がある。

 澪は目を閉じた。

 触れていないはずなのに、
 圭介の気配がすぐ近くにある。

 (……落ち着く……)



8|「澪は、もっと短くしても似合う」

 圭介はハサミを置き、
 背後で腕を組んだ。

 少し考えてから言う。

 「なあ、澪」

 「はい……?」

 「もっと短くしても、似合うと思う」

 澪は息を飲む。

 (……もっと短く)

 スキンヘッドでもなく、
 単なる坊主でもない。

 “1mm坊主や極短スポーツ刈り”
 その領域の話だ。

 「今すぐじゃなくていい。
  でも、澪は“強い髪型”が似合う。
  気分が整う髪型が、人によって違うように……
  澪の心は、短髪と相性がいい」

 (……心と相性がいい……)

 圭介に言われると、
 不思議と胸に落ちる。



9|仕上がった“短めのスポーツ刈り”が、前より確かだった

 ケープが外される。

 鏡を見ると――

 側頭部1mmで引き締まり、
  頭頂部8mmが自然な影をつくる
  キレのあるスポーツ刈り。

 (……これ、すごくいい……)

 首筋がすっきり見えて、
 目の輝きが前より強い。

 澪は思わず微笑んだ。

 圭介はその笑顔を見て、
 ふっと言った。

 「それでいい。
  その顔で帰れるなら、今日は成功だ」



10|帰り際、名前を呼ばれた瞬間に気づくもの

 会計を終え、店を出ようとしたとき、
 圭介が呼び止めた。

 「澪」

 振り返る。

 圭介は、
 少し照れたような目をしていた。

 「……また来いよ」

 “また切りに来い”とも、
 “客として来い”とも言わなかった。

 ただ、
 “来いよ”

 その曖昧で優しい言い方に、
 澪の胸は静かに熱くなった。

 「……はい」

 答えた瞬間、
 胸の奥で何かがカチリと音を立てた。

 (――ああ。
  私、もうこの人に……)

 気づかないふりは、
 できなくなっていた。
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