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第11章
第11章
第11章:差出人不明の光と影(詳細版)
三度目の剃髪を終えた直後、莉子(りこ)のスマートフォンに届いた謎のメッセージ――「まだ頑張れるんじゃないの?」という短い問いかけは、これまでの鬱屈した空気に一石を投じるようだった。
しかし、それは決して劇的な救済の予兆などではない。むしろ、剃髪を重ねてもなお答えを見いだせない莉子と麻衣(まい)の心を、さらにざわつかせるきっかけにすぎなかった。
メッセージの正体を探って
三度目の坊主頭で学校に戻った翌日、莉子は件のメッセージをもう一度読み返していた。差出人不明の番号から、たった一行だけ。履歴を遡っても、似たようなメッセージや通話の痕跡は一切見当たらない。
何度考えても、具体的に誰が送り主なのか思いつかない。クラスメイトや教員ならSNS経由で連絡を取れるが、わざわざ番号を変えてこういう送り方をするだろうか? それに「まだ頑張れるんじゃないの?」という言葉の意図も曖昧だ。激励にしては他人事のようだし、嘲笑にしては文面が柔らかい。
しばらく悩んだ末、莉子は試しに「誰ですか?」と返信してみる。だが、待てど暮らせど既読にもならず、返事も返ってこない。まるで嵐のように現れて、雲のように消えたメッセージの差出人は行方知れずのままだ。
(いたずらなら、もっと露骨にからかいそうだけど……)
そう胸中でつぶやき、ロック画面に映った自分の坊主頭のシルエットを見つめる。いつか撮った写真のアイコンには、うっすら伸び始めた髪と険しい表情が映っている。どこか探るような視線が印象的で、自分で見ても落ち着かない気分になる。
すでにクラスメイトはもちろん、家族や親戚ともまともに連絡を取っていない。大学関係者でこんな回りくどいアプローチをする人間も思いつかない。誰かが直接声をかけられずに、こうして注意喚起や励ましをしているのだろうか――そんな推測が胸をよぎるが、確証を得る手段はない。
麻衣との微妙な温度差
一方、麻衣も相変わらず心の荒むまま日々を過ごしていた。三度目の剃髪を終えたあと、しばらくは嘔吐感に襲われるほどの精神的疲労が続き、夜もまともに眠れない。
それなのに、朝が来ればまた学校へ足を運び、形だけ勉強に向き合うフリをする。クラスの誰と話すでもなく、着席してノートを開き、教員の言葉を右から左へ聞き流す。放課後になると人目を避けるように校門を出て、まっすぐ寮へ戻るというパターンを繰り返していた。
そんな麻衣の耳にも、「莉子が何やら不審なメッセージを受け取ったらしい」という噂がかすかに届いていた。誰かが見かけたらしく「莉子のスマホに変な番号から来てたよ」と囁いていたのだ。
だが、当の莉子は麻衣に何も話してこない。三度目の剃髪以来、二人はほとんど言葉を交わさぬまま、ただ教室でお互いの存在を察するだけ。まるで触れ合えば傷つけ合うと分かっているように、あえて近づかないようにしているフシがあった。
(あのころは、私が先に声をかければ、莉子は何でも打ち明けてくれたのに……)
そんな昔の記憶が、麻衣の胸にチクリと突き刺さる。かつての“友情”を思えば、いまのすれ違いは異様な光景だ。それでも、何をどう言えばいいのか分からない。下手に首を突っ込めば、自分自身も深い泥沼に引きずり込まれるのではないかという恐怖が勝ってしまう。
指導教員との再会
週の後半、麻衣は職員室前の廊下で一人の教員と鉢合わせした。二年次以降の実習で関わりの深かった指導教員・村上(むらかみ)だった。彼女は厳しくも面倒見がよく、以前はしばしば指導を受けた相手でもある。
村上教員は、剃髪後の麻衣を見て少し驚いた表情を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、穏やかに声をかける。
「麻衣さん……。少し、時間あるかしら?」
普段なら断る理由を探していたところだが、その日はなぜか逃げる気力が湧かずに「あ、はい……」と答えてしまう。村上教員は笑顔で職員室に連れて行くと、近くの空き部屋を借りて二人きりになるよう促した。
机と椅子が並ぶ小さな応接室で、村上教員は話しやすい距離を保ちながら椅子に腰を下ろし、麻衣に柔らかい視線を向ける。
