刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

第22章:海辺の風の中、澪はひとつの“答え”に近づく

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第22章:海辺の風の中、澪はひとつの“答え”に近づく

1|海へ向かう朝、髪が4mmになっていた

 デート当日の朝。
 澪は早く目が覚めた。

 洗面台の鏡に映る自分の頭を撫でる。

 ざら……ふわ……もふっ

 (……伸びた)

 1mmのときの意志の強さでもない。
 3mmのときの柔らかさでもない。

 4mmになった今の髪は――
 強さと優しさが混ざったような、不思議な存在感。

 (これで……圭介さんに会うんだ)

 服は白いブラウスにデニム。
 風が入ると坊主がきれいに見えるように、
 襟元が少し開いた服を選んだ。



2|駅のホームで待つ圭介は、どこか迷っていた

 待ち合わせ場所に到着すると、
 圭介がすでに立っていた。

 しかし今日は――
 目つきがどこか迷っている。

 「おはよう」

 「おはようございます」

 圭介は一拍置いて、
 澪の髪を見た。

 「……伸びたな。
  前より……柔らかい雰囲気になった」

 「変ですか……?」

 圭介は小さく首を振った。

 「いや。綺麗だよ。
  ただ――」

 「ただ……?」

 圭介は言葉を飲み込んだ。



3|電車の中の沈黙は“苦しくない沈黙”だった

 海へ向かう電車。
 席に並んで座る。

 周りの会話に混ざらず、
 静かな電車の音だけが二人を包んでいた。

 澪は横目で圭介を見る。

 圭介も同じように澪を見ていて、
 二人は同時に目をそらした。

 (こんな沈黙……苦しくない)

 圭介が言った。

 「澪。
  今日は……ちゃんと話したいことがある」

 「……私もです」

 車窓に映る二人は、
 まるでゆっくりと寄り添っていくようだった。



4|海に着くと、風が坊主をふわりと撫でた

 海沿いの遊歩道。
 潮の匂いと太陽の光が澪の4mmを照らす。

 風が吹くたび、
 短い髪がふわりと揺れる。

 その度に圭介が澪を見る。

 「……似合うな、本当に」

 「ありがとうございます……」

 恋をしている女は、
 風に弱い。

 胸の奥がくすぐったくなる。



5|防波堤に座り、圭介がついに話し出す

 波が寄せては返す音を聞きながら、
 防波堤に腰を下ろす。

 圭介は遠くの水平線を見つめ、
 深く息を吸った。

 「澪」

 その声で心臓が跳ねる。

 「俺は……お前の髪を切るたび、
  惹かれていったんだと思う」

 (……っ)

 澪は息を飲んだ。

 圭介の瞳はまっすぐだった。

 「強くなっていく姿が、
  俺を何度も助けてくれた。
  過去の俺を……越えていく気がして」

 「圭介さん……」

 「だけど同時に……怖かった」

 「怖かった……?」

 圭介は迷いを隠さず、
 素直に言った。

 「坊主のお前が綺麗すぎるからだ」



6|「伸びると……遠くなる気がする」

 圭介は続けた。

 「澪。
  髪が伸びてきて、柔らかくなって……
  嬉しい気持ちもある」

 「……はい」

 「でも、どこか……
  遠くなっていく気がした」

 (遠く……? 私が……?)

 圭介は、震える声で言った。

 「1mmのときのお前は、
  俺が切った“決意”を纏ってた。
  でも今は……
  “普通の誰か”に戻っていくようで……
  なんか、俺が置いていかれそうで……」

 澪の胸が熱くなる。

 (そんなこと……思ってたんだ)



7|澪の胸の奥で形になっていく“答え”

 波の音が二人の間に流れる。

 澪は短い髪を撫でた。

 ざら……ふわ……ざら……

 そして気づいた。

 (私……やっぱり……切りたい)

 伸びていくほど、
 柔らかく、優しくなっていく髪。

 でも――
 心の中心にあるのは、
 切ってほしい、整えてほしい、
 圭介に触れられたい
 その願い。

 澪は静かに口を開く。

 「圭介さん」

 「……なんだ」

 「私……また切りたいです」

 圭介が驚いたように顔を向ける。

 澪はまっすぐに言った。

 「伸びていくのも好きです。
  でも……変わりたいとき、
  切りたくなるんです。
  圭介さんに、切ってほしいから」

 風が二人の間を吹き抜ける。



8|圭介の表情が、初めて“緩む”

 圭介はゆっくりと笑った。

 今までで一番、
 優しくて、あたたかい笑顔。

 「……澪。
  それが聞きたかった」

 胸が震える。

 圭介は言った。

 「じゃあ……今夜、来い。
  店、閉めた後でいい。
  ――お前の“終わりに向けて”を、
  俺が仕上げる」

 澪は息を呑んだ。

 終わりに向けて。
 圭介の言葉は、
 この恋と物語が一段進む合図だった。



9|帰り道、澪は決心する

 海からの帰り道。
 風に揺れる4mmの髪を撫でながら、
 澪ははっきり決めた。

 (今夜……切る)

 伸びるたび迷った。
 伸びるたび揺れた。

 でも――
 切ることでしか進めない恋がある。

 そして、
 切ることでしか見えない景色がある。

 終わりに向けて――
 私はまた、坊主になる。
 圭介さんの手で。

 胸の奥が静かに燃え始めた。
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