刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

最終章:好きだと言うために、坊主になった

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最終章:好きだと言うために、坊主になった

1|断髪のあと、静寂が店の中に落ちた

 ケープが外れ、
 澪の肩に圭介の手が触れたまま
 二人の間には長い沈黙があった。

 街の外はもう真っ暗。
 理容店の明かりだけが二人を照らす。

 1mm坊主の澪は、
 鏡の中でわずかに震えていた。

 (言わなきゃ……
  今言わないと、この恋はどこにも届かない)

 圭介が口を開こうとした瞬間、
 澪が先に声を出した。

 「圭介さん」

 圭介は驚いたように澪を見る。

 澪の声は震えていた。
 でも、逃げる震えじゃない。



2|「私、ずっと……圭介さんの手に触れたかったんです」

 澪は言った。

 「私……」

 指先がケープの跡をなぞる。

 「ずっと……圭介さんの手に、
  触れてほしかったんです」

 圭介がわずかに息を止めた。

 「初めて坊主にしたときから……
  圭介さんが触れるたび、
  私……嬉しくて……苦しくて……」

 それはずっと心に溜めていた言葉。
 溢れてしまうように続けた。

 「仕事でうまくいった時も、
  泣いた時も、
  海で一緒に歩いた時も……
  全部、圭介さんに見てほしかった」

 澪の声が震える。

 「髪を切りたいと思うのは……
  強くなりたいからじゃなくて……
  圭介さんに整えてほしいからです」

 目から涙がこぼれた。

 「……好きです。
  圭介さんが、好きです」



3|沈黙のあと、圭介は椅子の横に膝をついた

 静寂。

 澪は俯いたまま、
 返事が来るまでの時間に耐えた。

 心臓が痛い。
 息が浅い。

 その時だった。

 トン……
 圭介がゆっくり澪の前に膝をついた。

 顔を上げると、
 圭介がすぐ目の前にいた。

 こんな距離で圭介を見たのは初めてだった。

 「澪」

 圭介の声は低く、深く、震えていた。

 「……俺も、怖かった」



4|「お前が変わるたび、惚れていった。怖いほどに」

 圭介は手を伸ばし、
 澪の頬に触れそうで触れない距離で止めた。

 「最初は、ただ客だった。
  だけど……坊主にしていくお前を見て……
  強くなっていくお前を見て……」

 圭介は目を逸らさずに言った。

 「俺は……お前に惚れていった。
  怖いほどにな」

 澪の呼吸が止まる。

 圭介は続けた。

 「髪を切るたび、
  お前は前に進んでいった。
  その度に、
  俺は立ち止まってる自分が嫌になった」

 (……そんなこと……)

 「でも今日、言われた瞬間にわかった」

 圭介は澪の手を取った。

 温かい。

 「お前が変わり続けるなら……
  俺も一緒に変わっていきたい」

 澪の目から、
 涙が止まらずこぼれた。



5|1mmの頭に、圭介が初めて触れる

 圭介は手を伸ばした。

 今度は――
 触れなかった手を、
 ちゃんと触れさせた。

 そっ……

 澪の1mmの頭に、
 圭介の指が沈んだ。

 ざら……ざら……

 圭介の指が震えている。

 「……触れたかったんだ、ずっと」

 その声を聞いて、
 澪は肩ごと震えた。

 圭介は続けて撫でる。

 後ろへ、
 側頭部へ、
 前へ。

 ゆっくり、丁寧に。

 髪が短いほど、
 触れられる距離が近い。

 澪は涙をぬぐいながら言う。

 「圭介さん……」



6|「澪、俺のそばにいてくれ」

 圭介は澪の頭から手を離し、
 澪の頬に触れた。

 「澪」

 「……はい」

 「俺のそばにいてくれ。
  髪を切りたい時も、伸ばしたい時も、
  変わりたい時も、迷う時も……全部」

 澪は、小さく、でもはっきり言った。

 「……はい。
  私も圭介さんのそばにいたい」

 圭介は安堵したように笑った。

 それは今までで一番、
 柔らかい笑顔だった。



7|抱きしめられた瞬間、涙がこぼれた

 圭介はゆっくり立ち上がり、
 澪をそっと引き寄せた。

 ぎゅ……

 澪は圭介の胸に顔を埋める。

 1mmの頭皮に、
 圭介の掌があたたかく広がる。

 「澪……
  ありがとう。俺を選んでくれて」

 「……私こそ、です……」

 涙がこぼれ続けた。
 でもその涙は、
 悲しみでも不安でもない。

 終わりの涙であり、
 始まりの涙だった。



8|夜の理容店、二人の影がひとつになる

 抱き合ったまま、
 二人の影が床に重なる。

 白いライトの中に、
 1mmの澪と、
 澪の髪を切った男の影が
 一つになって映る。

 ここが終着点であり――
 始まりだった。

 圭介が言った。

 「澪。これからも……変わりたい時は言えよ」

 「はい。
  全部、圭介さんに預けます」

 圭介は澪の頭にそっと口づけるように
 額を触れさせた。

 澪は涙をこぼしながら、
 そっと目を閉じた。



9|こうして澪の恋は、坊主から始まり坊主で結ばれた

 澪は思う。

 (私の恋は……
  髪を失うことで始まった)

 髪を切るたび、
 強くなれた。
 泣くたび、
 優しくなれた。
 迷うたび、
 圭介がそばにいた。

 そして今――
 1mm坊主で、
 圭介の胸に抱かれている。

 (ありがとう……圭介さん)
 (ありがとう……髪を切った私)

 澪の恋は、
 坊主で始まり、
 坊主で結ばれたのだった。
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