「最近、あまり元気がないみたいだけど、大丈夫? もし、何か困っていることがあれば相談に乗るわよ」
麻衣は目を伏せる。学校の教員――特に実習でお世話になった村上のような人間に心を開けば、きっとアドバイスや支援が得られるのかもしれない。だが、こちらの状況をすべて打ち明けるのはためらわれる。
剃髪を繰り返していること、勉強が全く進まず鬱屈していること、挫折感に押しつぶされていること……しかも、もはや剃る行為自体が半ば依存のようになっているなど、到底言えたものではない。
「……ご迷惑かけてすみません。ちょっと、いろいろあって……」
「うん、それは分かるわ。国試に落ちたことが大きいプレッシャーになっているのね?」
村上教員の言葉には、どこか母性的な優しさがにじんでいる。麻衣の瞳が微かに潤みそうになるが、必死に堪える。
(ここで心を開いても、結局は“勉強を頑張りなさい”とか、“自分を追い込みすぎないように”って言われるだけだ。それで救われるなら、こんな苦労はしない……)
心の声が虚しく反響し、結局まともに説明できないまま「大丈夫です」とうわべの言葉を繰り返してしまう。村上は心配そうだったが、麻衣の頑なな様子を見て、それ以上は追求しなかった。
「何かあったら、いつでも声をかけてね」
そう言い残して、村上は去っていく。麻衣は独り取り残された応接室で、かすかな罪悪感と虚しさに顔を歪める。
(私にとって、本当に必要なのはこういう優しい言葉だったのかな……)
床屋の剃刀を思えば、あの慈愛に満ちた声ですら上滑りしてしまう自分がいる。それを“末期”と呼ぶべきなのか、麻衣には分からなかった。
謎のメッセージ再び
その夜、莉子は寮の狭い部屋に戻ってシャワーを浴びた後、ベッドに腰掛けてスマートフォンを眺めていた。すると、またもあの差出人不明の番号からメッセージが届く。今回は前回より少し長い文章だ。
「いまのままで、本当にいいの?
髪を失うことで解決するわけじゃないって、
あなた自身が一番わかっているんじゃないの?」
読んだ瞬間、胸が強く締めつけられる。まるで莉子の心の内を見透かしたような内容だ。
(何よ、誰なの……私を監視しているの?)
反射的に怒りが込み上げるが、その苛立ちは同時に図星を突かれた焦燥感でもある。確かに、髪を剃る行為で問題が解決するはずがない。三度も経験して、それでも事態が好転しない事実は痛いほど思い知らされている。
思い切って返信を打とうとするが、指が震えて文章がまとまらない。「誰ですか?」「どうしてこんなこと知ってるんですか?」と問い質したいのに、言葉が空回りしてしまう。結局打ちかけたメッセージを消し、深いため息をつくばかりだった。
同じ痛みを抱える二人
翌日、莉子は校内で麻衣とばったり視線が合ったとき、胸がドキリと波打つのを感じた。もしこの謎のメッセージについて麻衣に相談すれば、何かが変わるかもしれない。しかし、口を開くことに強い抵抗がある。
一方、麻衣は村上教員とのやり取り以来、心の中で「誰かに助けを求めたい」という欲求が少しずつ芽生えていた。だが、すでに莉子との間には会話すらままならない溝があり、何をどこから話せばいいのか分からない。
「……ねえ、莉子……」
「なに?」
廊下の端で、ようやく口を開いた麻衣の声は小さくかすれていた。思いつくままに言葉を紡ごうとするが、うまく伝わらない。
「あの……私、もうダメかもしれない。どうしたらいいか分からない」
それは単なる弱音ではあるが、二人にとっては久しぶりの本音だった。莉子も目を伏せながら絞り出すように答える。
「……私だって、分からないよ。こんなに辛い思いしてるのに、何も進まない。国試が怖い。看護師になる自信もなくなってきた」
細いつるりとした頭同士がほんの少し近づき、どちらからともなく手を伸ばそうとする。かつては、それだけで励まし合えた瞬間があった。けれど、今はどうしても指先が触れる前に止まってしまう。
互いの瞳には、迷いの色だけが浮かんでいた。ほんのわずかに共感し合える気配はあっても、それを言葉や行動に繋げる術を失っている。二人の足元には、見えない深い溝が口を開けているようだった。
覗く光、迫る闇
三度も髪を剃り、そのたびに痛みと快感を味わったのに、結局は自分を変えられなかった。それどころか、依存や逃避といった負の感情だけが増幅している。
