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第5章 走る風、交わる心
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「今日から合宿だ!」
朝の集合時、主将・詩織の声が体育館に響き渡った。
4月の終わり。瑞穂女子高校バレー部は、毎年恒例の春季強化合宿に突入していた。学校のグラウンドは使えないため、バスで1時間ほどの山中にある研修施設が舞台となる。
合宿所に到着するや否や、重たい荷物を背負いながらの坂道ランニングから始まった。空気は澄んでいたが、容赦ない急勾配に、5人はすぐに汗まみれになった。
「……これ、運動部の訓練っていうか……部隊訓練だよね……」
息を切らせながら呟いたのは真央だった。
「でも、坊主だと風が気持ちいいよ……!」
と笑ったのは葵。全身から汗を噴き出しながらも、どこか解放的だった。
「私は……首筋に直接日光が当たって熱い……」
千夏が、うつむきながら刈り上げ部分をタオルで押さえた。
「ちゃんと日焼け止め塗った?」
「ぬ、塗ったけど……やっぱり、恥ずかしい……」
「でも、頑張ってるよ。髪型のこと、気にしないで走ってる千夏、かっこいいよ」
美鈴の一言に、千夏は照れたように微笑んだ。
その日の午後からは、近隣の強豪校「羽村学園」との合同練習が始まった。
体育館に入ると、目に飛び込んできたのは――自由な髪型の女子たちだった。長髪のポニーテール、ハーフアップ、ショートボブ。どの子も一糸乱れぬ動きでボールを打ち返していた。
「うわ……全員、髪型自由なんだ……」
「うちだけじゃない? 坊主とかスポーツ刈りとか……」
梨沙が呟いたその瞬間、向こうの選手たちがざわざわと瑞穂の一団を見て話しているのがわかった。
「え、何あれ……女子で坊主?」
「見て、あの子……スポーツ刈りじゃん」
「え、怖……規則? 罰ゲーム?」
言葉の端々が聞こえた瞬間、千夏は身体をすくませた。真央も一歩引いた。
しかしその時――
「聞こえてるよ。笑うなら、実力で黙らせてみな」
葵が声を張り、ネットの向こうに歩み寄った。
「髪が短いからって、なめないでよ。バレーで勝つのが一番でしょ?」
その目の強さに、一瞬、羽村の選手たちも言葉を飲んだ。
それをきっかけに、瑞穂の空気が変わった。
梨沙が鋭いレシーブでポイントを決め、美鈴が正確なトスを通し、真央のスパイクがコートを叩いた。千夏も、恐る恐るながらも前に出て拾う。
そして――葵のジャンプサーブが一直線にネットを越えたとき、羽村のコートに沈黙が落ちた。
1セット先取。
「……やった……!」
誰かが呟いた瞬間、全員が自然と中央に集まり、輪になって手を重ねた。
「私たちは、髪を切ったから強いんじゃない」
「切ったことで、覚悟が決まっただけ」
「それを――武器にしよう」
互いの髪型に、もう羞恥はなかった。丸坊主の葵も、スポーツ刈りの梨沙も、ベリーショートの美鈴も、ショートの真央も、おかっぱ刈り上げの千夏も――すべてがひとつのチームの象徴になっていた。
朝の集合時、主将・詩織の声が体育館に響き渡った。
4月の終わり。瑞穂女子高校バレー部は、毎年恒例の春季強化合宿に突入していた。学校のグラウンドは使えないため、バスで1時間ほどの山中にある研修施設が舞台となる。
合宿所に到着するや否や、重たい荷物を背負いながらの坂道ランニングから始まった。空気は澄んでいたが、容赦ない急勾配に、5人はすぐに汗まみれになった。
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息を切らせながら呟いたのは真央だった。
「でも、坊主だと風が気持ちいいよ……!」
と笑ったのは葵。全身から汗を噴き出しながらも、どこか解放的だった。
「私は……首筋に直接日光が当たって熱い……」
千夏が、うつむきながら刈り上げ部分をタオルで押さえた。
「ちゃんと日焼け止め塗った?」
「ぬ、塗ったけど……やっぱり、恥ずかしい……」
「でも、頑張ってるよ。髪型のこと、気にしないで走ってる千夏、かっこいいよ」
美鈴の一言に、千夏は照れたように微笑んだ。
その日の午後からは、近隣の強豪校「羽村学園」との合同練習が始まった。
体育館に入ると、目に飛び込んできたのは――自由な髪型の女子たちだった。長髪のポニーテール、ハーフアップ、ショートボブ。どの子も一糸乱れぬ動きでボールを打ち返していた。
「うわ……全員、髪型自由なんだ……」
「うちだけじゃない? 坊主とかスポーツ刈りとか……」
梨沙が呟いたその瞬間、向こうの選手たちがざわざわと瑞穂の一団を見て話しているのがわかった。
「え、何あれ……女子で坊主?」
「見て、あの子……スポーツ刈りじゃん」
「え、怖……規則? 罰ゲーム?」
言葉の端々が聞こえた瞬間、千夏は身体をすくませた。真央も一歩引いた。
しかしその時――
「聞こえてるよ。笑うなら、実力で黙らせてみな」
葵が声を張り、ネットの向こうに歩み寄った。
「髪が短いからって、なめないでよ。バレーで勝つのが一番でしょ?」
その目の強さに、一瞬、羽村の選手たちも言葉を飲んだ。
それをきっかけに、瑞穂の空気が変わった。
梨沙が鋭いレシーブでポイントを決め、美鈴が正確なトスを通し、真央のスパイクがコートを叩いた。千夏も、恐る恐るながらも前に出て拾う。
そして――葵のジャンプサーブが一直線にネットを越えたとき、羽村のコートに沈黙が落ちた。
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「……やった……!」
誰かが呟いた瞬間、全員が自然と中央に集まり、輪になって手を重ねた。
「私たちは、髪を切ったから強いんじゃない」
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互いの髪型に、もう羞恥はなかった。丸坊主の葵も、スポーツ刈りの梨沙も、ベリーショートの美鈴も、ショートの真央も、おかっぱ刈り上げの千夏も――すべてがひとつのチームの象徴になっていた。
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