花散る男女

トリヤマケイ

文字の大きさ
3 / 81
第1部 奈美編

🎵2

しおりを挟む
    翌日。
    奈美は講義が休講になって、喜んでいたが、京はいつも通りバイトに出かけた。

    先週、一ヶ月遅れで大学を卒業した京は、事実上社会人の仲間入りを果たしたらしい。

    卒業延期の学生5名のみの卒業式は、学長室で行われ、学長自らの手により一人ずつ卒業証書を授与された。

    その際の学長の弁が奮っていて、君たちは、時間を最大限活用しギリギリ電車に飛び乗ったわけだ、というものだった。

    卒業延期になったのは、履修科目の単位が足りなかったわけだが、京はゼミに入っていなかったため、卒論を勝手に哲学の教授にお願いしたのだけれども、それがダメ出しされたのだった。

    仕方なく全く別なテーマで書き直したが、たしかタイトルは、唯心論と唯物論みたいな感じだった。別にトルストイの著書をパクったわけではないが、そうな風だった。

    バイトの方は、新しいバイトに就いたばかりだったが、もう辞めたい自分が京の中にいた。

    フード関係の仕事だったが、一緒に採用された一条さんという男性は年齢も近く、気さくな人でこれなら長く続けていける仕事かなと思っていた。

    本社での座学と実習の研修も一週間行われ、いよいよ店舗に配属されたが未経験の職種でもあり、憶えなければならない細々としたことも沢山あるわけで、初日はアパートに帰ってくるなり、倒れるようにして眠ってしまった。

    しかし、慣れない仕事だからそれは仕方ないと思っていた。ところが、休みを置いてその翌週になっても疲れは徐々に軽減されることもなく、むしろ疲労感は増すばかりなのだった。

    何かおかしいと、そのあたりで気がついた。ガテン系の力仕事でもなく、仕事の流れも掴めてきたにもかかわらず、疲れは溜まる一方なのだ。

    そこで、もしかしたらこれはストレスから来るものではないのかと思いはじめた。 

   直接ヒトの体内へと入るフード関係の仕事であるから、取り扱いに神経過敏になるのは当然の事であるだろうが、それにしても小言が多く、それによるストレスの為なのかと京は思った。

    お小言を頂戴しないように、ヒトの体内に入る食品を扱っているのだという意識を高めて業務にあたらなければならないのだが、一方でとにかく早く作業を進めろと煽られまくるので、ついついスピード優先に気を取られ注意を怠るという悪循環が生じていた。

    それでも何とか頑張っていたある日、もう頑張ってやっていこうとは思えない出来事があった。

    一条さんより遅く昼休憩に入った京が食事をすませて仕事場に戻ってくると、一条さんがチーフである社員さんになにやらお小言を頂戴していた。

    と、不意にその社員さんがブチ切れたのだった。一体どのようなやりとりがあったのかはわからないが、
「オレが今、説教してんだろうが!」という罵声が、厨房に炸裂した。

    それは、所謂キレた大声以外の何物でもなかった。一条さんが何か失敗したわけでもなく、どうやら意見されたことに対して返事をしなかったのではないのかと思われた。 

    一条さんは俯いたまま、無言で恫喝を受けていた。京はいくらなんでも、社員がキレてはまずいだろうと思いながら呆れて聞いていた。

    例えば、恫喝するのが仕事であるかのようなヤ印の人ならともかく、一般の社会人が職場で目下の者に対してキレまくり、罵声を浴びせかけるというのは、いかがなものだろう。

    一条さんは、反抗して言葉を返すような人ではなく、ごくごく大人しい性格の人なので、キレられるような流れとなる理由がまったくわからなかった。

    また、社員さんが怒号した通り、それは注意ではなく説教らしい。

「オレが今、説教してんだろうが!」

    どうもアルバイトを犬猫のように思っているとしか思われなかった。コイツならキレても大丈夫だろうと舐めた上で安心してキレているのではないか。

    社会人であるのに、大切な職場でいとも容易くキレまくる、そんな人がほんとうにお客様のためになどと考えながら仕事しているとは思えない。

    こんな環境で働き続ける理由が京にはもう見つからなかった。自分も似たような商品を指定の位置に入れ間違えた事が何度もある。うどんと蕎麦を選別せずに全て蕎麦の位置に並べてしまったのだ。

    その、うどんのスペースにうどんがひとつもないという状況を見て、すかさず社員さんに突っ込まれた。

    曰く、
「アレルギー表示が違いますから、最悪の場合、お客様を死に至らしめることもあるんですよ。そんな事態になったら、清水さん、あなたはどうやって責任を取るんですか? というか、あなたたちはただ小言を言われるだけで済むかもしれない。けれど、私と店長は確実に首だ、首。事を起こしたら行政の指導が入るんです。社会的な信用も失墜して、従業員全員が路頭に迷うことにもなりかねないんですよ。だから、意識を高めて下さい。わかりましたか?」

    日付けの並べ違いであるとか、商品の入れ違いがあった際には必ず、オレと店長は首だ! というフレーズが決まってお小言に入るのだった。

    結局は、お客様がどうのこうのというのはタテマエで、オレが首になるからおまえら気をつけろよ、と言っているとしか思えなかった。いや、実際そうだろう。

    それでも、食品を扱う仕事である以上、社員さんはまったく当然の事を述べているのは確かだった。

   しかし、一条さんに対する恫喝は仕事を続けてゆく意欲を完膚なきまで萎えさせた事もまた確かなことだった。

   たとえ、バイトであろうが、ストレスが溜まる一方で気持ちよく働けないのでは早めに辞めた方がいいと思った。

   それに、入試をほんとうに受けるのならば、勉強に早めに取り組まなければ間に合わない。

    ただ、とりあえずは受けるという事で、なし崩し的に行けばいいという、ずるい考えが芽生えてもいた。入試に一発で合格しなければならないわけではない。

    まだ先の話だし、どう転がるかわからないのだから、はなから捨ててかかるのもどうかと思うのだ。

   自分がこんなずるい奴だとは思ってもみなかったが、奈美と別れることは、考えられなかった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ピンクローズ - Pink Rose -

瑞原唯子
恋愛
家庭教師と教え子として再会した二人は、急速にその距離を縮めていく。だが、彼女には生まれながらに定められた婚約者がいた。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

25cmのシンデレラ

野守
恋愛
デパートに靴を買いに来た梨代は、自分の足に合う25センチのサイズが無くて落ち込んでいた。そこで偶然起こった暴漢騒ぎ。とっさに靴を投げて助けた男性は、まさに梨代が買おうとしていたブランドのメーカー「篠塚製靴」に勤める篠塚だった。しかも篠塚グループと呼ばれる現代財閥の御曹司だとか。 後日お礼として非売品の靴を届けに来た篠塚は、梨代にとある仕事の依頼を持ちかけて……。 御曹司が庶民を体験⁉ 王子様の「逆」シンデレラスト―リーが始まった! と思いきや、事態はあらぬ方向に。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...