そんな鬱屈した気分の中で、莉子のスマホに舞い込む得体の知れないメッセージは、どこか警告にも似ている。自分の足で立ち上がらなければ、再び剃刀の誘惑に溺れてしまうだけ――そんな気がしてならない。
麻衣もまた、せっかく村上教員から手を差し伸べられたのに、心の壁を崩せずに終わった。いまの自分には、どんな言葉も虚しく響いてしまう。それでも、恥ずかしいほど「助けて」と叫びたい衝動はくすぶり続けているのだ。
「……どこへ行けば、何をすれば、私たちは変われるんだろう……」
夜の寮の一室で、莉子がスマホの画面を眺めながらぽつりと呟く。横たわる闇の中、頭を撫でる手には微かな震えが残っていた。
頭の中で「髪をまた剃る?」という思考が自動的に沸き起こるたび、彼女は自分の頬を叩くようにして否定しようとする。三度の地獄を経ても、なお誘惑に駆られる自分が恐ろしい。
けれど、ほかに道が見えないまま、次第に夜が更け、深まる孤独感を抱え込むしかない。ひょっとすると、差出人不明のメッセージが最後の光になりうるのか――そんな淡い期待を抱いてしまう自分を、莉子は否定できなかった。
第11章の結び
謎めいたメッセージが投げかける問いかけは、莉子の心を惑わせる一方、確かに何かを示唆しているかのようにも思える。「髪を失うことで解決するわけじゃない」とは、もう自分でも理解していることだ。しかし、どうすれば抜け出せるのか、その具体的な方法が見えないまま、時間は容赦なく過ぎていく。
一方、麻衣は指導教員からの優しい言葉さえも受け止めきれず、現実逃避と強い自己嫌悪の泥沼にはまりこんだままだ。お互いに助け合えたはずの二人が、いまでは言葉を探すことすら難しくなっている。
何度も髪を剃り、痛みと官能を繰り返し味わいながら、結果的に彼女たちが得たものはさらなる孤独と依存の兆し。それでも、看護師になる道を完全に諦めきれない思いが彼女たちを縛りつける。
次の章では、差出人不明のメッセージが新たな展開をもたらすのか、それとも剃髪の泥沼がさらに深く彼女たちを引きずり込むのか。二人がもう一度立ち上がれるチャンスは訪れるのか――光と闇が交差する運命は、さらに大きく揺れ動こうとしていた。
三度目の剃髪を終えた直後、莉子(りこ)のスマートフォンに届いた謎のメッセージ――「まだ頑張れるんじゃないの?」という短い問いかけは、これまでの鬱屈した空気に一石を投じるようだった。
しかし、それは決して劇的な救済の予兆などではない。むしろ、剃髪を重ねてもなお答えを見いだせない莉子と麻衣(まい)の心を、さらにざわつかせるきっかけにすぎなかった。
メッセージの正体を探って
三度目の坊主頭で学校に戻った翌日、莉子は件のメッセージをもう一度読み返していた。差出人不明の番号から、たった一行だけ。履歴を遡っても、似たようなメッセージや通話の痕跡は一切見当たらない。
何度考えても、具体的に誰が送り主なのか思いつかない。クラスメイトや教員ならSNS経由で連絡を取れるが、わざわざ番号を変えてこういう送り方をするだろうか? それに「まだ頑張れるんじゃないの?」という言葉の意図も曖昧だ。激励にしては他人事のようだし、嘲笑にしては文面が柔らかい。
しばらく悩んだ末、莉子は試しに「誰ですか?」と返信してみる。だが、待てど暮らせど既読にもならず、返事も返ってこない。まるで嵐のように現れて、雲のように消えたメッセージの差出人は行方知れずのままだ。
(いたずらなら、もっと露骨にからかいそうだけど……)
そう胸中でつぶやき、ロック画面に映った自分の坊主頭のシルエットを見つめる。いつか撮った写真のアイコンには、うっすら伸び始めた髪と険しい表情が映っている。どこか探るような視線が印象的で、自分で見ても落ち着かない気分になる。
すでにクラスメイトはもちろん、家族や親戚ともまともに連絡を取っていない。大学関係者でこんな回りくどいアプローチをする人間も思いつかない。誰かが直接声をかけられずに、こうして注意喚起や励ましをしているのだろうか――そんな推測が胸をよぎるが、確証を得る手段はない。
麻衣との微妙な温度差
一方、麻衣も相変わらず心の荒むまま日々を過ごしていた。三度目の剃髪を終えたあと、しばらくは嘔吐感に襲われるほどの精神的疲労が続き、夜もまともに眠れない。
それなのに、朝が来ればまた学校へ足を運び、形だけ勉強に向き合うフリをする。クラスの誰と話すでもなく、着席してノートを開き、教員の言葉を右から左へ聞き流す。放課後になると人目を避けるように校門を出て、まっすぐ寮へ戻るというパターンを繰り返していた。
そんな麻衣の耳にも、「莉子が何やら不審なメッセージを受け取ったらしい」という噂がかすかに届いていた。誰かが見かけたらしく「莉子のスマホに変な番号から来てたよ」と囁いていたのだ。
だが、当の莉子は麻衣に何も話してこない。三度目の剃髪以来、二人はほとんど言葉を交わさぬまま、ただ教室でお互いの存在を察するだけ。まるで触れ合えば傷つけ合うと分かっているように、あえて近づかないようにしているフシがあった。
(あのころは、私が先に声をかければ、莉子は何でも打ち明けてくれたのに……)
そんな昔の記憶が、麻衣の胸にチクリと突き刺さる。かつての“友情”を思えば、いまのすれ違いは異様な光景だ。それでも、何をどう言えばいいのか分からない。下手に首を突っ込めば、自分自身も深い泥沼に引きずり込まれるのではないかという恐怖が勝ってしまう。
指導教員との再会
週の後半、麻衣は職員室前の廊下で一人の教員と鉢合わせした。二年次以降の実習で関わりの深かった指導教員・村上(むらかみ)だった。彼女は厳しくも面倒見がよく、以前はしばしば指導を受けた相手でもある。
村上教員は、剃髪後の麻衣を見て少し驚いた表情を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、穏やかに声をかける。
「麻衣さん……。少し、時間あるかしら?」
普段なら断る理由を探していたところだが、その日はなぜか逃げる気力が湧かずに「あ、はい……」と答えてしまう。村上教員は笑顔で職員室に連れて行くと、近くの空き部屋を借りて二人きりになるよう促した。
机と椅子が並ぶ小さな応接室で、村上教員は話しやすい距離を保ちながら椅子に腰を下ろし、麻衣に柔らかい視線を向ける。
「最近、あまり元気がないみたいだけど、大丈夫? もし、何か困っていることがあれば相談に乗るわよ」
麻衣は目を伏せる。学校の教員――特に実習でお世話になった村上のような人間に心を開けば、きっとアドバイスや支援が得られるのかもしれない。だが、こちらの状況をすべて打ち明けるのはためらわれる。
剃髪を繰り返していること、勉強が全く進まず鬱屈していること、挫折感に押しつぶされていること……しかも、もはや剃る行為自体が半ば依存のようになっているなど、到底言えたものではない。
「……ご迷惑かけてすみません。ちょっと、いろいろあって……」
「うん、それは分かるわ。国試に落ちたことが大きいプレッシャーになっているのね?」
村上教員の言葉には、どこか母性的な優しさがにじんでいる。麻衣の瞳が微かに潤みそうになるが、必死に堪える。
(ここで心を開いても、結局は“勉強を頑張りなさい”とか、“自分を追い込みすぎないように”って言われるだけだ。それで救われるなら、こんな苦労はしない……)
心の声が虚しく反響し、結局まともに説明できないまま「大丈夫です」とうわべの言葉を繰り返してしまう。村上は心配そうだったが、麻衣の頑なな様子を見て、それ以上は追求しなかった。
「何かあったら、いつでも声をかけてね」
そう言い残して、村上は去っていく。麻衣は独り取り残された応接室で、かすかな罪悪感と虚しさに顔を歪める。
(私にとって、本当に必要なのはこういう優しい言葉だったのかな……)
床屋の剃刀を思えば、あの慈愛に満ちた声ですら上滑りしてしまう自分がいる。それを“末期”と呼ぶべきなのか、麻衣には分からなかった。
謎のメッセージ再び
その夜、莉子は寮の狭い部屋に戻ってシャワーを浴びた後、ベッドに腰掛けてスマートフォンを眺めていた。すると、またもあの差出人不明の番号からメッセージが届く。今回は前回より少し長い文章だ。
「いまのままで、本当にいいの?
髪を失うことで解決するわけじゃないって、
あなた自身が一番わかっているんじゃないの?」
読んだ瞬間、胸が強く締めつけられる。まるで莉子の心の内を見透かしたような内容だ。
(何よ、誰なの……私を監視しているの?)
反射的に怒りが込み上げるが、その苛立ちは同時に図星を突かれた焦燥感でもある。確かに、髪を剃る行為で問題が解決するはずがない。三度も経験して、それでも事態が好転しない事実は痛いほど思い知らされている。
思い切って返信を打とうとするが、指が震えて文章がまとまらない。「誰ですか?」「どうしてこんなこと知ってるんですか?」と問い質したいのに、言葉が空回りしてしまう。結局打ちかけたメッセージを消し、深いため息をつくばかりだった。
同じ痛みを抱える二人
翌日、莉子は校内で麻衣とばったり視線が合ったとき、胸がドキリと波打つのを感じた。もしこの謎のメッセージについて麻衣に相談すれば、何かが変わるかもしれない。しかし、口を開くことに強い抵抗がある。
一方、麻衣は村上教員とのやり取り以来、心の中で「誰かに助けを求めたい」という欲求が少しずつ芽生えていた。だが、すでに莉子との間には会話すらままならない溝があり、何をどこから話せばいいのか分からない。
「……ねえ、莉子……」
「なに?」
廊下の端で、ようやく口を開いた麻衣の声は小さくかすれていた。思いつくままに言葉を紡ごうとするが、うまく伝わらない。
「あの……私、もうダメかもしれない。どうしたらいいか分からない」
それは単なる弱音ではあるが、二人にとっては久しぶりの本音だった。莉子も目を伏せながら絞り出すように答える。
「……私だって、分からないよ。こんなに辛い思いしてるのに、何も進まない。国試が怖い。看護師になる自信もなくなってきた」
細いつるりとした頭同士がほんの少し近づき、どちらからともなく手を伸ばそうとする。かつては、それだけで励まし合えた瞬間があった。けれど、今はどうしても指先が触れる前に止まってしまう。
互いの瞳には、迷いの色だけが浮かんでいた。ほんのわずかに共感し合える気配はあっても、それを言葉や行動に繋げる術を失っている。二人の足元には、見えない深い溝が口を開けているようだった。
覗く光、迫る闇
三度も髪を剃り、そのたびに痛みと快感を味わったのに、結局は自分を変えられなかった。それどころか、依存や逃避といった負の感情だけが増幅している。
そんな鬱屈した気分の中で、莉子のスマホに舞い込む得体の知れないメッセージは、どこか警告にも似ている。自分の足で立ち上がらなければ、再び剃刀の誘惑に溺れてしまうだけ――そんな気がしてならない。
麻衣もまた、せっかく村上教員から手を差し伸べられたのに、心の壁を崩せずに終わった。いまの自分には、どんな言葉も虚しく響いてしまう。それでも、恥ずかしいほど「助けて」と叫びたい衝動はくすぶり続けているのだ。
「……どこへ行けば、何をすれば、私たちは変われるんだろう……」
夜の寮の一室で、莉子がスマホの画面を眺めながらぽつりと呟く。横たわる闇の中、頭を撫でる手には微かな震えが残っていた。
頭の中で「髪をまた剃る?」という思考が自動的に沸き起こるたび、彼女は自分の頬を叩くようにして否定しようとする。三度の地獄を経ても、なお誘惑に駆られる自分が恐ろしい。
けれど、ほかに道が見えないまま、次第に夜が更け、深まる孤独感を抱え込むしかない。ひょっとすると、差出人不明のメッセージが最後の光になりうるのか――そんな淡い期待を抱いてしまう自分を、莉子は否定できなかった。
第11章の結び
謎めいたメッセージが投げかける問いかけは、莉子の心を惑わせる一方、確かに何かを示唆しているかのようにも思える。「髪を失うことで解決するわけじゃない」とは、もう自分でも理解していることだ。しかし、どうすれば抜け出せるのか、その具体的な方法が見えないまま、時間は容赦なく過ぎていく。
一方、麻衣は指導教員からの優しい言葉さえも受け止めきれず、現実逃避と強い自己嫌悪の泥沼にはまりこんだままだ。お互いに助け合えたはずの二人が、いまでは言葉を探すことすら難しくなっている。
何度も髪を剃り、痛みと官能を繰り返し味わいながら、結果的に彼女たちが得たものはさらなる孤独と依存の兆し。それでも、看護師になる道を完全に諦めきれない思いが彼女たちを縛りつける。
次の章では、差出人不明のメッセージが新たな展開をもたらすのか、それとも剃髪の泥沼がさらに深く彼女たちを引きずり込むのか。二人がもう一度立ち上がれるチャンスは訪れるのか――光と闇が交差する運命は、さらに大きく揺れ動こうとしていた。
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